F A V O R I T E ー B O O K S 2 3 [f a v o r i t e s]
百年の孤独(新潮社 2024)ガブリエル・ガルシア=マルケス★★★★★460
「本の雑誌 4月号」 の特集 「マジックリアリズムに酔い痴れろ!」 の予想通り、ラテン・アメリカ文学の傑作が翻訳刊行から52年を経て6月に初文庫化された。手許にある単行本(1999)の表紙カヴァがレメデ ィオス・ヴァロの〈螺旋の路〉(Spiral Transit 1962)だったのは登場人物から?‥‥トマス・ピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』(サンリオ文庫 1985)はエディパが泣いた〈大地のマントを織り紡ぐ〉(Embroidering The Earth's Mantle 1961)だった。文庫(金スピン)の装画は三宅瑠人、解説は筒井康隆。「読み解き支援キット」 あり
隆明だもの(晶文社 2023)ハルノ 宵子459
「吉本隆明全集」 月報に連載中のエッセイなど32篇に、語り下ろし 「ハルノ宵子×吉本ばなな 姉妹対談」、インタヴュー 「ハルノ宵子さんに聞く」(2016)を併録。『それでも猫は出かけていく』(2014)や『猫屋台日乗』(2024)でも垣間見られた吉本家の内実が父親とのエピソ ードを軸に綴られる。アマチュア俳人の母親、作家の次女。子供の頃の思い出、少女マンガ家を目指した青春時代、老いた父母を介護した日々、両親を看取った後の現在。夏の西伊豆・土肥の海、谷中霊園の花見、午前1時の 「猫巡回」 ‥‥「群れるな、ひとりが一番強い」(隆明)
初夏ものがたり(筑摩書房 2024)山尾 悠子458
『オットーと魔術師』(集英社 1980)に収録されていた書き下ろし連作(4話)が 酒井駒子の挿絵(8葉)を添えて復刊した。少女向けラノベ(コバルト文庫)なので、「夢の棲む街」 や 「遠近法」 など、硬質で緻密な文体とは異なる。タキ氏は死者の願いを聞いて、一度だけ生者に会うことを叶えるビジネスマン。死者を冥界から召喚するだけでなく、生者の記憶を消せる能力も秘めているらしい。20歳で亡くな った父親と明日7歳の誕生日を迎える娘 「オリーブ・トーマス」 、交通事故で死んだ二卵性双生児の兄ミサキと閣僚の娘ナオミの 「ワンペア」
寝煙草の危険(国書刊行会 2023)マリアーナ・エンリケス457
嵐の去った裏庭で祖母の妹アンヘリータの骨を見つけた少女の前に十年後、赤ん坊の幽霊(大叔母)が現われる 「ちっちゃな天使を掘り返す」、聖母の湧水池に行った私たちが危険な野犬に襲われる 「湧水池の聖母」、スーパーのカートを押して来た酔っ払い老人を邪険に追い払った三区画に住む人たちに災厄が起こる 「ショッピングカート」、休暇旅行で母方のおじの家に滞在した家族がドーニャ・イレーネ(魔女)の許を訪れた後、ホセフィーナが精神を病んで引きこもりになる 「井戸」 など12篇を収録したアルゼンチン・ホラー・プリンセスの第1短篇集
通い猫アルフィーの奇跡(ハーパーコリンズ・ジャパン 2015)レイチェル・ウェルズ456
1年前に姉さん猫アグネス、2週間前に老婦人マーガレットを亡くして、天涯孤独の身となったアルフィー(ぼく)は娘リンダ夫婦の会話に聞き耳を立てる。実家を売却して、猫を保護施設へ連れて行くというのだ。猫社会で "死刑囚檻房" と呼ばれているシェルターに送られることは死刑宣告を待つのに等しい。猫メイビスの助言を受けて家を出てホームレスとなったアルフィーは考える。再び飼い猫になっても 、飼主に先立たれたら同じ目に遭う。放浪中に親身になってくれた猫ボタンのように、複数の家を渡り歩く 「通い猫」 になろうと決心する
人形歌集 羽あるいは骨(ステュディオ・パラボリカ 2024)川野 芽生 / 中川 多理455
川野芽生と中川多理の幻想的なコラボレーション。『小鳥たち』(2019)は山尾悠子の幻想譚と 「小鳥に変身する城館勤めの侍女たち」 のイメージを気に入った中川多理との共著だったが、本書は人形(写真)に短歌35首が添えられている。「人形歌集」 なのに鳥や肋・骨という言葉が頻出する。中川多理と山尾悠子と川野芽生、人形と小説と短歌によるトライアングル(廃鳥庭園)。小鳥となって空を飛ぶ人形(肋骨)たちの儚い夢なのか? 〈孔のたくさん空きたる骨で夢を見る空を穿ちて墜ちゆく夢を〉〈肋とふ籠に小鳥を棲まはせてその名を息吹。いまも羽搏く〉。四六判変型・72頁
女ともだち(筑摩書房 2024)早川 義夫454
「靜代に捧ぐ」 とあるように、先立たれた妻(しい子)への鎮魂エッセイ。数多な愛妻への挽歌のように湿っぽくならないのは結婚して、歌手(SSW)から書店主になってもナンパし、恋をする夫を容認するどころか協力する妻の存在が大きい。浮気でも不倫でもなく、「スケベな女の子が好き」 で、「人として残念」(佐久間正英)なのに憎めない。「僕は恋人より、女ともだちの方がいいの」 という原マスミの発言に、「女ともだちはしい子だけで、女の子を見れば、恋愛対象かそうでないかのどっちかになってしまう」 と書いている。文庫版解説は中川五郎
「教授」 と呼ばれた男(筑摩書房 2024)佐々木 敦453
副題に 「坂本龍一とその時代」 とあるように、時系列に沿って記述されているが、「評伝」ではなく 「批評」 だという 。2冊の自伝『音楽は自由にする』(新潮社 2009)と『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(2023)から引用、著者の教授へのインタヴューなどを再録。テクノ・ポップと称されたYMOは 「ポスト・パンクの申し子」 だった。YMOとの軋轢、アルバム 「音楽図鑑」 、Jポップへの接近、映画音楽、ライヴ・コンサート、「9・11」 後の非戦、「3・11」 後の脱原発や環境問題など社会活動へコミットして行く経緯を綴る坂本龍一論(520頁)
書店猫ハムレットの跳躍(東京創元社 2015)アリ・ブランドン452
大叔母ディーからNYブルックリンの書店とアパートメントを相続したダーラ、店長ジェイムズ、隣人のプリンスキ兄妹、私立探偵ジェイク 、刑事リース、新書店員ロバート、そして看板猫ハムレット。建築業者のバリーと改築工事中の建物を見に行ったダーラは地下室で常連客カートの変死体を発見する。無愛想な黒猫が書棚から本を落として真犯人のヒントを提示するという趣向だが、シリーズ2作目(1作目は未訳)なので、なぜ書店猫に特殊能力があるのかは不明。ハムレットが床に落としたのは『鉄仮面』『モルグ街の殺人』『英独・独英辞典』
ポップス大作戦(文藝春秋 2020)武田 花451
「およそ二年前、町を歩いている時、ふいに自分に飽きた。すぐに帰宅して布団をひっ被り、ふて寝。二、三日後に決めたのだ。カラー写真をやってみよう」 ‥‥2024年4月30日に死去した写真家の写文集。長年撮り続けて来たモノクロではなく、カラー写真に短文が添えられている。赤い薔薇、ロシアの山羊人形、螺旋階段、壊れた電飾、古そうな腕時計の嵌まった銀色に鈍く光る物体、黒犬の像、デパート屋上の遊具(子供用ロケット)など、必ずしも写真と文に関連性があるわけではないので、デペイズマンのような居心地の悪い異化効果を醸し出す
かけ湯くん 旅する温泉漫画(河出書房新社 2018)松本 英子450
「旅の手帖」(交通新聞社)に連載中のコミック・エッセイ。日本全国の温泉地を回る作者が白茶ブチの雄ネコとして描かれる。かけ湯くん 、山好きの兄、母親、友人あがり湯くん以外の旅館の人たちなどはヒトである。ヤンチャ顔だったネコが途中から服を着たり、次第に可愛らしくなるのは凶悪顔の遠藤平蔵(夜廻り猫)の変遷を想わせる。山形・銀山温泉から静岡・伊豆温泉まで、国内の温泉地80湯。オールカラー(1〜4頁)に詰まった絵とネームの情報量が凄い。かけ湯くんと同じように読者も、いつまでも「温泉マンガ」に浸っていたいと思う
飛ぶ男(新潮社 2024)安部 公房449
死後FDに遺されていた未完の絶筆が生誕100周年を記念して初文庫化した。ある夏の明け方、上空を南西方向へ滑走している男を3人の人物が目撃した。発酵科学研究所の研究員・小文字並子は発作的に空気銃で発砲してしまう。飛ぶ男は父親から追われているので助けてほしいと中学教師の保根治に携帯電話する。保根の腹違いの弟だと主張する男はスプーン曲げの少年マリ・ジャンプと名乗っていた。負傷させたことを後悔した隣室の小文字が保根を訪ねて来る‥‥併録の 「さまざまな父」 は父親が透明人間、息子(ぼく)が宙を飛べる薬を飲む短篇
小さな猫の本(リベラル社 2023)服部 幸(監修)448
エジプシャンマウ、アビシニアン、アメリカンショートヘア、ジャパニーズボブテイルなど全38種、「ヨーロッパ・アフリカ、アメリカ、アジア生まれの猫」 図鑑、ギリシャ・サントリーニ島、イタリア・マルタ島、北海道・小樽、宮城・田代島など全17地域の 「世界ねこめぐり」 、毛色と柄、体型、目の色の 「猫の豆知識」、マネ、ルノワール、ゴッホなど16点の 「猫と絵画」、向田邦子、大佛次郎、漱石など12人の 「猫と文学」 というように 「猫本」 のエッセンスが過不足なく、コンパクトな判型(A6変形)に詰まっている 「小さな本シリーズ」 の1冊
神様のお父さん ユーカリの木の蔭で 2(本の雑誌社 2023)北村 薫447
「本の雑誌」 に連載中のエッセイ『ユーカリの木の蔭で』(2020)の続編。「明日の友」(婦人之友社)の連載 「本と幸せ」、巻末に 「北村薫の図書室」 を収録している。小説、随筆、映画、落語などの知られざるトリヴィアを本の中から見つけて歓喜する。ミステリ作家らしく、肝腎肝要なことは掉尾に書いたり(書かなかったり?)するところが心憎い。謎の表題は手塚治虫の父親・手塚粲氏のこと。表紙カヴァに描かれた微睡む茶トラに惹かれて読んでみたが、松本英子の『かけ湯くん 旅する温泉漫画』と三島由紀夫が猫好きだったという逸話しかない
猫屋台日乗(幻冬舎 2024)ハルノ 宵子446
「居酒屋ワカル」 を想わせる表題だが、深谷かほるのような猫マンガではないし、猫のための料理本でもない。「猫屋台」 は2012年に相次いで両親を亡くし、介護生活から解放された吉本家の長女が自宅を改装して、2014年12月に開店した完全予約制の居酒屋である。『猫だましい』(2020)では女将の乳がん、大腿骨骨折(人工股関節)、大腸がんなどの闘病生活も綴られた。本書は脱腸入院、コロナ騒動で政府が発令した自粛要請や 「緊急事態宣言」 を厳しく批判する。ネコの出番は少ないけれど、ネコがレシピを図解するイラスト(36葉)が愉しい
でぃすぺる(文藝春秋 2023)今村 昌弘445
小堂間小学校6年生の木島悠介(おれ)、一学期の学級委員長だった波多野沙月、転校生の畑美奈の3人は夏休み明けの二学期、壁新聞を作成する掲示係になった。昨年11月末、奥神祭りの前日に運動公園のグラウンドで刺殺された従姉・波多野真理子(マリ姉)のパソコンに遺された「奥郷町の七不思議」というテキスト・ファイルを手懸かりに、「魔女の家」 に棲む老婆や警官のヒロ兄などの助けを借りて、オカルト好き少年、優等生、ミステリ・マニアが「なずての会」の謎を解き、暗躍する黒い 「影坊主」 の正体に迫るジュヴナイル・ホラー・ミステリ
猫と ねこのエッセイアンソロジー(河出書房新社 2024)444
『にゃんこ天国』(2018)を改題した文庫版。 夏目漱石 「猫の墓」(1909)から、角田光代 「猫、想像力を鍛える」(2015)まで、33人の日本人作家による猫エッセイ集。塀の上で一点を見つめて身じろぎしない愛猫ネネの姿に閃いて、スランプから脱した池波正太郎。猫の 「ツンデレ」(という言葉はなかった)を見抜いた谷崎潤一郎。元祖ペットロス(ノラ)に陥って、猫愛ダダ漏れ(クル)の内田百閒などのエピソードも面白いが、大佛次郎や佐藤春夫の文章の上手さが際立つ。解説「百年の猫を編む」は猫本専門店 書肆吾輩堂店主・大久保京
ぼくはあと何回、満月を見るだろう(新潮社 2023)坂本 龍一443
初の自伝『音楽は自由にする』(2023)の続編で、冒頭の 「ガンと生きる」 はベルトリッチとボウルズ、外科手術前後(2021・1)や両親の死のことなど、「母へのレクイエム」 以降は時系列(2009~)で語られる。死後出版のため、「著者に代ってのあとがき」 は聞き手の鈴木正文が代筆している。教授と最期に会ったのは死の20日前、『坂本図書』(バリューブックス・パブリッシング 2023)に収録するための対談だったという。巻末 「フューネラル・プレイリスト」 の最後(死の3日前!)に追加された葬儀曲はローレル・ヘイローの〈Breath〉だった
ねこがお(クレヴィス 2023)岩合 光昭442
ユニークな視点で編集した写真集 「IWAGO’S BOOK 8」 はネコの顔だけをクローズアップ。生後1日目の仔猫から20歳を越えた長寿ネコまで、年齢順に総勢70匹(80頁)が登場。ドアップなので迫力満点。ブルー、グリーン、ヘーゼル、アンバー、カッパ ー、オッドアイなど、どうしても美しく大きな目色に惹かれる。「目の色が神秘という言葉を連想させる顔」 。時に愛らしく、優しく、怖く、誰何する、達観したような表情に魅惑される。《ネコの顔は心底、美しい。太古から変わらない輝きを秘めています》
夜廻り猫 10(講談社 2023)深谷 かほる441
「泣く子はいねが〜、ひとり泣く子はいねが〜」 と遠藤平蔵と懐の重郎が夜廻りして、心で泣く人の涙の匂いを嗅ぎつける8コマ猫マンガの第10巻だが、キーワードは「20年」かもしれない。小学生の時の担任先生を思い出す明日31歳の誕生日を迎える青年(巻頭カラー)、小劇団時代の仲間から20年ぶりの連絡があった億ションに住む売れっ子脚本家(二十年)、20年ぶりに夜の公園に来た女性(あとがき)など、僅か4頁に詰まっている20年分の思いが重い。開店した 「居酒屋ワカル」(スピンオフ作品)が忙しいのか、夜廻り見習いの出番は5回に減った
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