千の目を持つ女 [c o m i c]
石森 章太郎 「千の目先生」
「千の目先生」(ティーンルック 1968)は少女週刊誌に6カ月間連載されたファンタジック・コミックだが、全2部構成の前半と後半ではストーリが大きく異なる。第1部は学園SFもの、第2部は海辺の町を舞台にした伝奇風ファンタジーで、登場人物もヒロイン以外は一新されている。学校裏の大樹の下で始まったライヴァル校、北高と南工業の剣道部キャプテン同士の対決‥‥その闘いを1人の美女、フリル飾りの付いた白ブラウスにタータン・チェ ック柄スカート姿の女性が仲裁する。水を差され、小バカにされた丸山と権田の両主将は白鳩女子学園の「転校生」と手合わせすることになるが、一瞬にして2人は倒されてしまう。ケンカの原因や初対面なのに相手の名前を知っていることに疑問を抱いた女生徒(ナッちゃん)が訊ねると、謎の転校生は「ウフフ、だってあたしは‥‥千の目を持ってるんだもの」と応える。出迎えに来た白鳩学園の校長が彼女の名前を呼ぶ‥‥「千草先生」と。
大樹に背凭れして人を待つ山代夏子。しかし、彼女の目の前に姿を現わしたのはミス白鳩の白河杏子と北高剣道部主将の丸山だった。杏子が夏子に1通の手紙を突きつける。南工の権田くんが、あなた(丸山)の悪い評判を教えてくれたという白河杏子名義の手紙。それは夏子が丸山、権田、白河の3人の関係をからかって出した中傷文だった。杏子のボディガード(女生徒)に平手打ちされて倒れた夏子を樹の上から千の目先生が見守っていた。待ち合わせの相手は千草先生だったのだ。白鳩女子学園に赴任して来た英語教師の千草カオルは夏子の母親の店「小料理やましろ」に1人の客として家庭訪問する。彼女のことを快く思っていない夏子は出前をイラストレーターの坂本三郎のアパートに届けに行く。夏子は三郎の絵のモデルをするほど親密な仲だが、彼の衣服を洗濯する洗剤を取りに行って戻って来た時に三郎と千草の親しげな会話を盗み聞きしてしまう。気落ちした夏子は不良に絡まれ、野犬に追われる。そして、杏子の父親と夏子の母親が黒塗りのクルマで外出するのを目撃する。
次の日、学校を無断欠席して行方不明になった山代夏子‥‥彼女は大きな石を投げて白河杏子の部屋の窓ガラスを割り、番犬のタイガーを手懐ける。夏子は憎しみと怒りによって超能力に目覚めたのだった。夜空に浮游する謎の飛行物体。ラジオの深夜放送を聞きながら勉強していた山本一は突然カメラを手にしてヴェランダに出る。空とぶ円盤の写真を撮った少年はUFOに導かれるように外出する。催眠術をかけられた少年を救おうとした男がUFOから発せられた怪光線によって消され、少年も光に捕われて拉致されてしまう。1人残った青年・旗野真二が千草カオルに怪事件の顛末をテレパシーで報せる。同じく旗野からの連絡を受けた坂本三郎のアパートへ夏子の母親が訪ねて来る。突然高熱を出して倒れ、サブちゃん(三郎)の名前を譫言のように呼ぶ夏子。医者の手にも負えない原因不明の病い。「突然現われ始めた超能力によるショック」ではないかと心配する千草は意を決して、夏子の夢の中にダイヴする。 "夢先案内人" の渡会時夫のように。
暗く深い海、渇いた砂漠、口を閉ざした真珠貝、野原に舞う蝶々‥‥千草カオルは夢の中から山代夏子を連れ戻す。しかし、超能力に目覚めた夏子は変わってしまった。かつてのミス白鳩・白河杏子のように振る舞うようになる。そんな彼女にUFOに拉致された山本一が接近して来る。サイケ喫茶ドクサー(DOXA)に入った2人を店内で見張る旗野真二と千草は注文したコーヒーとレモンティに睡眠薬を盛られて昏倒する。夏子を誘惑する山本を坂本三郎が超能力を使って追い払う。千草の下宿している頭光寺の部屋に置かれた不吉な墓石。幽霊女が現われて、墓石を元の場所に戻せと訴える。雑誌の編集者を装った男に騙されて捕われに身となった三郎。再び山本に出会った夏子は躰に小型爆弾を埋め込まれてスパイにならざるを得なかったという彼の告白を聞く。2人は千草と連絡を取り合って彼女の下宿へ行くことになるが、和尚の案内した千草の部屋には「ボディ・スナッチャーズ」のような半透明のポッドに包まれて眠る三郎と旗野が横たわっていた。
「フッフッフ、灯台下暗しだったねェ、千草くん。あんたがどこからかやってきて、下宿した所が "敵" の住まいだったとは‥‥ね!!」──滅びかけた星から地球を侵略に来た「あの方たち」と手を結んで明日の世界を生きるという超能力者たちの野望‥‥猿人から人間(ホモサピエンス)、原人(ネアンデルタール)から人間(クロマニョン)、人間(マン)から新人間(ニューマン)。超能力者=新人類という進化とUFO=侵略者というSF的な図式は石ノ森作品の読者にとっては何度も繰り返される、お馴染みのテーマである。千草カオルは和尚に我々の仲間に加わるように誘われる。たとえ拒否しても、空飛ぶ円盤の中に囚われて精神改造されている3人(旗野真二や坂本三郎や山代夏子)のように洗脳するか、さもなくば殺すと嘯く和尚。千草対和尚と山本の超能力戦が始まる。「負けるかもしれない‥‥! あたしはここで‥‥殺されるかもしれない」と思った時、墓地の上空に浮かぶUFOに異変が起こる。三郎と夏子が円盤から逃げて来る際に、夏子がサイコキネシスで破壊したのだ。
*
「海辺の町は1年のほとんどを眠ったように過ごします。でも夏になると目を覚まし、活々と息づきはじめます。ほうぼうから押しかけてくる海水浴客が目覚まし時計になるのです。海辺の町が目覚めるのは、この短い時間だけなのです。あとは‥‥松風と波の音、夜光虫のきらめく夜の海が昔を語るだけ‥‥なのです。「千の目先生」の舞台はこのにぎわうシーズンの終わった静かな海辺の町にうつります」というナレーションから第2部は始まる。片腕の男に撃たれて断崖から海へ墜ちた女性。海辺に打ち上げられた奇妙な土左衛門。半人半魚の人魚?‥‥発見した漁師たちが網元と駐在を呼びに行って戻ってくる間に、変わり果てた網元の嫁っ子の姿は波に攫われて跡形もなく消え去っていた。松林でデート中の2人、「人魚の溺死体」を話題にする同級生の久保竜生と松宮五月(高1)の前に、手提げトランクを持った千草カオルが現われる。千草が下宿する久保商店は竜生の実家だった。
久しぶりに松宮五月の家へ帰って来た兄・五郎。生意気な口を叩いて顔を殴られた妹は兄が元恋人の貝塚弥保子をピストルで撃って海に落とした犯行現場を目撃していたと告げる。失踪した嫁の安否を心配して嘆き悲しむダメ息子と網元・貝塚鯛三の許へ大黒観光チェーンの社長・大伴黒主が配下の五郎を伴って訪れる。波岡高等学校に転任して来た千草カオルは欠席している五月のことを気に懸け、海辺で昆布を採っている彼女に会いに行く。五月に付き纏う妖怪じみた容貌の老婆。ある日、海辺の恋人男女が魚頭人身と人頭魚身の「人魚」に変身してしまう怪現象が起こる。リアス式海岸の小さな町・五本櫛町を一大観光地にしようと企む大伴社長、彼らと手を組もうと暗躍する盛子のタネばあさん。観光会社の社長、漁師たちの網元、呪術師の老婆‥‥3者の思惑がドス黒く絡み合う中、反対派の漁師・桑畑源助の娘が人魚に変身させられ、老婆の呪いが千草にかけられる。
胸の痛みに苦しむ千草カオルを介抱した松宮五郎は雷雨を衝いて老婆の家へ行き、呪いの藁人形を焼く。千草の下宿に忍び込んで髪の毛を盗んで来た松宮五月。海辺の洞穴で新たな藁人形を作って千草を呪い殺そうとする老婆。千草は老婆の残留精神波を辿って洞窟を発見するが、呪いにかかって海へ落ちてしまう。「その女を人魚にしてしまえ!!」と五月に命じる老婆。人間を人魚に変えていたのは老婆ではなく、兄の殺人をネタに脅迫されて嫌々従っていた五月の仕業だったのだ。「五月! 恐しい超能力だわ! 人間の細胞の配列‥‥組み立てを変化させ、ちがったモノにしてしまう」──アンデルセンの「人魚姫」は魔女が人魚を人間の娘に変える哀しい物語だったが、「千の目先生」の第2部では超能力少女が図らずも人間たちを人魚に変えてしまう。オリジナルの悲恋譚を超能力ファンタジーSFに換骨奪胎した石ノ森版「人魚伝説」になっている。
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美しきヒロインの千草カオルは超能力女だが、坂本三郎(ミュータント・サブ?)の妹であり、山代夏子(高2)の1歳年上という設定なのに「姉」のイメージが強い。フランソワーズ・アルヌール(003)やミレーヌ・ホフマン(009-1)のような女サイボーグではない生身の人間だからなのか、超能力者としてのパワーも超絶大というわけではない。超能力者としては夏子や松宮五月の潜在能力の方が遥かに勝っている。しかし、千草には女秘密諜報員のミレーヌやイワン(001)の子守役のフランソワーズ、超能力少女の夏子や五月たちとは違った魅力がある(主人公の身内や家族となって「姉」や「妹」化してしまう影の薄い女性キャラとも異なる)。千草カオルは正義感が強くウィットに富み、美人で勇気もある理想の女性像と言うべきだろうか。彼女の使命は女教師として全国各地の高校へ赴任して、侵略者や敵対するミュータントたちと闘う仲間(ESP)を見つけ出すことにある。
もっと千草カオル先生の活躍するエピソードを読みたかったけれど、『千の目先生』は惜しくも第2部で終わってしまった。彼女の兄・坂本三郎の住んでいる木造アパートが「トキワ荘」だったり、山代夏子が三郎の衣服を洗濯するために実家から持って来た洗剤が「ミュータント洗剤サブ」(かつて「ザブ」という洗濯用合成洗剤が花王から発売されていた)だったり、山本一が勉強しながら聞いているラジオの深夜放送から流れる曲がビッキーの〈恋のカーザ・ビアンカ〉(Vicky's Casa Bianca)だったというトリヴィアなどを見つけるのも読者の愉しみである。「夜は千の目をもっている」(少女クラブ 1962)にも松宮五郎のような黒いサングラスをした片腕(隻眼隻腕)の男が登場していた。千草先生だけでなく、女生徒たちの制服のスカート丈が今風のミニスカだったことにも驚く。44年前(1968)の女子高生も、こんなに短かったのかしら?
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- 「石ノ森シリーズ」の第8弾です^^
- ヴィッキー・レアンドロス(Vicky Leandros)ちゃんの仏語版〈カーザ・ビアンカ〉(Casa Bianca)がYouTubeで聴けます
- 「夜は千の目をもっている」に登場する隻眼隻腕の男の名前は「梅宮」と言います
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タグ:comic ishinomori
2012-05-11 00:18
コメント(3)
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ビアンカにするべきか、それともフローラ逍遥にするべきか(笑)
「カーザ・ビアンカ」と来たら、マリーザ・サンニアですよ。
確かに、日本ではヴィッキー盤の方がヒットしたそうですが…
という訳で、何年か振りにTBしておきますね。
by モバサム41 (2012-05-13 22:22)
…と思ったけど、TBできないから(笑)、ここに貼り付けておこう。
http://mobilesamurai41.blog.so-net.ne.jp/2008-06-11
by モバサム41 (2012-05-13 23:12)
モバサム41さん、コメントありがとう。
マリーザ・サンニアの「カーザ・ビアンカ」は記憶にないなぁ^^;
ヴィッキー・レアンドロスのオリジナルはフランス語版なの?
(http://www.youtube.com/watch?v=fsJcpyekFGI)
ソネ風呂の不具合なのか、TB出来ないみたいですね。
後で試してみます。
P.S. マンC、44年ぶりの優勝おめでとう!
by sknys (2012-05-14 01:33)