ブルー・ゾーン [c o m i c]
石森 章太郎 「ブルーゾーン」
石森章太郎の『ブルーゾーン』(1968)は週刊少年サンデーに連載されたSFマンガで、当時流行していたオカルト(心霊現象)やUFO(空飛ぶ円盤)、ESP(超能力)などをモチーフにしている。異界の魔物とミュータント少年少女たちの闘いというテーマは「怪人同盟」や「幻魔大戦」を想わせなくもない(平井和正の原作ものに対する石森オリジナル版の「幻魔大戦」という趣きもある)。「ブルー・ゾーン」 という異界を設定したり、UFOをエクトプラズム(生命)の集合体と解釈したり、世界で起こった怪事件や怪現象の新聞記事をスクラップしたり、UFO(未確認飛行物体)に関する文献や資料を紹介したり、当時としては斬新な切り口のSF長編作だったが、読者からの支持を得られなかったのか、連載5ヵ月余り(全23回)で「打ち切り」になってしまう。少年サンデー誌上では「第1部最終回」となっているものの、その後「ブルーゾーン第2部」が再開されることはなかった。「さあ、みなさんもジュンに力をかしてください」 というラスト・カットのナレーションは作者から読者へのファン・レターや応援の手紙を募るメッセージのようにも読める。
「ブルーゾーン」の主人公・二子神ジュンは同時期に月刊「COM」誌上で連載されていた「章太郎のファンタジー・ワールド」のジュンと殆ど同じキャラ(同名、白髪、片目)である。設定も「ジュン」がマンガ家志望の青年だったに対して、二子神ジュンは石森プロのアシスタント(2年)をしている(その後の「ジュン」という解釈も成り立つ)。「ジュン」 は幼女から恋人までを変幻自在に演じる美少女がファンタジー・ワールドへの水先案内人になっていたが、「ブルーゾーン」にもミステリアスな盲目少女が登場する。作中に石森章太郎(作者本人)が出演して、現実に起こった怪事件や怪現象を紹介・解説する「メタ構造」も面白い。「ブルーゾーン」を描いている作者が作中に登場するだけでなく、作中人物としてジュンと共に行動したりするのだ。「プロローグ」ではジュンがアシスタントをする石森プロのマンガ家として、「妖怪の章」の冒頭では物語の進行役を務める作者として、「暗黒魔団の章」では石森プロの慰安旅行にジュンを誘う作中人物として‥‥。
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ある日、石森プロに1人の弁護士と少年が訪れる。養護施設「ヒカリの国」の園児ニンジンに案内されて来た金九木紋次と名乗る弁護士に二子神ジュンは衝撃の事実を告げられる。息子ジュンが18歳になった時に父親の遺産8億円を相続することになっていたことを。孤児院の玄関前に捨てられていた赤ん坊に大金持ちの父親が存在していたとは!‥‥大屋敷・二子神邸に着いたジュンの一行は番犬ドクサーと「じい」に手厚く迎えられる。「じい」 が床の間の刀を両手で捧げ持ち、壁に架かっている般若の面の口の中のスイッチを押すと地下室への入口が開く。番犬たちの吠え声が屋敷内に侵入した不審者の存在を知らせる。「じい」が拳銃(ファントムガン)を撃つと男の躰から青い人玉のようなものが抜け出す。ジュンが刀(村雨)で斬りつけると刃から稲妻が発生して雨が降り、エクトプラズム状の人玉は縮んで男の体内へ再び戻って逃げ去る。「じい」 は地下の研究室でジュンに両親と姉が「やつら」に殺されたことを告げ、二子神達也博士の遺言テープを再生する。自分の研究を引き継いで欲しいという亡き父親や家族の敵討ちを願う「じい」に反発するジュンに侵入者の男から脅迫電話が来る。受話器から聞こえて来たのは「ヒカリの国」が爆破される大轟音だった。
助かった園児たちを連れて屋敷へ戻るジュンは車中から隣の洋館に棲む1人娘の姿を目撃する。朝霧の中を散歩している盲目の少女は転んで倒れてしまうが、何故かジュンの救けを頑なに拒む。夕方、目覚めたジュンは屋敷の外に佇む娘の姿を再び発見する。ジュンが近づくことを拒否して逃げる少女‥‥脚を踏み外して崖から落ちそうになった彼女の手をジュンが握ると悲鳴を上げて失神してしまう。気絶した少女を抱いて洋館を訪れたジュンに広公路家の夫婦は、娘のリナが4、5年前に突然高熱を出して倒れ、その時の後遺症で盲目になったこと、行者を呼んで「キツネ憑き」祓いをしたけれど一向に効果がなかったことを話す。父親の二子神博士が研究していた科学的な「キツネ落とし」‥‥ブルー・ゾーン生命撃退法を試そうとした時、件の侵入者によって洋館が瓦解される。番犬ドクサーと格闘する怪人‥‥「じい」が刀(村雨)を振るって首を斬り落とすと、ブルー・ゾーン生命体が取り憑いた男は高熱を発して跡形もなく燃え尽きてしまう。
「じい」とジュンは広公路リナの躰に取り憑いていたエクトプラズムを追い出して、エンゼル・ヘアー(死体)化することに成功する。しかし、そのショック時ので死んでしまったリナ!‥‥彼女に憑依した父親の二子神達也、母親、姉の洋子が順にジュンに語りかける。ブルー・ゾーンからの人間界への侵略を食い止めるために闘って欲しいと。甦生したリナに盲目少女時代の記憶は全くなかった。ミニ・ドレスを身に纏ってロング・ブーツ履いた盲目少女(白目)は妖しい魔力を漂わせていたが、憑きものが落ちて目を見開いた広公路リナが可愛いだけの美少女になってしまうのは少し残念な気もしないではない。石森作品に登場する美少女たちの多くは主人公(少年)との間に一定の距離感や緊張感のある間は魅力的でコケティッシュな娘キャラなのに、2人が親密な関係になった途端に身内化・家族化して「姉」のような健全で目立たない存在になってしまう。「ロボット刑事」の結城香織と同じように「ブルーゾーン」の広公路リナも例外ではなかった。
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「天空魔界の章」の物語は青森県・下北半島の中央部に位置する連華八峰、火口湖・宇曽利山湖の北岸にある火山礫の台地「恐山」で有名な連華八峰の麓の原始林の中の一寒村「恐谷村」が舞台である。盲目の母親(イタコ)の娘レイ子は死後に埋葬されるが、奇蹟的に息を吹き返す。黒い雪(黒い虫の死骸)が恐谷村に降ったことを新聞の記事で知った「じい」はジュンと共に調査に赴く。黒い雪や赤い血の雨(牛の死骸)‥‥など、不吉な怪奇現象に脅える村民たちは生き返った少女への呪いや祟りではないかと疑心暗鬼に陥っていた。2人が少女の家を訪れると、空から岩石が降って来て、空飛ぶ円盤が出現する。村雨(刀)を振う「じい」、霊銃(サイコブラスター)で応戦するジュン。レイ子ちゃんが語る不思議な臨死体験‥‥「ふと見るとボウッと光ってモヤモヤしている人間の影みたいなものが‥‥、こっちへおいで、わたしのからだにおはいりって呼んでるの」。その夜、ブルーゾーン生命に憑依された村人たちが松明を括り付けた2頭の黒牛を放ってレイ子の家を襲撃する。UFOはブルー・ゾーン生命体が群棲した姿だった。
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「妖怪の章」は石森章太郎(作中人物)が登場して、友人の堀江卓が体験したという不思議な実話を枕に始まる(心霊現象を解明出来ずに手を拱いているだけの科学者たちへの批判もある)。下校時に元気なく顔色も悪いミナコを気遣う級友。彼女が見た怖い夢、突然目の前に出現した気味悪いバケモノの幻影!‥‥背中に翼が生えた骸骨のような夢魔が現われて、ミナコだけでなく両親の命までをも奪って行く。二子神屋敷の外で遊んでいた子供たちの1人ヤッチンが何者かに生命を抜き取られて崖下へ落下する。ヤッチンを救出したジュンはブルー・ゾーンから来たバケモノたちに囲繞されてしまう。不意の襲来に霊銃や刀などの武器を所持していなかったジュンと「じい」は咄嗟に身に着けていた守り袋(ブルー・ゾーン生命体の嫌いな匂いが染み込ませてある)を翳すが、異形の妖怪たちの吐く毒素を浴びて絶体絶命の窮地に陥る。倒れていたジュンの躰に何者かが取り憑く。彼が立ち上がると、不思議なことに妖怪たちの姿は煙のように消え去ってしまった。
「じい」とリナが仮死状態となったジュンとヤッチンの2人を屋敷内の地下室へ運び込む。すると蘇生したジュンが語り出す。妖怪たちに生命を吸い取られたのではなく、父親が頭の中に入って来て逆にバケモノたちを追っ払ったのだと。今度は父親の二子神博士がヤッチンの躰を借りて解説する。咄嗟にジュンの中へテレポートすることで、2人の生命(エクトプラズム)が協力し合うことで、超能力者と成り得たことを。再びジュンの中へ父親が移動すると、「2人」 は時空間を超越したテレポーテーション(精神移動)という超能力を持つようになる。ジュンがヤッチンの生命を奪った妖怪を追いつめて倒すと、多数の人間のエクトプラズムが解放されて空中を浮游する。父親がエクトプラズムをジュン以外の仲間たち、「じい」、リナ、広公路夫婦、ニンジンやヤッチンなど子供たちの中へ移動させることを思い着く。彼ら全員がブルー・ゾーン生命体と対等に戦える能力を持つようになったのである。
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「暗黒魔団の章」ではジュンが石森プロの慰安旅行に誘われて伊豆・石廊崎へ行く。ところが生憎の雨模様‥‥石森章太郎を除くアシスタントたちは外出しないでUターンするのも癪なので雨の岬に出かける。岬の先端に立つ1人の美女‥‥睡眠薬を飲んで飛び降り自殺を図ろうとした女性をジュンが救う。彼女の所持していた2ショット写真に映っていた男が目の前に現われる。狂言自殺を見せるために呼びつけられたと嘯く男から手切金を胸のポケットに押し込まれたジュンが激怒して殴りかかると、ロミイという白人女性に逆襲される。今度は逆にジュンが崖から落ちそうになったところをロミイに救けられる。自殺未遂の女性の婚約者だった足垣源二郎は1年前に別人のように冷たくなってしまったという。不審に思ったジュンが日野市の足垣研究所へ調査に行くと、同じように張り込んでいた毎朝日報の鹿野という男に出会う。研究所を訪れた葉山大吉大臣‥‥新聞記者が追っていたのは汚職事件、政府と原子力開発会社K・Kとの黒い癒着だった。
2人の前に突然現われたロミイの黒い帽子から発せられた光線を浴びて鹿野は消されてしまい、ジュンも猟犬ブガルーに襲われる。ロミイの攻撃からテレポーテーションで逃れたジュンは茂みの中に潜んで研究所の動向を窺う。門から出て来た2台のクルマにロミイが同乗していることを確認したジュンは空中から追跡する。人気のない渓谷で黒ずくめの男たちに囲まれて殺されようとされている1人の男を救けようとしたジュンは逆に敵の計略に嵌る‥‥ジュンを誘き出すための暗黒魔団の罠だったのだ。足垣研究所に囚われたジュンは磔にされて鞭で拷問されるが、足垣が未来世界から来たらしいこと、超能力(ESP)のことを未来では「四次元能力」と呼ぶこと、ロミイが対超能力用のアンドロイドだということなどを知る。「じい」とニンジン、ドクサー、ブガルーに乗り移った父親がジュンの救出へ向かう。しかし、ロミイは強敵だった‥‥。最終回は「じい」もニンジンもドクサーもロミイに殺されて、絶体絶命となったジュンを救うために女アンドロイドの電子頭脳の中へ侵入した父親が研究所に突撃して、ロミイもろとも自爆するという乱暴な結末になっている。
政府と原子力開発民間会社K・Kとの関係も、足垣研究所との繋がりも、「ブルー・ゾーン生命に支配された未来の科学を使う危険な男」の野望も、暗黒魔団の正体も何1つ解明されることなく、最後に作者が「ブルー・ゾーン」ついて解説して「ブルーゾーン」は終了してしまう。女諜報員ミレーヌ・ホフマン(009ノ1)を超クールにしたような女アンドロイドのロミイには惹かれるところがある。盲目少女の広小路リナとは異なる冷酷な魔力を秘めている。ロミイを改造して味方にするという展開があっても良かったのではなかろうか。「リュウの道」 に登場する護衛用ロボットのアイザックのように。参考までに「ブルーゾーン 最終回」が掲載された少年サンデー(1968 no.29)の連載マンガ11本を挙げておこう‥‥園田光慶 「ああ!! 甲子園」、板井れんたろう 「ドカチン」、赤塚不二夫 「おそ松くん」 「もーれつア太郎」、川崎のぼる 「アニマル 1」、ムロタニツネ象 「ドクター・ツルリ」、手塚治虫 「どろろ」 、横山まさみち 「MJ」、藤子不二雄 「21エモン」、つのだじろう 「てなもんや一本槍」、石森章太郎 「ブルーゾーン」。
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- 最終回のビル街の夜景カットのネオンが「少年サンデー / Big Comic」から「スターコミック / 大都社」に変わっているのは、「ブルーゾーン」(1984)が大都社から出版されたからでしょうね
- 石ノ森萬画館内にあるカフェが「ブルーゾーン」という名前らしい^^
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2011-05-21 19:01
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