おかしなあの子 [c o m i c]
大友 克洋 「石ノ森章太郎を語る」
黒地に楕円形のカラー・イラストを飾り窓のように配したブック・ケースを抜き取ると、中央にカラー口絵を貼った黒いハードカヴァが現われる。「石森章太郎選集」(虫プロ商事 1969-70)は当時の子供たちにとっても洒落たブック・デザイン(上製・四六版・230頁)だった。「ミュータント・サブ」「そして‥‥だれもいなくなった」「幽霊船」「江美子ストーリー」など‥‥第1期12巻(+別巻1)が毎月配本されるのも愉しみだった。しかし、第2期になると白と青を基調とした装幀に変更されてしまい魅力が半減。虫プロの経営破綻と関係があるのかどうか、結局「選集」は未完に終わってしまう。「ミュータント・サブ」などは少年誌で読んでいたけれど、少女誌を読む機会がなかったので石森章太郎の描く「少女マンガ」は新鮮だった。「おかしなおかしなおかしなあの子」(選集6〜8)という長いタイトルのギャグ・マンガにも魅了された。謎の転校生が活躍する学園SFもの。ヒロインは後に「さるとびエッちゃん」と改題されてTVアニメ化(1971ー72)されることにもなる超能力少女・猿飛エツ子である。
週刊マーガレットに初連載された「おかしなおかしなおかしなあの子」(1964-65)は「おかしなあの子さるとびエッちゃん」(1965-66)と改題され、後に「さるとびエッちゃん」(1971ー72)として週刊少女フレンドに再連載された。タイトルと掲載誌の変更はTVアニメ放映に合わせたものだったと思われるが、その前後にもエッちゃんシリーズは「おかしなあの子」(1968-69)と題して「平凡」に「エスパーエッちゃん」(1983-84)として読売新聞水曜版に掲載されるなど、「サイボーグ009」と同じように掲載誌を変えながら、途中に10年のブランク(1973-82)があるものの、約20年の長期に渡って連載された石ノ森章太郎の代表作の1つと言えるだろう。個人的には「さるとびエッちゃん」よりも「おかしなおかしなおかしなあの子」というタイトルの方に愛着があるし、ネーミングとしても秀逸だと思う。さらに言うとエッちゃんは「超能力少女」ものの嚆矢であり、彼女のDNAは『私を月まで連れてって!』(1981-87)のニーナや『童夢』(1983)の悦子ちゃんにも受け継がれているのだ。
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ある日、4年B組に1人の少女が転校して来る。担任の白雪先生が生徒の前で紹介しても姿を現わさない恥ずかしがり屋さん(先生の背中に乗って隠れている)。彼女は「エヘ」と照れて挨拶する。「オ‥‥おらあ おらあは、その猿飛エツ子でがス。みなさんドンゾよろスくナ」と。東北ナマリのエッちゃんは悪ガキグループから「エテ公」と呼ばれて苛められる。カメのように首を引っ込めたり、人差し指1本で逆立ちしたり、ハンカチの中から雄鶏を出したりする超能力は「手品」だと思われる。「おかしなあの子」の主要登場キャラクターはミコちゃん(広岡三枝子)と親友のモモちゃん。それぞれ2人にはミチコという姉とクリ平という弟がいる。ガキ大将の大山タケオ、天才グループの大河原、ノータリンの山之上キヨシくん‥‥。エッちゃんはクズ屋さんの猿飛白雲(おじい)とスミ子(おねえ)の3人暮らしをしているが、室内はボロ家の外観に反してハイテク〜オール電化されているだけでなく、ロボ子という万能女中ロボットもいる。クリスマス・プレゼントとして両親から送られて来たペット、声帯を手術して大坂弁を喋るようになったブルドッグのブクも途中から仲間に加わることになる。
エッちゃんの両親は遠く離れたところにいるという。父親は火星で何かの研究をしているらしい。ということは近未来という時代設定なのだろうかと一瞬思うが、連載始めの頃の会話の中に「オリンピック」という言葉が何度か出てくることからも分かるように、「現在」とリアルタイムで進行している。もちろん「東京オリンピック」(1964)のことで、石原都知事が懲りずに招聘しようと目論んでいる2度目の東京五倫(2016)のことではない。両親が宇宙に行っていたり、家事ロボットが働いていたり、交通事故で死んだ妻と瓜二つのアンドロイドを猿飛白雲が造ったりすることは60年代の科学技術では不可能なのではないかという反論もあるが、近未来SFではなく現実と良く似たパラレル・ワールドと考えるべきではないか。村上春樹風に言えば「1Q64」という世界である。登場キャラたちはエッちゃんの超能力に驚くものの、それ以上の疑問を抱いたり、疑心暗鬼に陥らないのはギャグ・マンガの世界の住人ならではの思考回路だろう。同じ超能力ものでもストーリ・マンガの「ミュータント・サブ」や「幻魔大戦」のシリアスな暗さとは対照的である。
「さるとびエッちゃん」はギャグ・マンガの枠組みを軽々と跳び越える。4コマ・マンガ22本で構成された「夏休みのおわりの巻」。白雪先生の母親が危篤という電報を受信したエッちゃんが日本に接近中の台風16号の暴風雨に抗って三宅島と八丈島の間の御蔵島へ船を出し、先生に母の最期を看取らせる「近くて遠いふるさと」。「いつの日かえるパパとママ」 「すイスイと空飛ぶエッちゃんスーパー・ウーマン」 など、いろはカルタ形式になった「エッちゃんカルタの巻」。藤子不二雄、赤塚不二夫、つのだじろう、石森章太郎などトキワ荘の住人が「7人の刑事」に扮して、孔雀8羽を絞殺した犯人を推理する(エッちゃんが瀕死の孔雀から話を聞き出す)「クジャク殺しの巻」。連載マンガ「おかしなあの子」の人気が出ず、打ち切りになると危惧してノイローゼになったマンガ家モリ・アキラが登場するメタ・フィクション「おかしなあの子」。ライヴァルの奸計で脚を折られたバレリーナが失意の余りビルの屋上から投身自殺するストーリ・マンガ仕立ての「かわいそうなおどり子の巻」は交通事故で脚を負傷してガス自殺を図った踊り子が立ち直る「春の雪」のヴァリアント。
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週刊少女フレンドに掲載された新シリーズ「さるとびエッちゃん」は夏休み前、桜ヶ丘小学校6年A組に転入して来る少女として描かれる。ミコやモモちゃん、人語を話す犬ブクなどの主要登場キャラはマーガレット版「おかしなあの子」から引き継がれている。担任の女性教師も白雪先生のままである。新キャラクターは正義感溢れる熱血漢・天下太平と弟のクリ平、番長グループのゴン太、秀才グループの大河原勝彦(天才グループの大河原とは別キャラ)など。エッちゃんと姉のスミ子は広岡家の姉ミチコが嫁いで空いた貸間に下宿するという設定になっている。ギャグ・マンガからストーリ・マンガへの移行も顕著で、「ラブ・ストーリー」(1〜5)ではキス・シーンや殺人(心中?)、恋人たちの全裸姿、古びた洋館の幽霊なども描かれる青年コミック風の内容。ミコちゃんの兄貴(浪人中)がエッちゃんの姉に熱愛して受験勉強が手につかないという片想いや、ミコちゃんに求愛する太平くんが逆にモモちゃんに追いかけられる(女ストーカー?)というドタバタ三角関係も‥‥。
ストーリ・マンガ化と共に石森キャラもゲストとして「さるとびエッちゃん」に招かれる。恋人の玲子をボートの転覆事故で溺死させてしまった失意の青年ジュンが出演する「貝が語るかなスい物語」。ミュータント・サブとエッちゃんが敵対する女アンドロイドやロボットを操っていた超能力女と闘う「ふしぎな少年」。お隣同士の幼馴染み、6ベエとマリッペが登場する「気ンなるやつら」‥‥。6ベエに一目惚れしたエッちゃんは屋根続きの6ベエとマリッペの家の間にあるハト小屋を改造して住み着き、2人の仲を引き裂こうとさえするのだ。「平凡」に掲載された「おかしなあの子」のエッちゃんは女子高生となって平凡学園の2年A組に転入して来る。コギャルエッちゃんの誕生である。中学を飛び級して高校に入学し、恋愛ものが中心になったのは「平凡」の読者層を意識してのことだったのか。エッちゃんのクラスメイトも小学生時代のミコとモモちゃんに代わって、6ベエとマリッペになる。
「FANTASY WORLD JUN」は「ファンタジーワールド・ジュン」にエッちゃんがゲスト出演したような、庇を貸して母屋を取られたようなファンタジックな作品。作者は同時期に月刊COM誌上で「ジュン」を連載していたので、「おかしなあの子」に再登場するのも分からなくもないが、たとえば石ノ森章太郎萬画大全集版『さるとびエッちゃん 1』に収録されている「催眠術の巻」(第4話)の中で、モモちゃんに催眠術をかけられたクリ平が兎ではなく山羊になって「COM」を食べてしまうオチは変である。なぜなら週刊マーガレット連載時(1964)に「COM」は創刊されていないのだから。この「誤植」は「石森章太郎選集」の刊行時に修正した痕跡だろう。この他にも「週マ」ではなく「COM」の出て来るカットが幾つかある。ところで、エッちゃんが頭に巻いているカチューシャ風のリボンが連載当初になかったことは余り知られていない。エッちゃんがハンカチを裂いてリボンにしたのは、「こんにちは赤ちゃん」(第5話)に登場した捨て子の「赤ちゃんがリボンスたら、かわいくなるといっただ」からである。エヘ。
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「エスパーエッちゃん」は新聞誌上に1年間連載(全52回)された見開き2頁のショート・ストーリで、「ファンシーギャグ」という副題がついている。主要登場キャラは猿渡家の養子となったエッちゃんとブクのコンビに、真田ヒロ、彩田霧子、海道清、百合鎌五郎、穴山チビ助という5人の仲間たち。彼らは未来からタイムマシンに乗って「現在」に送られて来た超能力少年少女で、8トリアカンべエという監視者に見張られている「追放者」という完全なSF設定になっている。エスパー狩りで捕まった大人たちを解放するために、この時代の超能力者を探し出し、力を結集して未来へタイムスリップするという使命を持っているのだが、監視役の8トリアカンべエと手下の8トリ科学忍者軍団ロボットリが猿渡家の娘モモ子などを操って邪魔をする。これまでのエッちゃんシリーズとは異なる奇天烈なギャグ・マンガだが、その根底には科学vs超能力(精神)という対立項がある。「新婦人しんぶん」に連載された「おかしなあの子」(全17回)も見開き2頁(5話までは1頁、6話からは上部に空白がある)のショート・ギャグで諷刺画的な色彩が濃い。「たのしい幼稚園」に掲載された「さるとびエッちゃん」(全7頁)はTVアニメの番宣的な性格が強い。
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- 「猫とマンガとゴルフの日々」に選集版「おかしなおかしなおかしなあの子」の画像と記事があります^^
- 「石ノ森章太郎萬画大全集」の装幀は「石森章太郎選集」を踏襲しているのかな?
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さるとびエッちゃん 1 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 3-32
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2006/08/31
- メディア:コミック
- 目次:転校してきた子の巻 / ああ友情の巻 / 名犬ゴンの巻 / 催眠術の巻 / こんにちは赤ちゃんの巻 / クズイおはらいの巻 / いじめっ子の巻 / おみまいにお人形をの巻 / 春がきた春...
さるとびエッちゃん 2 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 3-33
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2006/08/31
- メディア:コミック
- 目次:おかしなおうちの巻 / お庭の海の巻 / お車のおとおりだいの巻 / よっぱらいの竜の巻 / 白と黒の巻 / 夏休みのおわりの巻 / ピノキオの巻 / きみ知るや南の国の巻 / 近くて遠...
さるとびエッちゃん 3 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 3-34
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2006/08/31
- メディア:コミック
- 目次:お誕生日おめでとうの巻 / ランプのプーちゃんの巻 / ふたりだけの島の巻 / ひとつぶの真珠の巻 / すぎさりし日々の巻 / おやゆび姫だよエッちゃんの巻 / 新しいお友だちの...
さるとびエッちゃん 4 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 4-34
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2006/11/30
- メディア:コミック
- 目次:エッちゃん再登場 / 夏休み前日 / 退屈なんか忘れちゃう / きれいなどぶ川 / 貝が語る かなスい物語 / 自然を愛そう / 帰ってきた赤ちゃん / 宿題大作戦 / おかあさんをゆるス...
さるとびエッちゃん 5 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 4-35
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2006/11/30
- メディア:コミック
- 目次:ふしぎな少年 / サンタクロースがやってきた / めでたいなめでたいな / ネズミのよめいり / 雪がふる / 気ンなるやつら / ハト小屋ハウス / 6ベエとマリッペ / ハトは戦争の...
エスパーエッちゃん ── 石ノ森章太郎萬画大全集 11-34
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2008/08/29
- メディア:コミック
- 目次:エスパーエッちゃん / おかしなあの子 / さるとびエッちゃん たのしい幼稚園版 / ふしぎはっけん 子どもたんけんたい / うしろの正面だあれ / イラストコレクション
2011-08-21 00:05
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