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鹿蹄物語 [m u s i c]



  • 昔々、あるところに1人の牛乳配達夫がいました。毎朝、近くの牧場から搾りたての新鮮なミルクを村人に届ける青年は気立ても良く、村民たちに慕われていました。ある日、青年は美しく成長した娘に恋をします(お転婆少女だとばかり思っていたのに、いつの間に見違えるような容姿になったのだろう?)。青年と村娘は仲睦まじく、逢瀬を重ね互いに愛を育みます。ところが、ある昼下がりのこと、湖畔でのデート中に2人の乗ったボートが突然吹き荒れた強風に煽られて転覆!‥‥何という運命の悪戯でしょうか、激しい雷雨に遭って娘の方だけが溺れ死んでしまいます。女性の遺体が湖で発見されたのは夜半すぎのことでした。やっとのことで湖岸へ辿り着いた青年は最愛の恋人の命を救えなかった自分自身を強く責め、慚愧の念に耐え切れず、1週間後の満月の夜に入水自殺してしまいます。それからというもの、毎年恋人の命日の夜に湖面が乳白色に濁り、湖から現われた怪人「ミルク・マン」が村の生娘を誘拐して湖の中に引き摺り込み、溺死させるという猟奇的な怪事件が起こるようになったと言い伝えられています。

    「愛と哀しみのミルク・マン伝説」‥‥今年の夏も未流久湖に若い女性の溺死体が上がるのか?‥‥という三面記事に興味を持ったルポ・ライターの鹿爪サトミは単身、「ミルク・マンの村」へ向かった。その湖は鬱蒼とした森の中で濃霧に霞み、蜃気楼のように目の前に広がっている。水死した娘の命日は数時間後に迫っている。鹿爪サトミの行動は大胆極まりなかった。自らボートを漕いで「ミルク・マン」の棲む湖に乗り出す。「ミルク・マン」が村娘を襲う前に、こちらから進んで生け贄(人身御供)になろうというのだ。一見無謀な作戦だが、全く勝算がないわけではない。中・高校時代は水泳部だったので泳ぎには自信があるし、秘密の武器も用意してある。満月の夜、湖上へボートを漕ぎ出したサトミは独り想う。何て静かな夜なんだろう。「ミルク・マン」なんていう現実離れした荒唐無稽なバケモノが本当に実在して、私の目の前に現われるのかしら?‥‥と考えている間にウトウトと眠ってしまったらしい。周囲を見回すと湖面から眩いばかりの月明かりは消え去り、夜空はドス黒い不吉な雨雲で覆われていた。〔続きを読む〕

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    ◎ Milk Man(Kill Rock Stars / 5 Rue Christine 2004)
    米サンフランシスコの4人組、Deerhoofの奇妙な音楽を一言で言い表わすのは難しい。紅一点の日本人女性サトミ嬢の舌足らずな英語ヴォイス(一部日本語を含む)は決して上手いとも個性的だとも思わないが、一歩先が読めない曲展開・構成、人を喰ったようなギターの音色や変態的フレーズは、同郷のTFUL282にも通じる実験精神に溢れている。パンクともオルタナとも、ポスト・ロックとも音響派とも呼ぶのを躊躇ってしまうような眩いアヴァン・ポップ。歌詞やカヴァ&スリーヴもサウンドに劣らずブッ飛んでいて、怪人ミルクマン(牛乳配達夫?)が赤いイチゴと黄色いバナナ2本に刺傷されて頭と躰から血を流しているキモ可愛いアルバム・カヴァだけでもインパクト大でしょう。日本人は苺を専用スプーンで半潰しにしてミルクと砂糖を混ぜたり、練乳を垂らして丸ごと食べたり、ミキサーでバナナと牛乳を攪拌して飲んだりするけれど、今までミルクマンを蹂躙して来たっていうことなのかしら?‥‥加賀美健のイラストはDeerhoofの音楽だけでなく、絵本やアニメが創れそうな物語(ファンタジー)を秘めています。

    ◎ The Runners Four(Kill Rock Stars / 5 Rue Christine 2005)
    Deerhoofの7thアルバムは全20曲、56分‥‥格子状の升目の上に9種のオブジェ(写真)が縦横3つずつ並んだ4つ折り歌詞カードを広げると、全36種(6×6)が現われる。左上から順に「SNOW BALL」「CHARM」「HORSE」‥‥という風に写真の下にタイトルが添えてある(右上に黒ネコ(CAT)がいるので、折り方を変えれば「猫ジャケ」にもなる)。アルバム・カヴァになっているのは右下の「HAIR」「DEERHOOF」「FLOWERS」‥‥の9種で、バンド名の写真は「DDEEEERR HOOOOFF」のロゴ入りTシャツが肘掛け椅子の背凭れにかけてある。曲数が多すぎるような気もするけれど、毎回これ以上の新曲を録音しているはずだし、男性ヴォーカルの4曲を除けば従来のDeerhoofのアルバムと大差ないし、好きな曲だけを選んでプログラム再生する愉しみもある。歌詞の一節がアルバム・タイトルになったポリリズムの〈Running Thoughts〉、変則ビートの〈Scream Team〉、60年代後半のサイケ・ロックみたいな〈Siriustar〉、5拍子の〈Lightning Rod, Run〉‥‥などは選曲して繰り返し聴きたいなぁ。

    ◎ Friend Opportunity(Kill Rock Stars / 5 Rue Christine 2007)
    メンバーが1人抜けてトリオ編成に戻った「鹿蹄」こと、Deerhoofの8thアルバム。かつて英THE WIRE誌で「不協和音色のキャンディ」(A candy coloured cacophony.)と評されたこともあったように、カラフルな10個のスウィート・キャンディにアヴァンポップな天然果汁やサイケデリックなチョコレート、幻覚作用のある生乳ミルクが凝縮されている(10個目は10分以上の大飴玉)。ポップなメロディ、儚げな少女ヴォイス、唐突なリズム・チェンジ(変拍子)、日本語、インプロヴィゼーション、予想を裏切る曲展開にハラハラ・ドキドキ。Deerhoofの音楽は破天荒のようで実は高度に技巧的‥‥精巧に壊れている人形たちの真夜中の乱交パーティのように美しい。〈ESPを信じなさい〉〈チョコ・ファイト〉〈紙マッチは狂人を求む〉など‥‥国内盤の邦題も面白い。着せ替え可能な6枚(12面)のカード・スリーヴ仕様。来日した際に行なわれたインストア・ライヴ(2007.1.20)も大盛況で愉しかった。

    ◎ Offend Maggie(Kill Rock Stars 2008)
    たとえばJim O'Rourkeと同じように、Deerhoofも日本人画家をアルバム・カヴァに起用している。目、鼻、口などが描かれていないノッペラボー、黒いズボンを穿いた上半身裸の筋肉質の男が左脚を椅子の上に置き、両腕を交差させてポーズを決めた五木田智央(Tomoo Gokita)のモノクロ・イラストも異様だが、アナログ盤と同様にCDも見開き紙ジャケ仕様だったことも、今までとは何かが違うという思いに駆られる。全編日本語で歌われる〈The Tears And Music Of Love〉、英語と日本語混じりの〈Chandelier Searchlight〉、一部日本語の〈Buck And Judy〉‥‥。国内盤にはサトミ・マツザキの「対訳」が付いているけれど、歌詞カード(英語)の方が「対訳」なのではないかと混乱する。〈Snoopy Waves〉以降は11曲目の〈Eaguru Guru〉を除いて英語詞になっているものの、サトミの英語自体が日本人のイントネーションと発音なので、英単語を羅列しただけの〈Basket Ball Get Your Groove Back〉などはカタカナ英語(外来語)のように聴こえる。これは「洋楽」なのだろうかという奇妙なバイリンガルの谷間で宙吊りになるのだ。英語圏のリスナーには一体どのように聴こえるのかしら?

    ◎ Deerhoof Vs Evil(Polyvinyl 2011)
    古巣の「Kill Rock Stars」から「Polyvinyl」へ電撃移籍。新ギタリストが加わって再び4人編成となった鹿蹄の10thアルバムは「悪」との戦い。タイトル・ロゴに原爆キノコ雲と真っ黒いハート・マークが重ねられている。カタロニア語で歌われるドラキュラ・ソング。スパニッシュ風ギターが爽やかに奏でる〈No One Asked To Dance〉。映画『魚が出てきた日』(1967)のサントラだというヘヴィ・インスト・ロック〈Let's Dance The Jet〉。前編東京ロケによる松崎里美主演のPV(1人パフューム状態?)も愉しい〈Super Duper Rescue Heads!〉。エレクトロ・ボサノヴァ風の〈Must Fight Current〉。日本語で歌われる〈C'Moon〉‥‥。生ギターとヘヴィ・ノイズ・ギター、エクスペリメンタルとドリーム・ポップ、ポリリズムとリズム・チェンジなど、一瞬先の読めないスリリングな曲展開に翻弄される。裏ジャケの金髪少女はフェリーニのホラー短篇映画「悪魔の首飾り」(1967)に登場する「悪魔の手毬少女」マリナ・ヤル(Marina Yaru)。Satomi Matsuzakiのロング・インタヴュー(ele-king)が読めます。

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  • 不意に一陣の風が湖面から舞い上がり、鹿爪サトミの黒髪を逆立てる。この世のものならぬ妖しい気配を背中に感じて振り向くと、ちょうど白いバケモノが水中から顔を出したところだった。マンガチックな縦長の大きな目と黒い血の滴る大きな口‥‥白いシーツではなく、大きな帽子で顔を隠した不気味なオバケのQ太郎みたいだった。水面に現われた躰は仄白く発光していた。「おのれ妖怪!」‥‥サトミは所持していた飛び道具を「ミルク・マン」に投げつける。それはアフリカ部族のブーメランのように回転して飛んで行くバナナと忍者の礫のように一直線に突き刺さるイチゴだった。「ミルク・マン」の最大の弱点はイチゴやバナナなど、ミルクと混ぜて食べると相性の良い果物だったのだ。黄色いバナナと真っ赤なイチゴが「ミルク・マン」の躰に食い込み赤い血が流れ出る(白いバケモノは牛乳プリン並みに柔らかい!)。フルーツに中和されて悶え苦しむ「ミルク・マン」‥‥もの哀しい咆哮が湖面を波立たせ、森の中に響き渡る。「ミルク・マン」の断末魔かと思いきや、突然の稲妻と雷鳴、横殴りの激しい雨と強風でボートが転覆!‥‥水中から浮上して気づいたのだが、いつの間にか湖水は白く濁っていた。

    襲いかかる「ミルク・マン」に対してサトミが取った行動は奇妙なものだった。首から下げていた胸許の角笛を吹き鳴らしたのだ(最初は水に濡れていて上手く鳴らなかったが、3回目に高く澄んだ音色が響いた)。すると次の瞬間、湖畔に一頭の牡鹿が現れて、「このツノに掴まれ!」と叫ぶや否や、不思議なことに鹿のツノが消防車の梯子のように湖面をスルスルとサトミの目の前まで伸びて来たのだ。必死で鹿のツノに抱き着いたサトミから急速に意識が遠退いて行く‥‥。彼女が気づいてズブ濡れの上体を起こすと、目の前で見知らぬ青年が微笑んでいた。「あなたが私を救けてくれたの?‥‥あなたは一体?」‥‥命の恩人の青年は、彼女と同じく「ミルク・マン伝説」に興味を持って東京から未流久湖へ取材に来たフリー・カメラマンだった。しかし、サトミは鹿爪家の守護天使・ディアフーフ(鹿の精霊)ではなかったかと今でも疑っている。「サトミよ、お前が絶体絶命の窮地に陥った時は形見の角笛を吹くのじゃ。そうすれば鹿爪家先祖代々の守護王子が救けてくれるはずじゃ」‥‥祖母が生前、孫娘に語ってくれた言葉を信じているから。

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    Milk Man

    Milk Man

    • Artist: Deerhoof
    • Label: Kill Rock Stars
    • Date: 2004/03/09
    • Media: Audio CD
    • Songs: Milk Man / Giga Dance / Desaparecere / Rainbow Silhouette Of The Milky Rain / Dog On The Sidewalk / C / Milking / Dream Wanderer's Tune / Song Of Sorn / That Big Orange Sun Run Over Speed Light / New Sneakers


    Runners Four

    Runners Four

    • Artist: Deerhoof
    • Label: Kill Rock Stars
    • Date: 2005/10/11
    • Media: Audio CD
    • Songs: Chatterboxes / Twin Killers / Running Thoughts / Vivid Creek Love Song / O'Malley, Former Underdog / Odyssey / Wrong Time Capsule / Spirit Ditties Of No Tone / Scream Team / You Can See / Midnight Bicycle Mystery / After Me The Deluge / Siriustar / Lemon ...And Little Lemon / Lightning Rod, Run / Bone-Dry / News From A Bird / Spy On You / You're Our Two / Rrrrrrright


    Friend Opportunity

    Friend Opportunity

    • Artist: Deerhoof
    • Label: Kill Rock Stars
    • Date: 2007/01/23
    • Media: Audio CD
    • Songs: The Perfect Me / + 81 / Believe E.S.P. / The Galaxist / Choco Fight / Whither The Invisible Birds? / Cast Off Crown / Kidz Are So Small / Matchbook Seeks Maniac / Look Away


    Offend Maggie

    Offend Maggie

    • Artist: Deerhoof
    • Label: Kill Rock Stars
    • Date: 2008/10/07
    • Media: Audio CD
    • Songs: The Tears and Music Of Love / Chandelier Searchlight / Buck And Judy / Snoopy Waves / Offend Maggie / Basket Ball Get Your Groove Back / Don't Get Born / My Purple Past / Family Of Others / Fresh Born / Eaguro Guro / This Is God Speaking / Numina O / Jagge...


    Deerhoof Vs Evil

    Deerhoof Vs Evil

    • Artist: Deerhoof
    • Label: Polyvinyl Records
    • Date: 2011/01/25
    • Media: Audio CD
    • Songs: Qui Dorm, Només Somia / Behold A Marvel In The Darkness / The Merry Barracks / No One Asked To Dance / Let's Dance The Jet / Super Duper Rescue Heads! / Must Fight Current / Secret Mobilization / Hey I Can / C'moon / I Did Crimes For You / Almost Everyone, Almos...

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