長いキャリアのなかで、多様なジャンルに跨がって数多の優れた作品を産み出してきた皆川博子氏は、90歳を超えた今なお力強い新作を世に送り出しつづけている驚くべき作家である。「エドワード・ターナー三部作」 の完結篇である最新作「インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー」もまた、緻密なプロットとテンポのよい手練れの文章で構築された上質な歴史ミステリーであり、いっこうに衰えを見せない皆川氏の旺盛な筆力には脱帽するほかない。/ 18世紀ロンドンで開幕したこの三部作は、本作に至って物語の舞台を独立戦争の渦中にあるアメリカに移す。空間的にも時間的にも懸け離れた異国の土地を、細密な時代考証によって描き出し、外国人の登場人物たちが演じる人間ドラマを、生彩豊かな筆致によって語りきる──現代日本の作家にとって、途方もなく野心的なチャレンジと言うべきだろう。この冒険を皆川氏は見事に敢行し遂げ、重厚な歴史小説とスリリングな推理小説との結合という力業を達成してみせた。読者は巧緻に仕組まれた「叙述トリック」に驚かされつつ、最後の「クラレンスの手紙」に至ってほろりとさせられる。2021年度小説界の随一の収穫である。
松浦 寿輝 「上質な歴史ミステリー」(毎日新聞 2022・1・6)
17年目のスニンクス(sknynx)も72本の記事をアップした(2021・12~2022・11)。月6本の内訳はメイン記事3本(1日・11日・21日)と別館ミニ・ブログの1カ月分を纏めた 「スニーズ・ラブ」(26日)、一覧リストや企画ものなど2本(6日・16日)。回文シリーズは新年恒例の「回文かるた」を含めて5本。「ネコ・ログ」 は4本。ミュージックは年間ベスト・アルバム(rewind)や新譜紹介など9本、石ノ森シリーズは4本。猫ゆりシリーズは
〈猫のダルシー〉〈猫のジョナス〉の2本、「折々のねことば」 は3本をアップした。2022年は3年目のコロナ禍(オミクロン株)、ウクライナ戦争、急激な円安による値上げなど、憂鬱と鬱憤の溜まる日々が続いたが、昨年末に届いたMacBook Pro(14-inch)、皆川先生の毎日芸術賞受賞、山田風太郎生誕100周年(ということで久しぶりに読み継いだ忍法帖シリーズ)など、嬉しい一時や愉しい時間も少なからずあった。英覆面ユニットSAULTのニュ ー・アルバム5枚が5日間限定(11・1~5)でフリーDLという太っ腹にも欣喜雀躍した。
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Sknynx's Favorite 10 Articles Of 2022
● アップル〈3代目は14インチ〉に書いたように、2021年10月に発表されたMacBook Pro(14・16-inch)は理想的なノートブックだった。急激な円安で6月に値上げされてしまったのは残念だが、アルマイトの弁当箱を平たく伸ばしたようなフラットな筐体、美しい画質(Liquid Retina XDR Display)、6スピーカーを内蔵した高音質、SDカード・スロットの復活、柔軟性のある網コードに改善されたMagSafe 3ケーブルのなども素晴しく、オミクロンの不安やウクライナの鬱憤を一時忘れさせてくれるほどの嬉しさに満ち溢れている。10月25日に正式リリースされた
「macOS Ventura 13」 も最前面のウインドウを1クリックで切り替える 「Stage Manager」、画像から被写体を簡単に切り抜ける 「Quick Action」、自動バックアップの周期が1時間、1日、1週間から選べるようになった 「Time Machine」 など、便利機能も増え、「TextEdit」 の標準テキストのフォントが保持されない不具合も修正された。新型MacBook Proの発売は2023年春以降になるらしいので、もう暫く真新しい
〈Macにスリスリ〉する至福に浸っていられそうである。
● 猫のゆりかご「猫ゆり」は猫ジャケ・アルバムとネコをテーマにした猫本10点ずつを紹介するシリーズ。猫ジャケ・シリーズは思うように10枚を集められずアップすることが出来なかったが、その代わりに
〈猫のダルシー〉と
〈猫のジョナス〉で20冊の猫本を紹介した。ディー・レディーの『あたしの一生』(飛鳥新社 2000)は母猫ナターシャの教えを雌猫ダルシニア(ダルシ ー)が『猫語の教科書』を読んだかのように実践する。ジョン・グレイの『猫に学ぶ』(みすず書房 2021)は英政治哲学者ジョン・グレイによる 「ネコ科の哲学書」。『ハニオ日記』(扶桑社 2021)は犬1頭、猫5匹と一緒に暮らす石田ゆり子のインスタを3巻に纏めた写文集。『猫は知っていた』(ポプラ社 2010)と『三毛猫ホームズの推理』(光文社1978)は誰でも知っている名作「猫ミステリ」。『ネコ・かわいい殺し屋』(築地書館 2019)は鳥類学者とサイエンスライターによる 「ネコ戦争」 で、イエネコを外来捕食者という視点で科学的に検証する、愛猫家にとっては耳の痛いノンフィクションである。
『日常生活の冒険』(新潮社 1971)は親友・斎木犀吉の冒険を青年小説家(ぼく)が物語るパセティックな青春小説。「ぼく」 が預かることになったオレンジ色の縞猫(歯医者)は主人公のモデルとなった義弟・伊丹十三の愛猫の名前だった。『月夜の森の梟』(朝日新聞出版 2021)は最愛の夫(藤田宜永)に先立たれた小池真理子が亡き伴侶との過去の記憶や現在の心境を綴ったエッセイ集。『猫のまぼろし、猫のまどわし』(東京創元社 2018)は東雅夫、『ネコ・ロマンチスム』(中央公論新社 2022)は吉行淳之介が編集したネコ・アンソロジー。シャーリイ・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしてる』(東京創元社 2007)はホラー、キジ・ジョンスンの『猫の街から世界を夢見る』(東京創元社 2021)はダーク・ファンダジーだが、古屋敷に隠遁する姉妹と長い旅に出た数学教授にネコが連れ添う。ブリティッシュ・ライブラリー所蔵(1170~1936)のキャット・アート・コレクション『ねこの絵集』(グラフィック社 2016)と大型ネコ本『猫たちの世界旅行』(日本放送出版協会 1993)にはヴィクトリア朝の猫画家ルイス・ウェインのイラストも掲載されている。
● 折々のねことば「折々のことば」(朝日新聞朝刊の連載コラム)のパロディ版
「ねことば」は3本(30篇)をアップした。「猫のゆりかご」 で紹介した猫本だけでなく、小説やエッセイなど一般書の中に登場するネコに関する文章を見つけるが存外に愉しい。ヤマザキマリの 「さるとびエッちゃん」、ピーター・ウェブのハンス・ベルメール評伝 「死、欲望、人形」、石森章太郎の 「タイム虎ベル」、今村昌弘の 「兇人邸の殺人」、ヴィヴィエン・ゴールドマンの 「女パンクの逆襲」、リチャード・パワーズの 「舞踏会へ向かう三人の農夫」、川野芽生の 「卒業の終わり」、山田風太郎の 「忍びの卍」』、岸田秀の 「唯幻論大全」 など、思いがけないところに「ネコ」がいる。
〈マイコフィリア〉を書くために読んだキノコ本 「FUNGI 菌類小説選集 第 I コロニー」 の中に潜んでいたネコ、リー・タンザー&ジェシー・ブリントンの「タビー・マクマンガス 、真菌デブっちょ」には抱腹絶倒した。《マーキン・メーカー?/ 意匠陰毛細工師を知ってるかい / セントジェームジズ・ストリートで商いしている / あいつを》という流行り唄はリチャード・パワーズがエピグラフに引用したマザーグースのパロディになっている。
● ブックスPKDシリーズ第3弾の
〈シミュラクル・ディック〉で 「シミュラクラ」(1964)、「逆まわりの世界」(1967)、「去年を待ちながら」(1966)、「いたずらの問題」(1956)、「銀河の壺なおし」(1969)の5長編を紹介した。浪費家の妻と子供たちの生活費を得るために、2年間で10作もの長編を書いたというP・K・ディックですが、その中に 「火星のタイム・スリップ」(1964)や 「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」(1965)という畢生の傑作が含まれているのだから、何が幸い(災い?)するのか分からない。ディックには妻に、節約しろとは言えない事情があったんでしょうか。『無垢なる花たちのためのユートピア』(東京創元社 2022)は皆川博子から山尾悠子へ幻想小説の系譜を継承する歌人・川野芽生の処女小説集。「古語」 という名刀・三池典太を振るうファンタジー界の若き女戦士である。単行本の白い帯には《鋭い知性を芯とした幻想の葩は豊潤な表現力によって可視の存在となる》という皆川博子の推薦文が記されている。
2022年は山田風太郎生誕100周年だったことに気づいて、
〈風太郎忍法帖 2〉で 「忍者月影抄」(1962)、「風来忍法帖」(1964)、「忍法八犬伝」(1964)、「忍びの卍」(1967)、「魔界転生」(1967)を読み継いだ(「忍者月影抄」 と 「魔界転生」 は再読)。室町ものに分類される三部作の完結篇 「柳生十兵衛死す」(1992)は江戸と室町時代に生きる2人の十兵衛が入れ替わって、250年の時空を飛ぶ時代SF長編。世阿弥の能舞台がタイムマシンになるという破天荒なギミックである。親友の高木彬光は風太郎をフェミニストと言っているが、本人は照れ臭いのか韜晦している。14歳の時に母親を亡くした喪失感が、麻也姫や村雨姫のような女性の理想像として作品に登場させるのは目頭が熱くなる(強姦するつもりだった香具師たちが気高く純真な麻也姫に惚れて、彼女を護るために命を捨てるのだ)。皆川博子、金井美恵子、中野翠などの女性愛読者が少なくないのも、女性に対するリスペクトが根底にあることを感じ取っているからだと思う。
Sknynx's Top 10 Articles Of 2022
● 回文シリーズ〈没後のゴッホ〉〈わたし寅年だわ(回文かるた 2022)〉〈妖婆が這う夜〉〈屍は仮死 ?〉〈嘘・愚行・国葬〉の5本をアップした。寅年もコロナ(オミクロン株)、ウクライナ戦争、元首相暗殺、カルト教団など、憂鬱な世相に影響された回文が少なくない。その中でもブログ記事から派生したネコ、アップル(MacBook Pro)、ヤマザキマリ、カワイレナ、ノヴァ・ツインズ(Nova Twins)、「けっこう仮面」 などの回文はブロガーの嗜好が色濃く出ている。「マイブーム」 や興味や関心のあることを記事にしているので、回文にもストレートに反映されるわけである。5つ星回文は
〈武漢ログ、見落とすリスク。隠すリスト、オミクロン株〉〈今朝「ジャムの真昼」読む。夜暇、飲むヤシ酒〉〈事故物件、余燼(余人)マンション、月賦越し〉〈淑やか、優しい、あどけない。泣けど、愛し、沙也加、宿し?〉〈「カルト教祖、俺、襲うよ。来とるか?」〉。「ジャムの真昼」は皆川博子先生の傑作短篇。
〈人道回廊、動揺、道路、厳う頓死〉は余りにも酷い内容に抗議して1つ星とした。
● ネコ・ログ飼い猫には毎日出会えなくても余り気にならないが、ノラ猫は何日か見かけないと心配になる。ある日突然姿を消して、二度と戻って来ないことが多々あるからだ。〈ロンちゃんの受難〉に書いたように、地域ネコの世話を毎日している人たちにとってはショッキングなことである。ネコ・ヴォランティアに捕獲されて、動物病院に連れ去られたロンちゃんも恐怖で脅えていたはずだ。2〜3日後に帰って来たけれど、耳先カットされてしまった。既に不妊手術済みだったのに(施術前医者がに気づいて事なきを得た)。寅年(2022)は何年も写真を撮っていたネコたちが相次いで亡くなった。酷暑の夏にキューちゃんが急死して、世話をしていた民家の女性はショックを隠し切れない。腎臓病で亡くなった地域猫のエミちゃんはネコおばさんに手厚く介護されて看取られた。2年前に交通事故死した飼い猫のドミノは良いネコだった。
〈ネコ・ログ #56〉に「クルマが往来する車道なので、交通事故だけが気懸かりである」と書いた危惧が現実になってしまった。
● 石ノ森シリーズ〈時の虎に鈴(Time Tiger Bell)〉はマッド・サイエンティストの研究室から盗み出した鈴型のタイム・マシンに乗って20年後の未来(1994?)から飛来した女盗賊タイガー・ベルと考古学専攻の大学生・新井古人(アタラシイ・フルヒト)、彼の飼い猫チェシャーが時空を翔るSFドタバタ・コメディ 「タイム虎ベル」(1974)。
〈くノ一緋鳥捕物帖〉は抜け忍の緋鳥が岡っ引の養女となって活躍する時代劇画 「くノ一捕物帖 恋縄緋鳥」(1973-74)と 「新 ・くノ一捕物帖 大江戸緋鳥808」(1974)。
〈CM野郎とコマちゃん〉は弱小広告会社に就職した飛田松五郎が超変人の社長・星ジュン(マロ)、東北弁訛りの秘書・須毛駒子とクライアントが繰り広げるスラップスティック・ギャグ 「CM野郎」(1970)と「CMコマちゃん」(1971)。
〈セヴン・ページズ(7P)〉は同時期に連載していた 「章太郎のファンタジーワールド ジュン」(COM 1967-69)を想わせる青年マンガ家を主人公にした全7ページのショート・ショート集 「7P」(1969-70)で、全16篇が著者の敬愛するSF作家たちへのオマージュやパロディになっている。
● ミュージック〈時には内向き女のように(2021)〉は毎年恒例の年間ベスト・アルバム10。
〈C.C. ガ ールズ 21〉はイニシャルCの女性SSWのアルバム(2021)を集めてみた。〈ビートルズと一緒 〉は2ndアルバムの全曲解説。
〈ライオット・ガルー〉はBikini Kill、Free Kitten、Chicks On Speedなど、女性ポスト・パンク・バンド、
〈サッカー・マミー〉は米SSWソフィー・アリソン(Sophie Allison)のアルバム、
〈8月の濡れた雨衣〉はジェン・ペリー の著書『ザ・レインコーツ』、
〈アルゼン遅延の女たち〉はアルゼンチンの女性SSWのアルバムを2〜3年遅れで紹介した。
〈マイコフィリア〉(きのこ愛好症)はBjorkとPommeのアルバム・アートが「きのこ」だったことから着想した記事で、ユージニア・ボーンの 「マイコフィリア」(2016)、グレイ&モレーノ=ガルシア編 「FUNGI 菌類小説選集 第 I コロニ ー」(2017)、「きのこの国のアリス」(2015)を読み、日本映画 「マタンゴ」(1963)まで観る羽目になってしまった。2022年最大の懸案は急激な円安で輸入アルバムが値上がりしたこと。1枚2千円前後だった輸入盤(CD)の価格が2〜3割増しになってしまった。その最中に英覆面ユニットSAULTがニュー・アルバム5枚をフリーDLしたのは快挙だった。
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