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シミュラクル・ディック [b o o k s]



  • 「われわれにはワクチンが必要です」とメクノス人がいった。/「針路をはずれないようにしてください」/ 猫のノーマンが悠揚迫らざる態度で操縦装置のそばを漂い、前足をのばしたかと思うと、でたらめにボタンを叩いた。押しこまれた二個のボタンがかすかなビープ音を奏で、船はまた針路を変えた。/ 「犯人はおまえか」 とベドフォードはいった。「エイリアンの前で、よくも恥をかかせてくれたな。異星人の知性を向こうにまわして、こっちはまるで阿呆みたいじゃないか」 ベドフォードは猫の首をつかむと、ぎゅっと力をこめた。/ 「いまの奇妙な音はなんですか?」メクノス人オペレーターがたずねた。「泣いているような」 / ベドフォードはおだやかな口調で、「泣くようなものは、もうなにもない。忘れてくれ」 といって回線を切り、猫の死体を廃棄用シューターに運んで、船外に排出した。/ 数分後、シータ室にもどった彼は、またまどろみはじめた。今回は、設定した針路に干渉する者はなかった。
     フィリップ・K・ディック 「猫と宇宙船」


  • ◇ シミュラクラ(早川書房 2017)フィリップ・K・ディック
  • 21世紀半ば、世界は巨大都市ワルシャワを中心とする共産圏と1994年に西ドイツが53番目の州となったヨーロッパ・アメリカ合衆国(USEA)に二極化していた。90年頃からUSEA大統領(デア・アルテ)よりも大統領夫人が実権を握る母権制社会となって、国民は国家機密を知る特権階級(Ge)と何も知らされずに隷属する平民(Be)に二分されている。エレクトロニック・ミュージカル・エンタープライズ(EME)の部長ナット・フリーガーは社長レオ・ドンドルドに命じられて、念動力で演奏するピアニスト、リヒャルト・コングロシアンのレコーディング・セッションのために、録音技師ジム・フランクとカリフォルニア・ジ ェンナーの別荘へ飛ぶ。精神分析医エゴン・スパーブは国際精神分析治療医協会(IAPP)の反対にも拘泥らず、精神分析治療を禁止する大統領令マクファーソン法によって逮捕されてしまうが、国家警察長官(NP)ワイルダー・ペングロークから、ある患者を治療して欲しいと頼まれる。600人の居住者が暮らす超巨大マンション、エイブラハム・リンカーン自治共同住宅で開かれる住民総会にヴィンス・ストライクロックとジュリー夫妻が出席する。

    隣室の住人イアン・ダンカン(元ジャグ奏者)の試験の答案を採点していたエドガー・スト ーンは集会に遅れた。住民総会に出席しなかったイアンは自室のTVでホワイトハウス報道官マックスウェル・W・ジェイミソンとニコル・ティボドー大統領夫人が3人の海洋学者にインタヴューしている深海生物に関する特集番組を眺めながら、ホワイトハウスが主催するタレントショーのオーディションに友人アル・ミラーと合格することを夢見ていた。翌朝TVから流れて来るルドルフ・カルプフライシュ大統領のスピーチを聞いていたヴィンス・ストライクロックは妻ジュリーの不在に気づく。昨夜、大喧嘩して妻から離婚されたことを思い出す。エイブラハム・リンカーン自治共同住宅の最上階に住むチック・ストライクロック(ヴィンスの兄)は目を覚ますと、ベッドでジュリーが寝ていることに困惑する。TV電話で社長モーリィ・フラウエンツィンマーに遅刻することを伝える。国務次官補ガース・マクレーは技術者に大統領(シミュラクラ)を止めさせ、大統領が非難したベルゴルト・ゴルツ率いるネオナチ集団〈ヨブの息子たち〉や次期シミュラクラについてアントン・カープと話し合う。

    EMEのジム・プランクとナット・フリーガー、社長レオの娘モリー・ドンドルドとヘリコプターに乗って、リヒャルト・コングロシアンの別荘へ向かった。ニコル・ティボドーはホワイトハウスで、イスラエル首相エミール・シュタルクと会談する。アル・ミラーは超小型違法宇宙船ジャロピーを展示販売するロットの奥にある建物から火星生物パプーラを遠隔操作して見学に来た家族を勧誘していたが、突然訪ねて来たイアン・ダンカンに妨げられて顧客を逃す。オフィスでイアンはアルと2人でジャグ演奏を録音して、ホワイトハウスに聞かせたいと言う。フラウエンツィマー・アソシエーツに着いたチック・ストライクロックは社長モ ーリィから、経営状態が悪化して破産することを知らされる。コングロシアンにとって、マクファーソン法は災厄だった。彼はテオドルス・ニッツ・コマーシャルによって汚染された恐怖性体臭、自分の体が悪臭を放っているという脅迫性精神障害に感染していた。ホワイトハウスのタレントスカウト・チーフ、ジャネット・レイマーからのTV電話に出たコングロシアンは出演依頼を断り、AG製薬精神薬開発主任メリル・ジャッドに電話して救いを求める。

    ジェンナーに到着したモリー・ドンドルド、ナット・フリーガー、ジム・プランクは過激派集団〈ヨブの息子たち〉のデモ行進に遭遇する。リーダーのベルゴルトはナットに、コングロシアンがサンフランシスコのフランクリン・エイムズ神経精神病院にいると告げる。自治会長ドン・ティシュマンと専属牧師パトリック・ドイルはエイブラハム・リンカーンの管理事務室で、イアン・ダンカンが提出した申請書をチェックしていた。元妻ジュリーが最上階の部屋で兄チックと一緒に暮らしていることを最古参の住人ジョー・パード老人から知らされたヴィンスはチックと話し合う。兄はカープでの仕事と引き換えにジュリーを返すと弟に逼るが、最終的にドクター・スパーブの見解に委ねることで同意する。ニコルはガース、ワイルダー・ペンブロークと密談していた。ガースは次期大統領の製作が他企業に移される懸案から、カープ・ヴェルケは歴代大統領がシミュラクラであることを公表するつもりだと、ニコルに進言する。フォン・レッシンガー装置の技術者たちは24時間以内に1944年ヘの経路設定を完了することになっていた。ヘルマン・ゲーリング元帥を呼び寄せるために‥‥。

                        *

  • ◇ 逆まわりの世界(早川書房 2020)フィリップ・K・ディック
  • 1986年6月に発生したホバート位相(時間逆流現象)によって、人類は日々若返って母体の子宮に還り、死者がゾンビのように墓場から甦るようになった。死者の再生と販売を生業にする「ヘルメスの瓶ヴァイタリウム商会」の老生者セバスチャン・ヘルメスはユーディ教始祖トマス・ピーク(1921~1971)を墓から掘り出して蘇生したことで、あらゆる文書を消し去る公安機関〈消去局〉とユーディ教のレイモンド・ロバーツ猊下、ローマ・シンジケートの三つ巴の争奪戦に巻き込まれてしまう。夫セブに頼まれて市民特殊図書館へロバーツに関する資料を閲覧しに行った妻ロッタは館長メイヴィス・マクガイアに怪しまれて、消去局員に拘束される。〈消去局〉が館長の娘アン・フィッシャーをヴァイタリウムへ送り込み、ジョウゼフ・ティンベイン巡査は図書館内に侵入してロッタを救い出すのだが‥‥「逆まわりの世界」は同じ著者の『ユービック』(Ubick 1969)のように事象が古色蒼然として退行するわけでも、アレホ・カルペンティエールの「種への旅」のように主人公が不可避に逆行するわけでもない。登場人物たちは「逆まわりの世界」で右往左往するだけである。

  • ◇ 去年を待ちながら(早川書房 2018)フィリップ・K・ディック
  • 2055年、テラ(地球)はリリスターとリーグの星間戦争に巻き込まれていた。形勢不利となっているリリスターは同盟関係にあるテラに無理難題を押しつけて来る。テラの独裁的指導者ジーノ・モリナーリ(国連事務総長)はフレネクシー大臣(リリスター首相)との交渉を長引かせていたが、致死性の病に苦しんでいた。多国籍企業TF&D(ティファナ毛皮&染料社)の最高責任者ヴァージル・アッカーマンの主治医となったエリック・スイートセント医師(人工臓器移植外科医)はモリナーリのいる火星(ワシン35)へ派遣される。一方エリ ックとの夫婦関係が冷え切っていた妻キャシーはドラッグ仲間と「JJ-180」を摂取する。時空旅行者となるドラッグはリリスター星人による陰謀だったが、元々はテラが開発した戦争用のドラッグ兵器だった。致死性の中毒に陥ったキャシーは治療法を得ようとして、密かにエリックにも飲ませてしまう。1年後の未来(2056)へ飛んだエリックはヘイゼルティン社が開発したドラッグの解毒剤、リリスターとリーグの戦局情報などを入手して現在(2055年)へ戻るが、未来は1つではなかった。

  • ◇ いたずらの問題(早川書房 2018)フィリップ・K・ディック
  • 2114年、ストレイター大佐が提唱した道徳再生運動(モレク)よって、核戦争後の世界は集団相互監視システムに依存していた。毎週開かれるアパートメント居住者たちのブロック集会(密告や告発)、ハサミムシに似たジュブナイル(スパイ・ロボット)などに監視された近未来ディストピア社会。調査代理店の青年社長アレン・パーセルは日曜の深夜、公園にあるストレイター大佐の銅像の首を電動鋸で斬り落として、赤ペンキで穢してしまう。ジョージ・オーウェルの「1984年」のような暗黒ディストピアではなく、過ちを犯した落伍者にはメンタル・ヘルス・リゾートという救済施設が用意されている。アレンはコーツという偽名で分析医アルパルトの診断を仰ぐ。その一方で、彼はT-M(テレメディア)局長への就任を行政官スー・フロストから打診されていた。メンタル・ヘルスが維持している恒久的な避難場所アザーワールド(ベガ星系第四惑星ベガ4)から脱出したアレンはT-M社のオフィスで、グレッチェン(アルパルトの妹)とキスしているところを窓から侵入したジュブナイルに記録され、局長の職を解任されることになる。アレンが仲間と最後に仕掛けた「悪戯」とは?

  • ◇ 銀河の壺なおし(早川書房 2017)フィリップ・K・ディック
  • ジョー・ファーンライトは壺なおし職人(pot-healer)。父親から受け継いだ2代目だが、陶器の壺は戦争前の旧時代の遺物だった。プラスチックなどの割れ難い素材に代わってからは現存する陶器も少なく、所有者も破損しないように細心の注意を払っている。集合住宅からオフィス兼工房まで徒歩で出勤するものの、修理の依頼は殆ない。政府から支給される失業手当てで暮らす開店休業状態だった。唯一の娯楽は小説や映画の英語タイトルを外国のコンピュータに音声入力して翻訳し、再び英訳したものから元のタイトルを当てるという暇つぶしの〈ゲーム〉だった。ある日、グリマングと名乗る謎の依頼主から仕事が舞い込んで来る。シリウス系第5惑星プラウマンズ・プラネットの海底に沈む大聖堂ヘルズカラを引き揚げる一大プロジェクトへの参加を呼びかける誘いだった。ジョーは意を決してプラウマンズへ旅立つ。壺なおし職人ジョー、海洋生物学者マリ・ヨヘスや念動力者ハーパー・ボールドウィン、非ヒューマノイド・タイプの生命体など、数百の星系から雇われたエキスパートはグリマングと協力して大聖堂を引き揚げようと試みるのだが‥‥。

                        *

  • ◆ パーキー・パットの日々(早川書房 2013)フィリップ・K・ディック
  • 60年代に大流行した「バービー人形」から着想を得た短篇で、畢生の傑作 『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』(The Three Stigmata of Palmer Eldrich 1964)の原型になっている。核戦争で荒廃した未来の地球、北カリフォルニアの地下シェルターで暮らす3組の夫婦はパーキー・パット人形の模型セットに耽溺していた。ケア・ボーイ(八本脚の火星生物)がトランジスター・ラジオを投下したことで、無線通信機の存在に気づいたノーマン・シャインはフッカー・グリーブ市長の通信機を借りて、オークランドのシェルターと連絡を取り合う。オークランドのコニー・コンパニオン人形に興味を惹かれたからだ。ノーマン夫妻は中間地点のバークレー・シェルターでオークランド・チームと対抗ゲームを行なう。お互いに人形と模型セットを持ち合い、「人生ゲーム」 のように回転盤の針を回して出たマス目を進む。賭けの勝利品は相手の所有する人形だった。熱可塑性プラスチックのパーキー・パ ットちゃんは十代の生娘だったが、木彫りのコニー・コンパニオンは1年前にポールと結婚していて、しかも妊娠3カ月の身重だった!

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    • 「シミュラクラ」(The Simulacra 1964)は総勢40名以上の登場人物に、シミュラクラ(模造人間)、タイム・トラヴェル(フォン・レッシンガー装置)、超能力者(念動力)、ミュータント(チュッパー)、超小型違法宇宙船(ジャロピー)、ガニメデ生命体(F-a2)、火星生物(パプーラ)などのSFガジェットを満載した異色長編^^

    • 「パーキー・パットの日々」(Days of Perky Pat 1963)は再録(一部加筆・改稿)
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    シミュラクラ〔新訳版〕

    シミュラクラ〔新訳版〕

    • 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 山田 和子(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2017/11/21
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫SF2155)
    • 内容:時は21世紀半ば、世界はワルシャワを中心とする共産主義体制とヨーロッパ・アメリカ合衆国(USEA)とに完全に二極化されていた。USEAで絶大な権力を握る美貌の大統領夫人ニコル・ティボドーは、タイムトラベル装置を使って秘かにゲーリング元帥を呼び寄せ 、恐るべき計画を実行しようとするが‥‥模造人間(シミュラクラ)、超小型違法宇宙船...


    逆まわりの世界〔改訳版〕

    逆まわりの世界〔改訳版〕

    • 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 小尾 芙佐(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2020/07/02
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫SF2289)
    • 内容:死者は墓から甦り、生者は若返って子宮へと回帰する──1986年、ホバート位相と名づけられた時間逆流現象のために、世界は一変した。死者の再生と売却を請け負うセバスチャン・ヘルメスは、ユーディ教の始祖トマス・ピークを墓から掘りだしたことにより、公安機関〈消去局〉とユーディ教指導者、ローマ・シンジケートをめぐる戦いに巻き込まれ...


    去年を待ちながら〔新訳版〕

    去年を待ちながら〔新訳版〕

    • 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 山形 浩生(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日: 2017/09/30
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫SF2145)
    • 内容:2055年、人類は異星人同士の星間戦争に巻き込まれ、リーグ星人と泥沼の交戦状態にあった。そのさなか、軍事企業で人工臓器医師として働くエリックは、致死性の病に苦しむ独裁的指導者モリナーリの主治医となる。一方、エリックの妻キャシーは夫への不満から、新種のドラッグJJ-180に手を出してしまう。キャシーに騙されてJJ-180を飲んだエ...


    いたずらの問題

    いたずらの問題

    • 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 大森 望(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2018/08/21
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫SF2195)
    • 目次:22世紀、アメリカは小型ロボットが監視する管理社会と化していた。青年社長アレンは衝動に駆られて「いたずら」に及んでしまう!? 鬼才のディストピアSF


    銀河の壺なおし〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)

    銀河の壺なおし〔新訳版〕

    • 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 大森 望(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2017/10/19
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫SF2150)
    • 内容:壺なおしを職業とするジョーのもとに、シリウス星系から奇妙な依頼が届いた。ディック的モチーフに溢れた幻の長篇、待望の新訳版
    変数人間(ディック短篇傑作選)

    変数人間(ディック短篇傑作選)

    • 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 大森 望(編)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2013/11/08
    • メディア:文庫(ハヤカワ文庫SF1929)
    • 目次:パーキー・パットの日々 / CM地獄 / 不屈の蛙 / あんな目はごめんだ / 猫と宇宙船 / スパイはだれだ / 不適応者 / 超能力世界 / ペイチェック / 変数人間 / 編者あとがき

    タグ:SF pkd Books
    コメント(2) 

    コメント 2

    ぶーけ

    お口の周りはもようなんでしょうか?
    なにかに口をつっこんで、食べてるところをみつかった?
    あ、しまった、って感じでかわいいです。^^
    by ぶーけ (2022-04-15 14:23) 

    sknys

    地下駐輪場のネコを地上から柵越しに撮ったので、
    オリジナル画像は暗くて、解像度も低いにゃん。
    マズルの模様が禰豆子みたいに、何かを咥えているように見えなくもない?
    by sknys (2022-04-15 20:03) 

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