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ターナーの彼方へ [a r t]



6月に開通したばかりの副都心線(東京メトロ)に乗って、森美術館へ行って来た。六本木WAVEが消滅してからは足が遠退いていた「陸の孤島」は再開発で街並は一変したものの、交通の便まで改善されたわけでもなく、千代田〜日比谷線と乗り継いで六本木駅まで行ったのが失敗で、乃木坂駅で途中下車して歩いた方が速かった。個人資産200億という噂の○○エモンとやらが潜んでいる「六本木ヒルズ」は好きになれませんね。そもそも地上53階に美術館を造るセンスが分からない。セキュリティは高そうですが作品の搬入出が難しそうだし(恐らく運搬用の大エレヴェータがあるのでしょう)、文字通り足に地が着かない。幾つもの検問を経て昇って行く道程も、美術館へ行くというイメージからは懸け離れている。『ワン・ゼロ』の中に出てくる「薔薇門」を連想しちゃいました。

〈英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展〉(森美術館 2008)は今年25周年を迎える英国の「ターナー賞」を回顧する現代アート展。印象派の祖とも言われるジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)の名を冠した同賞はテート・ギャラリーが中心となって1984年に創設された。英国人もしくは英国で活躍するアーティストを対象にした、「作品」ではなく「人」に与えられる賞。不況の煽りで中止となった1990年以後は対象者を50歳未満とし、審査員が4人の候補者を選んで作品展を開催。授賞式の模様がTV中継されるなど、「国民的行事」となって今日に至る。その作品も2次元の絵画から、オブジェ、スカルプチャー、写真、ヴィデオ、インスタレーション、パフォーマンス‥‥という風に変容し、プレゼンターの人選もブライアン・イーノ(1995)、アニエス・ベー(1998)、マドンナ(2001)、オノ・ヨーコ(2006)、デニス・ホッパー(2007)‥‥と多岐に渡っている。

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会場は〔1〕84ー89 ターナー賞のはじまり、〔2〕90ー99 新生ターナー賞と現代美術のひろがり、〔3〕00ー08 国際性と多様性、という3つのセクションに分かれている。入口にウィリアム・ターナーの小品──青い空なのか海なのか、白い雲なのか波なのか判然としない〈岸で砕ける波〉(1835ー40?)が飾られている。第1回授賞者マルコム・モーリー(84 Malcolm Morley)〈アメリカ人女性と文明発祥の地〉(1982)は、海辺で横たわる全裸の女性や海水浴に来た観光客たちと古代ギリシアの兜や馬や彫像を対比させた新表現主義風の絵画。ハワード・ホジキン(85 Howard Hodgkin)〈小さいけれど私のもの〉(1983-85)は黒塗りした額縁の中にカラフルな色彩(赤・青・黄緑)を、〈雨〉(1984-89)は黒と灰色の外枠の中に緑や青の原色を配した抽象画。

ギルバート&ジョージ(86 Gilbert & George)〈デス・アフター・ライフ〉(1984)は写真に着色したコラージュ大作で、縦4.8m 横11mにも及ぶ。リチャード・ディーコン(87 Richard Deacon)のオブジェ2体──巨大なイモ虫のような形状の〈私を食べて〉(1998)と、熔接したアルミニウムをボルトで留めたチューブ状の〈涙〉(1989)は気味悪くてエロティック。トニー・クラッグ(88 Tony Cragg)の〈ウェディング〉(1982)は白と緑色のプラスティック廃材(破片)を2つの容器の形に模して壁に貼り、妻と夫(クラッグ)に見立てた愛らしいコラージュ作品。〈テリス・ノヴァリス〉(1992)はスチール製の計測器の下に爬虫類や獣の足を付けて機械と動物を合体させたグロテスクなオブジェ。リチャード・ロング(89 Richard Long)の〈スイス花崗岩の環〉(1985)は細長い花崗岩をドーナツ状に床に並べたもの。

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アニッシュ・カプーア(91 Anish Kapoor)はインド生まれの非白人アーティスト。青い顔料で塗られた半球形のオブジェ〈Void No.3〉(1989)は内部が空洞になっている。グレンヴィル・デイヴィー(92 Grenville Davey)の〈ドライ・テーブル〉(1990)は食塩水を蒸発させる架空の装置を想わせる立体作品。丸い環状のスチールを曲げたり、細長いスチールを捩って壁に刺した〈シャープ〉(1992)。レイチェル・ホワイトリード(93 Rachel Whiteread)〈ハウス〉(1993)はロンドン東部の集合住宅の内部にコンクリートを吹き着けて形取りしたネガティヴ・スペース‥‥内と外を反転させたスカルプチャーの白黒写真9点(実物は取り壊された!)。アントニー・ゴムリー(94 Antony Gormley)の〈合成物 III〉(1996 )は鋳鉄、〈見ることを学んでいる〉(1991)は鉛・グラスファイバ・プラスターの人体スクラプチャー。〈浸礼〉(1991)はコンクリートの長方体に刻印された掌の窪みが内部に人体の存在を想像させる。

デミアン・ハースト(95 Damien Hirst)〈母と子、分断されて〉(1993/2007)は超ショッキングな作品。真正面から真2つに切断された牛の母子をホルマリン浸けにして4つの強化ガラス・プラスティックケースに封印したもので、美しい青ミント色のホルムアルデヒド溶液の中で2重に分断された母と子が縦に切断された人体標本のように浮かび立つ。2つに分断された母親には人1人が通れる空間があって、その内臓や骨肉、脂肪の断面を牛肉の各部位を吟味するように間近で見ることが出来るのだ。鑑賞者は動物の死や、牛や豚や鳥を屠殺して食べる「おいしい生活」、狂牛病(BSE)などに否応なく向き合うことになる。〈アポトリプトファン〉(1994)は白いカンヴァスに210個(15×14)のカラフルな水玉模様を綺麗に並べたスポット・ペインティング。

ダグラス・ゴードン(96 Douglas Gordon)〈正当化された罪人の告白〉(1995)は映画『ジキル博士とハイド氏』の変身3カットを拡大・スローモーション・ループ化して2つのスクリーンに映し出すヴィデオ・インスタレーションで、ポジとネガ、善と悪、ジキルとハイドの境界が次第に溶解して行く。ジリアン・ウェアリング(97 Gillian Wearing)のヴィデオ・アートも面白い。〈60分間の沈黙〉(1996)は警官26名(女性5名を含む)の記念写真ならぬ「記念ヴィデオ」で、動くことを禁止され静止したままの姿勢で1時間ヴィデオが回される。静止状態に耐えられず帽子を脱いだり、鼻をかんだり、俯いたり、躰が左右に揺れたり‥‥鑑賞者も床に坐ったり寝転んだりして、1時間ヴィデオを見続けなければならない(時間を見計らって戻って来れば良いのだが)。クライマックスは60分の拘束が解けて、警官たちが安堵の表情を浮かべる中で突然起こる。後列右端に立っていた若者が横を向いて雄叫びの声を上げるのだ。〈サーシャとママ〉(1996)は母と下着姿の娘の親子喧嘩を逆回転で再生したもので、現実には起こり得ない不自然な動きが逆にリアリティを生む。

ナイジェリア移民の2世、クリス・オフィリ(98 Chris Ofili)はボブ・マーリィの曲名から採った絵画〈ノー・ウーマン・ノー・クライ〉(1998)で、横向きの黒人女性の流す涙に中に1993年に殺害された黒人少年(スティーヴン・ローレンス)の顔写真をコラージュする。〈二重のキャプテン・シットの黒人スター伝説〉(1997)は70年代のスーパースターを模したキャラがステレオタイプの黒人ヒーローとして描かれる。ゾウの糞を台座に使ったり、カンヴァスに貼り付けたりするところに反骨精神が窺われる。カリブ系の英国人、スティーヴ・マックィーン(99 Steve McQueen)〈無表情〉(1997)はバスター・キートンの映画の1シーンを16mm白黒フィルムで再現したパフォーマンス。小屋の外壁が手前に倒れて来るが、その前に立つマックィーン本人は2階の開口部を潜り抜けて全く無傷というサイレント・ギャグを直立不動の「無表情」で演じる。

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ドイツ生まれの写真家ヴォルフガング・ティルマンス(00 Wolfgang Tillmans)〈ミクロからマクロへ、プライベートから公共の空間〉(1992-2000)は〈ヴィトとパオリーナ〉(1997)、〈ディア・ヒルシュ〉(1995)、〈ポール、ニューヨークにて〉(1994)、〈サークル・ライン〉(2000)、〈母乳の噴射〉(1992)、〈視界の際で〉(1997)、〈君を忘れたくない〉(2000)、〈地下鉄の座席〉(1995)、〈ヴィクトリア・ライン〉〈セントラル・ライン〉〈ピカデリー・ライン〉(2000)、〈暖房器の上の靴下〉〈夜の遊泳者〉(1998)、〈鋪装されたばかりのターマック〉(1996)、〈ウィンドーボックス〉(2000)‥‥大小15点のスナップ風写真を壁に貼り付けたインスタレーション。マーティン・クリード(01 Matin Creed)〈作品227:ライトが点たり消えたり〉(2000)は天井の照明が5秒ごとに点灯と消灯を繰り返す。

キース・タイソン(02 Keith Tyson)の〈考える人(ロダンに倣って)〉(2001)はオベリクスのようなブラック・ボックスの中に3万3千年考え続けるコンピュータが入っているという。〈2001年1月1日 ─ 可能性〉(2000)、〈考える人(ロダンに倣って)─ 技術面 / メモ〉〈2月24日:苦痛の分析〉〈目に見える宇宙に近いどこか〉(2001)、〈トリビュート〉〈オリガミの神様〉(2007)、〈あなたの映画のような空想における今夜の上映〉(2002)、〈本質的自分自身をねらえ〉(2004)、〈2005 ─ 欲望の慣性を奮い起こす(ジェノ・フェルノ)〉(2005)‥‥「アトリエ壁画シリーズ」の9点は日記、メモ、スケッチなどがポスター風(157×126cm)に手描きされている。

グレイソン・ペリー(03 Grayson Perry)は女装の陶芸家。アンティーク風の壷を立体的なカンヴァスにして戦争や暴力、虐待など現代社会問題を描く〈私自身の諸相〉〈敏感な子供の苦境〉(2003)、〈ゴールデン・ゴースト〉(2001)、〈私たちはあなたの子供の死体を発見しました〉(2006)。機関銃を持った女性クララに仮装した〈全ての戦いの母としてのクララ〉(1999)や「NO MORE ART」というプラカードを掲げた〈テート・ギャラリーの前に立つクララ〉(1997)は男性版シンディ・シャーマンという感じ。ジェレミー・デラー(04 Jeremy Deller)の〈記憶のバケツ〉(2003)はテキサス州の2つの町で撮ったドキュメンタリー風のヴィデオ作品。〈世界の歴史〉(1997-2004)は壁に描かれたUK音楽シーンの系統図で、「ACID JAZZ」と「BRASS BAND」を中心にKraftwerkや808 State、Throbbing Gristleなどの名前が散在している。

サイモン・スターリング(05 Simon Starling)〈1トン II〉(2005)は南アフリカのプラチナ採掘場を撮った5枚1組のプラチナ製の写真で、タイトルが鉱石の重さを表わしているという。〈5人乗りのペダーセン(プロトタイプ No.1)〉(2003)はデンマーク人のベダーセンに因んだ5人乗りの自転車。ドイツ生まれのトマ・アブツ(06 Tomma Abts)は灰色地に青いジグザグ模様の〈メント〉(2002)や、黒地に赤と青の円模様が交差する〈ニューメ〉(2004)など‥‥48×38cmの小さなカンヴァスに直線と曲線の幾何学的な抽象画を描く。マーク・ウォリンジャー(07 Mark Wallinger)〈スリーパー〉(2004ー05)はベルリン新国立美術館のガラス張りの1階ギャラリー内をクマの着ぐるみ姿のM・ウォリンジャーが彷徨するパフォーマンスを撮った映像作品。夜間に1人(1頭?)で歩き回り、床に坐ったり、寝転がったり、物陰に隠れたり、階段を降りたり、通りがかりの通行人たちとガラス越しに対面したり‥‥ターナーが生きていたら卒倒するかもしれません。

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一番凄かったのは『英国美術の現在史──ターナー賞の歩み』(淡交社 2008)に掲載されていた「マネキン少女」かな?‥‥2003年ターナー賞の候補になったジェイク&ディノス・チャップマン(Jake & Dinos Chapman)〈接合された加速体、生物発生的で、昇華されず本能的なモデル(1000倍に拡大)〉(1995)は、黒いスニーカーを履いた裸のマネキン少女たち10数体を合体させたシュルレアリスティックな立体作品で、何人かの少女たちはダッチワイフのように口を丸く開けて、ピノキオのように「男性器の鼻」(近藤健一)を生やしている。ベルナール・フォーコンの「マヌカン少年」やハンス・ベルメールの「関節人形」、スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』を思い出しちゃいました。

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英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展

A RETROSPECTIVE OF THE TURNER PRIZE

  • Artists: Malcolm Morley / Howard Hodgkin / Gilbert & George / Richard Deacon / Tony Cragg / Richard Long / Anish Kapoor / Grenville Davey / Rachel Whiteread / Antony Gormley / Damien Hirst / Douglas Gordon / Gillian Wearing / Chris Ofili / Steve McQueen / Wolfgang Tillmans / Martin Creed / Keith Tyson / Grayson Perry / Jeremy Deller / Simon Starling / Tomma Abts / Mark Wallinger
  • Place: Mori Art Museum
  • Period: 2008/04/25 - 07/13


英国美術の現在史―ターナー賞の歩み

英国美術の現在史 ── ターナー賞の歩み

  • 著者:近藤 健一 / リジー・ケアリー=トマス / キャサリン・スタウト / トム・モートン
  • 出版社:淡交社
  • 発売日:2008/05/12
  • メディア:大型本


美術手帖(2008年 4月号)

美術手帖(2008年 4月号)

  • 特集:現代アート事典
  • 出版社:美術出版社
  • 発売日:2008/03/17
  • メディア:雑誌

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