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そして天気予報士は‥‥ [m u s i c]



  • (それに、クールというのは、どう考えてもお前が書いたようなものじゃない──ジョニーがしゃべっている。よく聞くんだ!)/「ぼくの書いたようなものじゃないって、どういうことだい? たしかに、何もかも変化して行く、だが6ヵ月前にきみは‥‥」/「6ヵ月前ね」ジ ョニーはそう言いながら欄干から降りると、肘をついて両手の上に顎を乗せる。「シックス ・マンスス・アゴー。ここに若い連中がいれば、今からでも演奏するんだがなあ‥‥。ところで、サックスとセックスについて書いたところがあるだろう、あそこは言葉遊びもしゃれているし、気がきいてて面白いよ。シックス・マンスス・アゴー、シックス・サックス・セックス。本当にすてきだよ、ブルーノ。大したものだよ、お前は」
    フリオ・コルタサル 「追い求める男」


  • ロック・グループの「エックス」と言っても、ブレット・イーストン・エリスの『レス・ザン・ゼロ』(中央公論社 1988)の中で、LAのカルト・ヒーローとして描かれているアメリカのXではないし、まして日本のXなんとかでもない。オランダの「ジ・エックス」(The Ex)のことである。彼らはパンク〜ニューウェイヴ勃興期の1979年から活動を続けているパンク / エクスペリメンタル・バンドで、デビューから30年近くにも及び、その真摯な姿勢、ストイックな音楽スタイルを貫き通している。Sharon Topper嬢(God Is My Co-Pilot)の大フェイヴァリット・アルバムでもあるTom Coraとの共演盤《Scrabbling At The Lock》(Rec Rec 1991)に載っていた「ディスコグラフィ」に拠ると、The Exの単独アルバムは、この時点で既に10枚を数えていた(The Exのオフィシャル・サイトには22枚のCDアルバムが掲載されている)。

    デビュー・アルバム《Disturbing Domestic Peace》(Ex 1980)や、2nd《History Is What's Happening》(1982)を聴くことで、初期The Exのパンク・ロックに触れられるし、2枚組の近作《Turn》(Touch & Go 2004)に至っても(この30年間の世界情勢の激変にも拘らず)、全く変わることのない姿勢を貫いていることに驚かされるだろう。しかし、The Exの「反骨精神」を踏み台にして「パンク論」を語ろうとは思わない。むしろ本稿の主旨は、バカ真面目、武骨、反骨、頑固もの‥‥といったThe Exに付き纏うネガティヴな形容、「融通の効かない堅物」「洒落の通じない強面」というイメージを払拭することにある。彼らの卓抜したユーモア感覚は音楽だけでなく、ヴィジュアル面やアルバム(ジャケット / スリーヴ / CDなど)に隠されていることが少なくない。

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    《Aural Guerrilla》(Ex 1988)のジャケット / スリーヴには大口を開けたゴリラ君のクローズアップ写真がコラージュされている。不思議に思って眺めているうちに、左側に縦書きされた「AURAL GUERRILLA」のタイトル文字が「ORAL GORILLA」に見えて来た。マルセル・デュシャンの〈Fresh Widow〉(成り立ての未亡人)──その作品のイメージからタイトルを〈French Window〉(フランス式窓)と読んでしまう!──のような、鑑賞者の視覚的先入観が誤読を誘うダダ的な駄洒落だったのだ。英語を母国語とするネイティヴ・スピーカーなら、即座にゴリラ君のように口をOの形に広げて大笑いしたことだろう。この種のユーモア・センスの持ち主でないと、The Exは単なるクソ真面目で近寄り難い、硬直した石頭の連中に映ってしまう。シャレの通じない武骨な人間は「お前」の方ではないかというゴリラの咆哮が聞こえて来ないだろうか?

    資本主義世界、新自由主義経済社会に対峙するThe Exの主張は、たとえば「無駄な金は使うな!」という単純な消費行動に還元される。彼らはメジャー・レーベルのレコードやCDに必ず表示されている違法コピーやレンタルなどを禁じる警告文を排し、逆に「home-taping still saves money!」と記載することでリスナーのコピー(ダビング)を奨励さえしているのだ(そのまま切り取って使えるオリジナル・カセット・ラベル付き!)。こうした破格なことが出来るのも、どこのヒモ付きでもない完全の独立したインディーズならではの所産だが、過去の録音物を自分たちの手で管理しているからこそ可能なことである。かつて一世風靡したインディ・レーベルの倒産〜ゴタゴタによって旧所属ミュージシャンたちの著作権が複雑化してしまうことが少なくない中で、真のインデペンデントの理想的な姿を体現している。「AURAL GUERRILLA」とはThe Exの音楽そのものを指すだけでなく、商品としてのCD、それが流通するシステム、巨大な資本主義マーケットに対するゲリラでもあるらしい。

    The Exの根柢には初期衝動としてのパンクがあるが、変拍子やインプロヴィゼーションなど既成のパンク・スタイルから逸脱する部分が少なからずある。Gang Of 4を想わせるTerrieのハードエッジなノイジー・ギター、G. W. Sokのアグレッシヴなヴォイス‥‥。エクスペリメンタル風イントロの〈Carcass〉、変則5拍子の〈Welcome To The Asylum〉、怒濤のファンク・ナンバー〈Meanwhile At McDonna's〉。ストイックなギター・サウンドに最少限の修飾音(トランペット、ハーモニカ、ホイッスル、パーカッション)が効果的に配されている。〈2.2〉や〈Evolution (?)〉では、Katrin嬢のヴォイスがモノクロームの表現主義絵画に花を添える。The Exのドラマーが女性だということは強調しておいた方が良いかもしれない。

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    Tom Coraとの共闘盤第2作《And The Weathermen Shrug Their Shoulders》(Rec Rec 1993)には「1993年アルバム・デザイン大賞」を授けたい。戦艦の「大砲」をクローズアップしたロシア・アヴァンギャルド風のジャケット、「広告記事」のコラージュと、それを模した曲名・歌詞から成るインナー・スリーヴ(20頁)、裏ジャケや透明CDトレイ下にあるメンバーたちのレコーディング風景‥‥しかし、何と言っても目を瞠るのは「天気図」をプリントしたCD盤、『そして天気予報士たちは肩を竦める』というアルバム・タイトルをモジった「ヨーロッパの天気図」である。しかもタイトルの原因・理由が一種の騙し絵(トロンプ・ルイユ)のように天気図の中に隠されている。黒いシルエットの「雨雲」を仔細に見て行くと、旧チェコ上空辺りに居坐っているのが「黒雲」にカムフラージュした「戦車」のシルエットであること、そこから黄色い稲妻と雨が旧ユーゴ方面(気温は摂氏0°!)へ降り注がれていることに気づく(スペイン上空には未確認飛行物体が?)。この「天気図」の先は読めない。天気予報士たちが途方に暮れるのも、もっともな話である。

    The ExとTom Cora、パンク / エクスペリメンタル・バンドとアヴァン・チェロ奏者のコラボレートは奇異に映るかもしれないが、ジグザグ模様やササクレ立った直線の描かれたカンヴァスにパウル・クレーの描線を想わせる優雅な曲線が加わる。迸る激情をメロディカルなチェロが優しく包む。9拍子のトラディショナル〈Dere Geliyor〉。後にSteve Albini録音のアルバムを米インディーズ(Touch & Go)からリリースすることを思えば笑みさえ浮かぶ〈The Big Black〉。TV、ラジオ、レコード・プレイヤー、ヴィデオ、トロンボーン、シンセサイザー、ドラム・キット、切手のコレクションなど‥‥所有するものを早口言葉風に連呼して行く〈Everything & Me〉。吃音ヴォイスの〈New Clear Daze〉、紅一点のKatrinが歌うユーモラスな〈Stupid Competition〉、〈Okinawa Mon Amour〉というタイトルの琉球歌謡風ワールド・ミュージックもある。

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    《Mudbird Shivers》(1995)の場合も《And Weathermen ...》の「予報士」と「大砲」と「天気図」の三角関係と同様に、「タイトル」と「スリーヴ」と「プリント」(CD盤)が美しいトライアングルを作り出す。Ed van der Elskenの写真を使用した判じ物のような「スリーヴ」‥‥アルバム・タイトル《Mudbird ...》が泥塗れの2人の少年の隠喩として機能する。「バード」(鳥)という言葉から、『個人的な体験』の主人公の綽名やフリオ・コルタサルの中編「追い求める男」のモデルとなったジャズマンのニックネームを思い出す人もいるかもしれない。しかし、「タイトル」と「スリーヴ」の関係を単なるメタファとして納得した人たちはCDケースを開けた瞬間に息を呑む。なぜなら「泥バード」=「泥んこ少年」という安易な連想をピクチャーCDが裏切るのだから。

    美しい野生のカワセミ!──もし「スリーヴ」が湾岸戦争時の重油に塗れた鳥のごときものだったら、アイロニカルな意味合いを生じるのみに留まっていただろう。ところが少年たちの写真を使うことで作為的にメタファ化し、泥に塗れた汚れたイメージそのものを美しい野鳥の存在が否定する。美しいカワセミが泥に塗れて震えている野鳥を想像させるのだ。「プリント」と「スリーヴ」を観照することで、鳥と少年がメタファではなく一対の生きものとしてイコールで結ばれる。地球環境的な見地から眺めれば野生動物も人間も1つの運命共同体に過ぎない。少年たちは魚を捕獲し、カワセミは長い嘴に獲物を銜える。泥んこの少年が美しい野鳥へ変身して大空へ飛び立つ。政治・経済的なメッセージと思えたものがグローバルなエコロジー体系へと変容して行く。The Exの「魔術的レアリスム」を垣間見たような不思議なアートワークである。

    Tom Coraとの共演盤2作を挟んで、The Exの単独アルバムとしては2枚組の《Joggers & Smoggers》(1989)以来6年振りにリリースされた《Mudbird Shivers》には大きな変化があった。先の2作にも参加していたAndy Moor(Dog Faced Hermans)の正式加入である。これによって左右ツイン・ギターのバトル、2重螺旋のように絡み着くリフ、撒き散らされるノイズの質・量など、ギター・サウンドが飛躍的に拡大強化された。ツイン・ギターが有機的に絡み合って爆発する〈Thunderstruck Blues〉、まるで爆撃機の大空襲のような〈Embarrassment〉、1930年代トラッド・フォークの〈House Carpenter〉、2本のスライド・ギターがトグロを巻く〈Newsense〉、解体と再構築を繰り返す〈Audible Bacillus〉。〈Ret Roper〉と〈Former Reporter〉の2曲は静から動へ移行する前・後編の連作みたいだ。

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    Aural Guerrilla

    Aural Guerrilla

    • Artist: The Ex
    • Label: Homestead
    • Date: 1994/09/27
    • Media: Audio CD
    • Songs: Headache by Numbers / Fashionation / 2.2 / Carcass / Welcome to the Asylum / Meanwhile at McDonna's / Shooting-Party / Evolution (?) / Motorbike in Afrika / Godgloeindeteringklootzak


    Joggers & Smoggers

    Joggers & Smoggers

    • Artist: The Ex
    • Label: Ex
    • Date: 2011/03/28
    • Meddia: Audio CD(2CD)
    • Songs: Humm (The Fullhouse Mumble) / At The Gate / Pigs + Scales / Coughing / Morning Star / Wall Has Ears / Invitation To The Dance / Tightly / Stretched / Ask The Prisoner / To Be Clear / Gentlemen / Make That Call / The Buzzword Medley / Shopping Street / Crackle ...


    Scrabbling At The Lock

    Scrabbling At The Lock

    • Artist: The Ex
    • Label: Ex
    • Date: 1991/08/26
    • Media: Audio CD
    • Songs: State Of Shock / Hidegen Fújnak A Szelek / King Commie / Crusoe / The Flute's Tale / A Door / Propadada / Batium / Total Preparation / 1993 / Fire And Ice / Sukaina


    And The Weathermen Shrug Their Shoulders

    And The Weathermen Shrug Their Shoulders

    • Artist: The Ex + Tom Cora
    • Label: Ex
    • Date: 1993/11/11
    • Media: Audio CD
    • Songs: Dere Geliyor Dere / The Big Black / What's the Story / Lamp Lady / One-Liner from China / Everything and Me / New Clear Daze / Oh Puckerlips Now / Empty V / Okinawa Mon Amour / Dear House / Conviction Going Gaga / Stupid Competitions / Hickwall / War O.D.


    Mudbird Shivers

    Mudbird Shivers

    • Artist: The Ex
    • Label: Ex
    • Date: 1996/03/12
    • Media: Audio CD
    • Songs: Thunderstruck Blues / Only If You Want 3 / Ret Roper / Embarrassment / House Carpenter / Newsense / Former Reporter / Shore Thing / Things Most People Think / Audible Bacillus / Hunt Hat

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