今やネコ人気がインターネットの中核を成していると言っても過言ではない。Google XのエンジニアチームがAIアルゴニズムを開発し、1万6000台のプロセッサーに1000万のYouTube画像を見せたとき、アルゴニズムが最初に試みたのはネコの認識法を自分に教えることだった。科学者は「これがネコというものだ」とコンピューターに教えていない。どのような外見をしているのかさえ伝えようとしなかった。しかし、インターネット上に大量のネコ画像があったため、コンピューターは自分で答えを出したのだ。/ なぜ、そんなことが起こったのだろうか?/ 1つの仮説として、コンピュータープログラマーにネコ派が多いため、彼らが作るコンテンツにネコ愛が反映されているという説がある。だがネコはコンピューターが出現する前から愛されており、インターネットが完全に別の何かに進化した後もきっと変わらないだろう。つまり、ネコは実世界を征服したのと同じやり方で仮想空間も支配したのだ。理由は、私たちがネコを愛しているからに他ならない。
キャリー・アーノルド「仮想空間も征服したネコ」
◆ ネコ全史(日経ナショナル ジオグラフィック 2023)キャリー・アーノルド日本版ナショジオの猫ムック(原題:The Secret Life of Cats 2022)。「Introduction」 で、「私が初めてネコと同居したのは23歳のときだ」と書き始める文章の主語(私)が誰なのか分かり難いけれど、実際に執筆しているのは米サイエンス・ライターのキャリー・アーノルド(Carrie Arnold)である。ナショジオらしいネコ写真の数々に魅惑される。「ネコの昔と今」 「人間とネコの絆」 「人類史の中のネコ」 の三部構成で、ネコの歴史(過去・現在・未来)を最新の研究によってアップデート。「錆びネコは態度がでかい?」「お尻を見せる挨拶は、飼い主に対する愛情と信頼の表れ」などのコラムも目からウロコ。アニメのフィリックスとフェルセット(宇宙に飛んだリアル・キャット)、トムとジェリー、ガーフィールド(アニメ)、ネットで有名なグランピーキャット(不機嫌ネコ)のターダー・ソースや永遠の子猫リル・バブなども紹介されている。コンピュータのAIアルゴニズムが最初に自分で認識したのが「ネコ」だったというのも示唆に富むエピソードである。
◆ ミュージアムの女(KADOKAWA 2017)宇佐江 みつこ岐阜県美術館に勤務する女性監視係が描いた4コマ・マンガ。朝日新聞夕刊(毎月最終火曜日)の連載は2023年4月に終わってしまったが、幸い書籍化されていた。美術館の公式ツイ ッターアカウントとフェイスブック(SNS)で発表した全100篇に、コラム「ティータイムトーク」4本を挿み、「岐阜県美術館おさんぽガイド」 を巻末に併録。表紙カヴァを飾る絵画はオディロン・ルドンの 「目をとじて」(同美術館所蔵)である。「ミュージアムの女」 の最大のチャームポイントは監視係だけでなく、学芸員、副館長、来館者など全員がネコ顔というか、直立二足歩行のネコ人間(猫面を被っている?)として描かれているところ。「登場する主人公は作者自身のありのままではなく、共に働いている監視係を総合して形成した架空の猫主人公」 とのことだが、なぜ全員ネコなのかは謎である。エルミタージュ美術館に雇われているという「4本足の警備員」と関係があるのかしら?
◆ ばけねこぞろぞろ(あかね書房 2015)石黒 亜矢子「きみが生まれた日」(朝日新聞朝刊 2023・7・31)で紹介された大型絵本。飼い猫トンを苛めていた悪ガキ(おれ)は母親に「いつかネコに仕返しされるよ」と叱られる。広場に逃げると、88匹もの不穏なノラ猫たちに囲繞された。その夜、寝ている 「おれ」 の前に化け猫になったトンが現われて、「今夜、化け猫たちが襲いかかって来るぜ」 と警告する。外へ飛び出した 「おれ」 たちに、妖怪にゃっぺふほふ、ぶるぶるねこ、ねこぼうずが襲いかかる。誰もいない商店街に逃げ込むと、50匹以上の妖怪が徘徊していた。化け猫たちの百鬼夜行だった(この頁だけ絵巻物のような観音開きのパノラマ4連綴りになっている)。親玉ねこかしゃに見つかってしまうが、主人公の母親のことを大好きなトンに救われる。白黒TVに映っているトムとジェリー(アニメ)、歌川国芳の押絵羽子板、豆腐小僧など、細部に凝った描写が愉しい。作者は新聞記事で「化け猫には、妖怪としての恐ろしさと猫の可愛さが絶妙なさじ加減でミックスされている。そこに魅力を感じます」と述べている。
◆ オールド・ポッサムの抜け目なき猫たちの詩集(球形工房 2023)T.S. エリオット『ふしぎ猫マキャヴィティ』(大和書房 1978)、
『袋鼠親爺の手練猫名簿』(評論社 20 09)など、佐野洋子の挿画や柳瀬尚紀の翻訳で多数出版されているアメリカ生まれの英国詩人によるネコ詩集(Old Possum's Book of Practical 1939)。ミュージカル「キャッツ」の原作(翻案)でもある。本書の魅力は読みやすい日本語に添えられた宇野亞喜良のカラー ・イラスト(全18点)にある。ガンビー、グラウルタイガー、ラム・ラム・タガー、ジェリクル、マンゴジェリーとランペルティーザー、オールド・デュートロノミー、グレート・ランパスキャット、ミスター・ミストフェリーズ、マキャヴィティ、ガスター、バストファー ・ジョーンズ、スキンブルシャンクス、モーガン‥‥「猫を名づける」 「猫に話しかける」 など15篇。訳者(佐藤亨)曰く、《本書を読むのに理屈はいらない。ユーモアやナンセンスを味わいながら、それぞれの猫の詩を楽しめばいい。そうしていると、知らぬ間に猫の世界に身を置き、いっとき、人間であることを忘れるかもしれない》。
◆ 猫の木のある庭(河出書房新社 2023)大濱 普美子小説集
『たけこのぞう』(国書刊行会 2013) の文庫版。「のっぺらぼうの平仮名書きからは、どんな内容の話なのか見当がつかず、ひょっとしたらまるでそぐわないイメージを与えてしまうかもしれない」 という著者の懸念から巻頭の処女作に改題された。老夫婦の住む木造平屋建ての母屋の離れに 「私」 と飼い猫タマが引っ越して来る 「猫の木のある庭」 は家の間取りから中庭、老夫婦の言動やタマの不可解な挙動までが不気味で不穏な空気感を漂わす。「私」 の住むアパートの隣室で亡くなった夫人の管財人から受け取った遺品の黒皮の婦人靴を履いたことで生活が一変する 「フラオ・ローゼンバウムの靴」。夏子(亡き姉)の娘・朝子が秋子の待つ実家に冥界から帰って来る 「盂蘭盆会」。銭湯の2階に同居することになった2人の女性、フサ江(私)とマチ子が自転車で海を見に行く「浴槽稀譚」。ワーキングホリデーの申請が通ったミサキ(私)がドイツでコンピュータを使う仕事の傍ら、家事手伝いのバイトに就く 「水面」。画家だった母親・松子の訃報を受けて、娘の猛子が帰国する表題作。
◆ 猫がいれば、そこが我が家(河出書房新社 2023)ヤマザキマリ「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」(NHK Eテレ 2021)で放送された「ヤマザキマリとベレン」の書籍版。シカゴ大学で比較文学を研究していた夫ベッピーノとポルトガルで暮らしていた息子デルスとマリが夏休みを沖縄で過ごしていた時に、リスボンの友人に預けていた猫のゴルム(4歳)がマンション7階のヴェランダから転落死してしまう。ペットロス状態に陥 った妻を慮った夫がPCでリスボン近郊の里親募集中の猫を探して、ベンガル種の雌猫を見つけた。ポルトガル生まれのベレンは夫妻の仕事に伴ってアメリカ、イタリア、日本へと引っ越しを繰り返すボーダレスの猫となる。現在、彼女(14歳)は東京の仕事場を自分の城として、著者と適度の距離を保って暮らす。初めて飼っていた猫バロン、クラスメイトの家で生まれたメル、イタリア・フィレンツェで詩人と同棲していた時に飼うことになったアロとモモなど、歴代の猫たち、ヴィオラ奏者の母リョウコ、年下の夫ベッピーノ、詩人の息子デルス、そして著者も自分自身について忌憚なく、包み隠さず真摯に語る猫エッセイ。
◆ 猫と ねこのエッセイアンソロジー(河出書房新社 2024)養老 孟司 / 村山 由佳ほか『にゃんこ天国 猫のエッセイアンソロジー』(2018)を改題した文庫版。 夏目漱石 「猫の墓」(1909)から、角田光代 「猫、想像力を鍛える」(2015)まで、33人の日本人作家による猫エッセイ・アンソロジー。塀の上で一点を見つめて身じろぎしない愛猫ネネの姿に閃いて、執筆に行き詰まったスランプから脱した池波正太郎。猫の 「ツンデレ」(という言葉は当時なかったが)ぶりを見抜いた谷崎潤一郎。元祖ペットロス(ノラ)に陥って、猫愛ダダ漏れ(クル)状態の内田百閒。飼い猫たちの下男に成り下がった低姿勢のパンク作家・町田康などのエピソードも興味深いけれど、新旧作家の横並び猫エッセイを読んでいると、大佛次郎や佐藤春夫の文章の上手さが流石に際立つ。村上春樹は「僕はときどき今でも、静かに森の中に消えてしまった野生の雄猫ピーターのことを考える」と綴る。飼い猫の死を描いた漱石と佐野洋子では、この1世紀で変化したペットに対する思いが滲み出る。解説「百年の猫を編む」は猫本専門店 「書肆吾輩堂」 店主の大久保京。
◆ 夜廻り猫の雑貨店(ポプラ社 2023)深谷 かほる「コミックDAYS」(講談社)に連載中の8コマ・マンガ
「夜廻り猫」 の拡張版。遠藤平蔵が夜廻り見習いの
「居酒屋ワカル」 みたいに雑貨店を開店したのかと思ったけれど大違い。大きな樹の祠で雨宿りをする遠藤、重郎、ニイの3匹。遠藤が重郎に寝物語(彼らの開いたお店の商品、ぎうにう、バタパン、ゆでたまごを味見する)を聞かせていると、食物を獲得出来なかったニイは外へ飛び出す。雨上がりの翌朝、ニイを探しに出た重郎が何者かに連れ去られてしまう。重郎を探しに縄張りの外へ出たニイは野良ネコたちに攻撃されて傷つき、新宿歌舞伎町に辿り着く。倒れていたニイを灰縞猫のタダユキが拾って帰宅する。白猫ミドリが誰もが集まれる夢のお店を作ることを提案し、飼主のケンが建築資材と商品を2トン車で運んで実現させる。遠藤が縄張りを放棄して、大きな祠に開店した「遠藤商店」はワカルやボウシたちの集まるネコたちの理想的なコミューンとなる。オールカラー(A5判・40頁)。
◆ 小さな猫の本(リベラル社 2023)服部 幸(監修)エジプシャンマウ、アビシニアン、アメリカンカール、アメリカンショ ートヘア、ジャパニーズボブテイル、コラットなど全38種、「ヨーロッパ・アフリカ、アメリカ、アジア生まれの猫」 図鑑。ギリシャ・サントリーニ島、イタリア・マルタ島、クロアチア・ドゥブロヴニク、北海道・小樽、宮城・田代島など、17地域の 「世界ねこめぐり」。毛色と柄(ソリッド、パーティカラー、タビー、マッカレルタビー、ポインテッド、ティップド)、体型(オリエンタル、フォーリンコビー、ロング&サブスタンシャル)、アイカラー(ブルー、グリ ーン、ヘーゼル、アンバー、カッパー、オッドアイ)による 「猫の豆知識」。ジャン・ジャ ック・バシュリエ、マルグリット・ジェラール、マネ、ルノワール、ゴッホなど、14点の 「猫と絵画」。向田邦子、大佛次郎、コレット、ヘミングウェイなど、作家12人の 「猫と文学」。猫の伝説や猫に捧げる言葉、絵本などを紹介する 「コラム」 まで、過不足なく「猫本」のエッセンスがコンパクトな判型(A6変形)に詰まっている 「小さな本シリーズ」 の1冊。
◆ かけ湯くん 旅する温泉漫画(河出書房新社 2018)松本 英子表紙カヴァに描かれた微睡む茶トラに惹かれて、
『神様のお父さん』(本の雑誌社 2023)を読んでみた。いわゆる読書エッセイで、期待したような 「猫本」 ではなかったが、天然女優 ・浅田美代子の「たれ流し温泉」から始まる「いい湯だな」に、松本英子の旅する温泉漫画が紹介されていた。作者が日本全国の温泉地を回るコミック・エッセイなのに、なぜか主人公が白茶ブチの雄ネコ(女性マンガ家のアバター)として描かれている。「ミュージアムの女」 のように登場人物が全てネコ(顔)というわけではなく、かけ湯くん、山好きの兄、三毛の母親、友人あがり湯くん以外の旅館の人たちなどは人間である。ヤンチャ顔だったネコが途中から服を着たり、次第に可愛く(?)なるのは凶悪顔の遠藤平蔵(夜廻り猫)が慈悲深くなって行く変遷を想わせなくもない。山形・銀山温泉から静岡・伊豆温泉まで、国内の秘湯温泉地80湯。オールカラー(A5判・128頁)に詰まった絵とネームの情報量が凄い。かけ湯くんと同じように読者も、いつまでも「温泉マンガ」に浸っていたいと思うのだった。
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ネコ全史 君たちはなぜそんなに愛されるのか
- 著者:キャリー・アーノルド(Carrie Arnold)/ 矢能 千秋(訳)
- 出版社:日経ナショナル ジオグラフィック
- 発売日:2023/05/31
- メディア:ムック(ナショナル ジオグラフィック別冊)
- 目次:INTRODUCTION / ネコの昔と今 / 人間とネコの絆 / 人類史の中のネコ / 図版クレジット
ミュージアムの女
- 著者:宇佐江 みつこ
- 出版社:KADOKAWA
- 発売日:2017/09/27
- メディア:単行本
- 目次:ねむくなんない?/ ティータイムトーク 1 / ジレンマとのたたかい / ティータイムトーク 2 / 展示室の住み心地 / ティータイムトーク 3 / ある日のできごと / ティータイムトーク 4 / 美術館へようこそ / あとがき / 近況にかえて
ばけねこぞろぞろ
- 著者:石黒 亜矢子
- 出版社:あかね書房
- 発売日:2015/03/21
- メディア:大型本
- 内容:かあさんはねこが大好き。おれがねこにいじわるすると、ばけねこに仕返しされるよという。そんなのこわくなかったけれど、家ねこも、のらねこも、実はみんなばけねこだって。どうしよう…!? ぶきみでかわいい妖怪ねこたちが登場する絵本。家ねこのトンに助けられながら夜の町を冒険する主人公は、ばけねこの仕返しをかわすこと...
オールド・ポッサムの抜け目なき猫たちの詩集
- 著者:T. S. エリオット(Thomas Stearns Eliot)/ 宇野亞喜良(画)/ 佐藤 亨(訳)
- 出版社:球形工房
- 発売日:2022/10/26
- メディア:単行本
- 内容:ミュージカル「キャッツ」の原作として知られる世界一有名な猫詩集が、日本を代表するイラストレーター・宇野亞喜良氏の魅惑のオリジナル・カラー挿絵と、エリオット研究の泰斗・佐藤亨氏による生き生きとした訳文を得てよみがえる?
猫がいれば、そこが我が家
- 著者:ヤマザキマリ
- 出版社:河出書房新社
- 発売日:2023/09/21
- メディア:単行本
- 目次:ベレン / 大切な関係ほど、程よい距離感 / 一番怠惰なのは人間? / ベレンの来日 / 私の “ニャンコ先生” / 猫の名前 / 猫の出産、私の出産 / 人の心が豊かな国は猫も幸せ? / 生命反応を感じていたい / プリニウスと私 /「信頼」という落とし穴 /「今日から二人で頑張りましょうね」/ 三つ子の魂 / 母が足りない / イタリア家族との再会 / マンミズモは猫愛に置...
小さな猫の本
- 監修:服部 幸
- 出版社:リベラル社
- 発売日:2023/11/17
- メディア:単行本(小さな本シリーズ)
- 目次:はじめに / プロローグ / ヨーロッパ・アフリカ生まれの猫 / アメリカ生まれの猫 / アジア生まれの猫 / 世界ねこめぐり / 猫の豆知識 / 猫と絵画 / 猫と文学 / コラム / 写真・資料提供 / 主な参考文献 / 監修者紹介
夜廻り猫の雑貨店
- 著者:深谷 かほる
- 出版社:ポプラ社
- 発売日:2023/04/21
- メディア:単行本
- 内容:ある雨の日、重郎は遠藤とニイの前から姿を消す。遠藤とニイは重郎を必死に探すも見つからず途方に暮れるが、必ず帰ってくると信じて、重郎をさがすために雑貨店を開くことに…。人気漫画『夜廻り猫』から漫画絵本が誕生!豪華オールカラーで読める心に優しいストーリー。きっとあなたの心を癒す絵本です
猫と ねこのエッセイアンソロジー
- 著者:養老 孟司 / 村山 由佳 / 阿部 昭 / 伊丹 十三 / 池波 正太郎 / 稲葉 真弓 / 町田 康 / 角田 光代 / 谷村 志穂 / 徳大寺 有恒 / 野坂 昭如 / 森下 典子 / 村山 由佳 / 中 勘助 / ...
- 出版社:河出書房新社
- 発売日:2024/02/06
- メディア:文庫(河出文庫 ん 7-1)
- 内容:「猫愛」 があふれて止まらないエッセイ33篇を精選収録。猫の魅力を余すことなく伝えるこの本は、読んでほっこり、猫がもっと好きになる、きっと猫が飼いたくなる猫アンソロジーの決定版!
かけ湯くん 旅する温泉漫画
- 著者:松本 英子
- 出版社:河出書房新社
- 発売日:2018/09/22
- メディア:単行本
- 内容:『旅の手帖』連載中の漫画「かけ湯くん」がオールカラーで一冊に。温泉を愛する猫のかけ湯くんが温泉と町歩きを旅情たっぷりに紹介
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