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表参道のCAT ART [a r t]



  • 人間がまだ進化の点で我々より数万年(願わくば数億年でないように祈っておりますが)遅れている実例は、枚挙にいとまがありません。たとえば強い光を急激に人間の顔に照らしますと、顔をしかめたり、あわてて手で顔を覆ったりの反応が典型的な人間の反応で、最後にはサングラスなるものを探しだす始末ですが、我々は平然としていることができます。我々の極度に発達した目の彩孔は反射的に細まり、なんらパニックに至ることがありません。また我々は昼寝をしているときでも、後ろから何か物音がすると、我々の耳はレーダーのように後ろに反射的に回転して、その音源をモニターすることができます。しかし人間の耳は残念ながらしっかりと頭の側面に付着していて、首をまわさなければ音源をたどることができないばかりか、その固定耳のゆえに、後ろからくる僅かな音に気づくことさえないのです。水を飲むというごく簡単な作業も人間にとっては非常に厄介で複雑な仕事となるようです。まずコップを探し、それに飲み物を入れ、それを手で持ち上げて口まで運ぶという原始的な操作を未だに行なわなければなりません。どうして我々のように舌をカップの形に変えて、そのまますぐに飲むといったことができないのでしょうか。
    ウィスカー・キティーフィールド「人間と猫の相互理解と文化交流について」


  • 「CAT ART展~シュー・ヤマモトの世界~」が表参道ヒルズ内のギャラリー コーワで開催されていた(1/24~30)。ヒルズ内といっても表参道に面した1階にあるギャラリーなので、「ネコ名画」に惹かれて、たまたま立ち寄ったというネコ好きの人も少なくないかもしれない。狭い画廊に版画や原画など、20点の「CAT ART」が展示されている。ヨハネス・フェルネーコ〈真珠のイヤリングをした少女猫〉〈手紙を書く猫と召使いのワンコロ〉、ドミニック・ニャンデル〈ジュピターとテティス〉〈グランド・オダリスク〉、エドガー・ドラ〈スター(舞台の踊り子)〉、アンリ・ニャソー〈夢〉、三毛ランジェロ〈ニャダムの創造〉、ピエール・オーギュスト・ネコアール〈ピアノを弾く猫たち〉、ヤン・ニャン・エイク〈アノルフィニ猫夫妻の結婚〉、シロード・ミャネ〈着物を着たミャネ婦猫〉‥‥全12点のキャンバスレプリカ(版画)を展示・販売しているが、フェルネーコの2点は額装が異なる同一作品だった。

    猫浮世絵師・歌川猫重の「猫街道三拾三次」シリーズから原画が3点出品されていた。〈四日市〉は強風に飛ばされた笠を追う旅ネコと合羽の裾を翻す旅ネコ、〈掛川〉は塩井川の架かる橋の上でスレ違う2組の旅ネコ(江戸から来た高僧と小僧ネコ、江戸へ行く子連れ夫婦ネコ)、〈関 本陣早立〉は大名行列の出発準備をしているネコたちの様子がコミカルに描かれている。「四日市」をWindy Cityと呼ばれるシカゴ市をになぞらえるなど、作者による自作解説も面白い。ドミニック・ニャングル〈モーテシアの婦猫〉とパブロ・ピキャット〈泣く猫〉の2点は小さな原画。「日本猫 昔ばなし」シリーズ〈もにゃ太郎〉〈つるのにゃん返し〉〈かぐにゃ猫〉の3作品は12頁の「絵本」でを手漉き和紙にデジタルプリント(6頁1組)されている。猫パロディ版の「日本昔話」は登場人物をネコに替えただけでなく、時代設定も大型TVなどの家電製品のある現代に変えて痛烈に風刺する(公式サイトで「うにゃしま太郎」が読めます)。

    「CAT ART展」の白眉は3点の原画が展示されていたこと。表通りから見えるショー・ウィンドウにドミニック・ニャンデル〈グランド・オダリスク〉、ヤン・ニャン・エイク〈アノルフィニ猫夫妻の結婚〉、シロード・ミャネ〈着物を着たミャネ婦猫〉が飾られている。大きなカンヴァスにアクリルで描かれた原画は画集の図版や版画に較べると迫力満点(〈グランド・オダリスク〉と〈着物を着たミャネ婦猫〉は920×610cm、〈アノルフィニ猫夫妻の結婚〉は765×610cm)。作者が約5年間もの歳月を費やして124点の「CAT ART」を描いたことに圧倒される。どこかの美術館で「CAT ART 原画展~シュー・ヤマモトの世界~」を大々的に開催しないかしら?‥‥ギャラリー内では「ジグソー・パズル」(2542ピース)や「クリアフォルダー」(4種・A4判)、「ポスターカレンダー」(ヨハネス・フェルネーコの6作品を表裏に3点ずつレイアウトしたB2判)、「卓上カレンダー」など、「CAT ART」関連グッズも販売していた。

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    『キャット・アート ── 名画に描かれた猫』(求龍堂 2012)は名画の中に描かれた猫ではなく、絵画の中の人物をネコに変えた「猫パロディ画集」。古代 ─ 中世 ─ 東洋、ニャネッサンス、バロック、新古典主義〈ニャオクラシック〉、ロマン主義、写実主義、印象主義〈印象派〉、20世紀美術‥‥〈ニャスコー壁画〉(紀元前18000)からルネ・マグニャットの〈猫の子〉(1964)まで、古今東西のネコ名画、全124点を収録している。外国猫のはずなのに「和風」というか、どこか親しげで庶民的なネコたち。猫美術評論家・ウィスカー・キティーフィールドの巻頭エッセイ「人間と猫の相互理解と文化交流について」や作品解説も愉しい。「日の目を見るかもお金になるかもわからない猫プロジェクトに時間と労力を費やした」シュー・ヤマモト氏に脱帽する。表紙カヴァになっているヨハネス・フェルネーコの〈真珠のイヤリングをした少女猫〉(1665)はフェルメールの原画や武井咲が扮したコスプレ写真の〈真珠の耳飾の少女〉よりも可愛いにゃん。

    サンドロ・ニャッティチェリの〈猫ビーナス誕生〉、レオナルド・ニャビンチの〈モニャリザ〉、ユハネス・フェルネーコの〈牛乳を注ぐメス猫〉、ジャン=フランソワ・ファミーの〈またたび拾い〉‥‥など、子猫でも知っている超有名絵画の猫パロディも愉しいけれど、表現の枠が爆発的に広がった19世紀末から20世紀にかけてのネコ絵画が面白い。ヴィンセント・ヴァン・ニャッホ〈耳に包帯をした自画像〉、エドワード・ニャンク〈叫び〉、グスタフ・クニャムト〈キス〉、アンリ・ニャソー〈夢〉‥‥。ジョルジュ・デ・ネココ〈吟遊詩猫〉、ネコバドール・ダリダッケ〈燃える犬〉、パブロ・ピキャット〈泣く猫〉、フリーダ・ニャーロ〈いばらの首輪〉、ルネ・マグニャット〈ピレニャーの城〉‥‥などのシュルレアリスム絵画は自由気儘なネコと相性が良い(ピキャットは5点、マグニャットは4点収録されている)。ピエット・ニャンドリアン〈赤黄青のコンポジション〉やジャクソン・ポニャック〈NO.9〉などの抽象絵画で泣けるのも不思議。ラファエル前派やロシア・アヴァンギャルドなど抜け落ちているネコ画家たちもいるので、今後の新作に期待大である。

    巻末エッセイ「ユーモアと猫と美術と私」の中でシュー・ヤマモト氏は派遣学生として初めて訪れたアメリカで体験したエピソード‥‥ユタ大学の総長が広大なキャンパスを案内した時に完成間近の巨大なドーム型体育館を指差して「ジーナ・ロロブリジータ記念体育館という名が適切であると思う」と言ったジョークを紹介する。「ユーモアを忘れないアメリカ人の陽気さを思い知らされた」著者は楽天的な考え方に感化されて行ったという。中学生の息子さん(三男)が学校で描いて来たゴッホの自画像をネコに仕立てた絵が「CAT ART」プロジェクトの端緒となったこと。リアリスティックな絵を描きたかったのに大学でも職場でも叶わなかったこと。イラストレーション・ボード(25×38cm)に描いた120枚の絵をカンヴァスに描き直したこと。完成した「CAT ART」を出版すべく直接、日本の出版社へのコンタクトを試みたこと。巻末に原画の写真を載せたかったが「参照画作品リスト」に留まったこと‥‥などが語られている。拙記事の〈キャット・アート〉はネット上でオリジナル絵画を参照しながら「猫ヴァージョン」を愉しめるように作ったものです。

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    『CAT ART POST CARD CALENDAR 2013』(アップルファーム 2012)は卓上ミニ・カレンダー(16×16.2cm)。〈真珠のイヤリングをした少女猫〉ヨハネス・フェルネーコ、〈着物を着たミャネ婦猫〉シロード・ミャネ、〈ニャレーンの肖像〉P・オーギュスト・ネコアール、〈ネコピエロ〉ジャン・アントワール・ニャトー、〈スター(舞台の踊り子)〉エドガー・ドラ、〈泉〉ドミニック・ニャングル、〈アノルフィニ猫夫妻の結婚〉ヤン・ニャン・エイク、〈パラソルを持ったメス猫〉シロード・ミャネ、〈いばらの首輪〉フリーダ・ニャーロ、〈耳に包帯をした自画像〉ヴィンセント・ヴァン・ニャッホ、〈手紙を書く猫と召使いのワンコロ〉ヨハネス・フェルネーコ、〈水あび〉メアリー・カキャット、〈キス〉グスタフ・クニャムトの13枚。『CAT ART CALENDAR 2013』(求龍堂 2012)との重複はクニャムト1点のみ。卓上用にしては大きすぎるし、ポストカードとしても使えるというのなら切り取り線(切れ目)があっても良かった。画集『CAT ART』から猫画24枚+新作2枚を厳選したポストカード集『CAT ART POST CARD BOOK』(2012)も出ています。

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    CAT ART展 ~シュー・ヤマモトの世界~

    CAT ART展 ~シュー・ヤマモトの世界~

    • アーティスト:シュー・ヤマモト(Shu Yamamoto)
    • 会場:表参道ヒルズ内 ギャラリー コーワ
    • 会期:2013/01/24-30
    • メディア:絵画・版画
    • 展示作品:グランド・オダリスク / アノルフィニ猫夫妻の結婚 / 着物を着たミャネ婦猫 / モーテシアの婦猫 / 泣く猫 / 真珠のイヤリングをした少女猫 / 手紙を書く猫と召使いのワンコロ / ジュピターとテティス / グランド・オダリスク / スター(舞台の踊り子)/ 夢 / ニャダムの創造 / ピアノを弾く猫たち/ 猫街道三拾三次(四日市 / 掛川 / 関)/ 日本猫 昔ばなし(もにゃ太郎 / つるのにゃん返し / かぐにゃ猫)


    CAT ART ── 名画に描かれた猫

    CAT ART ── 名画に描かれた猫

    • 著者:シュー・ヤマモト(Shu Yamamoto)
    • 出版社:求龍堂
    • 発売日:2012/04/30
    • メディア:単行本
    • 目次:ウィスカー・キティーフィールドの横顔 / 人間と猫の相互理解と文化交流について / 古代─中世─東洋 / ニャネッサンス / バロック / 新古典主義〈ニャオクラシック〉/ ロマン主義 / 写実主義 / 印象主義〈印象派〉/ 20世紀美術 / 猫好きと美術好きと(山下裕二)/ 参照画作品リスト/ ユーモアと猫と美術と私(シュー・ヤマモト)


    CAT ART POST CARD BOOK ── 名画に描かれた猫

    CAT ART POST CARD BOOK ── 名画に描かれた猫

    • 著者:シュー・ヤマモト(Shu Yamamoto)
    • 出版社:求龍堂
    • 発売日:2012/06
    • メディア:文庫
    • 収録作品:坂田怪猫丸 / 猫ビーナス誕生 / モニャリザ / ラス・メニャーナス─宮遣い猫 / 真珠のイヤリングをした少女猫 / レースを編む猫 / 読書 / アルプスを渡るニャポレオン / グランド・オダリスク / 草上の猫餌 / 着物を着たミャネ婦猫 / フォリー=ニャンジェールの酒場 / ラ・グランドジャテ島の寝てよう日 / 耳に包帯をした自画像 / アンバサダー / ピ...アノを弾く猫たち / 叫び / LAIT PUR / ニュードを見る人々 / MEOWET & CHANDON / キス / 赤黄青のコンポジション / 夢 / 反射する球を持つ手 / 帰還 / NO.9


    CAT ART POST CARD CALENDAR 2013

    CAT ART POST CARD CALENDAR 2013

    • 著者:シュー・ヤマモト(Shu Yamamoto)
    • 出版社:アップルファーム
    • 発売日:2012/08/25
    • メディア:カレンダー
    • 収録作品:真珠のイヤリングをした少女猫 / 着物を着たミャネ婦猫 / ニャレーンの肖像 / ネコピエロ / スター(舞台の踊り子) / 泉 / アノルフィニ猫夫妻の結婚 / パラソルを持ったメス猫 / いばらの首輪 / 耳に包帯をした自画像 / 手紙を書く猫と召使いのワンコロ / 水あび / キス

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    コメント 2

    ぶーけ

    今日の猫さんも美猫ですね。
    猫の騎士、それも修道僧にして騎士って感じです。
    って、女の子だったらどうしましょう。^^;
    by ぶーけ (2013-02-09 17:38) 

    sknys

    ぶーけさん、コメントありがとう。
    性別は不明ですが、「騎士」にしては怖がり屋さんです^^
    手ブレしないようにカメラを固定して撮りました(1/10秒)。
    by sknys (2013-02-09 21:07) 

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