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ザ・タイム・ハンター [c o m i c]



  • 次の十年間に起きた最初の重大な出来事、少なくとも私にとってそれは1970年11月25日の三島の死だった。三島の自決の詳細が報道されるや、政界や文学界の人々がそれぞれ意見を求められた。内閣総理大臣は、三島の自決を「狂人」の行為だと断定した。作家たちは、自分が自殺に駆り立てられた場合を想定して、三島は書けなくなったから自殺したのだと推測した。中には誇らしげに、三島は「心の友」であったと打ち明ける者たちもいた。私は、三島の「心の友」ではなかった。16年前の私たちの親交の始まりから、三島は彼の言うところの「べたべたした」関係は望まないと明言していた。私たちは秘密を共有しなかったし、お互いに助言を求めることもしなかった。私たちは、会って話をするのが楽しかったのだ。それは文学についてのこともあれば、世界の情勢、あるいは共通の知人についてのこともあった。同時に私たちは仕事仲間でもあって、私は三島の本格的な小説や、戯曲を訳したばかりでなく、アメリカの雑誌のために彼は書いた軽いエッセイも翻訳した。
    ドナルド・キーン 「三島由紀夫の自決」


  • ▢ 時の狩人(プレイコミック 1970-71)石森 章太郎
  • 「時の狩人」は青年向けの近未来SFコミック。「009ノ1」「ワイルドキャット」などと同じく、セックスとヴァイオレンスがテーマの1つになっている。21世紀、一夫一婦制の婚姻関係は胎外受精になり、生身の男女の性交は道徳局によって禁止された。その代用品としてヘルメット型の「セクサー」が発明されて、結婚した夫婦はP・K・ディックの『死の迷路』のような夢を2人で見るようになった。その一方でベルト式の小型タイムマシンも発明されて、人類は過去・未来への時間旅行が可能となった。時間外に逃亡した男女を追う時間局員という設定はTVアニメ 「スーパージェッター」(1965-66)や過去と未来を彷徨う時航者となってしまったTVドラマ 「タイムトンネル」(1966-67)を想わせなくもない。逃亡した2人は若き科学者のトニーとダグと同じように過去と未来を行き来するが、全10話中「三島由紀夫の死」だけは逃亡する男女を追う時間局員のストーリとは無関係に、当時(1970)の新聞や雑誌記事などが数多く引用される異色作となっている。

  • PART1 夢からの脱走
  • 2190年、男女が裸で絡み合って情交している夢から目覚めた彫刻家のシローは 「セクサー」(2000年代当初に流行したセックス・マシン)を頭部に装着してみたが、同じような淫夢に辟易してヘルメット型の装置を投げ放つ。外出したシローは犬の散歩をしていた貴婦人のレダと出会う。彫刻のモデルを引き受けた全裸のレダはシローから夢のせいで不眠症になったことを告白される。夢の中の見知らぬ女がレダに変わってしまったのだ。2000年に婚姻制度は胎外受精になり、男女の性交は道徳法で禁じられていた。夫婦の営みは「セクサー」で同じ夢を見ることだった。法を破って犯罪者となったシローとレダの2人は時間外へ逃亡する。K・G・サットン(1971~2083)物理学博士が発明したタイムマシンは巨大で操作も不便だったが、サー・キョウ(2008~)がベルト式の簡便な「時間旅行帯」に改良したことで、時間局の許可を得た個人の時間旅行が可能となった。

  • PART2 物語のはじまり
  • 火山の噴火、地割れ‥‥原始時代の夢を見ている夫婦、時間局員のガイとレダの邸宅内に飛び出しナイフを携えたシローが侵入する。睡眠中のガイの左胸にナイフを突き刺して、彼のT・T・B(タイム・トラベルト)を奪う。ダイアルをB100万に合わせて2人は過去へ逃亡する。辛うじて生き延びた原人3人(男2・女1)は灼熱の荒野を歩き、巨岩の影で疲弊した身を休める。男の胸に躰を重ねて眠る裸の女(レダ)に発情した男が男(ガイ)を棍棒で殴り殺す。夢から目覚めたガイは妻レダの行方を局長に訊く。ナイフの刃先が折れて急所を外したことで、ガイは一命を取り留めたのだ。原人の死体を貪り食う男と女。タイム・パトロール局員のT・T・Bには時点追跡装置が付いていた。B100万へ逃げたシローとレダを時間局員1名が追う。ところが時間局員は待ち伏せしていたシローに石で殴殺されてしまう。奪ったレイガンで時点追跡装置を壊し、トラベルトの追跡装置を外す。武器を手に入れるための誘き出し作戦だったが、原人との争いで地割れの裂け目にレイガンを落としてしまう。

  • PART3 遠い時間
  • 100万年前の岩層から現代人の頭蓋骨を発掘した考古学者の蓮見と娘の美散、助手の戸川。岩に食い込んだピストル(レイガン)も見つかった。風が吹き荒ぶ夜、戸川はテントの中で抱き合っている蓮見親子の姿を目撃する。翌朝、美散からプロポーズの返事を聞こうとしたのだが、「今はそんなことどころじゃない」と非難されて、思わず昨夜の秘事を告発する。居直った美散に「お父様を愛しているわ」「女が‥‥自分の理想の男性に魅かれるのは当然よ」「口惜しかったら‥‥あなたもお父様の10分の1でも魅力をつけていらっしゃいな」と挑発されて逆ギレした戸川は彼女をレイプしてしまう。「けだもの」と罵り、泣き萎れながらテントに戻った美散が頭部を撲殺された父親を発見する。悲鳴を聞いて駆けつけた戸川を人殺しと詰る美散の前に時間局員のガイが現われた。逃亡中の2人が蓮見を殺害してレイガンを奪い去ったのだ。戸川が撃たれ、ガイは逃げるシローとレダに反撃する。巨岩が崩れ落ちて埋もれた谷間から、ガイと美散は辛うじて脱出する。

  • PART4 残党
  • 戦国時代、尾形家に遣える武士・風間隼人が吊り橋を伐って、追手を谷底に落とす。城は焼落して落ち延びた者は足軽を含めて僅か16名だった。手負いの殿様は高熱を発して余命いくばくもない。多賀の手勢が吊り橋を架けて谷を越えられたら皆殺しにされてしまう。家臣の原田氏は殿の首を持って行けば助かる見込みがあると家来と談合する。病身の殿を見捨てて逃げ出そうとする武士を諌める長老。身重の奥方を連れて逃げ、産まれた世継ぎを護って時節を待った方が尾形家の再興に繋がる、白旗を掲げて多賀の軍門に下って生き延びた方が得策、潔く討死するのが武士の道など、意見が割れる。殿の寝首を掻く前に美しい奥方を手籠めにする原田氏。その現場を目撃した風間。1人の武士(ガイ)が足軽の兄弟(一朗太と二郎)と会話を交わす。原田たちを斬り捨てた風間は息絶えた奥方と折り重なるように自決する。身の危険を察知して脱走した足軽兄弟‥‥2人は尾形家の残党の中に紛れ込んでいたシローとレダだった。

  • PART5 追跡者
  • 雪道で腹痛のために苦しんでいた武家の女房に薬を飲ませて救けた旅鴉‥‥時間局員のガイは宿場から宿場を一宿一飯で逃げ隠れているヤクザ姿の逃亡者(シローとレダ)を追っていた。賭場に現われたガイが外に出ようとすると、用心棒に会いに来たという女を手下が捕らえていた。先ほど雪道で出会った女性だった。ガイは女を連れて行き、近くの宿で事情を訊く。XX藩の若殿の剣術指南役をするほど名のある武士だった彼女の夫は1年前、ある浪士と喧嘩の末に殺されたという。何処の誰とも素性の知れぬ浪人に殺されたことに激しく怒った上様から禄を取り消され、お家断絶された。但し1年以内に仇討ちの本懐を遂げて戻れば1人息子の新之介(2歳)に家の再興を認めても良いという条件つきだった。女の助太刀することにしたガイは宿場の前で浪人と対峙する。助っ人の手下を斬り捨てて仇討ちする。浪士の刀から閃いた稲妻を躱し、レイガンを撃つ。電磁剣を持っていた浪人も時空を超えて来た逃亡者だったのだ。

  • PART6 病葉(くわばら)の街
  • 廃墟と化した街。夜空を飛行する発光体を見上げた女が「ロケットね」と呟く。「月か火星へ行く定期貨物便か、観光船だろう」と、シローが包帯と黒メガネで顔を覆ったレダに説明する。2人は野犬に襲われそうになったが、右目に黒い眼帯をしたスキンヘッドの男(マシンガン)が射殺した。1日単位で変化する日常生活のシステム、爆発的な人口増加、産業・工業技術の発展、通信・輸送手段の変化による "車文明" の崩壊、エア・カーやロケットTV衛生施設などによって廃墟となった都市‥‥一刀流、ビッコ、マシンガンと互いに呼び合う男たちは急速に進歩した文明から落ち零れてしまった「はみだし人」、病理学的にいえば "未来の衝撃症" 者だった。シローは化学公害で病気になったレダを廃棄処分にして彼女の細胞からクローンを造ると医者に告げられ、逃げ出して来たと老人(一刀流)に語る。夜が明けて、朝靄の立ち籠める瓦礫の中から時間局員のガイが姿を現わす。マシンガン、ビッコ、一刀流が助太刀して、2人を逃がす。

  • PART7 腐流
  • 東京湾に浮いていた2体の土左衛門‥‥ところが奇妙なことに2人の死者、東京重化学工業と日本食品開発会社の工場長は生きていた。漁船で作業をしていた漁師夫婦が突然死する。乗り合わせていた息子が両親の死体を発見した。食中毒死という医者の診断に疑問を抱いた少年は東京都衛生局公害管理課の月田に、死んだ両親の傍らにあったバケツの中の水質調査を依頼する。廃液には2万PPMに近い硫化ソーダと硫酸が混入していた。この2つが混入すると化学反応を起こして、硫酸水素ガスという猛毒の気体が発生する。2つの工場から垂れ流された廃液が両親の死因だった。少年の父と母に成り済ましたシローとレダの前にガイが現われる。遺体を鑑定した医者の名前を使い、2人の工場長を誘き出して殺害したのは息子だった。少年のアリバイを作るために、シローはタイムトラベルトを使って2つの死体を1週間前に送り込んだのだ。公害監視員の月田が摘発によって逮捕されたモグリ堕胎医は2人の工場長に脅されて、偽りの死亡報告書を捏造していた。

  • PART8 三島由紀夫の死
  • 「気が狂ったとしか思えない」(佐藤総理)。「前から楯の会は、こっけいな集団と思っていたが、とうとうハラキリとは諸外国への聞こえも悪い」(海上自衛隊一尉 "朝日")。「彼は右翼思想をふりまいていたから思想と行動が一致したものと考えるがナンセンスだ」(会社員27歳 "東京タイムス")。「’70年11月25日0時15分 三島、蒼ざめた表情で総監室に戻る。総監の机の前に正座して短刀で割腹。森田が軍刀で介錯、首を刎ねる。」("読売")。「まったく狂気の沙汰というよりほこはない──右であろうと左であろうと暴力は絶対に排除されねばならない。三島事件は許すべからざる暴力行為である。あくまで、一人の特異な人間の "狂気の暴走" である。("毎日" 社説)」 「三島由紀夫の芝居は、割腹自殺によって完結した。彼自身が実は、彼の最後の創作だった。彼の描きたかった人間に、彼自身がなったという意味では、みごとな完結ぶりだったともいえるだろう。("朝日" 社説)」 ‥‥逃亡するシローとレダを追う時間局員ガイのストーリとは無関係に、当時の新聞や雑誌記事などが引用される。

  • PART9 召集令状
  • 夜空を覆うB-29の編隊が爆撃する東京大空襲‥‥逃げ惑う群衆の中から抜け出したシローとレダの2人が一軒の民家に辿り着く。薄暗い室内に目と耳が不自由な老婆が仏壇の前に座っていた。部屋に入った2人を息子夫婦の靖男と鈴江と勘違いしているようだ。伊豆の山中で心中していた男女の死体を偶然見つけたシローとレダが遺書(身分証明書)を失敬して、息子夫婦の身代わりになることにしたのだ。「現代は‥‥誰が死んで誰が生きているかなんてわからない混乱の時代」だった。しかし、2人の「天国のような生活」は長く続かない。ある日、訪ねて来た憲兵が召集令状が届いているはずなのに、息子の靖男が出頭していないと問い質す。老婆は書き置きの遺書を憲兵に渡す。息子夫婦は召集令状(徴兵)から逃れるために心中したのだった。玄関に不審な靴を見つけた憲兵たちが踏み込もうとすると、空襲警報が鳴る。慌てて踵を返して、車で遁走する。再び爆撃が始まっり、近隣の民家が爆破される。すべてを知っていた老婆がシローとレダを逃がす。

  • PART10 第四氷河期
  • 凍てつく氷に閉ざされた未来都市。吹雪は止むことなく3カ月と3日も続いているとアル中の老人がシローとレダに語る。「‥‥これからもまだまだ‥‥永久に降り続くのさ! 地表の‥‥ありとあらゆるものを埋めつくし‥‥生きとし生ける者をみな凍てつかせるまでな。この緑の星を雪と氷の‥‥真っ白いボールにするまで‥‥な!! 第四氷河期なのだ!」3人は原始的な原子力発電機を備えているビルの中に隠遁していた。モダーンな太陽熱エネルギー頼っていたビルは皮肉にも使いものにならなくなっていた。2人は貯蔵食料が尽きるまで、ビルが凍結と雪の重みで倒壊するまで、静かに暮らせると安堵していた2人だったが、ある朝、吹雪が止む。ガラスの割れる音がして、ガイが室内に侵入して来た。シローとレダはガイのレイガンで撃たれる。「‥‥お前たちを何度見逃してやろうと思ったか‥‥だが‥‥これが "時" の掟なのだ」と目に涙を浮かべて呟くガイも、老人の自動小銃で射殺されてしまう。"時" の逃亡者と追跡者の双方が死んで、未来都市も崩壊する。

                        *
    • 「石ノ森章太郎萬画大全集 11-30」(角川書店 2008)をテクストに使いました

    • ドナルド・キーン(Donald Keene)氏は2019年2月24日に亡くなりました。合掌
                        *


    時の狩人 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 11-30

    時の狩人 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 11-30

    • 著者:石森 章太郎
    • 出版社:角川書店
    • 発売日:2008/08/29
    • メディア:コミック
    • 目次:夢からの脱走 / 物語のはじまり / 遠い時間 / 残党 / 追跡者 / 病葉の街 / 腐流 / 三島由紀夫の死 / 召集令状 / 第四氷河期 / イラストコレクション


    ドナルド・キーン自伝(増補新版)

    ドナルド・キーン自伝(増補新版)

    • 著者:ドナルド・キーン(Donald Keene)/ 角地 幸男(訳)
    • 出版社:中央公論新社
    • 発売日: 2019/03/20
    • メディア:文庫(中公文庫)
    • 目次:ニューヨーク郊外、少年時代 / 9歳、ヨーロッパへの船旅 / ウィーン、パリ、戦争の記憶 / 16歳、コロンビア大学に入学 / ナチ侵攻のさなか、『源氏』に没頭 / 真珠湾攻撃、海軍日本語学校へ / 海軍語学校卒業式、日本語で 「告別の辞」 / 戦死した日本兵の日記に感動 / アッツ島攻撃、「戦争」 初体験 / 沖縄、神風特攻隊で 「死」 と遭遇 / 終戦後の青...

    タグ:ishinomori comic SF
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