ネコ・ログ #71 [c a t a l o g]
631 | 632 | 633 |
634 | 635 | 636 |
637 | 638 | 639 |
大濱 普美子 「猫の木のある庭」
#631│バラ│地域猫 ── キャヴィット・ボウイ
サンシャインシティ裏のH**中央公園に棲むバラちゃんの右目は青っぽく変色しているけれど、オッド・アイのウミちゃんのように隻眼というわけではないらしい。左右で色が異なるオッド・アイの白猫は青い眼の方の耳が聞こえないことがあるという。古今東西の名画(105点)と猫の格言(18篇)で構成された 『名画のなかの猫』(エスクナリッジ 2018)で、キャロライン・ロバーツはフランツ・マルク〈白猫〉(1912)の解説文で《からだを丸めたフランツの白猫は、片耳をピンと立てて周囲を警戒している。目の色は確認できないが、白猫だからおそらく青色か黄色、あるいは左右で色が異なるオッドアイだったはずだ。青い瞳なら聴覚に障害があったかもしれないし、オッドアイならもしかすると、「デヴィッド・ボウイ」 という名前だったかもしれない》と書いている。ボウイは視覚に障碍があったのかもしれないが、片耳が聴こえなかったわけではない。
#632│ミャウ│ノラ猫 ── 鉄柵の向こうには猫がいる
グウェン・クーパーが飼うことになった3匹目の黒猫ホーマーは悪性の感染症のために眼球の摘出手術を受けていて、両目が見えなかった。生後四週間の子猫は自分が目が見えないことをハンディキャップだとは思っていない。2匹の先住猫ヴァシュティとスカーレットも同じ状態だと思っている。部屋の間取りを認識して、何度も失敗しながらテーブルの上にジャンプし、Holeのアルバム《Live Through This》(1994)を聴くと興奮して、180cmの高さのキャットタワーの頂上に躍り上がる。蠅やゴキブリを捕獲するだけでなく、蒸し暑い7月の午前4時に部屋へ侵入した不審者(強盗未遂犯)でさえ全身全霊で撃退したのだ。K**図書館裏の遊歩道を挟んだ広い敷地で暮らすミャウちゃんはミャアミャアと良く鳴く。食事係の世話人に体を撫でて欲しいらしい。甘ったれネコだが、カメラを向けると遠去かる。雑草が目を遮らないようなアングルから素速く撮った。チャンスの前ボケも一瞬なのだ。
#633│シム│飼い猫 ── 瞠る三毛
滅多に通らない道順を行く。確かこの辺には数匹のネコがいたはずだと思いながら歩いていると、ある民家の前に三毛が佇んでいた。逃げられないように慎重に屈んで、ネコとの距離を縮める。ほぼ初対面なので、ネコも目を瞠って相手を見定めている。手動で焦点を目に合わせてシャッターを切ったが、素早く動かれて失敗。2度目で何とか満足の行くショットが撮れた。相手を見切ったのか、それ以後は外壁と車庫のクルマとの間に隠れて出てくる気配がない。恐らく民家の飼い猫だと想われるが、外ネコとの出会いは一期一会。再会出来るとは限らない。目を見開いて誰何するように見つめる三毛はリトル・シムズ(Little Simz)の5thアルバム・カヴァと似ていなくもない。三毛ちゃんも彼女のアルバム・タイトルと同じく、「No Thank You」 と言いたかったのかもしれない。
#634│ハン│飼い猫 ── 接近限界距離
三毛猫ゴトちゃんを撮ったところと同じ場所、都電沿いに通じる坂道で茶トラに出会った。左耳先がカットされているけれど、首輪を着けているので飼い猫だと思われる。標準ズームレンズ(3倍)の接近限界距離。愛用しているミラーレスカメラ(NEX-5N)では、これ以上ネコに近づこうとすると確実に逃げられてしまう。ところがネコとヒトの間に金網や鉄柵や鉄扉などの障碍物があると、接近しても逃げ出したりしない。介在物によって身の安全が保障されていることを分かっているらしい。ヒトの通れないような狭い隘路もネコにとって有利に働く安全地帯なのかもしれない。身の危険を感じたら身を翻して奥へ逃げ込めば良いのだから。たとえ飼い猫だとしても、初対面の人を警戒するのは仕方がない。何度か会っている間に顔を覚えて、打ち解けてくれるだろうか。
#635│スワ│飼い猫 ── パンダじゃないよ
第20回小説現代新人賞を受賞した短篇 「アルカディアの夏」(1973)を読んで驚いた。転校することになった同級生・皓ニからカトキン(コノハズク)を譲り受けた少女(中3)が1年前に家を出た父親と同じように家出する元祖・腐女子もの。「腐女子という言葉は、1990年代末にネット上で使用が確認されており、2005年頃から一般にも認知されるようになった」(Wikipedia)そうだが、皆川博子の少女ヒロインは約30年も早い。主人公・令は夏期講習の帰りに新宿Lデパートの7階で、頭脳警察のライヴを観る。「パンタ(パンダじゃないよ)がワサワサヘアを振りたてて、声をしぼり出す」 のだ。作中に引用されている歌詞は頭脳警察の 「いとこの結婚式」(1972)である。スワちゃんも白黒模様のパンダ柄だが、「パンダじゃないよ」 と内心思っているかもしれない。
#636│ベネ│ノラ猫 ── ベンチの陰には猫がいる
4月某日、K**中央公園に暮らすネコたちを世話している夫妻に同行して、広い園内のどこにネコが棲息しているのか案内してもらった。夕食時間を知らせる鈴を夫が鳴らすと、どこからともなくネコたちが姿を現わす(#630)。虎ネコのモネちゃんはベンチの上で寛いでいるところや野球グラウンド内に入り込んで振り向いたところをバックネット越しに撮れたが、良く似た兄弟姉妹らしき2匹の黒茶縞ネコは初対面なのか少し警戒している。ベンチの陰に隠れている1匹を何とか撮れた。石台の上の木肌が削れているのはネコたちが爪を研いだ痕跡だろうか。公園内を散策するネコたちを追っていると、時間の経つのも忘れてしまう。かつては30匹以上のネコたちがいたというが、今では両手の指で数えられるほどにまで減っている。ネコたちの暮らす公園は暮れ滞む。
#637│ロン│ノラ猫 ── 虹の橋を渡りました
去る7月の連休前に、K**図書館裏で暮らしていた長毛種のネコちゃんが永眠した。世話をしているヴォランティアが食欲のなくなったネコを心配して病院で診てもらったら、何と推定20歳だった。検査で腫瘍も見つかったが、それが死因ではない獣医はという。短命のノラにしては超長生きしたのではないだろうか。10年以上に渡って撮り続けて来たロンちゃんの死は心の中に開いた空洞のように虚しく悲しい。余り親しくないような知人の死よりも、いつも可愛がっていたネコの死の方が悲しいと語った吉本隆明の「ねことば」が胸に沁み入る真夏である。無慈悲なネコ・ヴォランティアが昨年ロンちゃんを連れ去って、TNRをしようとしたことも腹立たしい。推定20歳の老猫に不妊手術をしようとするなんて!‥‥どんなに怖かったかと思うと怒りさえ覚える。ネコとしては天寿を全うしたと思いたいけれど、その時の恐怖やストレスが死期を早めた遠因ではなかったかとさえ思うのだ。
#638│サイ│ノラ猫 ── ネコが消えた夏
昨年サイちゃんは右耳先をカット(不妊手術)から少し大人しくなり、近寄っても逃げず、毛並みを撫でても嫌がらなくなった。いつも追い回していたロンちゃんの姿が見えなくなって、一体どのように感じているのだろうか。縄張り争いのライヴァルが突然消えて安堵しているのか、それとも不審に思っているのか。K**図書館裏の遊歩道は飼い犬たちの散歩コ ースになっている。犬が近づいてくるとロンちゃんはベンチの下に潜り込み、奥の繁みの中に身を隠すが、サイちゃんは一歩も引かずに対峙する。飼主のリードに繋がれた三本足の大型犬が敵意を持って向かって来ると、ライオンやトラのように豹変し、咆哮して威嚇する。この小さな躰にも大型ネコ科動物のような遺伝子が受け継がれていることを目撃する瞬間だった。「ネコちゃん、やるじゃん!」 ‥‥大きな外敵に怯むことなく立ち向かうサイちゃんの勇姿に見惚れて、見直したのだ。
#639│アン│ノラ猫 ── 残暑の悪夢 午睡の夢
暫く出会うことも、写真を撮ることも叶わず、野良ネコの世話人夫妻からロンちゃんの死を報された時のショックは少なくなかった。心の中に開いた空洞は埋まることなく、日々広が って行く。ペット・ロスならぬノラ・ロスだが、大切なものは失った後で初めて気づくという真理を実感することになった。この空白を埋めるのは記憶を希釈する時間の経過だけである。I**駅前公園で暮らすアンちゃんのことも気懸りだった。暫く姿を見かけなくても飼い猫のことは心配しないけれど、ノラ猫は不安になる。ある日突然姿を消して、二度と再び会えないということが過去に何度もあったからだ。久しぶりに駅前公園に行くと、植え込みの前でアンちゃんが寝そべっていた。昼寝なのか、夏バテなのか分からないけれど、その姿を見れたことで安堵した。東京は最高気温30℃以上の真夏日が今年90日回目(8月28日現在)という「観測史上最多」の長い夏。もう少しの辛抱だからねとネコにも自分にも言い聞かせる日々である。
*
各記事のトップを飾ってくれたネコちゃん(9匹)のプロフィールを紹介する「ネコ・カタログ」の第71集です。サムネイルをクリックすると掲載したネコ写真に、右下のナンバー表の数字をクリックすると該当紹介文にジャンプ、ネコ・タイトルをクリックするとトップに戻ります。今までに630匹以上のネコちゃんを紹介して来ましたが、こんなにも多くのネコたちが棲息していることに驚かされます。第71集の常連ネコはスワとアンちゃん。ロンちゃんは虹の橋を渡りました。大濱普美子の 「猫の木のある庭」(2009)は第一短篇集『たけこのぞう』(国書刊行会 2013)の冒頭に収録された処女作。末尾の作品を表題としたが、「の っぺらぼうの平仮名書きからは、どんな内容の話なのか見当がつかず、ひょっとしたらまるでそぐわないイメージを与えてしまうかもしれない」 という懸念から、文庫本は『猫の木のある庭』(河出書房新社 2023)に改題された。文庫版解説を書いた選考委員・金井美恵子の推しで、大濱普美子の『陽だまりの果て』(2022)は第50回泉鏡花文学賞を受賞した。
*
- 記事タイトルの右に一覧リストのリンク・ボタン(黒猫アイコン)を付けました^^
- オリジナル写真の縦横比は2:3ですが、サムネイルは3:4にトリミングしました
- 「9分割ナンバー表」 の背景画像を白黒からカラー(写真の左上部分)に変更しました
- 「701匹ニャンちゃん大行進!」 のリンク・ボタンを「肉球アイコン」に変更しました
cat's log 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12 / 13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18 / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30 / 31 / 32 / 33 / 34 / 35 / 36 / 37 / 38 / 39 / 40 / 41 / 42 / 43 / 44 / 45 / 46 / 47 / 48 / 49 / 50 / 51 / 52 / 53 / 54 / 55 / 56 / 57 / 58 / 59 / 60 / 61 / 62 / 63 / 64 / 65 / 66 / 67 / 68 / 69 / 70 / 71 / sknynx 1160
- 著者:大濱 普美子
- 出版社:河出書房新社
- 発売日:2023/07/06
- メディア:文庫(河出文庫)
- 目次:猫の木のある庭 / フラオ・ローゼンバウムの靴 / 盂蘭盆会 / 浴槽稀譚 / 水面 / たけこのぞう / 文庫本あとがき / 解説・金井 美恵子
- 著者:アンガス・ハイランド+キャロライン・ロバーツ(Angus Hyland & Caroline Roberts)/ 喜多 直子(訳)
- 出版社:エクスナレッジ
- 発売日:2018/03/14
- メディア:単行本(ソフトカヴァ)
- 目次:ルシアン・フロイド / エリザベス・ブラックアダー / フランシスコ・デ・ゴヤ / デイヴィッド・ホックニー / フランツ・マルク / セバスティアーノ・ラッツァーリ / 作者不詳 / レオナルド・ダ・ヴィンチ / 虚谷 / キキ・スミス / モリス・ハーシュフィールド / ピーター・ブレイク / パウル・クレー / クリストファー・ウッド / バルテュス / 藤田嗣治 / 歌川国芳 / エドゥアール・マネ / クリストファー・ネヴィンソン / コルネリス・ヴィッセル / エドワード・ボーデン / アミ・フィリップス...
- 著者:グウェン・クーパー(Gwen Cooper)/ 高里 ひろ(訳)
- 出版社:早川書房
- 発売日:2010/05/21
- メディア:単行本(ソフトカヴァ)
- 目次:まえがき パトリシア・クーリー / プロローグ "奇跡の猫" / まさかの三匹目 / 目のない猫の、いったいどこがいいと思ったの? / ドキドキの一日目 / はみだし者たちの人気者 / 先住猫とご対面 / ママは心配性 / 猫のためなら一念発起 / 彼こそはエル・モチョ、おそれを知らぬ猫なのです!/ 犬好き両親の猫かわいがり / 転職の長いトンネル / 三猫一城の...
- Songs: Little Simz
- Label: Forever Living Originals
- Date: 2023/06/16
- Media: Audio CD
- Songs: Angel / Gorilla / Silhouette / No Merci / X / Heart on Fire / Broken / Sideways / Who Even Cares / Control
- 著者:皆川 博子
- 出版社:早川書房
- 発売日:2015/06/04
- メディア:文庫(ハヤカワ文庫 JA ミ 6-6)
- 目次:トマト・ゲーム / アルカディアの夏 / 獣舎のスキャット / 蜜の犬 / アイデースの館 / 遠い炎 / 花冠と氷の剣 / 漕げよマイケル / 解説・日下 三蔵
2023-10-01 09:30
コメント(0)
SUBSCRIBED BLOGS 2 (5/28)