折々のねことば 14 [c a t 's c r a d l e]
まず、彼はわれわれの猫の見方を変えた。彼の作品と猫に対する献身によって、たんなる鼠捕りと見なされていた猫は、たぐいまれで謎めき、おもしろく、凶暴でいて愛情深く、独立心が強いなど、じつにさまざまな面をもつ猫科の友となり、いまもその地位を保っている。
ベネディクト・カンバーバッチ
英19世紀ヴィクトリア朝の猫画家ルイス・ウェイン(Louis Wain 1860-1939)の伝記映画に主演、プロデュースした俳優はクリス・ビートルズが著した画集『ルイス・ウェインのネコたち』の序文に自分は何を足せるだろうかと躊躇った。ルイスの「人生とその時代を理解するうえでこれ以上は望めないほど綿密な記録となっている」のだから。非凡な人間で、アーティストだった画家に成り切ろうとしたユニークな経験について語ることは出来るのではないかと思い、映画の中でルイスの妻エミリー・リチャードソン(クレア・フォイ)が言った科白を引く。猫は 「滑稽で、愚かで、かわいらしくて、さみしそうで、こわがりで、勇敢で──わたしたちとおんなじ」。「ルイスになって」 から。
2023・5・11
ウィルスに対抗するのはワクチンかもしれないが、コロナ禍に起因する精神的ダメージに抗するには、猫のこと、猫にまつわる絵画が、ひどく力になってくれるのだ。
多胡 吉郎
古今東西の名画の中に描かれた猫を探す「ネコ画集」は某誌に美術エッセイを連載している「私」の解説に、博覧強記の女性「猫姫」との会話を挿む構成。絵画、エッセイ、小説(猫姫は架空人物?)が三位一体となった猫本なのだ。ギルダンダイオ、ヴェロネ ーゼ、ルーヴェンス、ヤン・デ・ビア、ガロファロ、ロレンツォ・ロット、フェデリコ ・バロッチ。ルイス・ウェイン、歌川国芳、鈴木春信、歌川広重、卞相璧、橋口五葉、中村不折、浅井忠、夏目漱石。ピエール=オーギュスト・ルノアール、ピエール・ボナ ールの猫たちも登場する。コロナ禍で猫カフェも休業を余儀なくされ、「猫姫」 にも会えずに引き籠った「私」がメールや手紙で文通するラストは切ない。『猫を描く』から。
2023・7・11
登場する主人公は作者自身のありのままではなく、共に働いている監視係を総合して形成した架空の猫主人公として楽しんでいただけたら幸いです。
宇佐江 みつこ
岐阜県美術館で働く女性監視係が描いた4コマ・マンガ『ミュージアムの女』。朝日新聞夕刊(毎月最終火曜日)の連載は2023年4月に終わってしまったが、単行本(2017)は美術館の公式SNS(ツイッターとフェイスブック)で発表した4コマ・マンガ全100篇に、コラム「ティータイムトーク」4本を挿み、「岐阜県美術館おさんぽガイド」 を巻末に併録している。表紙カヴァを飾る絵画はオディロン・ルドンの 「目をとじて」(同美術館所蔵)である。最大のチャームポイントは監視係だけでなく、学芸員、副館長、来館者など、登場人物が「ネコ顔」というか、直立二足歩行のネコ人間(猫面を被っているようにも見える?)として描かれているところ。なぜ皆んなネコなのかは謎である。
2023・8・19
妹のエーディトは、犬が好き。
姉のアデーレは、猫が好き。
エゴンはオレンジ色と 緑と青が好き。
ハリエット・ヴァン・レーク
オランダ・ライデン郊外生まれの作家はズウォレ市の美術大学でイラストレーションを教えながら、数年に一度のペースで絵本を発表している。ハーグ市立美術館蔵の 「エーディトの肖像」(1915)からインスピレーションを得て描いたという。画集やレオポルド美術館などでエゴン・シーレの作品を鑑賞しているはずだが、絵本には師匠のクリムトも初期モデルの妹ゲルディも元恋人のヴァリー・ノイツェルも登場しない。主要人物はアデーレとエーディト・ハルムス姉妹と母親、その向かいの家に住むシーレだけ。画家に関するエピソードを最小限にすることで、想像力を羽撃かせる。オランダの美術館が唯一所蔵するシーレの絵画から紡ぎ出された『エーディトとエゴン・シーレ』から。
2023・4・11
二匹の大きな猫、シャムとぶちがドアのところで帰りを待っている。ローゼンクランツとギルデンスターンよ、彼女は二匹を紹介する。愛称はローズとギルディ。
ジェイ・マキナニー
赤いヴェルベットの長椅子に座ったデブのジプシー女、マダム・カトリンカが遠く離れた路上の店先から手招きして、大手出版社の調査課に勤める主人公(きみ)の未来を占 ってあげると誘う。職場の同僚ミーガンは「ズィットーの店」で無漂白のパン、八百屋でバジリコ、ニンニク、レタス、トマトを買う。2人はミーガンの住んでいる50年代に建てられた大きなビルディングへ行く。2匹の猫の風変わりな名前は彼女が女優としてオフ・オフ・ブロードウェイのロック・ミュージカル「ハムレット」で初演した役、王妃ゲルトルード(Gertrude)に由来する。ローゼンクランツとギルデンスターンはハムレ ットの学友である。80年代アメリカ小説『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』から。
2023・5・21
だから身近にいる猫とは、自然から挿しこまれた、毛むくじゃらな体温計のようなもので、人間の自然度を計っている‥‥と、そんな意味がまずある。
花輪 莞爾
『猫路地』は 「猫ファンタジー競作集」 と銘打った書き下ろしネコ・アンソロジー(猫路地=ネコロジーと読める)。佐藤弓生、菊地秀行、森真沙子、吉田和子、別役実、皆川博子、花輪莞爾など、編者・東雅夫が依頼した新旧日本作家20名が架空の猫熟語をタイトルにした短篇を寄稿している。《私は猫についての最初の本を『猫鏡』と名づけた。その意味はまず、猫はたとえ飼猫でも自然そのもので、抱いてみると本体の何倍もある 「自然」 の暈の中にいる感じ、犬とはちがう癒しがあることにある。この「自然」を猫はけして変えようとしない》‥‥再刊する際に「猫学入門」と改題したが、大江健三郎から「猫鏡」の方が良いよと助言されたエピソードから始まるエッセイ風の「猫鏡」から。
2023・7・11
あなたの知っているネコはあなたが目の前にいない時にも、あなたの姿や形、声、感触などを思い出しているのかもしれない。
高木 左保
大学3年生の時にネコを飼い始めた著者は言葉を介さないネコの思考能力の検証実験を家庭ネコとカフェネコたちに10年間行って来た。箱を振って中の物体(木製・スピーカ ー・空)の音をネコに聞かせる。スピーカーから人物(飼い主・知らない人)の声をネコの前で再生した後に、ノートパソコンのモニター画面に人物の顔を映し出す。4つの餌皿に報酬を入れて、食べられた皿と食べられなかった皿があったことをネコに体験させる。ネコの聴覚や視覚、記憶や推理力を調査する 「期待違反法」(予測したことと違うことが起きると、普通よりも長く見つめてしまう動物の習性を使って調べる心理学の実験方法)で、優れた認知 ・思考能力を解明する。『ネコはここまで考えている』から。
2023・4・11
人はペットを飼うとき、その子が自分の人生の脇役になってくれると考える。でもわたしは、自分がこの子猫の物語の脇役なのかもしれない、と思いはじめていた。
グウェン・クーパー
三年間同棲していた恋人ジョージと別れた著者は2匹の猫、ヴァシュティとスカーレットの親権を勝ち取って、友人メリッサの家に居候することになった。マイアミのNPOスタッフとして働いていたグウェンの家計は苦しくて、とても3匹目を飼う余裕はなかったが、係りつけ動物病院の獣医パティからの電話で一変する。病院に保護された生後四週間の黒猫は悪性の感染症のために眼球の摘出手術を受けていて、ハンディキャップに理解のある人でさえ飼おうとはしなかった。3匹目の名前はX型に目を縫合してエリザベス・カラーを着けた冒険家の黒猫をギリシャ神話の英雄オデュッセウスと盲目の詩人ホメーロスから 「ホーマー」(Homer)と名づけた。『幸せは見えないけれど』から。
2023・7・11
まばたきはネコ語で「アイラブユー」を意味するボディーランゲージなのである。
キャリー・アーノルド
「私が初めてネコと同居したのは23歳のときだ」と、米サイエンス・ライターが書き始める猫ムック。ナショナル・ジオグラフィックらしい魅惑的なネコ写真。「ネコの昔と今」 「人間とネコの絆」 「人類史の中のネコ」 の三部構成で、ネコの歴史から最新の研究までをアップデート。「錆びネコは態度がでかい?」「お尻を見せる挨拶は、飼い主に対する愛情と信頼の表れ」などのコラムも目新しい。アニメのフィリックスと宇宙へ飛んだフェルセット、トムとジェリー 、ガーフィールド、ネットで有名なグランピーキャット(不機嫌ネコ)や永遠の子猫リル・バブも紹介されている。コンピュータのAIアルゴニズムが自分で最初に認識したのが「ネコ」だったというのも示唆に富む。「ネコ全史」 から。
2023・8・12
「残念ながら、これが素顔なの。偶然にも私たちはこの地球のネコと顔が似ているんです ‥‥だからこそネコに変装するのが適当なのよ」
手塚 治虫
「シャミー1000」(1968)は地球へ調査に来たネコ型異星人と男子高生の恋愛を描いたSFマンガ。「愛」 を売って大金100万円を得たという級友・五条の行方を追って風神山のヒッピー村に来た三味、四村、六角の3人。しかし、五条がいるはずのヒッピー小屋は焼け落ちて跡形もなかった。彼らはネコを抱いた美女に道案内されて鳥の巣のような塔の中に幽閉されてしまう。するとネコが日本語を喋り出し、着ぐるみを脱いで2本足で直立する。口の聞けない娘は「家畜」で、ペットだと思っていたネコがシャミー族の特派調査員1000号だった。シャミー族は科学文明生活の中で唯一欠けているもの、「愛の形態」 を調査・研究するために地球へ飛来したのだった。表題は「三味線」の駄洒落。
2013・7・11
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朝日新聞の朝刊コラム「折々のことば」(鷲田清一)のネコ版パロディ「折々のねことば」第14集です。引用した言葉に解説文(170字以内)を添えるという〈折々のことば〉のフォーマットを踏襲しつつ、ブログ記事らしく字数(312字以内)を増やして、出典や紹介文へのリンクも張りました。ベネディクト・カンバーバッチの序文は伝記映画 「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」(The Electrical Life of Louis Wain)の公開に合わせて寄稿した新版のエッセイ。ジェイ・マキナニーの「ねことば」は 「ミロのヴィーナスの腕の中に倒れ込んだ」(I fell right into the arms, Venus de Milo)というTelevision〈Venus〉(1977) の歌詞を引用したエピグラフを探す過程で見つけました。『幸せは見えないけれど』は必読ネコ本。9・11同時多発テロ直後、マンハッタンの高層アパートメント(31階)に取り残されてしまった3匹の愛猫を救出するために、グウェン・クーパーが規制線を突破する場面は涙が止まりません。「シャミー1000」 は作者も気に入っている傑作ネコSF短篇です。
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- 「折々のねことば 101~140」 は引用・紹介文、出典名はアマゾンにリンクしました
- 「CATWORDEX」(折々のねことば 2005 - 2023)を更新しました^^;
catwords 100 / 200 / 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12 / 13 / 14 / 15 / 16 / sknynx 1152
- 著者:手塚 治虫
- 出版社:秋田書店
- 発売日: 2000/11/05
- メディア:コミック
- 収録作品:おけさのひょう六 / ブラック・ジャック[ネコと庄造と]/ ミッドナイト[ACT.3]/ ユニコ[チャオがやって来た][さらわれたチャオ]/ 2人のショーグン / シャミー1000
2023-08-21 00:05
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