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ハードな日の夜 [m u s i c]

  


  • その日の朝、マイケルが悲しくあらなければならない理由は、どこにもなかった(あの小さなみじめな奴)。誰もがマイケルを好いていた(あのかさぶた)。彼はその日の夜は辛く働いたのだった、なぜならばマイケルは小生意気な見張り塔だったから。彼の妻のバーニーはとても落ち着いた人で、いつものお弁当を夫のために包んであげていたのだが、それでもなおマイケルは悲しかった。欲しいものはなんでも手に入れていて、しかも奥さんまでいる人にしては、不思議なことだった。彼の火が明るく燃えさかっていた4時に、警官がひとりひまをつぶしに入ってきた。/「今晩は、マイケル」とその警官は言ったのだが、マイケルは返事をしなかった。なぜならばマイケルは耳が聴こえず口をきくことも出来なかったからだ。/「奥さんは元気かな、マイケル」と、警官は言った。/「うるさい!」/「きみは耳が聴こえず口をきくことも出来ないのだと思っていたのだが」と、警官は言った。
    ジョン・レノン 「悲しきマイケル」


  • ◎ A Hard Day's Night(Parlophone 1964)The Beatles
  • ファブ・フォーの初主演映画のサントラ盤(旧邦題は『ビートルズがやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!』)だが、実際に劇中で使用されたのはA面の7曲のみで、B面の6曲はアルバムのために書き下ろした新曲だった。それでも前後半が違和感なく聴けるのは全曲レノン&マッカ ートニーによるオリジナル・アルバムだからだろう。全13曲中10曲を手掛けたJohnが八面六臂の大活躍で、Georgeの弾く12弦ギター(リッケンバッカー)も溌溂と響く。レコーデ ィング日数は17日間(65時間)、4トラック録音のために音質も向上している。セミ・ドキュメンタリー風のモノクロ・ムーヴィは当時の人気の高さを記録するものだが、あれから半世紀も経ってしまったことへの感慨も沸沸と湧く。あの時、ファンはファブ・フォーのライヴ・パフォーマンス、一挙手一投足に熱狂興奮して「世界」は兎も角、少なくとも 「音楽」(ポピュラー・ミュージック)は確実に変わったのだから。

    ■ A Hard Day's Night
    イントロでジャーンと鳴る12弦ギターのコードが衝撃的だった(この一撃で人生が変わったという人も少なくない?)。タイトルはRingoが偶然発した言葉(撮影後に「ハードな日(a hard day)」と言ってから、外か暗くなっていることに気づいて「‥‥の夜('s night)」と付け加えた)から。映画のタイトルに採用された後で、Johnが徹夜で書き上げたという。Johnのヴォーカル、アクースティック・ギター、Paulのヴォーカル、ベース、Georgeの12弦ギター、カウベル、Ringoのドラムス、ボンゴ。Aメロのブルーズ・コードがミドル・エイトでマイナー・コード進行になる展開は初期のレノン&マッカートニーに顕著な傾向。サビはPaulが主旋律を歌っている。間奏の12弦ギターとGeorge Martinのピアノをテープの回転数を半分に落として録音したのは、Georgeが通常のスピードでは上手く弾けなかったからだと言われている。英国では7枚目のシングルとしてリリースされた。

    ■ I Should Have Known Better
    「君のような女の子のことをもっと良く知っておくべきだったよ」(I should have known better with a girl like you)という婉曲(内気?)なタイトル〜歌詞が如実に表わしているように、「should」「could」「would」という助動詞の仮定法を駆使したJohnの妄想ラヴ・ソング。戯けたようなハーモニカと明るく軽やかな12弦ギターが甘ったるいヴォーカルに華を添える。Johnのヴォーカル(ダブルトラック)、アクースティック・ギター、ハーモニカ、Paulのベース、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス。Johnのダブルトラックがサビでシングルトラックになって中央に定位するなど、4トラック録音による新技術が使われている。映画の中では4人が列車の貨物車両内でトランプをするシーンやライヴ・ステージ(Georgeが演奏中に踊り出す!)で披露された。邦題は〈恋する二人〉。

    ■ If I Fell
    Johnが書いた初の本格的なバラードは摩訶不思議なコード進行でリスナーを戸惑わせる。1人で歌うイントロのコード進行(E♭m→D7→D♭→Em7→A7)は理論上D♭からDへ転調しているとも考えられるが、6フレットのバレーコードE♭mから1フレット(半音)ずつ下がって行くAフォーム・コードで作ったと看做した方が腑に落ちる。Paulのヴォーカルも3度でハモったり、ユニゾンになったりと自由度が高い。Johnのヴォーカル、アクースティック・ギター、Paulのヴォーカル、ベース、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス。JohnとPaulのツイン・ヴォーカルは1本のマイクで2回録音してダブルトラック化したという。旧来の音楽理論に捉われない自由なコード進行と複雑な二重唱が融合して美しいバラードに結晶している。

    ◆ I'm Happy Just To Dance With You
    〈Do You Want To Know A Secret〉と同じく、JohnがGeorgeに提供した曲。レノン&マッカートニー名義ではあるけれど、Georgeが歌っている。Georgeのヴォーカル(ダブルトラック)、12弦ギター、Johnのギター、Paulのベース、Ringoのドラムス、フロアタム。右チャンネルで軽快にリズムを刻み続けるJohnのコード・カッティングが際立ち、左チャンネルから低音で鳴るRingoのフロアタム(アフリカン・ドラム?)が効果的に響く。AメロのE→G#m7→F#m7→B7というコード進行もパーティ気分を盛り上げるのに一役買っている。タイトルの通り、「君とダンスを踊るだけでハッピーなんだ」という他愛のない歌詞をGeorgeが屈託なく歌う。もしかしたらJohnは自分で歌うのが恥ずかしかったのでGeorgeに譲ったのかもしれない。

    ◎ And I Love Her
    当時Paulが間借りしていた恋人ジェーン・アッシャー(Jane Asher)邸で作曲したバラード。瑞々しいアクースティック・サウンドが口の中で甘く蕩けるスイーツのように優しく麗しい。筆者がギター初心者だった頃、F#mで始まった曲が、どうしてDで終われるのか不思議だったが、回転するレコードに合せてギターを弾けば、間奏でEからFに転調していることが容易に知れる(転調後のヴォーカルは半音上がっているので少し苦しそう‥‥)。Paulのヴォーカル(ダブルトラック)、ベース、Johnのアクースティック・ギター、Georgeのガット・ギター(ホセ・ラミレス)、Ringoのボンゴ、クラベス(Claves)。Johnのリズム・ギターはアンプラグドのコード・ストロークだが、Georgeは印象的なリフ、アルペジオ、間奏のソロと丁寧に弾き分けている。霧の中から聴こえてくるような〈If I Fell〉とは異なる、さりげない転調が森の中の澄んだ空気感や森閑な湖のような透明感を湛えている。

    ■ Tell Me Why
    映画の中でアップテンポのナンバーが1曲必要になり、Johnが急遽書き上げたとされる曲。イントロのドラムス、ピアノから始まって、「Tell me why you cried, and why you lied to me」 という3声コーラスに続く。軽快なシャッフル・ビートの曲調に反して、歌詞内容は「どうして泣いて、どうして嘘をついたのか僕に教えて欲しい」と恋人に懇願する低姿勢男の歌である。Johnのヴォーカル、ギター、Paulのベース、Georgeのギター、Ringoのドラムス。リズム・ギター2本にドラム&ベースというオーソドックスな編成だが、Paulの自由なランニング・ベースをGeorge Martinの低音ピアノが下支えしている。JohnのヴォーカルにPaulとGeorgeがコーラスを付け、サビの後半部(Is there anything I can do)でファルセットになるなど変化も付けている。

    ◎ Can't Buy Me Love
    アカペラのサビから入る曲構成はGeorge Martinのアイディアだが、「愛はお金では買えない」というPaulのメッセージが込められている。Paulのヴォーカル、ベース、Johnのアクースティック・ギター、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス。ファブ・フォーが初めて12弦ギターを使った曲としても有名である。1964年1月、ライヴ公演のために滞在していたパリのホテルで作曲され、市内のEMIスタジオで録音。帰国後、英アビー・ロード・スタジオでリード・ギターとヴォーカルがオーヴァ・ダビングされたという。アルバム発売に先立ち、英国では6枚目のシングルとしてリリースされた。予約だけで英100万枚、米210万枚という驚異的なギネス記録を樹立。アメリカでの「ビートルズ旋風」は凄まじく、4月4日付の全米シングル・チャートでは1位から5位までをファブ・フォーの曲で独占するという前代未聞の快挙も達成した。

    ■ Any Time At All
    ここからがB面で、映画の中では使われなかったアルバムのための新曲が並ぶ。といっても《Magical Mystery Tour》(1967)や《Yellow Submarine》(1969)のような前後半の齟齬はなく、オリジナル・アルバムとしての統一感がある。John曰く、〈It's Won't Be Long〉のコード進行(VIm→I)を流用して書いた曲だとか。スネアとタムを同時に叩いたドラムスの一撃の直後、タイトル名を3回繰り返すが、2回目のヴォーカルだけはキーが高いのでPaulが歌っている。Johnのヴォーカル、ガット・ギター、Paulのヴォーカル、ベース、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス。間奏ではGeorgeのギターとGeorge Martinのピアノが同じメロディを弾いて優雅なハーモニーを奏でる。「どんな時でも僕は電話1本で君の許へ駆けつける」というデリヴァリ男の献身的な愛を歌っている。

    ■ I'll Cry Instead
    ファブ・フォーが建物から外へ跳び出して走り回るシーンのために書かれた曲だったが、リチャード・レスター監督が〈Can't Buy Me Love〉の方を採用したので映画には使われなかった。Johnのヴォーカル(ダブルトラック)、アクースティック・ギター、Paulのベース、Georgeのギター、Ringoのドラムス、タンバリン。Georgeが得意のチェット・アトキンス奏法を披露している2分に満たないカントリー風の軽快な曲。前後半2つのセクションに分けてレコーディング(ロング・ヴァージョン)したのは映画のシークエンスに合わせて編集することを考慮してのことだったらしい。しかし、ボツになったのでGeorge Martinがショート・ヴァージョンを作成したと思われる。恋人に振られて泣くけれど、怒りが収まらず、世界中の女たちの心を引き裂きたいというストーカー一歩手前の歌詞がJohnらしい。

    ◎ Things We Said Today
    1964年5月、映画の撮影を終えたファブ・フォーは1カ月に渡る長期休暇に入った。JohnとGeorgeはタヒチへ旅立ち、Ringoとヴァージン諸島へ行ったPaulがヨットに乗っている時に作曲したという。Amで始まったAメロがサビのミドル・エイトでAメジャーに転調する。〈A Hard Day's Night〉や〈Can't Buy Me Love〉とは真逆のコード進行が新鮮に聴こえる。Paulのヴォーカル(ダブルトラック)、ベース、Johnのアクースティック・ギター、ピアノ、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス、タンバリン。Johnのコード・ストロークが内省的な歌に陰影を与えている。日本では〈今日の誓い〉というタイトルで、〈A Hard Day's Night〉のB面としてシングル・カットされた。

    ■ When I Get Home
    米ソウル・シンガー、ウィルソン・ピケット(Wilson Pickett)の作風を意識してJohnが作ったというR&B色の濃い曲。Johnのヴォーカル(トリプルトラック?)、ギター、Paulのベース、Georgeのギター、Ringoのドラムス。迫力満点のJohnのリード・ヴォーカルをPaulとGeorgeが盛り立てている。アメリカ滞在中に書かれた曲だけあって、恋人や愛妻の待つ家へ一刻も早く帰りたいという望郷の念が強く伝わってくる。20代の独身男性ならば、夜になっても遊び続けたいのではないかと思うので、早く家路に着きたいと熱唱する主人公は恋人と同棲中か新婚の妻帯者なのかもしれない(名倉潤みたいに?)。〈A Hard Day's Night〉の中でもJohnは1日中働いて疲労困憊していても、君の待つ家に帰れば気分が回復して報われると歌っていた。

    ■ You Can't Do That
    〈When I Get Home〉と同じく、米R&B歌手ウィルソン・ピケットに影響されて書いたというJohnの曲。映画用に録音され、ライヴ・シーン(スカラ・シアター)の演奏にも含まれていたが、編集でカットされてしまった。Johnのヴォーカル、ギター、Paulのベース、カウベル、Georgeの12弦ギター、RIngoのドラムス、ボンゴ。特筆すべきは米滞在中に入手した2本の新しいリッケンバッカーが初めてレコーディングに使われていること。Johnのリッケンバッカー325とGeorgeの1360(12弦)。左チャンネルで鳴り続けるGeorgeのアルペジオと右チャンネルから聴こえるJohnの小気味良いコード・ストローク。Johnの面目躍如たるヴォーカルは言うに及ばず、間奏では自らギター・ソロも弾いているのだ。先行シングル〈Can't Buy Me Love〉のB面としてリリースされた。

    ■ I'll Be Back
    マイナーからメジャーへの転調(Am→A)はPaulの〈Things We Said Today〉と同じ展開で、Johnは米SSWデル・シャノン(Del Shannon)のヒット曲〈悲しき街角〉(Runaway 1961)のコード進行をヒントに作曲したという(Paulへの対抗意識もあったのかもしれない)。Johnのヴォーカル(ダブルトラック)、ガット・ギター、Paulのベース、Georgeのアクースティック・ギター、Ringoのドラムス。2本のギターが奏でるアクースティック・サウンドが清々しく、Aメロの3度、5度上でハモるPaulのコーラスも美しく響く。相手に傷つけられて家を出て行ったとしても、きっと戻って来るというという歌詞は男女間の恋愛の縺れを歌っているように思えるが、Johnが5歳の時に別れた父親との関係を歌った曲だとも言われている。

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    • ■ John Lennon ● Paul McCartney ◆ George Harrison ★ Ringo Starr
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    Hard Day's Night

    Hard Day's Night

    • Artist: The Beatles
    • Label: EMI UK
    • Date: 2009/09/09
    • Media: Audio CD
    • Songs: A Hard Day's Night / I Should Have Known Bette / If I Fell / I'm Happy Just To Dance With You / And I Love Her / Tell Me Why / Can't Buy Me Love / Any Time At All / I'll Cry Instead / Things We Said Today / When I Get Home / You Can't Do That / 'll Be Back


    ザ・ビートルズ全曲バイブル ── 公式録音全213曲完全ガイド

    ザ・ビートルズ全曲バイブル ── 公式録音全213曲完全ガイド

    • 編者: 大人のロック!
    • 出版社:日経BP社
    • 発売日: 2009/12/07
    • メディア:ハードカヴァ
    • 目次:英米公式全作品の系譜 / 公式録音全213曲徹底ガイド(2トラックレコーディング時代〜ライヴ演奏スタイルでの録音/ 4トラックレコーディング時代 1〜アレンジの幅が広がりサウンドに深み / 4トラックレコーディング時代 2〜バンドの枠を超えた録音の始まり / 4トラックレコーディング時代 3 〜ロックを芸術の域に高める/ 8トラックレコーディング時代へ〜サウンドと作品の多様化 / 8トラックレコーディング時代〜原点回帰...と円熟のサウンド)/ 録音技術の変化と楽曲解析方法


    絵本ジョン・レノンセンス

    絵本ジョン・レノンセンス

    • 著者:ジョン レノン(John Lennon)/ 片岡 義男・加藤 直(訳)
    • 出版社:筑摩書房
    • 発売日:2011/08/09
    • メディア:文庫
    • 目次:序文(ポール・マッカートニー)/ 部分的にだけデイヴ / フランクにハエはたかっていない / いとしのグッド・ドッグ・ナイジェル / 歯医者にて / エリック・ヒアブルに生えたコブ / レスリングをする犬 / ランドルフのパーティ / 有名な5人がウオーナウ・アビーをぬけて / 悲しきマイケル / おいら さまよえり / 手紙 / 第三幕 第一場 / 宝島 / 喋りか...

    タグ:BEATLES Music
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