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ネコ・ログ #64 [c a t a l o g]

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  • Aという苦痛は、Bという別の苦痛が生まれたとたん、消失する。少なくとも感じなくなる。苦痛の司令塔である脳の伝達機序のおかげであり、長く生きていると、人は何度もその恩恵に与る。/ 先日、ふだんから食欲旺盛で活動的な、十四歳になる猫が突然、ほとんど食べなくなった。動きも鈍くなり、つらそうに寝てばかりいる。動物病院が休みの日だったため、週明けまで様子を見るしかなかった。/ 夫の次は猫を看取るのか、と思った。深い井戸の底に降り立って、暗がりの中、自分の傷口を舐めながら、しばらく養生して行くつもりだ った。これ以上深い「底」はない、とも思っていた。だが、まださらなる先に「底」があるのかもしれなかった。/ 週が明けてから、相変わらず食べようとしない猫を病院に連れて行 った。先代猫から世話になってきた獣医師が、案じ顔で全身検査をしてくれた。/ 猫を預け、結果が出るまで一時間半。呼ばれて診察室に入った時、束の間、奇妙なまぼろしを見た。
    小池 真理子 「食欲のない猫と胸躍る思いは」


  • #568│モリ│ノラ猫 ── ボス猫の風格
    「ボス猫」の定義は曖昧だが、幾つかの特徴を挙げることが出来る。デカ顔、強面、大きな体躯、オス・メスの性別は問わない。「夜廻り猫」(遠藤平蔵)がボス猫に一番近いイメージでしょうか。ところが意外にも図体の大きな雄ネコは小心者で、小さな雌ネコの方が気が強か ったりする。モリちゃんは大柄で眼光も鋭いので、ボス猫の風格が備わっている。写真集『ボス猫』(ジーウォーク 2021)には春・夏・秋・冬、トルコ・イタリア・ボルネオ・モロッコ・キューバ・クロアチア・ブラジル・スペイン・スイス‥‥岩合さん好みのデカ顔ネコたちが勢揃い。《顔も体も大きなネコに合うと嬉しくて、思わずボスと呼びたくなります。でもそこから、しっかりと観察して、本当にボスなのかを見極めて付き合います。体が大きくても、争いを好まない穏やかなネコもいる。ですがそんなネコも僕にとっては「ボス」。すべてのネコはボスなのです。唯一無二の存在だから》と「あとがき」に記しています。

    #569│ロイ│飼い猫 ── ネコと自転車
    少し遠出して、K浜東北線沿いの図書館へ向かう。その途中、車道の脇を歩いていると、民家の前に1匹のサバトラがいた。お腹とマズル部分が白い配色は「ゆりごろう王国」のタビ(白足袋)ちゃんに似ていなくもない。ロイちゃんが白ソックスかどうかは見落とした。ネコの傍らには主人らしき男性もいたので、恐らく飼いネコだと思われる。自転車をバ ックに写真を撮った。人懐っこいネコなので、これから一時仲良くなれるかもしれないと期待していたのに、その直後に裏切られてしまう。何を思ったのか、隣の空き地の奥に姿を消してしまったのだ。ネコの気持ちを忖度するのは難しい。シャッター・チャンスは1度だけ‥‥それでも初対面で1枚撮れたのだから良しとしよう。ネコの後ろ姿を見送りながら、「クルマに注意してね」 と心の中で言い残して立ち去る。

    #570│ロン│ノラ猫 ──ニャンコ帝国
    「ニャンコ帝国」(Kitty Empire)のイメージは広い敷地内に数多くのネコたちが安寧に暮らしている風景。かつて中央公園には30匹ものネコたちが棲息していたらしいが、一夜にして一掃されて、今では芭蕉の俳句のように跡形もない。K**図書館裏のロンちゃんもネコ仲間やライヴァルがいなくなって、一人天下‥‥皇帝(emperor)ならぬ女帝(empress)と称するべきだろうか。自由気儘なキャット・ライフを満喫している。英紙 「The Observer」(日曜版 「The Guardian」)にアルバムやライヴ評を寄稿している女性ライターも「キティ ・エンパイア」というペンネームなのだから、ロンちゃんのニックネームにしても良いかもしれない。米イリノイ・エヴァンストンのパンク・バンド、ビッグ・ブラック(Big Black)の〈Kitty Empire〉は騒がしい。真夜中の「ニャンコ帝国」は五月蝿くて、周辺住民は眠れなかったのかもしれませんが、ネコが1匹もいない公園は寂しい。

    #571│キュー│飼い猫 ── ロベールQちゃん
    路地を左に折れたところの民家に2匹のネコがいた。白黒ネコは精悍な面構え。鋭い眼光を発して見つめている。モリ親分の壱の子分になれそうな風貌だが、警戒心が強くて近寄ろうとすると後退りする。キューちゃんとは一定の距離を保って対峙することになった。もう1匹の白ネコを見て驚いた。10年以上前に撮ったことのある長毛種のオッドアイ(マミー)ではないか。しかも片目になっていた。長い年月を経ている間に辛い目に遭ったのかもしれないが、N**道沿いから流れ着いて「終の住処」を見つけたようだ。2匹は世話をしている民家の女性が帰宅するのを待っていたらしい。彼女の姿を視認すると、鳴いて夕食を強請るのだった。この日のサプライズには更なる続きがあった。帰宅してから10年以上前に撮ったマミーの写真を確認すると、左右の目の色(ブルーとゴールド)が逆だった。

    #572│ウミ│飼い猫 ── 猫と十字架
    帰宅してマミーの古い写真を確認すると、左顔の茶色い模様は一致するのに、オッドアイの目の色(青と金)が逆だった。マミーの左目は金色だったのに、ウミは青いのだ。まだ色素の定着していない子猫の目の色が成長することで変化することは知られているけれど、成ネコでも同じようなことが起こるのか。左右の目の色が入れ替わることがあるのだろうか。大きなストレスや恐怖で、ヒトは一夜にして黒髪が白毛になることもあるらしいけれど、ネコの目の色が変わるという話は聞いたことがない。もしかしたらウミはマミーの子供かもしれない。オッドアイの「ハート」ちゃんは左右の目の色がマミーとは逆だった。それともオッドアイではなかった「リン」ちゃんの可能性も否定出来ない。そもそもウミの右目が金色だったという確証はない。少女エミリー(Emily the Strange)の黒ネコたちだけでなく、オッドアイの白ネコもミステリーなのだ。

    #573│ビリ│ノラ猫 ── 虐めないで‥‥
    ネコ同士で喧嘩したのか、虐められたのか、マズルの部分が鉤裂きになって赤剥けている。ちょっと凄惨な気もするけれど、辛い目に遭っても負けない意志の強さも感じられる。Z世代のポップ・アイコンとなったビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)のアルバム《Happier Than Ever》(Darkroom 2021)に収録されている3rdシングル〈Your Power〉は「これまで私が書いた中で気に入っている曲の1つ」と自ら語る美しいフォーク ・バラードだが、「暴力で虐待しないで下さい」(Try not to abuse your power)と歌われる。兄(Finneas O'Connell)のギター伴奏で歌う彼女の表情は苦しそうに歪んでいる。キティ・エンパイアは《アイリッシュの新しい容貌(泣き映えている超弩級のハリウッド砲)は彼女のニュー・ミュージックと調和している。ラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)との類似点が幾つかあるけれど、重複は殆どない》と「The Observer」でレヴューしている。

    #574│ガビ│飼い猫 ── G**君の子猫です
    民家の前に女性と少年がいた。2年前にキジトラを撮っていたら、門扉を潜り抜けて敷地内に入ってしまったことがある。門の外で難儀していると「どうぞ中へお入り下さい」と言ってくれた女主人だった。その時に撮ったネコ写真を手渡す。子猫を抱いている少年に英語混じりで話しかけている。どうやら捨てられていた子猫をハーフ少年が育てることになったらしい。女主人はG**君に子猫を抱いているところを撮ってもらいなさいよと促す。ネコはG**君には馴れているけれど、初対面のカメラマンを警戒している。抱いているところを撮ろうと近づくと、少年の腕から擦り抜けてしまう。仕方がないので次善策として、子猫とG**君を別々に撮ることにした。子猫は素速く動き回り、黒目の輪郭も定まっていない。G**君は日本語をどこまで理解しているのか分からない。こちらも流暢な英語を話せるわけではない。何とか子猫と少年を撮り終えて後日、G**君の母親に手渡すことが出来た。

    #575│ペタ│飼い猫 ── 尻尾は長いにゃん
    可愛い三毛(ミミ)から生まれた3匹の子猫たち。1年後には3匹共に大きな成ネコに育った。白黒の「スワ」とアニは典型的な尻尾の短いジャパニーズ・ボブテイル で、スワちゃんの方が黒い部分が多い。白茶のペタだけは尻尾が長く、三毛は1匹もいない。子猫時代の3匹は三毛ママに身守られていたが、自立してからは警戒心が強く、遠くから来るヒトや自転車を見るや否や、瞬く間に逃げ去って姿を消していた。決してヒトを信用しない疑い深いノラのようなネコ人生を送るのかと悲観していたけれど、一体どのような心境変化なのか?‥‥ある時から急に人懐っこいネコたちに豹変したのだ。ペタちゃんは白黒兄弟に比べると奥手というか恥ずかしがり屋さんで、少し離れたところで寝転がっては親愛の情をアピールする。その肢体や動作からメス猫ではないかと思うけれど確証はない。

    #576│アニ│飼い猫 ── ジャパニーズ・ボブテイル 1
    アニ・スワ兄弟は急に人っ懐こくなって、呼んで手招きすれば直ぐに駆け寄ってくるし、こちらが視認するよりも早く自ら姿を現わすこともある。足元に纏わりつくので歩き難く、脚と接触しても全く意に介さない。体や顔を撫でると甘噛みをする。爪を立てて戯れつくのはヒトの手や指を傷つけると学習したらしい。疑心暗鬼なネコばかりになってしまうのを憂うる身としては嬉しい豹変である。地方自治体や動物愛護団体が実施しているTNR(Trap-Neuter-Return)、ノラネコの捕獲・不妊去勢・再放逐は結果的に人馴れしたネコの血統を根絶し、捕まえ難い(用心深い)ネコだけが繁殖する事態を招くことを危惧するジョン・ブラッドショーのような動物学者もいるが、ヒトに対する反応は遺伝子情報だけで決まるわけではないらしい。ネコたちが暮らしている環境による変化なのか、ネコ自身の心変わりなのかは今もって判然としないけれど。

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    各記事のトップを飾ってくれたネコちゃん(9匹)のプロフィールを紹介する「ネコ・カタログ」の第64集です。サムネイルをクリックすると掲載したネコ写真に、右下のナンバー表の数字をクリックすると該当紹介文にジャンプ、ネコ・タイトルをクリックするとトップに戻ります。今までに570匹以上のネコちゃんを紹介して来ましたが、こんなにも多くのネコたちが棲息していることに驚かされます。第64集の常連ネコはロンちゃん。今季は新参ネコちゃんが多いような気もするけれど、街で見かける外ネコの姿は確実に減少しています。暫く見なかったノラが何事もなかったように生きていることほど安堵することはありません。小池真理子が見た「まぼろし」は夫が通っていた病院の診察室でした。動物病院の小さな診察室にも死に神がいます。「私にとって夫の闘病というのは、その死に神と闘うことだった」 が、愛猫の検査結果は意外にも「異常なし」‥‥「動物病院からの帰路、燦々と降り注ぐ春の日差しを浴びながら、私は忘れかけていた深い幸福に酔いしれた」と綴っています。

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    • 記事タイトルの右に一覧リストのリンク・ボタン(黒猫アイコン)を付けました^^

    • オリジナル写真の縦横比は2:3ですが、サムネイルは3:4にトリミングしました

    • 「9分割ナンバー表」 の背景画像を白黒からカラー(写真の左上部分)に変更しました
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    月夜の森の梟

    月夜の森の梟

    • 著者:小池 真理子
    • 出版社:朝日新聞出版
    • 発売日:2021/11/05
    • メディア:単行本
    • 目次:梟が鳴く / 百年も千年も / 猫たち / 音楽 / 哀しみがたまる場所 / 作家が二人 / 不思議なこと / 夜の爪切り / 光と化して / 降り積もる記憶 / 最後の晩餐 / 猫のしっぽ / 生命あるものたち / 喪うということ / あの日のカップラーメン / 金木犀 / それぞれの哀しみ / Without You / 先人たち / 亡き人の書斎 / 蜜のような記憶 / 三島と太宰 / 夢のお告げ / ...


    ボス猫

    ボス猫

    • 著者:岩合 光昭
    • 出版社:ジーウォーク
    • 発売日:2021/03/26
    • メディア:単行本
    • 目次:ボス猫は今日も行く / ボス猫の季節たより(春・夏・秋・冬)/ 世界のボス猫(トルコ・イタリア・ボルネオ・モロッコ・キューバ・クロアチア・ブラジル・スペイン・スイス)/ あとがき


    Happier Than Ever

    Happier Than Ever

    • Artist: Billie Eilish
    • Label: Interscope
    • Date: 2021/07/30
    • Media: Audio CD
    • Songs: Getting Older / I Didn't Change My Number / Billie Bossa Nova / my future / Oxytocin / GOLDWING / Lost Cause / Halley's Comet / Not My Responsibility / OverHeated / Everybody Dies / Your Power / NDA / Therefore I Am / Happier Than Ever / Male Fantasy

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