アメリカ合衆国大統領は、オマハ戦闘司令室に「指令Z」を発令した。つまり 「最後の指令」 だ。「攻撃目標は中国‥‥。それにソ連!」 / ソ連の首相も同時刻に、HQ(シベリアの攻撃本部)におなじ意味の指令をだしていた。/「攻撃目標は、アメリカ、中国!」/ 中国北部の砂漠地下壕にある中国指令センターでも、おなじだった。/「目標はアメリカ‥‥ソ連!」 ‥‥終末への大行進が始まった。// 地球をとりまく成層圏の各所で、核ミサイルと核ミサイルがであい、ぶつかり、破壊しあった。/ しかし、その破壊をまぬがれたミサイルも破壊されたものと、ほぼ同数あったのだ。/ そのミサイル群は高空から地上へ、何百万‥‥いや何千万ものひとびとの住む都市へと落下していった。/ その日、196X年4月13日。夕刻‥‥世界じゅうのひとびとは頭上から "死" がおちてくることを、まだ、だれも知らなかった。// ニューヨークに閃光がきらめいてから、百秒後に戦争は終わっていた。/ 世界じゅうの約3分の2のひとびとが死んでいた、/ しかし、まもなく、生き残った3分の1のひとびとの頭上にも、死は灰のかたちでふってきた‥‥。
石森 章太郎 「そして‥‥だれもいなくなった」
「そして‥‥だれもいなくなった」(1967)は週刊少年マガジンに前・後編2回に分けて掲載された中篇コミック。僅か60頁という短さにも拘わらず、その集積された密度は濃い。独立した5つのマンガが同時進行するオムニバス実験作品である。台詞のない4コマ・マンガ「シアワセくん」、東西冷戦下の核戦争を1コマの絵と文章で描く「指令Z」、父親を殺された青年がワナピー(大型シカ)に復讐する「しばり首の木」、お転婆女子学生が活躍する熱血青春学園ドラマ「ゴリラがいく」、西側のスパイとなった青年が恋人と一緒に東ベルリンから西へ逃走するサスペンス劇「脱出」‥‥ギャグからストーリ・マンガ、ドキュメント・タッチの劇画まで、タイプの異なる5つの物語。全く関係ないと思われた5つの世界が最期に消滅してしまう。タイトルはアガサ・クリスティの同名ミステリからの借用だが、ストーリは別もの。マルチ画面に分割されて同時進行する「オムニバス映画」のようなスケールの大きさに圧倒される。
「シアワセくん」背中に赤ん坊を背負った子供として描かれるシアワセくん。桜の木の枝からブラ下がった蓑虫を見て歯磨きを忘れていたことに気づいたり、シロクマの親子を見て背負っていた赤ん坊を下ろして這わせたり、飛び跳ねている川の魚を見て大きなバケツに取り替えたり、レストラン「ホッテントット」で食事をしたり、女性に連れられて散歩するダックスフンドを見て2匹の犬を繋げて胴長にしてみたり、西洋人を見て自分の鼻を大きくしたり、無人島で人食い人種に襲われたり、泥棒ネコに盗られた魚を口から釣り出そうとしたり‥‥ホノボノとしたサイレント・4コマ・マンガになっている。シアワセくんは子守りをして歩いていることが多いのだが、その場所やシチュエーションは千差万別、日本国内だけでなくアラスカ、アフリカ、無人島、中国‥‥と世界を旅する。その突飛な行動は子供らしい連想に基づいているし、心和むユーモアにも溢れている。
「ゴリラがいく」慌てて駆け寄って来たフーセンがマッスグとゴリラ(女生徒の渾名)に助けを求める。明朗学園内で行なわれた旧校舎跡の娯楽センター建設に反対する「フォークソングの集い」を番長グループが妨害して喧嘩になったという。傷ついたマッスグとコオロギを介抱したゴリラとフーセンは教頭先生から厳重注意される。負傷した2人を医務室に連れて行く途中で、番長グループに因縁をつけられるが、ゴリラは相手を一蹴。校庭で「学園に自由を」というプロテスト・ソングを歌うゴリラたち。教頭に学外へ追い払われた彼女たちは不良たちに搦まれて、再び乱闘が起こる。この騒動にゴリラの祖父や教頭、PTA会長が駆けつけると、拳銃を手にした会長の娘・美也が現われて、父親が不良たちを雇って娯楽センター建設反対派の人たちを脅し、教頭に賄賂を渡して旧校舎跡地を買収したことを暴露する。美也は銃口を自分に向けて父親の奸計を阻止しようとするのだった。
「脱出」船着き場に降りて来た青年ハイネがベンチに座っている中年男からマイクロ・フィルムを密かに受け取る。しかし、その直後に別れた男は射殺され、運河に跳び込んだハイネも左腕に傷を負う。ハイネは恋人と西ベルリンへ亡命するために西側のスパイとなったのだ。アパートに逃げ帰ったハイネは恋人のベルと一緒に非常口から屋根伝いに逃走する。追っ手のクルマと銃撃戦の末、2人は封鎖されている地下鉄内に侵入し、秘密の抜け穴から脱出しようとするが、ベルが射殺されてしまう。恋人の亡骸を抱いて西ベルリンへ逃れたハイネは「こんな自由なら、ぼくはほしくない、ほしくないんだ〜っ」と嘆く。冷戦下の東・西ベルリンを舞台にした脱出劇は「サイボーグ009」のハインリヒや「009ノ1」の女主人公ミレーヌ・ホフマンのエピソードでも描かれていた。東西冷戦時代の象徴でもある「ベルリンの壁」には核戦争の恐怖という血塗られたポスターがベッタリと貼りついている。
「しばり首の木」猟銃を携えて雪原を旅する青年サムをコヨーテ(山イヌ)たちが尾け狙っている。草原を駆け抜けるシカの群れ‥‥ムース(ヘラジカ)を仕留めた2人の狩人にサムはワチピー(大型シカ)を追っていると告げる。「ハンギング・ツリー」(しばり首の木)と呼ばれて怖れられているボスジカ、しばり首の木のように大きな枝角を持つワチピーは父親を殺した憎き仇敵だった。サム少年は殺された父の前で復讐を誓った。雪山でワチピーの足跡と血痕を発見したサムは1頭のワチピーを殺した大きなアカグマに遭遇する。青年はアカグマを倒し、ワチピーの群れの中にいたハンギング・ツリーと対決する。あっけなく死んでしまったハンギング・ツリーの躰にはクマの爪痕があった。コヨーテの群れと対峙するサムに「‥‥サム、強いものが勝つ!/ これが‥‥大自然のおきてじゃ」という父親の臨終の言葉が響く。
「指令Z」196X年4月13日午後3時40分‥‥米軍のVVオライオン爆撃機6機がフェイル=セーフ=ポイントまで約10分のところを北に向けて飛行していた。原爆を積んだ哨戒用編隊は攻撃命令がなければ、フェイル=セーフ=ポイントから引き返す。「フェイル=セーフ=ポイントまで、あと5分」‥‥爆撃手から発信されたメモを見たウェンディ中佐はフェイル=セーフ=ボックスの黄色いランプが赤(攻撃せよ!)に変わっていることに気づく。午後4時50分。オマハ戦闘司令室の編隊追跡レーダ=スクリーンの前では大騒ぎが起こっていた。第7編隊の爆撃機がフェイル=セーフ=ポイントを越えて中国の首都へ向かっていたからだ。司令室長官のホーカ将軍は大統領直通電話を手にした。アメリカ合衆国大統領も赤電話でソ連の首相に伝えた。「わが国の原爆搭載機が間違ってフェイル=セーフ=ポイントを越えて貴国に侵入した。撃ち落として構いません」と。ソ連の首相は直ちに伝言を中国へ報告したが、第7編隊がフェイル=セーフ=ポイントを越えて侵入したことを確認した中国がアメリカ本土へ13個の核ミサイルを発射した後だった。米大統領は「指令Z」を発令した。
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アメリカ、ソ連、中国から発射された核ミサイル群が成層圏から地上へ落ちて来る。ニューヨークに最初の閃光が煌めく。最後の見開きページでは5つの物語の登場人物‥‥シアワセくん、マッスグ、ゴリラ、フーセン、コオロギ、PTA会長と娘の美也、サム、コヨーテ、ハイネやベルだけでなく、「サイボーグ009」「二級天使」「ボンボン」「となりのたまげ太くん」「怪傑ハリマオ」「にいちゃん戦車」「ゼロゼロ指令」「メゾンZ」「トキワ荘の住人たち」「自画像」「ミュータント・モグラ」など、石ノ森ワールドのキャラクターたちも原画を破いたようにズタズタに引き裂かれてしまう‥‥。《ニューヨークに閃光がきらめいてから、百秒後に戦争は終わっていた。/ 世界じゅうの約3分の2のひとびとが死んでいた。/ しかし、まもなく、生き残った3分の1のひとびとの頭上にも、死は灰のかたちでふってきた‥‥》。「そして‥‥だれもいなくなった」のである。
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- 「石ノ森シリーズ」の第19弾です^^
- 「石ノ森章太郎萬画大全集」(角川書店 2007)をテクストに使いました
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出だしの文章を読んでいて、思わず、攻撃目標はイスラム国、ってでてくるのかと思ってしまいました。^^;
(現実になるらしいですね)
小説も恐いけど、現実も恐いですね。
by ぶーけ (2015-02-12 18:56)
ベルリンの壁の崩壊、ソ連の解体‥‥東西冷戦が終結して
核戦争の恐怖が薄れたら、平和になるどころか世界各地で紛争が勃発!
イスラム国はイラク戦争の落とし子だった。
大義なき戦争に懲りたアメリカは空爆だけで、地上戦には消極的ですが‥‥。
by sknys (2015-02-12 20:50)