SSブログ

兎男のクリスマス 2 [m u s i c]



  • その日の午後、兎男は町のはずれにある兎博士の家を訪ねてみたが、そこにはもう兎博士の家はなかった。ただ空き地があるだけだった。兎のかたちをした植木も、門柱も、敷石も、みんな消えていた。/「僕はもう2度とあの人たちには会えないんだな」と兎男は思った。「2人のつむじ曲がりにも、003と009-1のサイボーグ姉妹にも、海カモメの奥さんにも、ムツンバイにも、兎博士にも、聖兎上人にも」/ そう思うと兎男の目から涙がこぼれた。兎男はみんなのことをとても好きになっていたのだ。/ 下宿に戻ると、兎の絵のクリスマス・カードが1枚郵便受けに入っていた。/ そこには「兎世界がいつまでも平和で幸せでありますように」と書いてあった。
    「帰って来た兎男のクリスマス」


  • ◎ Silver & Gold(Asthmatic Kitty 2012)Sufjan Stevens
  • 兎男のニュー・アルバムは《Songs For Christmas》(2006)と同じく、5枚組BOXでリリースされた。第2集(Vol. 6~10)には2006年から2010年に録音された5年分のXmasソング全58曲、家族やファンのために作ったプライヴェート・アルバム(5CD EPs)が収録されている。ボックスにはCDだけではなく、ステッカー&タトゥー・シール各4種、手作りオーナメント(DIY Ornament)、特大モノクロ・ポスター、豪華ブックレット(歌詞&コード、自筆エッセイ、ライナーノーツなど全84頁)が同梱されている。キッチュで猥雑で気味悪くもあるアメコミ風のアートワーク(「クリスマス。」「フーパー」「ハーピー」という日本語もある)がハッピーで愉しいだけではない「聖夜」を暗示する。Sufjan Stevensによって再解釈・再構築されたXmasソング集‥‥そこが師走の街に溢れている凡百の狂騒的で享楽的で空疎なXmasアルバムとの大きな違いだろう。

    《Gloria》(Songs For Christmas Vol. 6)には全8曲のXmasソングが入っているが、オープニングの〈きよしこの夜〉(Silent Night)からして、ミュージカル・ソーが不気味な旋律を奏でる怪しげな雰囲気に包まれる。子供たちへのXmasプレゼントが詰まった白い袋を背負った善良そうなサンタクロースではなく、まるで幽霊やバケモノやゾンビたちが現われるB級ホラー映画の不吉な前兆のように。酒場で踊るダンスのように陽気で騒がしいカントリー&ウェスタン風の〈Lumberjack Christmas〉。ヴァイオリンやミュージカル・ソーの音色が郷愁を誘う3拍子の〈Coventry Carol〉。バンジョーやヴィブラフォンが軽快に鳴り響く5拍子の〈The Midnight Clear〉。インスト曲の〈Go Nightly Cares〉。暗鬱なバラード・ソングの〈Barcarola (You Must Be A Christmas Tree)〉‥‥オリジナルの4曲はAaron & Bryce Dessner兄弟(The National)との共作、Richard Parry(Arcade Fire)も参加している。ラストの〈Auld Lang Syne〉は〈螢の光〉の原曲である。

    《I Am Santa's Helper》(Vol. 7)は全23曲、約43分というフル・アルバム並みのヴォリュームがある。Sufjan Stevensのオリジナル・ソングが10曲も収録されていることからも、カヴァ曲中心のXmasアルバムからは突出している。8曲のインスト・ナンバーを含めて1〜2分の短い曲が続くが、5拍子のファンク・ロック〈Christmas Woman〉、Weenみたいな変態ロックの〈Happy Family Christmas〉、ノイジー・ギターが騒がしい〈Ding-A-Ling-A-Ring-A-Ling〉、アイスクリームとYo La Tengoが好きなスノーマンの歌〈Mr. Frosty Man〉(ゾンビ集団に襲われた家族をスノーマンが救けるスプラッタ・ホラー・クレイ・アニメPVも強烈!)などのオリジナル曲はロック色が濃く、インストにはエレクトロニカの趣きもある。〈Ah Holy Jesus〉はリード・オルガンやアカペラなど3ヴァージョン、Xmas定番ソングの〈Jingle Bells〉〈We Wish You A Merry Christmas〉もロックっぽいアレンジで入っている。

    《Christmas Infinity Voyage》(Vol. 8)は一転してエレクトロニック色が濃い。全9曲なのに演奏時間が46分以上もあるのは2つの長尺曲が入っているからで、エレクトロ・ポップに大胆アレンジされたノエル・レグニー&グロリア・シャイン(Noel Regney & Gloria Shayne)のXmasソング〈Do You Hear What I Hear?〉ではロボ声(オートチューン)も聴けるし、15分を超えるオリジナル曲〈The Child With The Star On His Head〉の後半はギター・インプロヴィゼーションや混沌としたエレクトロ・ドローンと化して行く。インスト・テクノの〈It Came Upon The Midnight Clear〉やヒップホップ化したプリンス殿下の〈Alphabet St.〉まで登場するのだ。Xmasの定番ソング〈Joy To The World〉の後半もエレクトロ・ポップ化!‥‥コンピュータ・ゲームっぽい効果音まで聴こえて来る。サウンド面では《The Age Of Adz》(2010)と重なる部分も少なくない。Xmasパーティで無邪気に踊りたいのなら迷うことなく、このアルバムを選ぶべきでしょう。

    《Let It Snow》(Vol. 9)は全9曲(21分)、Sufjan Stevensのオリジナルも1曲と、大判振る舞いの「Vol. 7」や「Vol. 8」に較べると少々もの足りないけれど、これがEP盤の本来あるべき姿なのかもしれない。〈サンタが街にやってくる〉(Santa Claus Is Coming To Town)〈Sleigh Ride〉〈Ave Maria〉など、Xmasの定番ソングもカヴァされているし、ミニ・アルバムとして遜色ない。唯一のオリジナル曲〈X-mas Spirit Catcher〉は彼のソロ・アルバムに入っていても違和感のない出来で、いつもの心躍るスフィアン・ワールドを愉しめる。オリジナル・ソングの少なさを埋め合わせるかのようにレコーディング・メンバー、Cat Martino(彼女は〈Ave Maria〉も歌っている)とSebastian Krueger(ドイツ人画家)の書いたオリジナル曲が2曲入っている。2009年のSufjan Stevensはニュー・アルバムのレコーディングで忙しかったのだろうか。

    《Christmas Unicorn》(Vol. 10)は全9曲中、Sufjan Stevensのオリジナル・ソングは2曲のみ。アナログ・シンセがブヒブヒと唸るカヴァ曲〈Have Yourself A Merry Little Christmas〉。「Vol. 8」にも収録されていた〈It Came Upon The Midnight Clear〉の再演。Vesper Stamper(女性イラストレータ)が参加した〈Up On The Housetop〉はヒップホップ〜ファンクにアレンジされている。しかし、このアルバムというか5枚組ボックス・セット最大のサプライズは12分を超えるタイトル・ナンバー〈Christmas Unicorn〉の後半で突然乱入して来る〈Love Will Tear Us Apart〉ではないかしら。Xmasソングの中にJoy Divisionの代表曲、それもIan Curtisの自殺と密接な関係にある曲が引用(サンプリング)されているなんて!‥‥リスナーの多くは意表を衝く最後のドンデン返しに大笑いしたんじゃないか。もちろん、悲しすぎて歌えないというロック・ファンも少なからずいるかもしれないけれど。

                        *

  • ◎ The Age Of Adz(Asthmatic Kitty 2010)
  • 全米50州シリーズはジョークだった!?‥‥5年振りのニュー・アルバムはエレクトロニカ色が濃い。馴れ親しんだ軽やかなバンジョーやヴィブラフォンの音色も殆ど聴こえないし、ギターもノイジーで歪んでいる。歌詞や演奏楽器類などの記載も一切省かれている(歌詞や楽器は気にしなくても良いというメッセージなのかもしれない)。《Michigan》(2003)や《Illinoise》(2005)という州に纏わる過去の歴史を掘り起こし、現代と対比させる重層・横断的な世界を期待したリスナーは困惑するかもしれない。〈I Want To Be Well〉は変則7〜5拍子、ラストの〈Impossible Soul〉は25分に及ぶ組曲風の大作。スフィアン流に解釈されたエレクトロ・ソウル・ミュージックという側面もある。アルバム・カヴァとブックレット(12頁)は米黒人画家ロイヤル・ロバートソン(Royal Robertson)のアートワークで彩られている。27人以上の若者たちを殺害した連続殺人魔と「僕は良く似ている」と歌った青年が特異な黒人画家と自己を合せ鏡のように重ねている。

  • ◎ All Delighted People(Asthmatic Kitty 2010)
  • デジタル配信のみだった8曲入り「EP」をアルバム化したもので、《The Age Of Adz》に先立ってリリースされた(2枚組アナログ盤のD面にはナタリー・ポートマン監督の短篇映画「Eve」のサントラ11曲が収められている)。「EP」とタイトルにあるものの、約60分というヴォリューム。Sufjan Stevensにとっての「EP」は収録曲数や演奏時間の長さではなく、オリジナル・アルバムとの違いを際立たせるための表記に過ぎないのだろう。〈Sound Of Silence〉の歌詞を引用したというタイトル・ソング〈All Delighted People〉は11分を超えるオリジナルと8分の2ヴァージョンを収録。コーラスと速弾きギター・ソロが延々と続く〈Djohariah〉は17分に及ぶ。これらの曲も含めて、生楽器を主体にしたメランコリックでアンニュイなサウンドになってる。5年振りのニュー・アルバムに向けての露払い(ミスディレクション?)的なアルバムでしょうか。

                        *

  • ◎ The BQE(Asthmatic Kitty 2009)
  • NYブルックリンのオペラハウス「BAM」(Brooklyn Academy Of Music)で毎年開催されている「Next Wave Festival」の25周年記念の企画として3日間(2007.11.1~3)上演されたヴィデオ・アート「The BQE」の音楽と映像を新たに再録音・再編集してリリースされた2枚組アルバム(CD+DVD)。「The BQE」とは、渋滞や醜い景観で悪名高い高速道路「Brooklyn-Queens Expressway」の略称。音楽はトロンボーン、クラリネット、アップライト・ベース、ギター、トランペット、ヴィオラ、チェロ、フルート、ピッコロ、バスーン、フレンチ・ホルン‥‥などのオーケストラにエレクトロ・サウンドが混じるインスト作品で、インターリュードを挿んだ組曲風の構成(全13曲)になっている。約50分の映像は3面マルチ・スクリーンに高速道路一帯の風景とフラフープを巧みに操る3人娘の姿が映し出される。回転するフラフープと走行するクルマの車輪がシンクロする。上下に黒い幕が出てしまう横長画面は家庭用のパソコンやTVモニタで鑑賞するのには不向きだが、音楽そのものは愉しめる。ヴォーカル入りの〈The Sleeping Red Wolves〉はCD未収録なのだ。

                        *
                        *




    Silver & Gold

    Silver & Gold

    • Artist: Sufjan Stevens
    • Label: Asthmatic Kitty
    • Date: 2012/11/13
    • Media: Audio CD(5CDS)
    • Songs: Silent Night / Lumberjack Christmas/No One Can Save You From Christmases Past / Coventry Carol / The Midnight Clear / Carol Of St. Benjamin The Bearded One/Go Nightly Cares / Barcarola (You Must Be A Christmas Tree) / Auld Lang Syne // Christ The Lord is Born / ...


    The Age of Adz

    The Age of Adz

    • Artist: Sufjan Stevens
    • Label: Asthmatic Kitty
    • Date: 2010/10/12
    • Media: Audio CD
    • Songs: Futile Devices / Too Much / Age Of Adz / I Walked / Now That I'm Older / Get Real Get Right / Bad Communication / Vesuvius / All for Myself / I Want To Be Well / Impossible Soul


    All Delighted People EP

    All Delighted People EP

    • Artist: Sufjan Stevens
    • Label: Asthmatic Kitty
    • Date: 2010/12/27
    • Media: Audio CD
    • Songs: All Delighted People (Original Version) / Enchanting Ghost / Heirloom / From The Mouth Of Gabriel / The Owl And The Tanager / All Delighted People (Classic Rock Version) / Arnika / Djohariah


    The BQE

    The BQE

    • Artist: Sufjan Stevens
    • Label: Asthmatic Kitty
    • Date: 2009/10/20
    • Media: Audio CD(CD+DVD)
    • Songs: Prelude On the Esplanade / Introductory Fanfare For The Hooper Heroes / Movement I: In The Countenance Of Kings / Movement II: Sleeping Invader / InterludeI: Dream Sequence In Subi Circumnavigation / Movement III: Linear Tableau With Intersecting ... Surprise / Movement IV: Traffic Shock / Movement V: Self-Organizing Emergent Patterns / Interlude II: Subi Power Waltz / Interlude III Invisible Accidents / Movement VI: Isorhythmic Night Dance With Interchanges / Movement VII (Finale): The Emperor Of Centrifuge / Postlude Critical Mass

    コメント(0)  トラックバック(0) 

    コメント 0

    トラックバック 0