折々のねことば 16 [c a t 's c r a d l e]
白鳥、白鳥、蜂鳥(Swan, swan, hummingbird)
やった、みんな自由になったんだ(Hurrah, we are all free now)
私たちは何て騒がしいネコなんだろう(What noisy cats are we)
マイケル・スタイプ
米インディ・ロック・バンドR.E.M.はシリアス、ミステリアスで暗い、マイケル・スタイプ(Michael Stipe)は何を歌っているのか分からない、歌詞も聴き取れないと言われて来た。4thアルバム《Lifes Rich Pageant》(1986)に収録された3拍子のフォーク ・ソングも南北戦争の奴隷解放を讃える「凱歌」にしては暗鬱で、「Hurrah, we are all free now」 という勝利のフレーズも逆に虚しさだけが空ろに響く。南軍兵士ジョニー・レブ(Johnny Reb)の英雄譚も良く分からないが、「What noisy cats are we」 という歌詞が耳に痛い。〈Cuyahoga〉では新大陸を横断して河を汚染させた白人たちの光景と河で泳いだり踊ったりした先住民族の記憶が語られる。〈Swan Swan H〉から。
2008・2・11
「犬猫病院はどこでしょうか」
長谷川 町子
猫を抱いた磯野サザエが銭湯へ行く(帰り?)の男の人に訊ねる。「確か角を曲がって三軒目です」 と教えた男性がサザエさんの行き先を見送っていると、大慌てで走って逃げ帰って来た。先に来ていた飼い犬と猫が大喧嘩したのだ(3コマ目)。「犬猫病院」 が朝日新聞朝刊(1953・4・28)に掲載されたのは終戦から未だ10年も経っていない頃だった。動物医療センターPecoの獣医師・佐々木伸雄氏は《当時、動物病院はそこまで身近な存在ではなかったはず。狂犬病予防のため獣医師にかかる必要かあった犬ならまだしも、サザエさんが猫のために日常的に動物病院を利用していたのだとしたら、そうとう先進的です》と話す。「朝日新聞 be」 に連載中のコラム 「サザエさんをさがして」 から。
2023・9・16
コカ夫人は猫を食べたあと自殺した。
マリアーナ・エンリケス
日曜日の午後、トゥユティ通りと交差する角を曲がり、通りの真ん中をスーパーのカートを押して来た老人。カートを歩道の縁石に置き、洗車しているオラシオの車に近づいて、突然ズボンを下ろした。ノーパン男から放たれた下痢に近い大量の軟便。オラシオは呆気にとられ、酔っ払いのフアンチョが男を倒して蹴り続けた。家の窓から外を見ていたママが仲裁に入り、文無し男を放免した。激怒したフアンチョが落とし前としてカ ートを奪う。15日ほど経ってから異変が始まった。オラシオの経営するステーキ店が強盗に襲われ、銀行口座から全額が引き出されていた。コカ家の2人の息子は車の修理工場を解雇された。アルゼンチン・ホラー・プリンセスの短篇 「ショッピングカート」 から。
2024・3・16
「猫が十五匹以上になったら、おれはこの家を猫にゆずって、別居する」
大佛 次郎
家の者(人類と猫)に変化はなかった。人類よりも猫の方が数が多い。全部で9匹だと少ないと感じる。迎えに出て来た初対面の子猫も捨て猫だった。猫好きの家と知った人が捨てに来て、妻が拾ってしまう。10匹以上になって昼夜の区別なく家の中を駆け回る猫たちは決して可愛いとは言い難い。「私」 は妻や女中たちに申し渡す。この脅迫が功を奏して、「多頭飼育崩壊」(という言葉は当時なかったが)を免れた。念のために算えてみたら16匹いたので女房を呼び出すと、「それはお客さまです。御飯を食べたら帰ることになっています」。終戦となって暫く姿を見せなかったが、半年後のある日、「通いが引越して来ました。子猫を一匹連れて」。大の猫好き大作家のエッセイ 「猫の引越し」 から。
2024・5・21
不愉快なリズム、というよりリズムが狂った躓きの連続音。なんだろう? 野良猫が、まどの軒と庇のあいだでジョギングでもはじめたのかな?
安部 公房
「芸術新潮」(2024年3月号)の特集 「わたしたちには安部公房が必要だ」 で告知されたように、安部公房生誕100周年として文庫本『飛ぶ男』と『(霊媒の話より)題未定』(新潮社 2024)が出た。「飛ぶ男」 は死後ワープロのFDに遺されていた未完の絶筆。単行本(1994)は 「安部真知夫人による "編集者的" な加筆・改稿が施されたものだった」 という。ある夏の明け方、上空を南西方向へ滑走している男を3人の人物が目撃した。発酵科学研究所の研究員・小文字並子は発作的に空気銃で発砲してしまう。負傷した 「飛ぶ男」 は父親から追われているので助けてくれと中学教師の保根治に携帯電話する。スプーン曲げの少年マリ・ジャンプと名乗る 「飛ぶ男」 は保根の腹違いの弟だと主張する。
2024・7・11
主人公は、猫の姿で表現されている。まず、《はじめまして》と体に、桶に汲んだ湯をかける。浸かって、ふほー。
北村 薫
『神様のお父さん』(本の雑誌社 2023)は 「本の雑誌」 に連載中のエッセイ『ユーカリの木の蔭で』(2020)の続編(67篇)。「明日の友」(婦人之友社)の連載 「本と幸せ」(16篇)と巻末あとがき風の 「北村薫の図書室」(おみやげの鉛筆)を併録している。小説、随筆、映画、落語、演劇、TVなどの知られざるトリヴィアを本の中から見つけて、驚いたり喜んだりする。ミステリ作家らしく、肝腎肝要なことは掉尾に書いたり(敢えて書かなかったり?)するところが心憎い。謎めいた表題は手塚治虫の父・手塚粲(ゆたか)氏のこと。日本全国の温泉地を回る松本英子が雄ネコのアバターとして描かれる旅する温泉漫画『かけ湯くん』(河出書房新社 2018)を紹介した 「いい湯だな」 から。
2023・6・8
ハムレットは生地から爪をはがそうとし、自由になると、小さな黒豹のごとくもう一度突進した。
アリ・ブランドン
大叔母ディーからNYブルックリンの書店と2つのアパートメントを相続したダーラ、店長ジェイムズ、隣人のプリンスキ兄妹、アパートの住人ジェイク(私立探偵)、顔見知りの刑事リース、新書店員に採用されたロバート、そして看板猫のハムレット。建築業者のバリーと改築工事中の建物を見に行 ったダーラは地下室で常連客カート(バリーの同僚)の変死体を発見する。元警官のジェイクは〈グレート・センセーションズ〉の店主ヒルダから、娘テラの恋人カートの身辺調査を依頼されていた。無愛想な黒猫は書棚から本を下に落として真犯人のヒントを提示するだけでなく、窮地に陥ったダーラを救おうとして勇敢にも殺人犯に飛びかかるのだった。『書店猫ハムレットの跳躍』から。
2024・8・10
「このクソ猫め、よくもやったな!」 ジョーがぼくを放り投げた。体を小さく丸めたぼくは、落ちていくのを感じて四本の足を伸ばし、足から着地した。
レイチェル・ウェルズ
1年前に姉さん猫アグネス、2週間前に老婦人マーガレットを亡くして、天涯孤独となったアルフィー(ぼく)は娘リンダ夫婦の会話を聞いて腹を立てる。家を売却して、猫を保護施設へ連れて行くというのだ。猫社会で "死刑囚檻房" と呼ばれているシェルターに送られることは死刑宣告を待つのに等しい。ホームレスとなったアルフィーは考える。再び飼い猫になっても、飼主に先立たれたら同じ目に遭う。複数の家を渡り歩く通い猫になろうと決心する。「エドガー・ロード」 に辿り着いたアルフィーは元夫に浮気されて離婚して引っ越して来たクレア、無職になって恋人にも去られたジョナサン、フラットに越して来た2組の夫婦と3人の子供たちと出会う。『通い猫アルフィーの奇跡』から。
2024・8・17
「別々な日にバラバラに作曲された8つの要素のスケッチを、フェアライトでグラフィカルに配列(キリバリ)してみる。結果的に出てきた音は、まるでディズニーのアニメーションの猫達の動きのようだ」
坂本 龍一
坂本龍一の4thアルバム《音楽図鑑》(1984)の自作解説。6曲目の 〈M.A.Y. IN THE BACKYARD〉 は 「デジタルで再現されたマリンバが主役のスティーブ・ライヒ的なミニマル電子音楽で、この頃に日本でも流行していた環境音楽の雰囲気もあるが、強迫的なシンセが安穏を打ち破る」(佐々木敦)。「M.A.Y.」(「エム・エー・ワイ」 と読む)という曲名は当時、高円寺の自宅の裏庭に入り込んで来たノラ猫たちに付けた渾名、モドキ(M)、アシュラ(A)、ヤナヤツ(Y)の頭文字。副題に 「坂本龍一とその時代」 とあるように、『「教授」 と呼ばれた男』は時系列に沿って記述されているが、「評伝」ではなく 「批評」 だという。2冊の自伝から引用、著者によるインタヴューなども再録している。
2024・7・1
ピートのくつは なにいろになった?(What colour did it turn his shoes?)
エリック・リトウィン
青いねこのピート(Pete The Cat)は真新しい白いスニーカーを苺の山で赤く染め、お気に入りシャツの4つボタンが次々に取れ、初めて小学校へ通学し、海水浴した仲良しの友達と寝つけない長い夜を過ごし、風邪を引いたサンタさんに代わって子供たちにクリスマス・プレゼントを届ける。この絵本シリーズがユニークなのは子供たちも一緒に歌えること。巻末に楽譜とギター・コードが載っているが、日本語ではリズムに乗れない。英語で歌った方が愉しい。原書を入手出来なくても心配ない。動画サイトの読み聞かせ絵本やアニメ版「Pete the Cat」でピートと一緒に歌えるのだ。フライングVを弾きながら、ノリノリにゃん。歌える絵本『ねこのピート だいすきなしろいくつ』から。
2019・1・5
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〈折々のねことば〉は朝日新聞朝刊に連載中のコラム 「折々のことば」(鷲田清一)のネコ版パロディ。マイケル・スタイプ(R.E.M.)の歌詞は難解ですが、〈Swan Swan H〉の背後には入植者たちによるネイティヴ・アメリカンの虐殺、〈Cuyahoga〉には環境問題(河川汚染)が暗渠のように流れているのではないかと思います。「猫の引越し」 の出典は『猫のいる日々』(徳間文庫 2014)。『飛ぶ男』に併録された「さまざまな父」は父親が透明人間になる薬、息子(ぼく)が宙を飛べる薬を服むという「飛ぶ男」 の前日譚を想わせる短篇(未完)。かけ湯くんは女風呂に入り、混浴は恥ずかしがります。「書店猫ハムレット」 はシリーズ2作目(1作目は未訳)なので、なぜ三毛猫ホームズのような特殊能力が黒猫にあるのかは謎。「通い猫アルフィー」 シリーズは夏目漱石の 「吾輩」 と同じように、擬人化した一人称視点(ぼく)で描写されます。「M.A.Y.」 の自作解説は『音楽図鑑 坂本龍一 エピキュリアン・スクールのための』 (本本堂 1985) からの孫引き。歌える絵本 「Pete the Cat」 は愉しい。
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- 「折々のねことば 200」 を更新、「CATWORDEX 2」 を投稿しました(2024・8・6)
catwords 100 / 200 / 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12 / 13 / 14 / 15 / 16 / sknynx 1218
- Artist: R.E.M.
- Label: EMI
- Date: 1998/06/30
- Media: Audio CD
- Songs: Begin The Begin / These Days / Fall On Me / Cuyahoga / Hyena / Underneath The Bunker / Flowers Of Guatemala / I Believe / What If We Give It Away? / Just A Touch / Swan Swan H / Superman / Tired Of Singing Trouble / Rotary Ten / Toys In The Attic / Just A Touch / (All ...
- 著者:マリアーナ・エンリケス(Mariana Enriquez)宮﨑 真紀(訳)
- 出版社:国書刊行会
- 発売日:2023/05/22
- メディア:単行本
- 目次:ちっちゃな天使を掘り返す / 湧水池の聖母 / ショッピングカート / 井戸 / 哀しみの大通り / 展望塔 / どこにあるの、心臓 / 肉 / 誕生会でも洗礼式でもなく / 戻ってくる子供たち / 寝煙草の危険 / わたしたちが死者と話していたとき / 訳者あとがき
- 作:エリック・リトウィン(Eric Litwin)/ 大友 剛(訳)
- 絵:ジェームス・ディーン(James Dean)
- 出版社:ひさかたチャイルド
- 発売日:2013/05/13
- メディア:大型本
- 内容:ねこのピートはあたらしいしろいくつでおでかけ。うれしくて「しろいくつ、かなりさいこう!」とうたいながらあるきます。するといちごのやまにのぼりくつはまっかに!ピートはかなしんだかというと…。「あかいくつ、かなりさいこう!」。子どもとの...
2024-07-21 00:00
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