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霧と薔薇と星と [c o m i c]



  • はじめは何だかわかりませんでしたが、そのうちに何か真っ黒で奇怪な猫のようなものが見えてきました。残り火で仄明るい暖炉の前をふっと影がよぎった時、敷物とおなじくらい、百数十センチほどの長さだと感じました。それが檻にとらわれた獣のように、あちらこちらすばやく動きまわっているのです。/ 声を出そうとしましたが、それもできずに震えていると、怪しい影はしだいに動きが激しくなり、それにつれて部屋がだんだん暗くなって、とうとう真っ暗闇のなか、私を見つめる赤く光るふたつの目だけがじっと動かなくなりました。それがいきなり、すばやい動きで私のベッドの上に飛び上がってきました。らんらんと光るふたつの赤い目が、私の顔に近づいてきます。驚きと恐ろしさのあまり、私の心臓はとまりそうになりました。/ すると突然、喉に数センチの間隔で、大きな二本の縫い針をぐさっと突き刺されたような激しい痛みを感じたのです。
    レ・ファニュ 「女吸血鬼カーミラ」


  • 「きりとばらとほしと」(少女クラブ 1962)はヴァンパイア伝説を題材したオムニバス3部作品。雑誌掲載当時、ヴァンパイア(吸血鬼)というダーク・ヒーローが日本の少女たちにとって、どれだけポピュラーな存在だったのかは分からないけれど(水谷豊の主演でTVドラマ化された手塚治虫の「バンパイヤ」(1966-69)は吸血鬼ではなく、狼少年だった)、リリという吸血少女を主人公にした100年に渡る過去・現在・未来のオムニバス3部構成は斬新だったはず。エドガー・アラン・ポーの短編3作品を原作にしたオムニバス映画『世にも怪奇な物語』(1967)よりも5年早い。ヘルマン・ヘッセ、スウィンバーン、ダンテの詩をエピグラフに使用したゴシック・ホラー、サスペンス、SFという趣向の異なる3篇。中学生時代に読んだ「きりとばらとほしと」から「ポーの一族」(1972-76)の着想を得たという萩尾望都のエピソードは余りにも有名。小野不由美の長編小説『屍鬼』(1998)も華麗なるヴァイパイア一族の系譜に加えたい。

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  • 「第一部 きり 1903年 オーストリア」
  • 濃い霧の中を四頭立ての馬車が走る。馬が暴れ、馬車が倒れた時のショックでラミーカは意識を失ってしまう。慌てて駆けつけた近隣の家族(父娘と使用人)に、ラミーカの父親は急ぎの旅の途中なので、娘を2、3日預かって欲しいと頼む。ラミーカは少女リリの住む屋敷に滞在することになった。リリは使用人のロザーヌと一緒に森へ花を摘みに行く。2人の様子を2階の窓辺から見ていたラミーカは霧を発生させてリリを襲い、怖くなって逃げ出したロザーヌを追って崖に追い詰める。崖から転落したロザーヌは今際の際に「あの人は‥‥吸血鬼‥‥」と使用人の男に言い残して息絶えた。主人に必死に訴えても聞き入れなかった彼はラミーカに駆け寄って大蒜と十字架を掲げ、木の杭を彼女の胸に突き刺す。娘から皺だらけの老婆になり、塵となって消えてしまったラミーカ。リリの父親は娘が無事で良かったと安堵するが、彼女の首許には女吸血鬼の咬み痕が2つ残されていた。
  • 人間のからだから血をすいとって、いつまでも生きつづけるという吸血鬼‥‥。/ その吸血鬼に関する物語は、あまり日本ではきかれませんが、ヨーロッパ‥‥とくに北欧の国々ではふるくからたくさんのいいつたえがのこされています。ほんとうにいたという記録まであるといわれています。/ でも、ここでは、そんな問題はべつにして、科学や文化の発達にしたがって、だんだん消えていく迷信や伝説 ── つまり「ゆめ」の世界に、まんがでなければかけないファンタジー(幻想)の世界に。みなさんといっしょにはいって、しばしのひとときをたのしみたいと思うのです。
    石森 章太郎 「愛をこめて‥‥迷信や伝説に、すべての吸血鬼に」

  • 「第二部 ばら 1962年 日本」
  • リリの運転するオープン・カーが右から走って来た黒い自動車と激突して、車外に投げ出された。衝突した2台のクルマは大破したのに、少女は奇蹟的に掠り傷1つ負わなかった。しかし、何も憶い出せない。交通事故のショックで記憶喪失症になってしまったのだ。彼女は事故現場に駆けつけた家族が暮らす屋敷で静養することになる(事故に遭った少女が見知らぬ家族の屋敷に滞在するというストーリは「第一部 きり」のラミーカと同じ趣向である)。警察に連絡したが、外国の少女が行方不明になっているという届出は一切なかった。「近日中にあなたのからだの血をぜんぶいただきたい」 という佐久間家の主人の許に届いた吸血鬼からの脅迫状。庭に咲く薔薇の棘を指に刺した痛みで、自分の名前を思い出したリリ。姉が吸血鬼から来た脅迫状を弟のケンジとリリに見せる。リリは「吸血鬼」という脅迫者の名前に困惑するのだった。

    その夜、佐久間ケンジの姉が悲鳴を上げて、寝室から飛び出して来た。吸血鬼に喉を咬みつかれたと騒ぐのだ。翌朝、毒殺された主人の遺体が家政婦に発見される。動揺する姉を慰めに来たという婚約者の佐々沢氏。「吸血鬼犯人説」を信じるかというケンジの問いかけに、英国に実在した吸血鬼の例を挙げ、「一種の病気みたいなものとして信じても良い気になって来てる」と答える。打ち上げ花火が夜空に輝く夏祭り‥‥姉が弟のケンジにアイスクリームを振る舞う。喜んで食べようとするケンジをリリが制止した。毒入りのアイスだった。ナイフを手にしてケンジを刺殺しようとする佐々沢。リリは2人の後を尾けて、彼らの企みを聞いていた。婚約者が姉を利用して義父と義弟を殺し、佐久間家の遺産を手に入れようとしたのだ。ケンジを庇ったリリはナイフで刺されるが死なない。彼女が手折った一輪の薔薇が瞬く間に萎れて枯れてしまう。女吸血鬼は自ら濡れ衣を晴らして立ち去る。

  • 「第三部 ほし 2008年 アメリカ」
  • 火星探検から帰還したロケット船団が米アリゾナ基地の上空で突然爆発した。ソビエト、中国、日本、イギリス、フランス、スイス、アフリカなどでも同じ事故が同時多発していた。天文台に勤務するヘンリーとリリはアリンガム先生に報告。天体望遠鏡で一部始終を見ていたアリンガムは乗組員自らがロケットを爆破し、小型飛行船で脱出したと明かす。裏の林の中に落下した飛行船を捜しに行ったヘンリーとリリは、岩の上に着陸した飛行船からケンタウロスやハーピー、ペガサスなど、神話の中に登場するような怪物たち(サイボーグ009の「ミュートスサイボーグ編」を想わせる)が姿を現わすのを目撃した。彼らはエア・カーで逃走する2人を追撃し、山を下って町を破壊。怪物たちの攻撃はアメリカ国内に留まらず、世界各国に及んだ。それに伴って正体不明の伝染病が蔓延し、国民の5分の4が吸血病に感染してしまう。

    天文台で行なわれた秘密会議。アルファ博士が発見した吸血鬼を全滅させる特効薬の大量生産。吸血鬼こそ新しい人類だとプロパガンダする放送局。ヘンリーは吸血病の原因となっているヴィールス(細菌)が火星の最も進歩した生命‥‥火星人だというベーター博士の仮説をリリに話す。ワクチン(薬)を製造する場所(R港の沖にいる汽船アベ・マリア号)を聞き出したリリは目を瞑ってキスを求め、ヘンリーの唇に咬みつく。彼が拳銃で撃ってもリリは死なない。ヘンリーもアルファ博士の発見したワクチンを予防注射していたので、吸血鬼にはならなかった。彼はリリにも薬を投与しようとするが、時すでに遅し。天文台は怪物たち(ロボット)と脱出した乗組員たちによって占拠されていた。彼らは火星から送り出された仲間のたった1人の生き残りであるリリに、女王になる資格があると進言する。崖に追い詰められたヘンリーは吸血人類になることを拒み、地球人としてピストル自殺する。

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    • 「石ノ森章太郎萬画大全集」(角川書店 2006)をテクストに使いました

    • 「第一部 きり」のエピソードはレ・ファニュ『女吸血鬼カーミラ』からの借用ですね
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    龍神沼 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 2-36

    龍神沼 ── 石ノ森章太郎萬画大全集 2-36

    • 著者:石森 章太郎
    • 出版社:角川書店
    • 発売日:2006/05/31
    • メディア:コミック
    • 収録作品:龍神沼 / 夜は千の目をもっている / 水色の星 / きりとばらとほしと / 貝がらの妖精 / 竜神沼の少女 / イラストコレクション


    女吸血鬼カーミラ

    女吸血鬼カーミラ

    • 著者:レ・ファニュ(Joseph Sheridan Le Fanu)/ 長井 那智子(訳)
    • 出版社:亜紀書房
    • 発売日:2015/01/24
    • メディア:単行本
    • 目次:プロローグ / 幼い日の悪夢 / お客さま / 意見の交換 / カーミラの謎 / 不思議な肖像画 / あやしい苦悩 / 深みへと / 消えたカーミラ / 医師 / 娘を奪われて / 仮面舞踏会──回想1 / 頼みごと──回想2 / きこり / 果たし合い──回想3 / カーミラの最期 / 終わりに / 訳者あとがき

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