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屍は仮死? [p a l i n d r o m e]



  • 備えつけのテレビの前には小型のDVDプレーヤーが繋がれており、映画が一時停止状態にな っている。画面に映っている外国人女優には見覚えがあった。短い金髪で、砂埃にまみれた美貌の表情は険しく両手に銃を構えている。/「これ、『バイオハザード』じゃないっすか」/「ああ」重元は頷く。/ 言わずと知れた、ゾンビゲームの映画化作品だ。別にDVDを見ようがゲームをしようが勝手にすればいいが、さすがにこの状況でゾンビ映画を鑑賞する神経には言葉が出ない。高木も「気が知れないよ‥‥」と渋面をつくった。/ 絨毯に直接座り込んだ重元を囲んで、俺と比留子さんはベッドに腰掛け、高木は椅子を後ろ向きにして跨った。/「普段からこういうのはよく見るんですか」/ 比留子さんの質問に重元は、/「まあ、ゾンビ映画と呼ばれるものはたいてい。ゾンビといっても作品ごとに設定は違うけどさ。今じゃ現実にゾンビの襲撃を受けた時のためにサバイバルガイドまで出版されているんだ。読み込んではいたんだけど、やっぱり銃のないこの国じゃやれることは限られているね」
    今村 昌弘 『屍人荘の殺人』


  • □ 可視化、山本舞香、紆余曲折。急く良き妖怪まとも、まやかしか
    荒波八幡神社の一角に建つ「妖怪シェアハウス」に派遣された家政婦の本仮屋素子(山本舞香)は妖怪たちが一般人と変わらずに共同生活していることに驚く。妖怪たちは人間に成りすまして暮らしていた。お岩さんは看護師、酒呑童子はオークション会社、ぬらりひょんは弁護士兼経営コンサルタント、座敷童子はシェアハウスの管理人として働き、丑の刻になると妖怪の姿に戻るのだった。人間に恨みを抱いて死んだ幽霊や悪戯したりする妖怪なのに意外に心優しくて面倒見の良い魑魅魍魎なのだ。八幡神社の境内で行き倒れて気を失っていた目黒澪(小芝風花)を救い、介抱したのも四谷伊和(お岩さん)だった。元カレ(ダメ男)に金を貢いで仕事をクビになり、借金を背負って住居も失った無職・無一文の澪は妖怪シェアハウスに同居することになった。元ヤンキーの素子も妖怪たちの姿に戸惑いながらも家政婦として住み込むことになるのだった。

    □ 貧相、くどい、せこい‥‥夜な夜な良い子、生徒喰うゾンビ
    S県娑可安湖で開催された「サベアロックフェス」で起きたバイオ・テロ。ウイルスに集団感染した若者たちが娑可安中学校を襲う。蘇生したゾンビたちは焼け爛れた腐乱死体のようにグロテスクで気色悪い。痩せこけて貧相で、悪どく諄く、醜くセコい‥‥その容貌は顔面崩壊したように赤黒く崩れ、身元確認出来ないほどの様変わりしてた。校門の鉄柵から侵入したゾンビどもは給食後の自由時間に校庭で遊んでいた生徒たちを餌食にした。蜘蛛の子を散らすように校舎内に逃げ込んだ子供たちをの後を追って校舎内に潜入する。まさに「バイオハザード」の世界を絵に描いたようなホラー惨劇だったが、TVゲームや映画のようにゾンビと勇敢に戦うヒーロー、ヒロインは存在せず、ハンドガンやグレネードランチャーなどの殺傷武器もない。最上階の教室に避難した教師と中学生たちは出入口の引き戸に机や椅子でバリケートを築いて籠城するしかなかった。夜になる前に救援隊は来るのでしょうか。

    □ 今屍、ボク焼く骨、墓仕舞い
    給食後の昼休み、校庭でサッカーに興じていたボクは後逸したボールを追い駆けていたため、異常事態に気づくのが遅れてしまった。フェンスの隅に転がっていたボールをドリブルしながら戻ると、グラウンドは異様な光景に一変していた。生徒たちの姿は消え去り、校門から異形の集団が侵入しようとしていた。TVゲームやホラー映画に出て来るゾンビだと視認するのは一瞬だった。慌てて校舎の中に避難しようとしたが、ボールに足を取られて転んでしまった。倒れた時に右足首を捻ってしまったのか、全速力で走れない。玄関に辿り着く寸前、ゾンビに後ろ足を掴まれて噛まれた。ドンビを蹴り飛ばして扉を開け、階段を昇って教室に逃げ込む。ゾンビに噛まれた人間は死んで、醜悪なゾンビとして甦る。ボクは級友たちに死んだら躊躇せずに火葬して欲しいと嘆願した。旧校舎裏には古い焼却炉が撤去されずに放置されている。骨になって埋葬されれば、墓場からゾンビとして蘇生することもない。

    □ 絵描きと理科とヤマザキマリ。アリマキさま、ヤドカリと着替え
    ヤマザキマリ(7歳)はヴィオラ奏者の母親が札幌のオーケストラ入団のために北海道へ移り住むことになった。一家が暮らしていた千歳市内から車で30分の距離にある支笏湖は母親のお気に入りの場所。幼い姉妹を学校を休ませては連れて行ったという。小学校の教科では図工と理科が好きだった。都内でもワイルドな渓谷のある自然の中、そして遠く離れた北海道の大自然の中で育った少女は昆虫愛に目覚めた。夏休みの自由研究テーマは「アリマキさまの生態観察」や「ヤドカリさんの引越し絵日記」だった。昆虫や甲殻類とは意思の疎通が出来ないけど、地球に暮らす生物として共生することが出来ると話す。17歳で単身イタリアに留学した画学生ヤマザキマリが極貧生活の中で、イタリア語版『砂の女』(1962)にハマったのも分かるような気もする。安部公房の小説は昆虫採集のために砂漠に来た中学教師が「アリ地獄」に陥ってしまうストーリなのですから。

    □ 記者、見殺し? 苦悩の釧路、ゴミ屋敷
    北海道・釧路の「ゴミ屋敷」はメディアでも話題になったことがある。地元新聞の記者は大屋敷に1人で住む老婆にインタヴューしたことがある。広い敷地内には草木が手入れされずに鬱蒼と生え蔓延り、前庭には玄関から流出したゴミが山のように積み上がり、十勝連峰のように連なっていた。かつての大邸宅の面影はない。再三の撤去要請にも従わず、市の条例によって漸く強制撤去となった当日、ゴミ屋敷を訪れた市職員と記者は異変に目を疑った。昨夜遅く発生した震度5強の地震で、老朽化していた屋敷が半壊していたのだ。細心の注意を払いながら屋内に入った。散乱するゴミと瓦礫で足の踏み場もない室内は解体業者も絶句する惨状だった。そこは病んだ老婆の脳内世界だった。捜索すること数十分、解体業者が寝室の布団の中で絶命していた老婆を発見した。倒壊した粗大ゴミの下敷きになって圧死したようだ。もう少し早くゴミを撤去して、住人を保護しておけば良かったと記者は悔やんだ。

    □ 恫喝9月、面折、殲滅核使うと‥‥
    ロシア軍のウクライナ侵攻から早4カ月、侵略戦争は長期化の様相を呈している。長引くコロナ禍とウクライナ戦争でメンタルヘルスを殺られて鬱状態に陥って人たちも少なくない。お気楽な人生を送っているブロガーX氏でさえも、真っ青な空や雨模様の暗雲を見上げながら、時々落ち込むこともある。軍事専門家はウクライナ東南部の激しい市街戦を冷静に分析しているけれど、現実感に乏しい陣取りゲームのように聞こえる。衆人環視の中で大量殺戮が起きているのだ。プーチンは自ら起こした戦争を正当性を主張して、西側諸国(NATO)を詰り、核兵器の使用をチラつかせて、ウクライナに武器提供しているアメリカやイギリスを脅す。もしロシアがウクライナを戦術核で攻撃したら、NATOはどのように対応するのだろうか。核兵器でロシアに報復するのだろうか?‥‥明らかなのは核兵器が戦争の「抑止力」ではなく、世界を終わらせる「恫喝」として機能することである。

    □ 帰省アムールトラとルーム相席
    「プーチン大統領が放したトラ、中国でヤギを襲う」‥‥ロシアからアムール川を渡って、中国に越境したアムールトラが農家の山羊15頭を襲って、中国政府を困惑させている。《クージャは2012年に中露国境付近のウスリータイガ(針葉樹林)で飢えているところを保護された絶滅危惧種のシベリアトラ(アムールトラ)。狩猟方法などを学んだ後に再び自然に戻された。ロシアの野生動物育成プログラムには大自然好きで知られるプーチン大統領自身も積極的に携わっている》という。アムールトラの首輪にはGPSが装着されているので、その行方は追跡可能である。ロシアから派遣された野生動物育成部隊が中国の国境近くでクージャを捕獲した。ロシア本国への輸送中、台風による豪雨に遭う。水位の上がったアムール川が氾濫して、捜索隊は止むなくアムール湾の辺りに建つ高級ホテル 「アムール・ベイ」(Hotel Amur Bay)に宿泊することになった。ホテルが満室だったので、一行は檻の中のアムールトラと共に一夜を明かすことになった。捜索日誌〈ルーム相部屋、ベイ・アムール〉から。

    □ 事故物件、余燼マンション、月賦越し
    《Disturbance》(One Little Indian 2019)のアルバム・カヴァにはドイツ人写真家マイケル・コッター(Michael Kotter)の廃墟写真が使われている。チェリノブイリ原発事故(1986)でゴーストタウンと化したウクライナ・プリピャチ(Pripyat)の音楽学校で撮られた写真をモノクロ加工して、ネコの画像を合成している。Test Deptの「猫ジャケ」を見て思ったことがある。たとえ放射線量が下がって人間が住める環境になったとしても、住人たちは戻って来ないだろうということを。プリピャチは「事故物件」である。殺人や自殺の現場となった民家やマンションには誰も住みたくない。心霊スポットとして、肝試しや怖いもの見たさで訪れる人がいるとしても、常住したいとは決して思わないだろう。幽霊が出るとかボルターガイスト現象が起きるとかということではない。気味が悪いのだ。「安全」 と言われても、「安心」 出来ない。これを「風評被害」と一蹴するのには違和感がある。ローンや家賃が半額ならば住んでも良いという物怖じしない方もいらっしゃるかもしれませんが。

    □ 和のエチケット、祖母、外着け知恵の輪
    新型コロナウイルスの感染者数が減って来たことで、今夏のマスク着用の是非が論じられている。政府は公立校の体育や部活、人気のない野外ではマスクを外すように指導し始めた。酷暑の夏季に向かって、コロナ感染よりもマスクをすることで起きる熱中症のリスクの方が高いと判断したためである。ところが小中学校の生徒たちは教師がマスクを外すように促しても恥ずかしがって外したがらないという。この2〜3年でコロナ禍でマスク着用が日常化してしまい、クラスメートに素顔を晒すことを躊躇うようになったのだ。私もマスクを外して外出することに抵抗感がある。目元だけに集中していれば良かったメイクを見直さなければならないし、「顔パンツ」 を脱ぎたくないという女性の身も蓋もない意見もある。花粉症の祖母は家の中ではノーマスク、外出時には身だしなみとして、コロナ禍以前からマスクを常に着けている。お婆ちゃんの知恵である。

    □ 淑やか、優しい、あどけない。泣けど、愛し、沙也加、宿し?
    芸能・著名人の自殺報道は本人のプライヴァシーや「ウェルテル効果」に配慮・懸念して、ガイドラインを設けているという。殺人事件や人損事故などでは容疑者や被疑者の私生活が穿鑿され、子供時代まで遡って家庭環境や性格などが根掘り葉掘り白日の許に暴かれてしまう。世間の関心の強さも否めない。今後二度と同じような事件や事故が起こらないように全容を解明することが必須である。ところが自殺は犯罪ではないので、その理由が明らかになることは少ない。「芸能人にプライヴァシーはない」 というのは一昔前の話。一般人の後追い自殺を未然に防ぐための報道規制なのかも知れないが、そもそも自殺の動機が分からなければ、同じような自殺防止の対策も打てない。心ない憶測だけが流れてモヤモヤ感が澱のように溜まる。自殺報道の記事や番組の最後に、判で押したように「相談窓口」へのリンクを表示・告知しているけれど、親兄弟や友人に打ち明けられない悩みを赤の他人に話せるのか?

                        *

     スニンクスなぞなぞ回文 #67

     ◯△▢◯んめかうこっけ◎▽△◇△☆△◇△▽◎けっこう仮面
     ◯▢△◯

     回文作成:sknys

     ヒント:ネコ好きなの?


                        *


    屍人荘の殺人

    屍人荘の殺人

    • 著者:今村 昌弘
    • 出版社:東京創元社
    • 発売日:2019/09/11
    • メディア:文庫(創元推理文庫)
    • 目次:奇妙な取引 / 紫湛荘 / 記載なきイベント / 渦中の犠牲者 / 侵攻 / 冷たい槍 / エピローグ / 怪物的な傑作 有栖川有栖

    砂の女

    砂の女

    • 著者:安部 公房
    • 出版社:新潮社
    • 発売日:2022/05/22
    • メディア: 文庫(新潮文庫)
    • 内容: 砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編

    ヤマザキマリの世界逍遥録

    ヤマザキマリの世界逍遥録

    • 著者:ヤマザキ マリ
    • 出版社:KADOKAWA
    • 発売日: 2021/03/31
    • メディア:単行本(JAL BOOKS)
    • 目次:まえがき / 世界逍遥図 / 温泉 / 文化 / 動物 / タイ北部紀行 / 家族 / グルメ / 遺跡 / あとがき / 初出


    Disturbance

    Disturbance

    • Artist: Test Dept
    • Label: One Little Indian
    • Date: 2019/03/01
    • Media: Audio CD
    • Songs: Speak Truth To Power / Landlord / Debris / Full Spectrum Dominance / Information Scare / Gatekeeper / GBH84 / Two Flames Burn
    PIL

    PIL

    • 著者:ヤマザキマリ
    • 出版社:集英社
    • 発売日:2013/08/23
    • メディア:コミック(オフィスユーコミックス)
    • 内容:時は1983年。ミッション系お嬢様学校に通うパンクな女子高生・七海と英国帰りの爺ちゃん・徳四郎が巻き起こすラジカルライフ・コメディー!! あぁ、この愛すべき無意識過剰な人々をご堪能あれ!!

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