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テレビ寂れて [p a l i n d r o m e]



  • シタールの弦のような細い髭が少女たちの頬に生えだしたときも、イオは彼女たちの新手の悪戯のひとつだと思うことにした。髭はそれにしても彼女たちによく似合っていて、イオは髭のない少女など想像もできなくなったほどだった。ぴんと伸びた髭、不機嫌そうに垂れた髭、くるんと丸まった髭、落ち着きのない髭、長い髭、短い髭、すぐに他の髭に触れたがる髭‥‥。/ 少女たちの髭が毛に覆われていくのも、自然な成行きと思えた。それぞれに尻尾と同じ色の、白銀から、赤朽葉から、飴色から、金糸雀色から、つまりは金色のありとあらゆるヴァリエーションの、ふさふさとやわらかそうな毛が生えた。少女たちの鼻梁は高く伸びて、三角の耳がやわらかそうに頭上に立ち、目は毛深い顔の中で黒くきらめいた。/ イオはそれでも少女たちを尻尾で見分けることができたが、見分けてどうするのか、段々わからなくなってきた。それらは、読めない記号の書かれた、何にも紐付けられていない札のようだ った。
    川野 芽生 「尾に就いて」


  • 川野芽生、野蛮人、歌人、天使、閑人は闇汲めの和歌
    川野芽生の第一歌集『Lilith』(書肆侃侃房 2020)は《叙情の品格、少女神の孤独。端正な古語をもって紡ぎ出される清新の青。川野芽生の若さは不思議だ、何度も転生した記憶があるのに違いない》という白い腰巻を纏っている。〈Lapis-lazuli みがけりからだ削ぎゆかばたましひ見ゆ、と信じたき夜半〉〈うつくしき靴を沓く罪 踊りなす脚なら伐れ、と斧を渡さる〉〈ヴァージニア・ウルフの住みし街に来てねむれり自分ひとりの部屋に〉‥‥2012年から19年までの作品374首は和歌のような旧仮名遣いだが、想像力を刺戟するシュールな短歌はファンタジー界の女戦士を想わせる。帯文を書いた山尾悠子とは親交があり、親和性も高い。短歌ムック 「眠らない樹 vol.7」(2021)に掲載された2人の「往復書簡」の中で、川野芽生は《私にとっての理想は両性具有──「男でも女でもある」──ではなく、無性──「男でも女でもない」》と綴っている。〈求婚者を鏖にする少女らに嵐とは異界からの喝采〉

    この首斬り意外速い、ヤバい怪力引く鋸
    2023年7月2日、札幌の歓楽街ススキノのホテルで起きた殺人事件は女性が男性の頭部を切断して持ち去るという異常性が耳目を集めている。しかし、「首狩り殺人」 という猟奇性だけに焦点を当ててクローズアップされると、事件の本質を見失うような気がする。容疑者T**(29歳)の引き籠りや精神科医の父親の過保護ぶりなども根掘り葉掘り報じられているが、被害者U**(62歳)についての情報は少ない。2人の関係性やトラブルを生じたことも取り沙汰されている。少なくても通り魔的な無差別殺人ではない。加害者父娘以上に歳の離れている男性によるストーカー行為が原因だったと仮定してみることは出来ないか。今まで起きた「ストーカー殺人事件」の殆どは男性が女性を殺害するというパターンだった。ストーキングされた被害者が逆襲した「逆ストーカー殺人事件」だったとしたら、この首斬り行為は殺害に付随する実行犯の個人的な性的嗜好によるものではないかと思ったりして。

    厳しくハズレ、身溢れ。ファミレスは籤引き
    古来から籤引きには神の意志が反映されていると考えられていたので、「神頼み」 という願掛けも全く根拠のない行為とは言えないかもしれない。それでも宝くじの1等に当選するのは交通事故や旅客機の墜落で死亡する確率よりも遙かに低いという。「S**商人まつり」 は七福神(毘沙門天、福禄寿、大黒天、寿老人、弁財天、恵比寿、宝船、布袋)に因んだ8カ所を巡る1時間ほどのウォークラリー。毎年6月に開催されるT**区商店街連合会主催の恒例行事だったが、コロナ禍で中止や延期を余儀なくされていた。スタンプ(8ポイント)を集めて、S**地蔵通り入口にあるS**寺中央会場で抽選会に臨む。例年はハズレても参加賞(50円)を貰えたのに、今年は 「すがもん飴」(5個入り)、「すがもんクリアファイル」 に変更された。ウォークラリー中の福引にも見事にハズレて、身の置きどころもなくファミレスで一休み。オーダー・メニューも籤引きで決めたいくらい心身ともに疲労困憊した。

    血相変えた。空いてます、マティスだ。絵・画、嘘つけ!
    猛威を振るっていた新型コロナ・ウィルスも漸く沈静化したようで、マスクの着用も個人の判断に委ねられたが、美術館や映画館の予約制は存続しているようだ。それでも 「アンリ・マティス展」(2023)は 「エゴン・シーレ展」のように、SNSで当日券の販売状況を告知していないので、意外に空いているのかと思って予約しなかった。夜間開館日(金曜)に東京都美術館に行くと、20〜30人ほどの列が当日券の窓口に並んでいた。予約券を持参して入場する人は殆ど皆無。約10分後、QRコードが印字されたペラペラのレシートを自動読み取り機に翳す。幸い待ち時間なしで入れたが、会場内は朝の通勤電車並みの大混雑だった。これで入場制限しているのだろうか。予約制にする意味が分からない。地下からエスカレータで昇った1階フロアだけは写真撮影可で、皆さんスマホでカシャカシャと撮っている(絵画を撮る人は肉眼で鑑賞しないのね)。出口手前で上映されているヴィデオ 「ヴァンス ・ロザリオ礼拝堂」(5分)も黒山の人集り。グッズ売り場もレジに並ぶ長蛇の列で混雑していた。

    海難タイタニック疎く深海、監視区。洞窟にタイタンないか?
    1912年、英サウサンプトンから米ニューヨークへの初航海の途中、氷山に衝突して沈没した豪華客船タイタニック号。乗客・乗員は2200人の内、1500人以上が死亡した。その残骸はカナダ東部ニューファンドランド島のセントジョンズから南に約700キロメートルの海底に沈んでいるという。2023年6月18日、タイタニック号が沈んでいる深海に向かっていた観光用の小型潜水艇タイタンが約1時間45分後に消息を絶った。タイタニック見学ツアーに参加した乗客・乗員5人の安否は不明。タイタンは水深4000メートルまで潜水が可能で、乗組員5人の生命を96時間維持出来るというが、22日米沿岸警備隊がタイタニック号の船首から約490メートル離れた海底で、タイタンと思われる破片を発見した。5人は水圧による潜水艇内部の破壊で死亡したとみられる。28日ニューファンドランド島セントジョンズの港に引き揚げられたタイタンの残骸から、遺体の一部とみられるものが見つかったという。

    酔い鳴いて告げ、バスタブ・キャット。1つ焼き豚、スパゲッティないよ
    同居する三毛ネコは湯抜きしたバスタブの中で眠るのが大好き。白くてツルツルした窪みが気持ち良いのかもしれない。預言者ムハンマドは外出着の袖の上で眠っていた愛猫ムエザを起こすのが忍びなく、袖を切り落とした服を着て外出したというけれど、私も入浴してリラ ックスすることを断念して、シャワーだけで済ましたことも一度や二度ではない。昨夜、浴室から甘ったるい鳴き声が聞こえた。彼女が艶かしい猫撫で声で訴えるのは食事の要求と、お腹を優しく撫でて欲しい時と決まっている。風呂場へ行くと、バスタブの中で目覚めた彼女が夜食を強請っていた。お皿にはキャットフードが半分以上も残っているのに。私に猫語を解する能力はないけれど、その時なぜか彼女が 「あたしの大好きな焼き豚とスパゲッティがないよ」 と話しているように聞こえたのだ。ワインに酔ったのかしら。マタタビに酔っ払 ってトリップして、「ネコじゃネコじゃ」 を二本足で踊った女性パートナーのように。

    烏骨鶏、樹、大葉、「大きい月光」(Ookii Gekkou)
    青紫蘇が繁る樹の下で、一羽のニワトリが月を見上げて鳴いている。月の光が烏骨鶏を青白く照らし出す。《Ookii Gekkou》(Fire 2021)はヴァニシング・ツインの3rdアルバム。ベルギー出身のキャシー・ルーカス(ヴォーカル)がロンドンで結成した多国籍バンドである。イタリア人ヴァレンティーナ・マガレッティ(ドラムス)、日本人ススム・ムカイ(ベ ース)、天王星から来た男フィル・MFU、仏映像作家エリオット・アーント (フルート、パーカッション)の5人組。「消える双子」(Vanishing Twin)という奇妙なバンド名は母親の妊娠中に吸収された双子姉妹に由来する。12歳の時に知らされたキャシーの悲しみは消えた「半身」と共に生きているという概念への魅力で相殺されたという。「Ookii Gekkou」(Big Moolight)という日本語タイトルは大阪出身のミュージシャン向井進(Zongamin)のアイデアだと思われる。烏骨鶏が見ている月はスーパー・ブルー・ムーンかもしれない。

    度越しな処理水廃棄、大きいパイズリ、由無し事
    愛人宅のベッドで撓な乳房を揉み拉いてパイスリしながら、俺は取り留めないことを妄想する。たとえば「東京電力福島第一原子力発電所の建屋内にある放射性物質を含む」大量の汚染水について‥‥様々な放射能物質をALPS(Advanced Liquid Processing System)で浄化した処理水を海水で薄めて放出する意味が分からない。希釈したトリチウムの濃度は「国の定めた安全基準の40分の1(WHO飲料水基準の約7分の1)未満」。「安全基準を満たした上で、放出する総量も管理して処分するので、環境や人体への影響は考えられません」 とのことだが、薄めても薄めなくても海へ流してしまうのだから結果的には同じことなのではないか。カルピスや濃縮コーヒーを水や牛乳で希釈するのとは次元が異なる。人体に悪影響を及ぼさないくらいに安全ならば、総理・復興大臣・東電幹部はフクシマで水揚げされた海産物を美味しそうに食べるだけでなく、処理水を飲み干して見せれば良いではないかと‥‥。

    デカい、スパイダーマン払う、上菅谷〜霞ヶ浦。ハンマー代はSuicaで
    茨城県上菅谷のタワー・マンションから蜘蛛男が転落死した。自称スパイダーマン三世のインスタによると、上菅谷から霞ヶ浦にかけて連なるタワーマンション群を三週間かけて踏破する予定だったという。7月27日、フランス人のインフルエンサーが香港ミッドレベル(半山)にある「トレグンター・タワー」の68階から転落死したばかりである。レミ・ルシディを最後に目撃したのはペントハウスで働いていた家政婦だった。英ガーディアン紙によると 「ルシディさんが窓を叩いて助けを求めたが、家政婦は彼を疑わしいと思って無視した」 という。背中にパラシュートを背負っていれば助かったのにとか、クルマから緊急脱出するためのハンマーを携行していれば窓ガラスを破ってマンション室内に入れたのにと思うけれど、フリー・クライマーとしてのプライドが赦さないのだろう。ハンマーを購入しなかった(現金を所持していなかったが、Suicaで買えた)スパイダーマンの払った代償も大きかった。

    似顔画「Ryuichi Sakamoto」子供が幸いう百合ヶ丘に
    百合ヶ丘駅前(小田急電鉄小田原線)にある甘味処L**の壁面に坂本龍一の肖像画が飾られている。プロの画家が描いたような立派な絵画ではなく、稚気溢れる愛らしい似顔絵である。3年前に坂本氏が訪れた際に、店主の幼い娘さん(7歳)が描いたという。去る3月に坂本龍一(享年71歳)が亡くなった時に、教授の音楽は好きだが政治的な発言は嫌いだという言説がSNSなどで流布された。アーティストの作品と言動は別だという言い分である。しかし、作家と作品をキッパリ切り離して鑑賞・批評出来るのだろうか。たとえばゴッホの絵画を観たり、ジョン・レノンの音楽を聴く時に作者の生涯が燃え立つ緑の糸杉や青空に浮かぶ白い雲のように脳裏に渦巻く。『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(新潮社 2023)の書評(朝日新聞 2023・9・9)の中で、評者の横尾忠則は 「芸術的創造はそれ自体が反社会的で、平和的理念を内包しているので、あえてプロパガンダ的な行動を起こす必要がない」 と語っている。美術家の友達が甘味処L**で食べたのは餡蜜、それとも善哉かしら?

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     スニンクスなぞなぞ回文 #72

     りゅうちぇる△▽◇◎◇お◇◎◇▽△るえちうゆり

     回文作成:sknys

     ヒント:花の名は?


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    奇病庭園

    奇病庭園

    • 著者:川野 芽生
    • 出版社:文藝春秋
    • 発売日:2023/08/04
    • メディア:単行本
    • 目次:角に就いて / 翼に就いて / 鉤爪に就いて / 透明鉱 / 毛皮に就いて / 半身に就いて / 蹄に就いて / 複眼に就いて / 蔓に就いて / 金のペン先 / 嘴に就いて / 尾に就いて / 香りに就いて / 鰭に就いて / 脚に就いて / 真珠に就いて / 顔に就いて / に就いて / 翼に就いて II / 棘に就いて / 鱗に就いて / 記憶に就いて / 糸に就いて / 繭に就いて / 牙に就いて / 半...

    Lilith

    L i l i t h

    • 著者:川野 芽生
    • 出版社:書肆侃侃房
    • 発売日:2020/09/26
    • メディア:単行本
    • 目次:anywhere / out of / the world / あとがき / 初出一覧 // 栞(石川美南、佐藤弓生、水原紫苑)

    アンリ・マティス展

    アンリ・マティス展

    • アーティスト:アンリ・マティス(Henri Matisse)
    • 会場:東京都美術館
    • 会期:2013/04/27 - 08/20
    • 主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館 / ポンピドゥーセンター / 朝日新聞社 / NHK / NHKプロモーション
    • 概要:約20年ぶりの開催! 20世紀芸術の巨匠アンリ・マティスの大回顧展。世界最大規模のマティスコレクションを誇るパリ、ポンピドゥー・センターから名品約150点を紹介。“フォーヴィスム” の夜明け、マティス初期の傑作《豪奢、静寂、逸楽》日本初公開


    Ookii Gekkou

    Ookii Gekkou

    • Artist: Vanishing Twin
    • Label: Fire Records
    • Date: 2021/10/20
    • Media: Audio CD
    • Songs: Big Moonlight (Ookii Gekkou) / Phase One Million / Zuum / The Organism / In Cucina / Wider Than Itself / Light Vessel / Tub Erupt / The Lift


    ぼくはあと何回、満月を見るだろう

    ぼくはあと何回、満月を見るだろう

    • 著者:坂本 龍一
    • 出版社:新潮社
    • 発売日:2023/06/21
    • メディア:単行本
    • 目次:ガンと生きる / 母へのレクイエム / 自然には敵わない / 旅とクリエイション / 初めての挫折 / さらなる大きな山へ / 新たな才能との出会い / 未来に遺すもの / 著者に代わってのあとがき 鈴木正文 / フューネラル・プレイリスト / 年譜

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