魔法世界のジュン [c o m i c]
「章太郎のファンタジーワールド in the WORLD」(COM 1967年2月号)
夏の浜辺を散歩するジュンにビキニ姿の美女が貝殻のお喋りを聞かせる‥‥ヒレヨウラクが人魚姫の悲恋、ハリナガリンボウがタコの悲喜劇を物語る「貝がらの音」。枯葉の舞う街角で恋人を待つジュンの心理──ロラン・バルトは待つことで人は女性化すると書いている──がイメージ化される「待つ」。〆切りに追われるマンガ家・森ジュンの修羅場を原始時代の語り部に準えたサイレント・ギャグ・マンガの「ジュンの千一夜物語」。ベルリオーズの幻想交響曲ハ長調を視覚化する「音楽を聴く」‥‥。予め読者には「石森ワールド」のイメージが提供されているので、実験的な手法でありながら実に分り易い。読者が想像するのは既存のイメージではなく、コマとコマの間から立ち現われる不安、苦悩、葛藤、恐怖、悲哀、怒り、驚き、歓喜‥‥といった抽象的な感情だろう。ちょうどムンクの「フリーズ」が額と額の間から現われて来るものを鑑賞するように。ジュンのストーリーは読者1人1人の想像力に委ねられている。
ジュンを2階の窓から見つめる車椅子の少女。「あなたを愛しています」という恋文を書いて破き、落葉のように窓から舞い散らす。洋館の前でデートの待ち合わせをしていたジュンは「恋人」と連れ立って行ってしまう。木枯しが窓から室内へ吹き込む。凍結した少女の涙が躰を溶かして、車椅子の前に水たまりを作る。ジュンの「恋人」は氷の張った水たまりで滑って転ぶ。そして幼い少女が氷面を割って歩く‥‥「バレンタインデー ある愛のかたち」(1968)は「待つ」のアナザー・ストーリーかもしれない。スプリング・ハズ・カム ── 足音が聴こえる / 陽だまり ── 母の膝の記憶 / 眠け── 砂の妖精の子守唄 / 神話── 春の夢 / アダムとイヴ ── 夢の目醒め / おらが春 ── 暖かい時間 / 3月 ── たそがれの日 / 脱出 ── 春を求めて / Kiss ── 小さな春 / 陽だまり ── 春の中の冬 / 令気 ── 現実の音‥‥春のイメージをファンタスティックな1枚絵(イラスト)で見せる「3月 ── たそがれの国・遠い日のジュン」。
桜の舞い散る月夜に現われた和装の美女。酔っ払いが絡みつき、子ネコが纏いつく。ジュンが胸に抱く3匹の仔猫を祖父と孫娘、少女 が引き取って行く。ベールを被った美女が月明かりを背に受ける。人骨の上に獣のシルエットが映る。ジュンは刀を手に取って「魔物」に斬りつける。猫を抱く美女に好色そうな公家が襲いかかる。ジュンが刀で貫くと桜の花びらが舞って白骨を消す、桜の樹の下の夢‥‥「春の宵」。陰影だけの空虚な街並み。絵本の中の魔女がジュンを誘惑する。コウモリやカラスが舞う古城。鏡の中のジュンと恋人。移り気と悔恨。何も書かれていない白い本‥‥「9月の魔女」。可愛い小動物たちが集う長閑な森の中を散策する少年と少女の前に突然現われた覆面クマ・レスラー。室内でジュンのマンガ原稿を破り捨てて、オレを描けと強要する。恐竜をKOし、裸女を抱き、女性ファンを侍らす俗悪なプロレス劇画。ジュンが原稿を真っ2つに破くと、クマ・レスラーの躰も2つに裂けて内部の金属機械が露出する「怪人鉄の熊」。
女性胸像の口許から音符の代わりに数字の「3」の並んだ五線譜が流れ出し、開かれたカーテンの窓から木の葉のような樹が見える。室内は三日月の夜、観音開きの窓の外は太陽が輝く昼。空に浮かぶ海亀。ハート型の巨岩が海の上を浮游する。ヴィーナス像の頭部が気球となって空を飛ぶ。魚頭女身の人魚。回転式拳銃(リヴォルヴァー)と女の脚のエロティックな結合。三日月と消えたロウソクの街灯。一輪の大きな薔薇の花で占有された室内。ジュンとヌード少女の後ろ姿、2人のシルエットが鳥の姿になって羽ばたく‥‥ルネ・マグリットへの愉しいオマージュの「INという音」。稲光と夕立、ジュンが避難した洞窟で雨宿りをしていた水着の少女。雨上がりの太陽。夕陽。松林でデート。向日葵。入江。蜻蛉。墓地。寂れた漁村の家並み。2つに分かれた砂丘の上の足跡‥‥「夏の終わり」。クルマに轢かれた男の最期の意識を走馬燈にように視覚化した「死 ── 直前の幻視」。
少女とすれ違ったジュンが振り向く。舗道に映った女性の影。木立の中から現われた女性と恋をするジュン。原爆投下によって樹の幹に焼き付けられた恋人の姿。3度目にすれ違ったジュンに少女が振り向く「少女」。シンナーを吸っている女性を咎めようとして、逆にハイヒールの踵で頭を殴られて意識を失ったジュンが見る幻覚を逆回転(エンド・マークから始まる)で巻き戻す「氷の星」。『ジュン』は1969年2月号を最後に休載されたまま、事実上の最終作である 「想い出のジュン」(1971)を例外に、2度とCOM誌上で再開されることはなかった。この休載の背景には手塚治虫の逝去後に発表された「風のように‥‥‥背を走り過ぎた虫」(1989)に描かれている事件が関与しているらしい。『ジュン』の連載中、一通のファンレターが石森章太郎の許へ届く。手塚先生が手紙(返信)の中で『ジュン』を批判しているというファンからの怒りの告発で、「嘘じゃない証拠に」手塚治虫からの手紙が同封されていたのである。大きなショックを受けた石森は公衆電話からCOM編集部へ連載の中止を申し出る‥‥「あんなふうに思われていたんじゃ──これ以上は描けない‥‥!」。
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「青いマン華鏡」が興味深いのは万華鏡を覗いている少年が石森章太郎の分身であるだけでなく、少年の姿が幼い「ジュン」として描かれていることである。「ジュン」の中で少女が若い娘や恋人に変身するように、「青いマン華鏡」のジュンも子供から高校生へと自在に変化・成長する。『ブルーゾーン』(1968)の二子神ジュンは石森プロのアシスタントをしているという設定だったが、マンガ家の卵である「ジュン」の姿は若き日の石森自身に他ならない。手塚治虫の死後に発表された「風のように‥‥」には高校生の石森(小野寺)少年とジュンと石ノ森がマンガを描く同じ構図の3コマが縦に並んでいるカットもある。ジュンが石森ならば、少女は姉という仮説も成り立つだろう。謎の少女が夢先案内人となって主人公をファンタジー・ワールドへ導く「ジュン」の最終話が少女の死で終わっていることとも見事に符合する。他人や家族さえもが異形の動物に見えるジュンの孤立感、最愛の少女を失った喪失感‥‥少女=姉の死は「青春の終わり」と同義なのかもしれない。
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章太郎のファンタジーワールド ジュン 1 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 1-35
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2006/02/22
- メディア:コミック
- 目次:少女との出合い / 風の心 / 時の馬 / 恐竜 / あるコイノボリのための童話 / 螢火 / やがて秋がきて冬がくる / 貝がらの音 / 待つ / ジュンの千夜一夜物語 / 音楽を聴く / 木枯らしの伝説 / はじまり / バレンタインデー ある愛のかたち / たそがれの国 遠い日のジュン / 春の宵 / 5月の連想 / ワガ心ニモ雨ゾ降ル / 海と太陽と / 夏の終わり / 九月の魔女
章太郎のファンタジーワールド ジュン 2 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 2-37
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2006/05/31
- メディア:コミック
- 目次:怪人鉄の熊 / INという音 / 死──直前の幻視 / 少女 / 氷の星 // 章太郎のファンタジーワールド in the WORLD / イラストコレクション / FANTASY WORLD JUN「はじめての‥‥」/ 想い出のジュン / ジュンその他の旅 / Fantasy World JUN 雪の女は愛で死ぬ
魔法世界のジュン 1 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 10-34
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2008/05/31
- メディア:コミック
- 目次:「魔法世界のジュン Apache版」 ‥‥ア / 大樹 / 化石 / ガリバー / 白雪姫 / 蛙 / 竜 / 家 / イソップ / 吸血鬼 / 人魚姫 / 赤頭巾ちゃん / そして‥‥ / 巻末資料
魔法世界のジュン 2 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 10-35
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2008/031
- メディア:コミック
- 目次:「魔法世界のジュン リリカ版」 メルヘンファンタジー 1~11 / 大恐竜時代 / ニュー・ネッシー幻想 / イラストコレクション
なんなんだ?なんなんだ! ── 石ノ森章太郎萬画大全集 8-35
- 著者:石森 章太郎
- 出版社:角川書店
- 発売日:2007/11/30
- メディア:コミック
- 目次:なんなんだ?なんなんだ!/ 石森章太郎のFANTASY JUN / 新版イソップ ブッカブッカドンドン / 珍イソップ物語 カラスとよくばりキツネ / 珍イソップ物語 北風と太陽 / うっかり屋の宇宙人 / ウシろの正面だあれ? / 異星人サル
2012-02-11 00:25
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