F A V O R I T E ー B O O K S 2 2 [f a v o r i t e s]
Blue(集英社 2024)川野 芽生440
元女子高の演劇部でアンデルセンの「人魚姫」を翻案した戯曲を上演することになった。宇内瑠美(部長)、滝川ひかり(脚本)、水無瀬樹(王女マルグレーテ)、栗林夏穂(魔女)。人魚姫ミアス役を演じる朝倉真砂(正雄)は学内でも 「女子」(トランスジェンダー)として生きていた。3年後、演劇部のメンバーと疎遠となった大学生・眞⾭(真砂)に再演の話が舞い込む。春休みに地元へ帰る駅で待ち合わせていた宇内と滝川、栗林は様変わりした眞⾭に驚く。「人魚の姫」 の引用、滝川ひかりの小説(ト書き)と戯曲、眞⾭のSNSを挿入した構成
かわいいピンクの竜になる(左右社 2023)川野 芽生439
ロリィタ服、人形、架空のキャラ香水、トールキン(Tolkien 2019)、ドラゴン、エルフ、メイク、ヘア・スタイル(ピンクの長い髪)、ランジェリー、トランスジェンダーなどについて包み隠さず語る初エッセイ。「私は結婚をするつもりがない。恋愛にも、性的関係にも、興味がないどころか嫌悪を覚える」 「男の子にはなりたくないけれど、女の子になりたかった男の子、女の子みたいな男の子には、なりたいと思うことがある」、人間よりも人形や妖精や竜になりたいという方向音痴の川野芽生は皆川博子〜山尾悠子の系譜に連なる幻想文学の若き戦士である
街とその不確かな壁(新潮社 2023)村上 春樹438
6年ぶりの長編小説は中編 「街と、その不確かな壁」(1980)を大幅に書き直した3部構成。第1部は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(1985)や『1Q84』(2009)と同じく、異なる2つのストーリが並行して交互に進行する。1つは「高校生エッセイ・コンク ール」の表彰式で知り合った 「ぼく」 と 「きみ」 は恋に落ちる。ところが 「きみ」 は「影」で、本当は高い壁に囲まれた街で暮らしていると言い遺して消えてしまう。もう1つは「影」を切り離して、壁の街の図書館で〈夢読み〉になった「私」と図書館に勤務している 「きみ」 の物語
音楽は自由にする(新潮社 2023)坂本 龍一437
2023年3月に逝去した教授の初の自伝。書き下ろしではなく、自動車雑誌 「ENGINE」(2007・1~2009・3)に連載された27回のインタヴ ュー(聞き手・鈴木正文)を纏めた文庫版。幼稚園児の時にピアノと出会い、作曲を学び、バッハ、ドビュッシー、ビートルズ、ジャズ、民族音楽、電子音楽、ポップ・ミュージックなどに開眼する。一番面白いのは新宿高校から芸大へ現役合格したものの、音楽学部に馴染めず、美術学部に入り浸って仲良くなり、自由劇場の公演などに関わった学生時代。巻末の「年譜」は単行本が刊行された2009年までの記載
ほぼねこ(辰巳出版 2023)RIKU436
会社員の素人カメラマンが休日に日本全国の動物園(旭山、いしかわ、大森山、浜松市、伊豆アニマルキングダム)に足を運んで撮ったという大型ネコ科動物の写真集。トラ、ライオン、ユキヒョウ(旭山のユーリちゃん)、ホワイトタイガーなど、見た目は子猫のように可愛くても、実物に触れるのは危険極まりない。ライオンに指や首を咬まれたムツゴロウさんのような目に遭いたくなかったら、「君子危うきに近寄らず」 です。海外出張して、世界の動物園にいる「ねこ」たちも撮って欲しい
名画のなかの猫(エスクナリッジ 2023)アンガス・ハイランド+キャロライン・ロバーツ
古今東西の猫名画(105点)と猫の格言(18篇)で構成された画集(2018)の新装版。英グラフィック・デザイナー(選)とアート・ジャーナリスト(文)の共著。フランシスコ・デ・ゴヤ、デイヴィ ッド・ホックニー、レオナルド・ダ・ヴィンチ、パウル・クレー、バルテュス 、藤田嗣治、歌川国芳など著名な画家の「猫絵画」だけでなく、フランツ・マルクやモリス・ハーシュフィールドなどマイナーな画家たちの作品も多数掲載されている。表紙カヴァは山田緑の 「百閒先生の猫」(2011)から 「古い樹」(2010)に変更された
坂本図書(バリューブックス・パブリッシング 2023)坂本 龍一434
婦人画報に連載された 「坂本図書」(2018-22)を一部加筆・更新・再編集したブック・ガイド本。坂本龍一の「選書・語り」で、ロベール・ブレッソン、夏目漱石、ジャック・デリダ、小津安二郎、黒澤明、大島渚、武満徹、アンドレイ・タルコフスキー、奥野建男、中上健次、ジョン・ケージ、カルロ・ロヴェッリ、村上龍、ミヒャエル・エンデ、石川淳など、映画監督、哲学者、画家、音楽家、学者、作家など36名の著作を紹介。ウスビ・サコ、安彦良和との特別対談、鈴木正文との亡くなる20日前の対話 「2023年の坂本図書」(2023・3・8)も収録されている
猫がいれば、そこが我が家(河出書房新社 2023)ヤマザキマリ433
シカゴ大学で比較文学を研究していた夫ベッピーノとポルトガルで暮らしていた息子デルスとマリが夏休みを沖縄で過ごしていた時に、リスボンの友人に預けていた猫のゴルム(4歳)がマンション7階のヴェランダから転落死してしまう。ペットロス状態に陥った妻を慮った夫がPCでリスボン近郊の里親募集中の猫を探して、ベンガル種の雌猫を見つけた。ポルトガル生まれのベレンは夫妻の仕事に伴ってアメリカ、イタリア、日本へと引っ越しを繰り返すボーダレスの猫となった。彼女(14歳)は東京の仕事場を自分の城として、著者と適度の距離を保って生きている
メルシーのすてきなおへんじ(ニコモ 2022)ぬまのう まき432
寒い朝、おばあちゃんから猫のメルシーに手紙が届く。素敵な手紙に素敵な返事を送りたいと思ったメルシーが友だちに尋ねると、コパンくんはお魚の形の落ち葉、ローリエさんはお花の冠を送りたいという。「すてきなおへんじ」 について考えていて、お腹が空いた3人はお茶会を開く。ドーナッツを食べて身も心も暖かくなったメルシーは文房具屋さんへ行って、落ち葉と花模様の便箋、紅茶色のインク、ドーナッツ色の封筒を買い求める。絵本は素敵な返事を書く準備が整ったところで終わる
情景の殺人者 Scene Killer(講談社 2023)森 博嗣431
探偵社所長・小川令子と所員・加部谷恵美が事件に巻き込まれるXXシリ ーズ3作目。英タイトル(Scene Killer)が 「蜃気楼」 の語呂合わせにな っている。探偵・鷹知祐一朗からの人伝てで、俳優・草元朱美からパートナー福森宏昌の浮気調査を依頼された2人。草元と福森は演出家・栂原恵吾の『望郷の地』の出演者だった。浮気相手は妻で女優の栂原沙保里とされる。雪の降る夜、福森の張り込中に、舞台稽古をしているビルの駐車場で、草元朱美の刺殺体が発見された。「雪上流血美女連続殺人」 ‥‥それは12年前に栂原恵吾の元妻が殺害された未解決事件の再現だった
ネコの名は……スペシャルゲスト(朝日新聞出版 2023)岩合 光昭430
2023年5月末に惜しくも休刊した週刊朝日(大正11年創刊)に連載されていた「今週の猫 Iwago Cat Weekly」を纏めたフォトエ ッセイ。4月 兵庫県 / 神戸市「猫の特等席」から、3月 チリ / バルパライソ「どれが本ニャン?」まで、世界35カ国・80カ所で暮らすネコたちが四季の移ろいに彩られる。表題はジャマイカ / ブルーマウンテンのコーヒー農園で、摘みたての赤いコーヒーの実の入った籠の中で横たわるスペシャルゲスト(表紙カヴァ)から。短文が添えられているので、世界のネコ探しの旅をしている気分に浸れる
鵼の碑(講談社 2023)京極 夏彦429
百鬼夜行シリーズ17年ぶりの新作長編は猴の頭、虎の手足、貍の胴、蛇の尾を持つという和製キマイラの妖鳥らしく、「蛇」 「虎」 「貍」 「猴」 「鵺」 のパートを交互に挿み込む。プロローグに 「鵼」(久住加壽夫の創作ノオトより)、ラストに 「鵼」 を外装した構成。日光榎木津ホテルに逗留している座付き劇作家・久住と小説家・関口巽、薔薇十字探偵社に失踪人の捜査を依頼した御厨冨美、20年前に芝公園で発見された3人の他殺体消失事件を追う木場修太郎、輪王寺に委託されて古文書古記録の調査に赴いた学僧・築山広宣と古書肆店主・中禅寺秋彦たちが日光に集結する
新訳 不思議の国のアリス 鏡の国のアリス(青土社 2019)ルイス・キャロル428
高山宏(訳)と建石修志(絵)がコラボした新訳本。アリスの冒険を描いたファンタジー2作品を合本した大型本で、カラー絵画(78点)を収録している。出版150周年記として刊行された佐々木マキ(絵)の『不思議の国のアリス』(亜紀書房 2015)、『鏡の国のアリス』(2017)とは訳文が異なる。2色カラー刷りの佐々木アリスは眠たそうな半眼少女に、建石アリスは大人っぽい倦怠感を醸す少女(中年女性に見えなくもない)として描かれている。前者は訳文は平易で、後者は格調高い。挿絵に寄り添った学魔の面目躍如?
怪獣篇 群猫 / マタンゴ(汐文社 2020)日下 三蔵(編)427
SFショートストーリー傑作セレクション。大都会の最深地下、廃坑となった下水道で起きた盲目の白い猫たちと巨大な鰐バクーの死闘を描く筒井康隆の 「群猫」。夜半に露路で酔い潰れた「私」が召喚した奴隷に着き纏われる眉村卓の 「仕事ください」。漁師たちが海上で拾い上げた白い大きな玉(宇宙生物の卵)から醜悪な怪獣が孵化する星新一の 「弱点」。東宝の特撮ホラー映画の原作(ウィリアム・H・ホジスンの短篇「夜の声」の翻案)として書かれた福島正実の 「マタンゴ」 。宇宙から飛来した謎の生物が金属を溶かしながら増殖する小松左京の 「黴」
奇病庭園(文藝春秋 2023)川野 芽生426
初の長編小説は中編「翼に就いてII」の前後に、掌篇31篇を配した三部構成。角、翼、鉤爪、毛皮、半身、蹄、複眼、蔓、嘴、尾、香り、鰭、脚、真珠、顔、棘、鱗、糸、繭、牙、根、触覚、逆鱗など、躰の一部が奇病によって変容・変貌して行く異形の人間たちのメタモルフ ォーゼ。背中に翼の生えた妊婦が産み落とした赤子は鉤爪を生やした者たちに森で育てられて〈七月の雪より〉、池に落ちた赤子は文書館から「有角老女頭部」を抱えて逃亡した写字生(金のペン先で極秘文書を筆写する「文字無シ魚」 )に拾われて〈いつしか昼の星の〉となる
猫の木のある庭(河出書房新社 2023)大濱 普美子425
第1短篇集 「たけこのぞう」(国書刊行会 2013)の文庫版。「のっぺらぼうの平仮名書きからは、どんな内容の話なのか見当がつかず、ひ ょっとしたらまるでそぐわないイメージを与えてしまうかもしれない」 という懸念から、冒頭に収録された処女作に改題された。老夫婦の住む木造平屋建ての母屋の離れに 「私」 と飼い猫タマが引っ越して来る 「猫の木のある庭」。「私」 の住むアパートの隣室で亡くなった夫人の管財人から受け取った遺品の黒皮の婦人靴を履いたことで生活が一変する 「フラオ・ローゼンバウムの靴」 など6篇。文庫本解説は金井美恵子
オールド・ポッサムの抜け目なき猫たちの詩集(球形工房 2023)T.S. エリオット424
「ふしぎ猫マキャヴィティ」(大和書房 1978)、「袋鼠親爺の手練猫名簿」(評論社 2009)‥‥佐野洋子の挿画や柳瀬尚紀の翻訳などで多数出版されているアメリカ生まれの英国詩人による猫詩集(Old Possum's Book of Practical 1939)。本書の魅力は読みやすい日本語に添えられた宇野亞喜良のカラー・イラスト(全18点)。訳者(佐藤亨)曰く《本書を読むのに理屈はいらない。ユーモアやナンセンスを味わいながら、それぞれの猫の詩を楽しめばいい。そうしていると、知らぬ間に猫の世界に身を置き、いっとき、人間であることを忘れるかもしれない》
夜廻り猫の雑貨店(ポプラ社 2023)深谷 かほる423
8コマ・マンガ「夜廻り猫」の拡張版。遠藤平蔵が夜廻り見習いのワカルみたいに居酒屋を開店したのかと思ったが違った。大きな樹の祠で雨宿りをする遠藤、重郎、ニイの3匹。遠藤が重郎に寝物語(彼らが開いたお店の商品、牛乳、バタパン、ゆで卵を味見する)を聞かせていると、食べ物を獲得出来なかったニイは外へ飛び出す。雨上がりの翌朝、ニイを探しに出た十郎が何者かに連れ去られてしまう。十郎を探しに縄張りの外へ出たニイは地元ネコたちに攻撃されて傷つき、新宿歌舞伎町に辿り着く‥‥ハードカヴァ、オールカラー(A5判・40頁)
少年十字軍(ポプラ社 2013)皆川 博子422
1212年フランス。十字軍を率いて聖地エルサレムへ行けという神のお告げを受けた羊飼いの少年エティエンヌが子供たち、ノワイエ伯領の森で暮らす少年ルー(狼小僧)、農奴の娘少女アンヌ(13歳)と弟ピ ップ(7歳)、トマとアントン(11歳)を集め、数々の奇跡を顕わし 、サン・レミ僧院の助修士ジャコブ、ドメニク(15歳)、シモン、修道士フルクなどと共にマルセイユ港を目指す。50数年前、児童劇団の脚本募集に応じたが、採用されなかったボツ原稿『乞食十字軍』を素材に書き下ろした著者の思い入れのある題材。史実に基づく歴史小説
彼らの犯罪(岩波書店 2021)樹村 みのり421
少女マンガ家が90年代に発表した作品集。「女子高生コンクリート詰め殺人」 の裁判を傍聴する末永沙恵子の視点で描いた 「彼らの犯罪」。ユートピア会の講習会に参加した友人・中川優理子が坂口実枝子に語る 「夢の入り口」。高校教師と妻が長男を刺殺した事件を「わたし」が取材する 「親が・殺す」。少女強姦と女性差別、カルト教団のマインドコントロール、家庭内暴力と息子殺しなど、現実に起きた事件をテーマにしているが、30年前に描かれたとは思えない先見性に目を瞠る。書き下ろし短篇「明日の希望」は原発事故、コロナ後の近未来を描く
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