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シーレの生涯と章句 [a r t]


  • Egon Schiele 1890-1918

  • 親愛なるハウアーさん!/ ミュンヘンから葉書をいただき、どうもありがとうございました。オデオン広場のゴルツというところにも行かれましたか? ── 当分の間、主に制作したいと思う絵についてじっくり考えていきます。習作も行なっていますが、ぼくが思い、そして分かっていることは、自然のままに写生することはぼくにとって重要ではないということです。というのも、風景の幻影として、記憶に従って描くほうが良いからです。── 今ぼくはとりわけ、山や水や木や花の身体的な動きを観察しています。至る所で、人間の肉体の内に同様の動きが、植物においては換気と苦悩の同様の動きが想起されます。ぼくは画法だけでは満足できません。色彩で絵の質を生み出せるということを知っています。極めて親密に、心身ともに、夏に秋の樹木を感じとる。そうした憂いをぼくは描きたいのです。 ザッテンドルフ・アム・オシアッハーゼー、ケルンテン、トンメレ農場にて
    エゴン・シーレ 「コレクター、フランツ・ハウアー宛手紙」(1913・8・25)エゴン・シーレ 「ぼくは憂いを描きたいのです」


  • ● レオポルド美術館 エゴン・シーレ展(東京都美術館 2023・1・26~4・9)
  • 「ゴッホ展」(2021)の当日券(チケットカウンター)は3時間待ちだったので、今回は近所のコンビニで発券してみた。1週間先までは売切れていて予約出来ない。ゆっくり観られる夜間開館日にしたが、ペラペラのレシート1片だった当日券よりも、入室時間や自分の名前が刻印された日時指定券の方が少しマシかもしれない(映画や美術展の半券を蒐集している人には味気ないけれど)。当日は時間的余裕があったので、お茶の水駅前のレコード店D**で、米SSWの3人(Phoebe Bridgers、Lucy Dacus、Julien Baker)が結成したスーパー ・グループ、boygeniusの1stアルバム《The Record》(Interscope 2023)とマツザキ・サトミが全曲日本語で歌ったDeerhoofの《Miracle-Level》(Joyful Noise 2023)を購入した。風もなく寒くも暑くもない花曇り。中央にロープが張られて右側通行になっていた上野公園の桜並木を歩いて一路トビカンへ向かった。

    「国内30年ぶりのシーレ展」と謳っているけれど、レオポルド美術館から出品されたエゴン・シーレの作品は全93点中42点。グスタフ・クリムト、コロマン・モーザー、カール・モル、アルフレート・ロラー、アルビン・エッガ=リンツ、アントン・ファイスタウアー、リヒャルト・ゲルストル、オスカー・ココシュカ、ブロンシア・コラー=ピネルなど、半数以上はシーレと共に同時代を生きた「ウィーン分離派」の作品が展示されている。レオポルド美術館は19世紀後半から20世紀のオーストリア美術約8000点を所蔵。数多くのウィーン世紀末のコレクションの中でも、220点以上のシーレ作品を所蔵していることから「エゴン ・シーレの殿堂」と呼ばれているという。本展には約2割しか出品されていないので、肩透かしを喰らったファンも少なくないのではないか。館内に「エゴン・シーレ展」のフライヤ ー(チラシ)が見当たらなかったのは残念至極。「ヒグチユウコ展」(森アーツセンターギャラリー 2023・2・3~4・10)のフライヤーが平台に積んであるのは嬉しかったけれど。

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  • シーレの描く自画像が戦後の映画スターのひとりジェームス・ディーン(1931-1955)に似ているのは偶然というよりも、大きく見れば、二度の大戦を経験したあとの状況に相応しい人間像として響き合い呼応したからではなかろうか。それは20世紀後半にコンサートという演奏形式を否定した孤高のピアニスト、グレン・グールド(1932-1982)の姿にも重なる。ロック・スターのデヴィッド・ボウイ(1947-2016)は、シーレを被写体とする一連の写真のなかの一枚をはっきりと露骨なまでに模倣するしぐさでそのレコード・ジャケットを飾った。/ こうした多ジャンルに及ぶ反応がおのずと生まれた前提は、シーレの精神の師グスタフ・クリムトが始動させた世紀転換期の総合芸術的な表現の希求を、さらにハイ(高級)もロー(低級)も関係なく、ジャンル横断的に拡大させようとしたシーレ本人の創作態度がある。/ そして1960年代末から1970年代にデザイナーの石岡瑛子(1938-2012)がパルコのために制作した一連のポスターが東京渋谷の街を溢れるように飾ったとき、死後半世紀を経て、直接間接にシーレの感性が極東の日本で着床したことをわたしは直感したのだった。
    水沢 勉 「シーレの受容」


  • 「エゴン・シーレ展」 は年代順に、全14章のブロックに分かれて展示されている。「第1章 エゴン・シーレ ウィーンが生んだ若き天才」 「第2章 ウィーン1900 グスタフ・クリムトとリングシュトラーセ」 「第3章 ウィーン分離派の結成」 「第4章 クリムトとウィーンの風景画」 「第5章 コロマン・モーザー 万能の芸術家」 「第6章 リヒャルト・ゲルストル 表現主義の先駆者」 「第7章 エゴン・シーレ アイデンティティーの探究」 「第8章 エゴン・シーレ 女性像」 「第9章 エゴン・シーレ 風景画」 「第10章 オスカー・ココシュカ "野生の王"」 「第11章 エゴン・シーレと新芸術集団の仲間たち」 「第12章 ウィーンのサロン文化とパトロン」 「第13章 エゴン・シーレ 裸体」 「第14章 エゴン・シーレ 新たの表現、早すぎる死」。第9章(グレーゾーン)のみ写真撮影可だった。全50点中、油彩・グワッシュは23点で、鉛筆、水彩、リトグラフ、テンペラ、黒チョークなどを含む。出口近くのスペースには 「エゴン・シーレとレオポルド美術館」(5分28秒)のヴィデオ映像が流れていた。

    エゴン・シーレ(Egon Schiele 1890-1918)はオーストリア・トゥルン生まれ。学年最年少の16歳でウィーン美術アカデミーに入学した早熟の天才だったが、28歳で夭折した。第1次大戦とスペイン風邪に見舞われた約100年前の世界情勢はコロナ禍とウクライナ戦争に蹂躙された21世紀の現在と良く似ている。社会的な恐怖や不安は個人の苦悩や葛藤と相似形を成す。シーレの作品を鑑賞する今日的な意義は不可避的な宿命として「死」へ向かって行く「生」をどのようにして生き抜くのかという自己の観照にある。真に革新的なアートは同時代人の理性や感性を超えている。ゴッホの絵画は19世紀の人々には理解不能だった。20世紀前半はフリーダ・カーロよりも女癖の悪い夫・ディエゴ・リベラの壁画の方が人気も評価も高かった。草間彌生はMoMA(ニューヨーク近代美術館)が「私」の作品を認めるのに30年かかったと述懐している。シーレの描いた絵画は100年経っても色褪せることはない。

    シーレが17歳で描いた〈毛皮の襟巻をした芸術家の母(マリー・シーレ)の肖像 1907〉、クリムトらしい妖艶な小品〈赤い背景の前のケープと帽子を被った婦人 1897/98〉(クリムト財団蔵)、クリムトからの影響が顕著な〈装飾的な背景の前に置かれた様式化された花 1908〉、コロマン・ローザーの〈洞窟のヴィーナス 1914〉、本展のポスターやチラシなどに使い回されている〈ほおずきの実のある自画像 1912〉、恋人ヴァリー・ノイツェルの肖像画〈悲しみの女 1912〉、暗い展示スペース(第13章)から発光するドローイング〈黄色の女 1914〉、美術愛好家のパトロン〈カール・グリュンヴァルトの肖像 1917〉(豊田市美術館蔵)、オスカー・ココシュカのポスター(カラーリトグラフ)〈ピエタ 1908〉、結婚した妻を描いた〈縞模様のドレスを着て座るエーディト・シーレ 1915〉、未完成の絶筆画〈しゃがむ二人の女 1918〉‥‥大胆に股を開いた女性(エーディト)の裸体画〈横たわる女 1917〉は見ようによってはポルノ紛いの挑発的なポーズだが、「エロティカは人間的な状態にまつわる確かな真実への接近を可能にする」(スーザン・ソンタグ)のだ。

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  • 「エゴン・シーレの描線をまねしてみているの」七尾杏子は言った。/ 父の蔵書に美術全集もあって、世界の名画を中世からルネッサンス、エコール・ド・パリ、印象派、フォービズム、キュービズムなどの新しいものまで網羅してあったけれど、エゴン・シーレという画家は知らなかった。/ わたしがそう言うと、/「日本では、まだシーレの画集は出ていないらしいから」七尾杏子は言った。/「ココシュカはご存じ?」/「ええ、素描を見たことがあります。画集でですけど」/ 描線が針みたいに鋭くて、不健康で怖くて好きでした、とわたしが言うと、/「シーレは、ほぼ同年代。ココシュカはまだ生きているけれど、シーレはずっと前に死んでいるわ。二十八で。ココシュカよりもっと辛い‥‥辛かった。生きるのがね」/ 七尾杏子はいつも無口なのに、珍しく饒舌になった。好きなものについて、相手を選んで喋るとき、人は饒舌になれるのかもしれない。/「自殺ですか?」/「いいえ、スペイン風邪。でも 、生きていればいるほど辛さがましたのではないかって、シーレの絵を見ると、思えるわ」
    皆川 博子 『倒立する塔の殺人』


  • ● 倒立する塔の殺人(理論社 2007)皆川 博子
  • 第二次大戦末期の東京。ミッションスクール**女学院のチャペルに直撃弾が落ち、焼け跡から専門部の女生徒・上月葎子と身許不明の遺体が掘り出された。空襲によって校舎が全焼した都立**高等女学校の生徒たちは焼け残った女学院へ通うことになる。阿部欣子(わたし)は級友の三輪小枝から、1冊の手書き本を読んで欲しいと頼まれる。孔雀模様の表紙の「倒立する塔の殺人」は3人の女生徒、設楽久仁子(K・S)、上月葎子、三輪小枝が回し書きしたという「手記」と、心臓麻痺で急死したギイ・ロスタンの後任として女学院に赴任した教師ジュウル・サマンと女生徒ミナモとナナの奇妙な物語で構成されていた。巧妙な叙述トリック(書き手)やミスリード(カメラ・オブスキュア?)によって、作中人物も読者も「倒立」させられる。「ミステリーYA!」 シリーズの1冊として書き下ろされたが、作者は一切阿諛しない。**女学院の図書室にあった「エゴン・シーレの画集」が殺人事件の謎を解く鍵の1つになっている。作中に引用されるドストイェフスキーの小説やムンクの絵画、ショパンの音楽など、若い読者のための「ガイド本」になっているところも見逃せない。

  • ● エーディトとエゴン・シーレ(朔北社 2023)ハリエット・ヴァン・レーク
  • オランダ・ライデン郊外生まれのハリエット・ヴァン・レークはズウォレ市の美術大学でイラストレーションを教えながら、数年に一度のペースで絵本を発表している。ハーグ市立美術館蔵の〈エーディトの肖像〉(1915)からインスピレーションを得て描いたという。もちろん作者は画集やレオポルド美術館などでシーレの作品を鑑賞しているはずだが、この絵本には師匠のクリムトは疎か、初期モデルの妹ゲルディも元恋人のヴァリー・ノイツェルも登場しない。主要人物はアデーレとエーディト・ハルムス姉妹と母親、彼女たちの向かいの家に住むシーレだけである。姉妹の大好きなウインナソーセージ、アトリエの縞模様のカーテンで作った花嫁衣装、エーディトとシーレの結婚式、夜汽車のヨーロッパ新婚旅行、シーレの従軍、エーディトの飼い犬ロルト、シーレの帰還、スペイン風邪などが水彩画で淡々と描かれる。シーレに関するエピソードを最小限にすることで、想像力を羽撃かせる余地を残す。オランダの美術館が唯一所蔵するエゴン・シーレの絵画から紡ぎ出された絵本である。

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    • 記事タイトルは吉岡実の詩 「水鏡」(1977)の中の一節、《エゴン・シーレの / 生涯と章句を想い出す / 「人は夏の盛りに / 秋の樹木を感得する」 》から採りました^^;

    • 「倒立する塔の殺人」 は〈皆川図書館〉からの再録(一部加筆・改稿)です。若年層の読者に配慮してか、文庫版(PHP文芸文庫 2011)は本文と区別するために、「手記」 と作中小説「倒立する塔の殺人」の字体(書体と文字の大きさ)が変更されています(引用文の中の「わたし」は阿部欣子ではなく、「手記3」 を書いた三輪小枝です)

    • 「ほおずきの実のある自画像」(公式サイト)、「吹き荒れる風の中の秋の木」(館内撮影)、「EGON SCHIELE」(下エスカレータ出口のパネル)をランダム表示しました
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    エゴン・シーレ展

    エゴン・シーレ展

    • アーティスト:エゴン・シーレ(Egon Schiele)/ グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)/ コロマン・モーザー(Koloman Moser)/ カール・モル(Carl Moll)...
    • 会場:東京都美術館
    • 会期:2013/01/26 - 04/09
    • 主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館 / 朝日新聞社 / フジテレビジョン
    • 概要:19世紀末ウィーンを代表する画家エゴン・シーレ(1890-1918)は、28年という短い生涯のなかで数多くの作品を残し、独自の表現を追求しました。本展では、ウィーンのレオポルド美術館の所蔵品を中心に、シーレの初期から晩年までの絵画、素描のほか、ウィーン世紀末の芸術家たちの作品を紹介し、画家の生涯とその作品、同時代の芸術の...

    レオポルド美術館 エゴン・シーレ展ウィーンが生んだ若き天才

    レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才

    • 編集:朝日新聞出版
    • 出版社:朝日新聞出版
    • 発売日:2023/01/10
    • メディア:単行本(AERA BOOK)
    • 内容:インタビュー、トリンドル・玲奈 / インタビュー、ももいろクローバZ、佐々木彩夏 / 知ったかぶりエゴン・シーレ / 10分でわかる西洋美術の流れ / 来日作品6作品徹底解説 / はじめてのエゴン・シーレ / エゴン・シーレをもっと知りたい(映画ガイド)/ キーワードで読み解くエゴン・シーレ / エゴン・シーレの説明書(ナカムラクニオ×Tak)

    エゴン・シーレ まなざしの痛み

    エゴン・シーレ まなざしの痛み

    • 著者:水沢 勉
    • 出版社:東京美術
    • 発売日:2023/02/02
    • メディア:単行本(ToBi selection)
    • 目次:自画像 / ジャポニズムとエゴン・シーレ / 肖像写真 / 風景 / コレクターとしてのシーレ / 人物 / シーレの仲間たち / 寓意 / 版画とグラフィックデザイン / 室内 / シーレの受容 / 年譜 / 作品リスト / ブックガイド


    エゴン・シーレ【自作を語る画文集】永遠の子ども

    エゴン・シーレ【自作を語る画文集】永遠の子ども

    • 著者:エゴン・シーレ(Egon Schiele)/ 伊藤 直子(訳)
    • 出版社:八坂書房
    • 発売日:2019/04/27
    • メディア:単行本
    • 目次:はじめに / 1905-09 画家になるまで / 1910-14 シーレ誕生 / 1915-18 成功と早すぎる終焉


    エーディトとエゴン・シーレ

    エーディトとエゴン・シーレ

    • 著者:ハリエット・ヴァン・レーク(Harriet Van Reek)/ 野坂 悦子(訳)
    • 出版社:朔北社
    • 発売日:2023/01/31
    • メディア:大型本
    • 内容:目にするもの全てを絵にしたかった、エゴン・シーレ。はためくスカート、やわらかなブラウスに身をつつむエーディトも。オランダの美術館にある唯一のエゴン ・シーレの作品「エーディトの肖像」から紡ぎ出された物語。異彩を放ったデビュー作『レナレナ』の著者、ハリエット・ヴァン・レークが描く新たな傑作

    倒立する塔の殺人

    倒立する塔の殺人

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:PHP研究所
    • 発売日: 2011/11/17
    • メディア:文庫(PHP文芸文庫)
    • 目次:倒立する塔の殺人 /『倒立』美術館 あとがきにかえて / 解説・三浦 しをん

    倒立する塔の殺人

    倒立する塔の殺人

    • 著者:皆川 博子
    • 出版社:理論社
    • 発売日:2007/11/01
    • メディア:単行本(ミステリーYA!)
    • 目次:I / II / III / IV / V / VI / VII /『倒立』美術館 あとがきにかえて(エゴン・シーレ 抱き合う二人の少女たち (友達どうし)、膝を立てて座っている女、立っている黒髪の裸の女 / フランス・ハルス ジプシーの女 / レンブラント 目をつぶされるサムソン / エル・グレコ 十字架を抱くキリスト / オディロン・ルドン 大皿にのった殉教者の首 / ムンク 思春期)

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