SSブログ

A R C H I V E S 1 9 8 0 ー 1 9 8 7 [a r c h i v e s]



  • 火見子が膝にのせていたアフリカ人の小説、エイモス・チュチュオーラの《幽鬼の森における我が生活》を床におとして体をのりだし腕をさし伸べるとテレビの音量を高めた。それでもなお鳥は、自分の眼が見ている画面、自分の耳が聞いている音声から、とくに働きかけを受けなかった。鳥は呆然とテレビを眺めたまま待機しているだけだ。また暫くたって、火見子が、膝と片手を床について腕をさし伸べ、スイッチを切った。あざやかに燃えたつ白銀色の点が、すばやく後退し消滅する。それは純粋に抽象化された死の形だ。するどい印象をうけて鳥は、あっ、と小さく短い叫び声をあげた。いま、おれの奇怪な赤んぼうが死んだのかもしれない、とかれは感じたのだった。かれは、朝から、この夜ふけにいたるまで、ただひたすら電話連絡をまち、パンとハムと麦酒で食事をし、火見子とくりかえし性交するほかになにもしなかったし(アフリカの地図を見たり、アフリカ人の小説を読んだりすることすらしなかった。いまや、鳥のアフリカ熱は火見子に移ってしまったようで火見子は地図と小説に夢中だった)考えることといえば、かれの赤んぼうの死についてだけだった。
    大江 健三郎 『個人的な体験』


  • @ 風の音を聴け
    《幽鬼の森における我が生活》は原題の直訳で、邦訳版のタイトルは『ジャングル放浪記』(新潮社 1962)だった。大江健三郎は邦題が気に入らなかったのか、それとも火見子が読んでいたのは「原書」だったのか。Brian EnoとDavid Byrneの《My Life In The Bush Of Ghosts》(Sire 1981)はロック史上に輝く傑作と賞されるTalking Heads《Remain In Light》(1980)の元ネタ・素材集で、アフリカの呪術的なリズムや中近東の眩惑的なヴォイスなどがコラージュされている。《Bush Of Ghosts》に含まれる「灰汁」や「澱」を濾過して蒸溜したのが《Remain In Light》でしょう。B. Enoのテープ・ループはデジタル・サンプリングの手法を先取りしている。リマスター盤CD(Nonesuch 2006)は7曲追加されて音質も向上しているそうだが、オリジナル盤に入っていた〈Qu'Ran〉が別の曲に差し替えられている(朗読部分を削除?)という。27年振りに2人のコラボ新作が出ました。

    @ 夢みるニーナ
    『私を月まで連れてって!』の疑問箇所については南都上緒さんとのスリリングな検証があります。続編の『ブライトの憂鬱』(2002)は未読ですが、〈オルフェ・シリーズ〉の第4作「そして、集まる日。」(1988)を読みました。「集まる日,」(1978)から四半世紀を経て読む完結篇は、とっても切なかった。果して十束終笛は還って来たのか?‥‥結惟(ユウイ)、流離(ルリ)、真昼、朱鷺、過(ヨギ)、生夢(キム)、笙園(ショオン)たちの許ヘ。ニーナとオルフェは「奇跡の金メダル」の表と裏、光と影、喜劇と悲劇。ジェット旅客機と星間連絡船の爆発事故、ESP少年少女という設定も良く似ています。異次元空間を彷徨うオルフェ少年の描かれることのなかった長い長い物語(海外TVドラマの「タイムトンネル」みたいな?)を想うと、茫然自失しちゃいます。生夢の宿している子が、終笛なのではないでしょうか。「遙かなり夢のかなた」(1980)は異界ファンタジーの傑作ですね。

    @ ポップトーンズ 1981
    金沢市に少女マンガ家志望の姉妹がいた。本姓である「開発」の「カイ」を採って姉は「花郁」、妹は「ハツ」を採って「波津」というペンネームでデビューする。26歳の若さで急逝した花郁悠紀子は5年間という短いプロ作家活動期間に36作品を残した。デビュー作「アナスタシアのすてきなおとなり」(1976)のアナスタシアが階段を下りて来るファースト・カット(1コマ目)の立体的な構図に花郁悠紀子の才能が開花している。〈アナスタシア〉シリーズは少女アナスタシアの家の隣に引っ越して来たオルバー・ケロム氏と魔女アーシェラが巻き起こすファンタジック・コメディで、ケーキや食器、ネコちゃんたちも宙を飛ぶ浮游感が愉しい。「フェネラ」(1977)は「50年前の次元騒動」‥‥2つの世界が衝突した時の衝撃で空間が裂けて、異界の妖精人(エルフィーリ)たちが侵入して来るというSFファンタジー。人間(テレストリアル)と妖精人の混血(キクナラエ)のフェネラ、亡命科学者のアナトリィ、次元騒動に巻き込まれて異界の住人となった花嫁メイヴィスの夫エイドリアン‥‥フェネラとエイドリアンの2人は次元の接触場(ポイント)が塞がれる前に妖精界へ行く。ハルピュイア(女面鳥)のヘルマさんも登場します。

    @ ファンカデリックな子供たち
    Was(Not Was)が16年振りに復活した。それも義兄弟のDavid Wasが復帰したオリジナル・メンバーで、ニュー・アルバム《Boo!》(Rykodisc 2008)をリリース。ファンカデリックな〈Semi-Interesting Week〉、加工処理された変態ヴォイスの〈Needletooth 〉、Don WasとBob Dylanとの共作〈Mr. Alice Doesn't Live Here Anymore〉‥‥。研ぎ澄まされたナイフのような狂気や得体の知れないアナーキー感覚が後退してしまったのは残念ですが、Sweet Pea AtkinsonもHarry Bowensも大人になったということでしょうか。朝日新聞の死亡蘭(1995年3月20日)に三原順の名前が載らなかったのは、「地下鉄サリン事件」と重なったせいだろうか。メモリアル・ホームページの「三原順さんに花束を」のコーナーには、毎年多くの読者から花束が届けられる。

    @ パスカル的恋愛
    「少女マンガ」と「洋楽ロック」を同列に論じて、その関連性を指摘するという構成には始めから無理があった。異種ジャンルの衝突から生まれる異化効果を狙ったけれど、なかなか上手く行きません。「雛菊物語」(1980)のように、作中にXTC(の看板)が出て来ると簡単に繋がるのですが。掲載誌(Gals Life 4月号)の「弓子博物館」には、私服や仕事道具の他に、David Bowieの《Space Oddity》や愛読書の『8マン』も公開されていました。〈世界遺産 ナスカ展 ── 地上絵ふたたび〉(国立科学博物館 2008)に行ったら、関連資料の1つとして「アフィントンの白馬」のパネルが出口付近に飾ってあった。こんな場所に《English Settlement》のアルバム・ジャケが?‥‥と思いましたね。「白馬」の地上絵が「X・T・C」の文字に見えるところが面白いなぁ。

    @ 兎男の夏休み
    『ジョーン・Bの夏』に収録されている「ひとりと1匹の日々」(1982)は独身女性とネコの同居物語(16頁)。脚本家の南川真理子さんが仕事明けの日、缶ビールを買いにマンションのドアを開けるとネコの親子が鳴いていた。帰宅して子ネコにミルクをあげる。いつの間にか姿を消した親ネコ。マンションの軒先で拾った子ネコは「のきこ」と名付けられる。ある時、仕事で2日間留守にした。その打ち上げティーパーティの席で守護霊が見えるという女性に会う。真理子さんの膝の上に丸くなったネコが見える。黒い尻尾のネコ。前世は「おかっぱの髪の人間の女の子」だと言う。マンションの部屋の中で留守番している女の子の姿を想像する真理子さん。『綿の国星』の諏訪野チビ猫や『草迷宮』の日本人形を想わせませんか(山岸凉子の「人形」は連想しないでね)。

    @ 亡き王子のための降雨曲
    一児の母親になって「魔性」のイメージが薄れたKateBushとは対照的に、独身(?)の山岸凉子の作品は怖しい。「わたしの人形は良い人形」(1986)や「天人唐草」(1979)。たとえば「ハーピー」(1978)も傑作ホラーの1つですね。受験校に編入して来たグラマラスな美人に「異臭」を感じる主人公。授業で教師が「迦陵頻伽」(極楽鳥)とハーピー(女面鳥獣)の違いを説明する。彼女の背中に生えている蝙蝠の翼を確かめるために女子更衣室に忍び込む。全裸でシャワーを浴びていた川堀苑子は死臭を放つハーピー(Harpie)だったのか、それとも佐和春海くんの幻臭・幻覚だったのか?‥‥。作者本人が登場する「本当にあった怖い話」シリーズもギャグ風の絵柄とのギャップが可笑しい。「蓮の糸」(1993)には花郁悠紀子さんの幽霊が登場する。「どうしてうちに来てくれないのよ」と、萩尾望都が悔しがったらしい。もちろん、山岸凉子の飼い猫ケイトちゃんも大活躍するのだ。

    @ 月の時計のAlice
    R.E.M.のアルバム・タイトル「Lifes Rich Pagent」が映画『ピンク・パンサー』シリーズの中のワン・シーン‥‥ピーター・セラーズ扮するクルーゾ警部がズブ濡れになって呟く台詞、「But it's all part of life's rich pageant, you know.」に拠っていると書いたが、7月にNHK BSで放映された『暗闇でドッキリ』(A Shot in the Dark 1964)の中で、その場面を確認することが出来た。クルーゾー警部は殺人事件が発生した豪邸に着くや否や、プールに落下する。ところが、この台詞が発せられるのは暫く経った後、美人メイドのマリア・ガンブレリ嬢との会話の中でだった。日本語字幕は「これが人生というものだ」だったかな。無意味な連続殺人、ヌーディスト・クラブ、クルーゾー警部以上に常軌を逸したドレフュス署長‥‥など、ストーリはハチャメチャで、容疑者が全員○○(?)という、とんでもない結末でした。記事限定のチョコレート・スキン(ヴァレンタイン・デイ)です。

    @ 1998年のコンピュータ・ゲーム
    『日出処の天子』の王子と毛子、『星の時計のLiddell』のヒューとウラジミールの関係について復習しよう。王子は毛子との「合体」によって、より大きな力を発揮出来ると確信するけれど、毛子に拒否される。ヒューは「消滅」「幽霊」という非存在・半透明になりながらも、その目的を達成した。1つの時空(夢や世界)を創造する行為は「神」に1歩近づくことに他ならないし、王子が目指したものも「神」のような存在だった。ところが、「人間以上」のものを求めながらも挫折した王子とは対照的に、ヒューは易々と「人間以外」の存在に成ってしまう。王子は毛子を必要としたが、ヒューはウラジミールを必要としない。ただ夢みる対象としての少女リデルへの想いが、その夢世界を実現させる原動力となっているのだ。ヒューという閉じた円環の内にリデルが、外にウラジミールがいるわけで、王子と毛子のような二元的な対立がないゆえに成就されたとも言える(王子にとっての「リデル」が馬屋古女王なのだろう)。お互いに牽引する力学的な「能力」と自己回転する「精神力」の違い?‥‥その結果、2人とも毛子とウラジミールという友人を失うのだが。

    『日出処の天子』『星の時計のLiddell』『ワン・ゼロ』の3作品を人類の進化の過程に重ね合わせてみるのも面白い。『天子』(過去)→『リデル』(現在)→『ワン・ゼロ』(近未来)。王子の挫折(ホモセックス)→ ヒューの消滅(タイムトラベラー?)→ トキとマユリの融合(アンドロギュヌス / アートマン)という流れが、モノセックス(ヘテロ / ホモ)→ バイセックス(両性愛)→ アセックス(無生殖)という人類の「性進化」に対応するのだから。上の図式から、ヒューがバイセクシャル(単なるロリコン?)なのかどうか、幽霊のような存在になって時空を駆ける「新人類」への予感とは?、「王子の挫折」には歴史的事実の制約もあった !?、トキ=マユリの性別と肉体的・外見上の変化は、『ワン・ゼロ』の次に萩尾望都の『スター・レッド』(1980)を置くと?、未来の婚姻制度や種族保存のシステム‥‥など、3作品から妄想の翼を羽ばたかせるのも悪くないかもしれない。

    「打天楽」(1987)は『ワン・ゼロ』の番外編。東京に季節外れの大雪が降った日、天鳥エミーはボーイフレンドを自宅に招待する。彼女は馬鳴アキラに、翁ミノルが救いを求めている夢を見たと告げる。遅れて来たミノルは都祈雄が4日前から行方不明(音信不通)になっていると言う。エミーが見た夢はミノルではなくトキだったのだ。アイツー社の目弱光の協力でトキからのメッセージを解読する。「眠らない魚を眠らせ 我を目ざめさせよ」‥‥3人はトキを救出するために夢の世界へ入って行く。異界の地は原因不明の旱魃に見舞われていた。電話ボックス、辺境巡視の衛士トール、麒麟(一角獣)、開明獣(スフィンクス)に案内されて太王母の双夢宮へ向かう。トキは晶泉宮にある霊魔取りの金剛呪に囚われていた。世界は眠らない魚クワン(鰥)が見ている夢である。晶泉球が「クワンの目」ならば「クワンの耳」に働きかけるしかない。一行は鳥船で巫山へ飛ぶ。異界で囚われの身となった主人公を仲間が救けるストーリは〈オルフェ〉にも相通じるものがある。

    @ マージナル・ノート 1987
    澁澤龍彦の『マルジナリア』(福武書店 1983)に倣って書いてみたものの、厨房の「読書ノート」みたいになってしまった。種村季弘との対談(ビブリオテカ澁澤龍彦 月報2)の中で、「‥‥中学生が読んで電話してくるわけ。クラスのいじめっ子を魔法でやっつけるにはどうすればいいでしょうと言うんだね」と読者層の低年齢化を嘆いていたけれど。「ビブリオテカ澁澤龍彦」(白水社 1979-80)は『胡桃の中の世界』から『思考の紋章学』までの12タイトルを全6巻(2 in 1)に収録した70年代の「澁澤龍彦集成」だが、最終巻の「あとがき」で著者も言及しているように、《昭和52年以降に上梓された『洞窟の偶像』『記憶の遠近法』『幻想博物誌』『玩物草紙』の4作が収録されていない》のは残念だった。今後、追加や増補の予定はあるのでしょうか?‥‥という意見を書いて「読書カード」を送ったら後日、白水社の編集者から手書きの封書が届いた。「ビブリオテカ」と3作も重複する「新編ビブリオテカ澁澤龍彦」全10巻(1987)は納得の行く選集ではなかったなぁ。

                       *




    My Life In The Bush Of Ghosts

    My Life In The Bush Of Ghosts

    • Artist: Brian Eno / David Byrne
    • Label: Sire
    • Date: 1990/10/25
    • Media: Audio CD
    • Songs: America Is Waiting / Mea Culpa / Regiment / Help Me Somebody / Jezebel Spirit / Very, Very Hungry / Moonlight in Glory / Carrier / Secret Life / Come With Us / Mountain of Needles


    オルフェの遺言 ── 竹宮惠子SF短篇集 2

    オルフェの遺言 ── 竹宮惠子SF短篇集 2

    • 著者:竹宮 惠子
    • 出版社:中央公論社
    • 発売日:1996/09/03
    • メディア:文庫
    • 収録作品:ジルベスターの星から / 集まる日, / オルフェの遺言 / 遙かなり夢のかなた / そして、集まる日。/ 決闘2108年 / 夢狩人


    打天楽 ── ワン・ゼロ番外編

    打天楽 ── ワン・ゼロ番外編

    • 著者:佐藤 史生
    • 出版社:小学館
    • 発売日:2001/05/10
    • メディア:文庫
    • 収録作品:打天楽 / 夢喰い / ムーン・チャイルド(月の子)/ 楕円軌道ラプソディ / チェンジリング / ネペンティス

    コメント(0)  トラックバック(0) 

    コメント 0

    コメントを書く

    お名前:
    URL:
    コメント:
    画像認証:
    下の画像に表示されている文字を入力してください。

    トラックバック 0