SSブログ

ゴム底魂 [m u s i c]

  


  • Norwegian Woodというタイトルに関してはもうひとつ興味深い説がある。ジョージ・ハリソンのマネージメントをしているオフィスに勤めているアメリカ人女性から「本人から聞いた話」として、ニューヨークのとあるパーティーで教えてもらった話だ。/「Norwegian Wood というのは本当のタイトルじゃなかったの。最初のタイトルは "Knowing she would" というものだったの。歌詞の前後を考えたら、その意味はわかるわよね?(つまり、"Isn't it good, knowing she would?" 彼女がやらせてくれるってわかってるのは素敵だよな、ということだ)でもね、レコード会社はそんなアンモラルな言葉は録音できないってクレームをつけたわけ。ほら、当時はまだそういう規制が厳しかったから。そこでジョン・レノンは即席で、Knowing she would を語呂合わせで Norwegian Wood に変えちゃったわけ。そうしたら何がなんだかわからないじゃない。タイトル自体、一種の冗談みたいなものだったわけ」。真偽の程はともかく、この説はすごくヒップでカッコいいと思いませんか? もしこれが真実だとしたら、ジョン・レノンって人は最高だよね。
    村上 春樹 「ノルウェイの木を見て森を見ず」


  • ◎ Rubber Soul(Parlophone 1965)The Beatles
  • アルバム・カヴァに写っているファブ・フォーは自動車のボンネットや凸面鏡に映った肖像のようにメタモルフォーゼしている。ロバート・フリーマン(Robert Freeman)が写真をアルバム大のカードにスライド投影した時にカードを少し後ろに反らしたことから偶然生まれたという。左上の「RUBBER SOUL」というオレンジ色のロゴと相俟ってサイケデリックなイメージを醸し出している。アルバム・タイトルは 「ゴム底靴」(rubber sole)と、ミック・ジャガーの歌を聴いた黒人ミュージシャンが揶揄した言葉「プラスティック・ソウル」のモジリらしい。オリジナル・ステレオ盤は左にインスト、右にヴォーカルという中抜けミ ックスで、Andy Partridge(XTC)がパンで遊んだと述懐しているように、右チャンネルをオフにすると即席カラオケになったのだ。リマスター盤(2009)は初CD化(1987)の際にジョージ・マーティンがミックスしたステレオ・ヴァージョンが使われている。

    ● Drive My Car
    「ラバー・ソウル」というアルバム・タイトルの通り黒人音楽(R&B)を意識したモータウン風の曲。Paulのヴォーカル、ベース、Johnのタンバリン、コーラス、Georgeのギター、Ringoのドラムス、カウベルという編成で、Paulは間奏のスライド・ギターとサビに挿入されるピアノも弾いている。女優(スター)志望の女の子が「私のクルマを運転させてあげるわ」と「ボク」を誘うけれど、「まだクルマは持っていないの」というオチがあることから想像すると、「私のクルマ」がセクシャルなメタファである可能性も高い。乗り心地が良いのは「クルマ」ではなく「カラダ」だったりして。「Beep, beep, beep, beep, yeah」というクラクション音を模した陽気なコーラスや弾むビートは街中をドライヴする若い恋人たちを想わせるが、実際の2人はクルマには乗っていないわけである。目には見えないエア・カーだったりして?

    ■ Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
    村上春樹の長編小説『ノルウェイの森』(1987)で有名になった曲だが、邦題は誤訳で正しくは「ノルウェー製の家具」(ウッド調の部屋)という意味である。北欧風の調度のある彼女の部屋に一晩泊ったという私小説風のストーリ。Johnの内省的な歌詞からは〈Drive My Car〉のような夢見る恋人との愉しいデートではなく、愛人との秘めた情事を連想させなくもない。浴室に追いやられた「ボク」が腹いせに放火したという物騒なオチまでついているのだから‥‥。シタールが使用されたことでも知られる曲だが、Georgeはメロディを弾いているだけで、まだインド音楽への傾倒は感じられない。Johnのヴォーカル、ギター、Paulのベース、コーラス、Ringoのバスドラム、タンバリン、フィンガー・シンバル。伴奏のアクースティック・ギターは2フレットにカポタストを付けてDコード・フォームで弾いている。キーはEメジャーだが、サビでEmに転調する。村上春樹はエッセイ『雑文集』(2011)の中で「Knowing she would」(彼女がやらせてくれると分かっている)の語呂合わせだという説を紹介している。

    ● You Won't See Me
    セッションの最終日(1965.11.11)に録音された新曲の1つなのに、差し迫った緊張感よりもリラックスした余裕さえ感じられる。Paulのヴォーカル(ダブルトラック)、ベース、ピアノ、Johnのギター、Ringoのドラムス、タンバリン、ハイハット。PaulをサポートするJohnとGeorgeのハーモニーも美しい。ロード・マネージャーのマル・エヴァンズ(Mal Evans)がハモンド・オルガンで参加している。電話をしても話し中、話しかけても無視される、逃げ回って会ってくれない‥‥という切ない失恋ソングだが、視点を変えると執拗に付き纏う「ボク」はストーカーのような存在にも見えて来る。Aメロからサビへ継ぎ目なくスムースに移行する流麗なメロディはPaulならではのソング・ライティング。エンディングでは軽快なテンポの歌も力尽きたようにフェイド・アウトして行く。

    ■ Nowhere Man
    John、Paul、Georgeの3声アカペラ・ハーモニーから始まる美しい曲。何時間も艱難辛苦しても何も思いつかず、諦めて横になった途端に閃いたという、どこにもない世界で空疎な計画を立てている孤独な男の歌。Paulの〈Fool On The Hill〉にも相通じる不可解な男の寓話風の物語だが、Johnの「ひとりぼっちのあいつ」には爽やかな曲調とは裏腹にカフカやカミュのような不条理感が漂う。アニメ映画『Yellow Submarine』(1968)では航海中のファブ・フォーがジェレミー(Jeremy Hilary Boob)と出遭うシーンで歌われる。Johnのヴォーカル(ダブルトラック)、12弦アクースティック・ギター、Paulのベース、Georgeのリード・ギター、Ringoのドラムス。絶体絶命の窮地から放った虚無の一撃のような大ドンデン返しである。「どこでもない」(No where)の中に「今ここに」(Now here)という真逆の意味が隠れているという真しやかな説もある。

    ◆ Think For Yourself
    〈嘘つき女〉という邦題が表わしている通り嘘ばかりつく不実な恋人に三行半を突きつけるGeorgeの容赦ない曲。〈You Won't See Me〉の未練がましい失恋男とは対照的な歌詞だが、本人の述懐によると特定の女性へ宛てたものではなく、〈Taxman〉と同じく当時の政府や権力に対して歌ったものらしい。Georgeのヴォーカル、ギター、マラカス、Paulのベース、Johnのエレクトリック・ピアノ、Ringoのドラムス、タンバリン。Georgeの皮肉っぽいヴォーカルにJohnとPaulがコーラスを添えている。サウンドを特徴づけているファズ・ベース(ファズ・ボックスに通したベース)を弾いているのはPaulで、辛辣な内容に相応しいノイジーで攻撃的な音になっている。キーはGだが、Am→D→B♭→C→Gというコード進行には転調したような奇妙な感じがある。

    ■ The Word
    口に出すと自由になれる、僕のようになれる、その言葉とは?‥‥それは「愛」。ファブ・フォーは〈She Loves You〉のような男女間の恋愛ではない普遍的な「愛」を歌っている。抽象的すぎて生硬なところもあるけれど、〈All You Need Is Love〉で開花する「ラヴ&ピース」の種子のような曲である(Plastic Ono Bandの〈Give Peace A Chance〉では「Give the word a chance to say」という一節の「the word」を「peace」に置き換えた)。JohnとPaulのツイン・ヴォーカル(3度ハーモニー)で始まり、サビでJohnのソロになる。Johnのギター、Paulのベース、ピアノ、Georgeのリード・ギター、Ringoのドラムス、マラカス。後半のハーモニウムはジョージ・マーティンが弾いている。Johnの家で作曲して、マリファナでラリッた2人(John&Paul)がサイケデリックな色を塗った歌詞原稿はヨーコを通じてジョン・ケージ(John Cage)の手に渡ったという逸話も残っている。

    ● Michelle
    歌詞の2連目をフランス語で歌ったPaulの甘いラヴ・バラード。半音階で下降するのコード進行(クリシェ)、チェット・アトキンス奏法によるアクースティック・ギター(キーはFだが、5フレットにカポタストをしてCフォームで弾いている)など、Paulのエッセンスが凝縮されている。もっともJohnによると「I love you, I love you, I love you」と連呼するブリッジの部分はNina Simoneの〈I Put A Spell On You〉からヒントを得た自分のアドヴァイスだというのだが。Paulのギター、ベース、Georgeのリード・ギター、Johnのギター、Ringoのドラムスというアクースティック・サウンド。John、Paul、Georgeの3声コーラスもアンニュイで、フランスの恋愛映画を観ているようなロマンチックな雰囲気に包まれる。仏語を入れたのは英語の通じないフランス人の恋人(ミッシェル)へのラヴ・ソングという設定だから。「ミッシェル、ボクの美しい人。並びの良い言葉だね」という英・仏の歌詞は文字通り、「Michelle, ma belle」で脚韻を踏んでいるから。

    ★ What Goes On
    Ringoが歌うカントリー調のナンバーはJohnがデビュー前(1962?)に書いていた曲にPaulとRingoが加わり、新たにサビを作って完成させたという。「5つの単語を提供した」と謙遜するRingoが作曲者として初めてクレジットされた記念すべき曲(Lennon-McCartney-Starkey名義)でもある。Ringoのヴォーカル、ドラムス、Johnのギター、Paulのベース、Georgeのリード・ギター。JohnとPaulがコーラスでRingoを好サポート。Georgeはイントロや間奏で得意のカントリー・スタイル(チェット・アトキンス奏法)のギターを披露している。お蔵入りした古い曲(1963年3月に録音する予定だった)をリメイクしたのは新アルバムの発表まで後1カ月しかなかったいう差し迫った裏事情もあるらしい。

    ■ Girl
    「ラバー・ソウル」セッションの最後にレコーディングされたJohnの曲。〈Michelle〉と良く似たアクースティック・サウンドで、それぞれ固有名詞と普通名詞の女性をタイトルにしている。しかし、同じ女性名でも具体的なフレンチ娘の「ミッシェル」よりも抽象的な「少女」の方が逆に生々しい印象を残す。キリスト教に懐疑的だったJohnらしい楽曲で、「Was she told when she was young that pain would lead to pleasure」 という最終連の歌詞は〈Imagine〉への萌芽が見られる。Johnのヴォーカル、アクースティック・ギター、Paulのベース、Georgeのアクースティック・ギター、Ringoのドラムス。PaulとGeorgeがバック・コーラスで「おっぱい」(tit)と歌っているのはPaulのアイディア。深く息を吸うJohnのブレス音は乳首(ドラッグ?)の吸引を示唆しているのだろうか。

    ● I'm Looking Through You
    当時の恋人だったジェーン・アッシャー(Jane Asher)と喧嘩したPaulが心情を吐露した曲。お互いの擦れ違いや仲違いで別人のように変わってしまった恋人のことを、まるで透明人間になってしまったかのように「君の向こうが透けて見える」と表現したところがユニーク。アリスは鏡を通り抜けて夢の国へ行ったが、Paulには恋人の向こうの現実世界しか見えない。生身の人間なのに実体が伴わないという女性像はJohnの描く「愛人」や「少女」とは対照的である。Paulのヴォーカル(ダブルトラック)、ベース、Johnのアクースティック・ギター、Georgeのリード・ギター、タンバリン、Ringoのドラムス、ハモンド・オルガン。調子っ外れの手拍子をパーカッションのように使っているのも面白く、辛辣な歌詞に反して陽気で愉しげな雰囲気さえある。

    ■ In My Life
    Johnによると少年時代に乗っていたリヴァプールの路線バスが通る場所(地名)を折り込んだ曲を作ろうとしていたが馬鹿らしくなって、改めて場所や友人や恋人たちを回想して書いたという。ハーモニーとミドル・エイトはPaulに手伝ってもらったと言うが、Paulもメロディの殆どは自分が作ったと主張して譲らない。いずれにしても数多くの曲を別々に作詞・作曲していた「Lennon & McCartney」の中では数少ない「共作」ということになるのかもしれない。Johnのヴォーカル(ダブルトラック)、アクースティック・ギター、Paulのベース、Georgeのギター、Ringoのドラムス、タンバリン。PaulとGeorgeのコーラス。間奏のクラシカルなピアノはジョージ・マーティンがテープ・スピードを半分に落として録音し、倍速で再生している。歌詞の中に出て来る「死んだ友人たち」の1人はスチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)のことだと言われている。少年時代の回想は〈Strawberry Fields Forever〉や〈Penny Lane〉へ続く重要なテーマである。

    ● Wait
    「ヘルプ!」セッションの最終日に録音されたものの、アルバムには収録されなかったボツ曲。お蔵入りの曲を再び採り上げたのは締め切りが迫っているのに1曲足らなかったから。14曲という曲数は今日的には過不足ないような気もするが、60年代当時は演奏時間も2〜3分と短く、全14曲(A・B面7曲)でも36分しかなかった(間引き編集された米キャピトル盤は12曲、29分!)。同時にリリースされた両A面シングル盤〈Day Tripper〉〈We Can Work It Out〉はアルバムに収録しないという不文律もあった。ツイン・ヴォーカル(主旋律はJohn)で、サビの8小節はPaulが歌っている。Johnのギター、Paulのベース、Georgeのギター、Ringoのドラムス、マラカス、タンバリン。ヴォーカル・パートをJohnと2人で分け合った共作だが、Paulは自分1人で書いたと発言している。

    ◆ If I Needed Someone
    12弦ギターの響きが美しいGeorgeの曲。Dコードのリフで作られた曲(キーはAで、7フレットにカポタストをしている)の1つだという。〈Only A Northern Song〉などと良く似た浮游感のあるメロディで、いわゆるハリスン節が炸裂している。GeorgeはThe Byrdsのアルバムに収録されていた〈The Bells Of Rhymney〉のギター・リフを元にして曲を作ったが、そもそもロジャー・マッギン(Roger McGuinn)自身はGeorgeに影響されて12弦ギターを使うようになったというのだから面白い(アルバムのリリース前、Georgeは承諾を得るために録音テープをロジャー・マッギンの許へ送った)。Georgeの12弦ギター、Paulのベース、Ringoのドラムス、タンバリン。John、Paul、Georgeの3声コーラスもギターの音色に負けず麗しい。

    ■ Run For Your Life
    エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)のヒット曲〈Baby Let's Play House〉の歌詞の一節「I'd rather see you dead, little girl, than to be with another man」を冒頭に引用したJohnの曲。「他の男と一緒になるくらいなら、死んでくれた方がまし」と毒づく生まれつき嫉妬深い男の歌。Johnも「歌詞が最悪」と嫌っていたが、締め切りに追われて安直に作ったわけではなく、セッションの初日にレコーディングされている。Johnのヴォーカル、アクースティック・ギター、Paulのベース、スライド・ギター、Georgeのギター、Ringoのドラムス、タンバリン。PaulとGeorgeのコーラスが脅迫じみた男の脅しを和らげる。邦題は「浮気女」となっているが、原題の「Run For Your Life」は命懸けで逃げろという意味。今日で言うところの女性に暴力を振う「DV男」のイメージでしょうか。

                        *
    • ■ John Lennon ● Paul McCartney ◆ George Harrison ★ Ringo Starr
                        *


    Rubber Soul

    Rubber Soul

    • Artist: The Beatles
    • Label: EMI UK
    • Date: 2009/09/09
    • Media: Audio CD
    • Songs: Drive My Car / Norwegian Wood (This Bird Has Flown) / You Won't See Me / Nowhere Man / Think For Yourself / The Word / Michelle / What Goes On / Girl / I'm Looking Through You / In My Life / Wait / If I Needed Someone / Run For Your Life


    ザ・ビートルズ全曲バイブル ── 公式録音全213曲完全ガイド

    ザ・ビートルズ全曲バイブル ── 公式録音全213曲完全ガイド

    • 編者: 大人のロック!
    • 出版社:日経BP社
    • 発売日: 2009/12/07
    • メディア:ハードカヴァ
    • 目次:英米公式全作品の系譜 / 公式録音全213曲徹底ガイド(2トラックレコーディング時代〜ライヴ演奏スタイルでの録音/ 4トラックレコーディング時代 1〜アレンジの幅が広がりサウンドに深み / 4トラックレコーディング時代 2〜バンドの枠を超えた録音の始まり / 4トラックレコーディング時代 3 〜ロックを芸術の域に高める/ 8トラックレコーディング時代へ〜サウンドと作品の多様化 / 8トラックレコーディング時代〜原点回帰...と円熟のサウンド)/ 録音技術の変化と楽曲解析方法


    村上春樹 雑文集

    村上春樹 雑文集

    • 著者:村上 春樹
    • 出版社:新潮社
    • 発売日: 2011/01/31
    • メディア:単行本
    • 目次:前書き──どこまでも雑多な心持ち / あいさつ・メッセージなど / 音楽について /『アンダーグラウンド』をめぐって / 翻訳すること、翻訳されること / 人物について / 目にしたこと、心に思ったこと / 質問とその回答 / 短いフィクション──『夜のくもざる』アウトテイク / 小説を書くということ / 解説対談 安西水丸×和田誠

    コメント(0)  トラックバック(0) 

    コメント 0

    コメントを書く

    お名前:
    URL:
    コメント:
    画像認証:
    下の画像に表示されている文字を入力してください。

    トラックバック 0