Stereolabは1990年に英国ロンドンで結成された男女混成アヴァンポップ・バンド。中心メンバーは作曲・作詞を手掛けるTim Gane(ギター)とLætitia Sadier(ヴォーカル)の男女ペアで、Mary Hansen(コーラス)、Andy Ramsay(ドラムス)、Simon Johns(ベース)、Mogane Lhote(キーボード)がサポートする。5拍子や7拍子などのリズムを多用する、いわゆる通常のロックやポップスのフォーマットから逸脱したエレクトロ・ポ ップ。フランス人Lætitia Sadierの気怠いヴォイス(彼女の仏語歌詞曲にはフレンチ・ポップの香りもある)とMary Hansenの可愛いコーラスの組み合せ、実験性とポップス、エレクトロニクスとアクースティック(たとえば柔らかいアナログ・シンセと硬質のヴィブラフ ォン)の融合は「ポスト・ロック」と呼ばれるゼロ年代の音楽に多大な影響を与えた。奇数ビートの「踊れないダンス・ミュージック」という視点から捉えても、Stereolabの相反する多面性がダンス・フロアのミラーボールのように眩しく逆照射されるだろう。
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◎ Emperor Tomato Ketchup(Elektra 1996)StereolabJohn McEntire(Tortoise)とメンバーの共同プロデュース、Sean O'Hagan(The High Llamas)がストリングス・アレンジャー兼プレイヤーとして参加した4thアルバム(タイトルは寺山修司の映画『トマト・ケチャップ皇帝』から採られたという)はポスト・ロックの希望とマジカル・ポップスの夢想に満ち溢れている。 Lætitia Sadierの投げ遺りな低温ヴォイスとMary Hansen嬢の甘ったるいコーラスとの鮮やかな対比。ブヒョブヒョと鳴り響くアナログ・シンセと硬質で軽やかなヴィブラフォンの競演。ブリッジ部分の反復パートを執拗に繰り返す〈Cybele's Reverie〉。5拍子の〈Percolator〉。ヴォーカル(主旋律)とコ ーラス(副旋律)が有機的に絡み合う〈Spark Plug〉。7拍子の〈Motoroller Scalatron〉 、往年のBreadを彷佛させる緩急自在のソフト・ロック〈Slow Fast Hazel〉など、全13曲 ・58分。ポップ ・ミュージックとエクスペリメンタルの2重螺旋が織りなすアヴァン・ドリーム・ポップの金字塔。夢の中を浮游するような多幸感に包まれる傑作アルバムである。
◎ Dots And Loops(Elektra 1997)Stereolab《トマト・ケチャップ皇帝》に引き続いて、プロデュースにJohn McEntire、ブラス&ストリングス・アレンジにSean O'Haganを起用しているが、アルバムの印象は大きく異なる。Stereolabのアルバム・カヴァは幾何学的だったり、ヴィデオ・アート風だったりする半抽象イラスト・デザインで統一されているが、錯視アート風の縞模様が暗示しているかのようにインスト・パートが増え、アブストラクト度が高い。ロッカバラード風の〈The Flower Callded Nowhere〉、変則拍子の〈Diagonals〉、3拍子の〈Prisoner Of Mars〉、5拍子の〈Rainbo Conversation〉、5拍子のドラムンベース〈Parsec〉‥‥エレクトロニクスとアクースティックを融合させた実験的なチェンバー・ロックに聴こえる。全10曲なのに演奏時間が66分もあるのは17分半もある〈Refraction In The Plastic Pulse〉が収録されているから。6拍子や5拍子など4パートで構成された組曲が5thアルバムを象徴している。
◎ Cobra And Phases Group Play Voltage In The Milky Night(Elektra 1999)6thアルバムはJohn McEntireとJim O'Rourkeの2人が楽曲のほぼ半分ずつをメンバーと共同プロデュースしている。Stereolabの面白さは多彩なリズムとポピュラー・ソングのフォ ーマットから逸脱した曲構成にある。6拍子の〈The Free Design〉、5拍子(コーラス部分は7拍子)の〈Blips Drips And Strips〉。「この曲で踊れるかしら?」 と悪戯っぽく微笑む実験好きの少年少女の姿が思い浮かぶ。Lætitia Sadierの愛想のない気怠いヴォイスにMary Hansenの可憐なコーラスが彩りを添える。エレクトロ・ポップやエレクトロニカというよりも、ポスト・ロックの未来の記憶が円盤型のタイムカプセルに刻み込まれている。全15曲、75分45秒の長大作。「年間ベスト・アルバム」の枠を超えた「90年代ロック・ポ ップス」の金字塔だと思う。もしStereolabが存在しなかったら、The Bird & The BeeやSoy Un Caballoもデビューしていなかったかもしれない。全15曲・76分。
◎ Sound-Dust(Elektra 2001)Stereolab《Cobra And Phases ...》(1999)と同じく、John McEntireとJim O'Rourkeの2人がグループと分担プロデュースしているが、浮游するエレクトロ色が薄まり、ダウン・ツー・アースというか土臭いロックや懐かしいポップスのイメージに溢れている。インスト・パートが減って、歌もの中心になったことも敷居を低くしている要因だろう。Lætitia Sadierが仏語で歌う〈Spacemoth〉ではブラスが鳴り、カントリー風の曲の途中で曲調が変化する〈Captain Easychord〉にはスライド・ギターが入る。6拍子から4拍子へリズム・チェンジする〈Baby Lulu〉、3拍子からアンビエント風のインストへ移ろう〈Gus The Mynah Bird〉、カーペンターズみたいなポップ・ソングの〈Naught More Terrific Than Man〉、Mary HansenとLætitia Sadierが交互に歌う〈Nothing To Do With Me〉など、全12曲・64分。尖ったサウンドではないけれど、柔らかくて暖かい空気に包まれる幸福感がある。カレイドスコープにようにクルクルと変化して行く架空映画のサウンド・トラックのように。
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◎ Margerine Eclipse(Elektra 2004)Stereolab2002年12月、交通事故でMary Hansenを失う。Stereolabにとって彼女の欠落は大きく、哀しみも深かった。まるで片翼を奪われて傷ついた天使のように‥‥2年後にリリースされたアルバムではリード・ヴォーカルのLætitia SadierがMary Hansenのコーラス・パートを引き継いでいるけれど、同じ声質なので平坦に聴こえるし、歌の下手さも際立ってしまう。気怠いヴォーカルと少女っぽい可憐なコーラスの対比がStereolabの魅力の1つであったことが皮肉にも露呈される結果となった。6〜4〜5拍子にリズムが変化して行く〈Cosmic Country Noir〉、変則6拍子の〈The Man With 100 Cells〉‥‥左右チャンネルを別々にレコーディングしたという実験的なステレオ・サウンドは立体的に聴こえるが、ヘッドフォンでは「中抜け」になって空虚感が増す(この録音方法がMary Hansenの喪失感を暗に表わしているというのは穿った見方だろうか)。〈Feel And Triple〉はMary Hansenに捧げられている。インナー・スリーヴには 「LP dedicated to Mary Hansen....we will love you
till the end」(下線・引用者)という弔辞もある。全12曲・54分。
◎ Chemical Chords(4AD 2008)StereolabMary Hansenの死(2002)と関係があるのかどうか分からないが、Stereolabの屋台骨を支えていたTim GaneとLætitia Sadierのカップルも私生活で破局(2004)する。それらと呼応するかのようにJohn McEntireとJim O'Rourkeの2人の手から離れて、セルフ・プロデュースの道へ歩み出す(元メンバーのSean O'Haganは律儀に参加しているけれど)。その結果、最先端のサウンドから1歩も2歩も後退して、色褪せて精彩を欠くようになってしまったのは、ある意味で仕方がなかったのかもしれない。ゼロ年代はダンサブルなエレクトロ・ポップから、より内省的なエレクトロニカやネオ・シューゲイザー、ダブ・ステップなどへ移り変わって行くのだから。アルバムの限定紙ジャケCD
(4AD CADD 2815CD)は日本のアナログ盤を忠実に模したデザインになっている。14曲+ボーナス・トラック2曲。黒い帯に日本語で「ステレオラブ / ケミカル・コーズ」と書いてあるだけでなく、角の丸い半透明のポリ袋にCDが入っているのだ(輸入盤は剥き出しのまま入っていることが多い)。国内盤と間違えて購入した人もいるかしら?‥‥全16曲・56分。
◎ Not Music(Duophonic 2010)Stereolab2009年4月、Stereolabは活動休止宣言をする。「ラスト・アルバム」 なのかどうかは分からないけれど、全くの「新録」というわけでもない。録音時期は「2007~2009」と記載されているが、《Chemical Chords》(2008)の未発表曲集という位置づけらしい。〈Pop Molecule〉のヴァージョン違いと2曲のリミックス‥‥The Emperor Machine(Andy Meecham)による〈Silver Sand〉(10分超のロング・ヴァージョン)とAtlas Sound (Bradford Cox)による〈Neon Beanbag〉が収録されていることからも、「新」 ではなく「終」というニュアンスが強く感じられる。「not music」 という逆説的なアルバム・タイトルにも考えさせられた。9・11の直後、NYCから音楽が消えたように、3・11後の被災地も音楽を失っていたのではないか、大量消費される音楽は本当に必要なのか、未曾有の災害に襲われた人間は音楽で癒されるのか、音楽で世界を変えることは可能なのか?‥‥と余震に脅え、放射能漏れを憂慮しながら「立体音響実験室」の音楽を聴く。
Stereolab Studio Albums
- Peng!(1992)
- Transient Random-Noise Bursts With Announcements(1993)
- Mars Audiac Quintet(1994)
- Emperor Tomato Ketchup(1996)
- Dots And Loops(1997)
- Cobra And Phases Group Play Voltage In The Milky Night(1999)
- Sound-Dust(2001)
- Margerine Eclipse(2004)
- Chemical Chords(2008)
- Not Music(2010)
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- 《Emperor Tomato Ketchup》は〈乳出しモンチ〉、《Cobra And Phases ...》は〈ミルキー・ナイト〉からの再録(一部加筆・改稿)です
- バナー画像をStereolabのポートレイトに変更しました。写真は左からTim Gane、Morgane Lhote、Lætitia Sadier、Simon Johns、Mary Hansen
- 記事の一部を改稿(加筆・修正)しました(2020-01-17 / 2021-04-12)
- 記事タイトルを〈立体音響実験室〉に変更しました(2021-04-14)
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stereo laboratory 1 / 2 / sknynx / 327
Emperor Tomato Ketchup
- Artist: Stereolab
- Label: Elektra / Wea
- Date: 1996/03/11
- Media: Audio CD
- Songs: Metronomic Underground / Cybele's Reverie / Percolator / Les Yper-Sound / Spark Plug / OLV 26 / The Noise Of Carpet / Tomorrow Is Already Here / Emperor Tomato Ketchup / Monstre Sacre / Motoroller Scalatron / Slow Fast Hazel / Anonymous Collective
Dots & Loops
- Artist: Stereolab
- Label: Elektra / Wea
- Date: 1997/09/18
- Media: Audio CD
- Songs: Brakhage / Miss Modular / The Flower Called Nowhere / Diagonals / Prisoner Of Mars / Rainbo Conversation / Refractions In The Plastic Pulse / Parsec / Ticker-tape Of The Unconscious / Contronatura
Cobra & Phases Group Play Voltage In Milky Night
- Artist: Stereolab
- Label: Elektra / Wea
- Date: 1999/09/20
- Media: Audio CD
- Songs: Fuses / People Do It All The Time / The Free Design / Blips Drips And Strips / Italian Shoes Continuum / Infinity Girl / The Spiracles / Op Hop Detonation / Puncture In The Radax Permutation / Velvet Water / Blue Milk / Caleidoscopic Gaze / Strobo Acceleration / ...The Emergency Kisses / Come And Play In The Milky Night
Sound-Dust
- Artist: Stereolab
- Label: Elektra / Wea
- Date: 2001/08/27
- Media: Audio CD
- Songs: Black Ants In Sound Dust / Spacemoth / Captain Easychord / Baby Lulu / The Black Arts / Hallucinex / Double Rocker / Gus The Mynah Bird / Naught More Terrific Than Man / Nothing To Do With Me / Suggestion Diabolique / Les Bons Bons Des Raisons
Margerine Eclipse
- Artist: Stereolab
- Label: Elektra / Wea
- Date: 2004/01/27
- Media: Audio CD
- Songs: Vonal Diclosion / Need To Be / ...Sudden Stars / Cosmic Country Noir / La Demeure / Margerine Rock / The Man With 100 Cells / Margerine Melodie / Hillbilly Motorbike / Feel And Triple / Bop Scotch / Dear Marge
Chemical Chords
- Artist: Stereolab
- Label: Beggars Banquet Intl
- Date: 2008/08/19
- Media: Audio CD
- Songs: Neon Beanbag / Three Women / One Finger Symphony / Chemical Chords / The Ecstatic Static / Valley Hi! / Silver Sands / Pop Molecule / Self Portrait With "Electric Brain"/ Nous Vous Demandons Pardon / Cellulose Sunshine / Fractal Dream Of A Thing / Daisy Click ...Daisy Click Clack / Vortical Phonothèque
Not Music
- Artist: Stereolab
- Label: Duophonic
- Date: 2010/11/16
- Media: Audio CD
- Songs: Everybody's Weird Except Me / Supah Jaianto / So Is Cardboard Clouds / Equivalences / Leleklato Sugar / Silver Sands [Emperor Machine Mix] / Two Finger Symphony / Delugeoisie / Laserblast / Sun Demon / Aelita / Pop Molecules (molecular pop 2) / Neon Beanbag ...[Atlas Sound Mix]
Oscillons From the Anti Sun
- Artist: Stereolab
- Label: Too Pure / Beggars
- Date: 2007/05/21
- Media: Audio CD(3CD+DVD)
- Songs: Fluorescences / Allures / Fruition / Wow and Flutter / With Friends Like These / Pinball / Spinal Column / Ping Pong / Golden Ball / Cybele's Reverie / Nihilist Assault Group / Off On / Jenny Ondioline /
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