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手塚 治虫 / 石井 文男 「愛読者のみなさんへ」(昭和46年4月10日)
『火の鳥・復活編』(70.10~71.9)は人間の心を持ったロボット、ロビタの物語である。2482年、エア・カーから墜落死した少年レオナ・宮津は「大脳の大半を人工頭脳と交換する」手術によって再生する。しかし、目覚めたレオナには主治医ニールセン博士の姿が「土塊」にしか見えない。再手術後も人間や犬、両親までもが「オガクズ」(イヴ・タンギーが描いたシュールな結晶体?)のように映る。壁に飾られている絵画やヴィデオで撮った映像は美しい花や花壇に見えるのに。有機物と無機物が逆転した奇妙な世界。造形医学センターのベランダから中庭を見下ろしていたレオナは、無機物の中に1人の女性を発見する。頭から2本の触覚が伸びたチヒロ61298号はエルフ・カーマイクル建設会社で働いている事務用ロボットだった。ロボットを愛した人間と、人間に恋したロボットの悲劇。「過失事故死」に疑問を感じたレオナはトワダという米国人に麻酔銃で狙撃されたことを突き留める。実家に帰ったレオナを出迎えたのは、死んだ御曹子の遺産相続に群がる親族たちだった。
3030年、ロビタと呼ばれる作業用のロボット約36200体が自ら進んで高熱炉へ投身自殺するという異常行動が起こる。月面の月潟宇宙運輸で働いていたロビタは突然、「ワタシハ人間デス」と言い出す。女アンドロイドのファーニィにエネルギーを満タン注入しないことでボスを殺してしまったロビタ(抱擁中にロボットのエネルギーが切れて、見動き出来なくなったボスは窒息死する)。2484年、アメリカ・コロラド高原地帯ナバホ山附近に向かったレオナはインディアンのトワダに撃たれて左腕を損傷する。遠隔操作によるエア・カーの下敷きになって死んだトワダ。山小屋の中で発見した光り輝く鳥の羽と日記帳‥‥レオナが殺される1ヵ月前に書かれた日記には、フェニックスの生き血を採取したことが綴られていた。レオナは思い出す。この山小屋に棲んでいたこと、日記を書いたのが自分に他ならぬことに。北尾根に立てた羽に誘き出されたフェニックスが真相を語る。火の鳥の血を飲もうとしたら殺すと脅す信心深いトワダ‥‥しかし、レオナの殺害は不老不死の躰になったかどうか疑った宮津家の親族の命令によるものだった。
皮肉なことに、レオナは不老不死の血を飲んでいないのに科学の力で復活した。フェニックスの「生き血」を隠した場所は破かれた日記のページに記されている。親族たちに掘り出させた「生き血」をレオナは焼き捨てる。3009年、1日に520体生産されていたロビタは「比較的保守的な生産労働」や召使いロボットとして従事していた。主人の命令に「しかし旦那様」と反発したりする人間臭いところに魅力があった。たとえば、子供たちの遊び相手として‥‥。ある日、チャンバラごっこで死んだフリをしていた息子の行夫を見た父親はロボットに頭を殴られたと誤解して、ロビタをアイソトープ農場へ送る。ロビタを探して丸1日農場にいた行夫は放射能に被爆して命を落とす。人間の子供を殺したという罪で農場中のロビタたちは連行されて、裁判にかけられる。ロビタが行夫を危険な農場に連れ込んだのなら殺人罪、自分の意志で行夫が行ったのならば過失死で無罪。3020年、「農場のロビタ全員を有罪とし溶解処分とする」という判決が下される。ロビタの死刑執行!‥‥これがロビタの集団自殺の発端である。
2484年、E・カーマイクル建設会社からチヒロを連れ出したレオナはエア・カーで日本から脱出して朝鮮半島から中国大陸へ渡ろうとするが、運転を誤って山に衝突して吹雪きの中に閉じ込められる。チヒロが躰をオーヴァヒートさせてレオナを凍死から守る。人間の臓器を不正に売買する密輸団が雪の中に埋もれていたエア・カーを発見する。救助されたレオナは躰をバラバラに切り刻まれる運命だったが、女ボスに気に入られて生き延びる。手下の珍たちが乗る密輸船を見送って地上に残った女ボス。50年以上も酷使された彼女の躰は宇宙へ行けないほどに疲弊していた。チヒロと逃亡しようとしたレオナは待ち構えていた女ボスを射殺して脱出したものの、エア・カーが墜落してレオナは大怪我を負う。それは予め仕組まれていた女ボスの巧妙な計略だった。ドク・ウィークデーは死んだ女ボスと瀕死のレオナの合体手術を行なう。レオナは自分の記憶を脳髄から抜き出し、電子頭脳にコピーしてチヒロの中に入れて欲しいと遺言して死ぬ。レオナと合体したチヒロは「ロビタ」として再生する。
1年後に帰還した手下の珍は性転換した女ボスの変身ぶりに驚く。臓器密輸業者のクセに科学の力(移植手術)には懐疑的な珍はドク・ウィークデーに忠告する。女ボスも手術の後遺症(拒否反応)に苦しんでいるに違いないと。レオナの躰と合体した女ボスと、チヒロと合体してロボット化したレオナ。救いを求める女ボスにロボットは「レオナ‥‥レオナトハ、ナンデスカ?」「ワカリマセン。ワタシハ、サイキン、マエノコトハ、ダンダン、ワスレテキマシタ」「ワタシハ、ロボットデス。チヒロ61298‥‥」と応える。錯乱した女ボスはロボットに発砲する。異変を察知して駆けつけたドクを射殺するが、応戦した珍に殺されてしまう。2917年、人間に拾われたロビタは召使いロボットとして、ある家に仕えていた。回路に寿命が来てロボット業者に引き取られて行った後、ロビタはレオナの記憶中枢と共に複製される。3344年、月面に降り立った世捨て人の猿田博士は倒れている1体の旧式ロボットを発見する。人間であることに目覚めて主人を殺してしまったロボット、自分で動力を切って「自殺」したロビタだった。
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「復活編」(1971)は時代の異なる未来の物語、宮津レオナとチヒロ(2482~86)とロビタ(3009~44)がラストで1つに収束する構成になっている。3030年に起こったロビタの集団自殺と月面のロビタが犯した殺人。レオナとチヒロの逃避行‥‥別々の物語だと思って読んでいた読者は最後にロビタがレオナとチヒロの合体したロボットだったと知って切なくなる。2つの物語はレオナとチヒロやレオナと女ボスの合体のように1つになって鮮やかに昇華されたのだ。ロビタが人間臭いのはレオナの記憶がロボットの電子頭脳にコピーされているからだった(人間の記憶が人工頭脳に転写されているという意味では、ロボットよりもサイボーグに近いのかもしれない)。鉄腕アトム「地上最大のロボット」(1964~65)を換骨奪胎した『PLUTO』(小学館 2003~09)に登場するユーロポールのゲジヒト刑事はスクラップ工場で拾って来た旧式ロボットを自分たちの子供として迎える。「ロビタ」という名前を付けて‥‥。
「火の鳥・羽衣編」(71.10)の初出は32頁の超短篇だったが、差別問題などのクレームがあって、なかなか単行本に再録出来なかったという。『火の鳥8』(朝日新聞出版 2009)に収録されているヴァージョンは12頁の加筆、コマ割りも再構成され、ネームも全面的に改稿されている。初出と改訂版の最大の相違点はネームが歴史的仮名遣いから現代口語体に変更されたこと。2200年先の未来で起こった戦争から逃げて来た女性おときが体中に「毒の光」を浴びたために、彼女の産んだ子供が「不具者」だったという部分が削除されたことである。ちなみに改訂版では、1500年先の未来の戦争で孤児となった女性が収容所に入れられる。夢の中に火の鳥が現われて、過去の歴史を改変しないという約束で彼女は「昔の時代」へ送られる(タイムスリップ)が、未来人の産んだ子孫はタイムパラドックスになってしまうという設定に変更されている。
原子爆弾による放射能(とは書いていないが)の後遺症で不具の子供が産まれたという部分が被爆者を差別しているということらしいが、「広島」「長崎」という固有名刺は出て来ないし、第2次世界大戦とも「原爆」とも書いていないSF的な設定なのだから、過剰反応という気もしないではない。いずれにしろ、この未来の歴史改変で作者の「反戦メッセージ」が弱められたことだけは確かである。「羽衣編」は野外舞台で演じられた一幕ものの演劇(人形浄瑠璃?)という設定で、1頁に横長の4コマ構成。左手に粗末な苫屋、右手に松の木がある全112コマ(改訂版は152コマ)の背景はアニメの背景画にように固定されて変わらない。脱いだ衣服を松の枝に掛けて三保が浜の海へ入った天女おときと羽衣を隠した漁師づくなし(ズク)の2人が3年間一緒に暮らして子供を儲けるという「羽衣伝説」を下敷きにしたショート・ストーリである。
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樹村みのりの「おねえさんの結婚」(71.9)は「おとうと」(69.9)に続く、昇平くんとさちこちゃんシリーズの第2作目。姉のサコに代わって、弟の昇平が語り手になっている。ある晩、父親が会社の高橋さんを家の食事に招待する。帰り際に彼は父親に娘のさちこさんを嫁に欲しいと言う。まるで「子ネコかなにかをもらう話をするみたいな軽い調子で」。もっと驚いたのは姉が2つ返事で結婚を承諾したことだった。2人とも初対面なのに。サコと高橋さんの奇妙な一目惚れの謎についてオレは考える。サコたちの新居に初めて遊びに行った時に疑問が解けた。義兄に見せてもらった「古い洋画のスクラップ」に秘密が隠されていたのだ。「こうふくな話」(71.12)は若い女性の独白体(ナレーション)で語られる。隣家に引っ越して来た家族、両親と3人の女の子たち。2階に上がって来た末の娘が部屋の中を駆け回る様子(シルエット)をガラス越しに覗き見した語り手が、失われてしまった少女時代の輝きを思い出す‥‥「わたしが20歳の時のことで、他人の悪臭にも自分の悪臭にもうんざりして窒息しそうだったころのこと‥‥」
萩尾望都の「ポーチで少女が小犬と」(71.1)は岡田史子風の不条理な小品。ポーチでムク犬と遊ぶ1人の少女。2階のベッドにいる母親の往診に主治医が訪れる。雨が降る中、姉がボーイフレンドと一緒に帰って来る。家政婦と父親も帰宅して、2階の窓から少女と小犬を見下ろす。雨が上がって虹が出た。「雨の日には家の中にいるべきです」と、家政婦が咎める。6人が少女を指差して抹殺する!‥‥彼らはエスパーの一族なのでしょうか。前ページの「火の鳥・復活編4」が16頁と短いこと、目次にタイトルと作者名が表記されていないこと、ラスト頁に「70.8.18」という日付けが記されていることなどを考え合せると、穴埋め的な作品として掲載された可能性が高い。「10月の少女たち」(71.10)はオムニバス3部作。隣家のロビーを自室に誘ってファースト・キスを強請る少女トゥラ。知人の息子・米山行を数日間だけ家で預かることになって、心穏やかじゃない長女の真知子。恋人ジェフのプロポーズを受け入れるまで、心が揺れ動く女学生のフラィシー。
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大都会の谷間を流れる川‥‥木箱の中に入った1匹の捨て犬が流されて来る。小さな箱をママだと慕っていた仔犬は空腹で死にそうになっていたところを野良犬に救出される。1度は突き放すが、世間知らずの仔犬を不憫に思ったノラおじさんは、野良犬として逞しく生きて行くための掟を教えることにする。掟第1章「野良犬であることに誇りを持て‥‥」。「世界中」の広さ、人間どもが野良犬を嫌っていること‥‥。クラシックカーに乗った謎の男がノラおじさんと仔犬の後を尾けて来る。本能的に身の危険を感じた2匹は逃げ出す。掟第6章「とにかく走ること」。捨て犬は「何万ドルもする血統犬。マスチーフの仔犬」だった。鎖に繋がれた哀れな飼い犬ポンタ。雨の日、自分でエサを捜すことになった仔犬は疲れ切ってライオン像の座台で倒れていたところを青年に救けられる‥‥。1971年12月号でCOMが休刊してしまったために村野守美の『ほえろボボ』(71.9.11~12)は連載3回で中断、新雑誌COMコミックス(72.1~3)に引き継がれた後、週刊少年マガジンでも数回連載されたが、未完のまま終わっている。
創刊5年目のCOMは編集方針が定まらなかった。COM出身者の名前が減り、ゲスト・マンガ家の起用が増えて行く。あいかわ桂、秋竜山、あすなひろし、上村一夫、川崎のぼる、川本コオ、楠勝平、桑田次郎、さいとう・たかお、坂口尚、白土三平、ジョージ秋山、辰巳ヨシヒロ、ちばてつや、つげ忠男、永井豪、林静一、政岡としや、水木しげる、南泉寿、みやわき心太郎‥‥。「ぐら・こん」出身者の作品は第4回新人賞を受賞した芥真木の「序曲」(71.2)、やまだ紫「はためく」(71.1)、諸星義影「現代間引考」(71.3)、渡辺展「シャルル・メディシス」(71.4)、宮谷一彦「夕凪船長」、あだち充「なかよしの詩」(71.9)など‥‥。石森章太郎「想い出のジュン」(71.1)、山上たつひこ「明日はお嫁に」、あすなひろし「桔梗」(71.11)、藤子不二雄A「白い童話シリーズ」(71.1~7)、永島慎二「漫画博物誌」(71.7~12)、矢代まさこ、松本零士など、COM常連のマンガ家たちの作品も掲載されているけれど、手塚治虫の「火の鳥」の前では影が薄い。
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宮谷一彦の初期作品集『性蝕記』(虫プロ商事 1971)は「太陽への狙撃」「性蝕記」「性葬者」「日蝕」「輪舞」「絶景!富士山麓に鸚鵡鳴く」「摩訶曼陀羅華曼珠沙華」「黄金死篇」など、COM以外の青年コミック誌に掲載された作品を収録しているところに価値がある(COM掲載の「ぎゃあ」は6頁の短縮ヴァージョン)。しかし、このCOM増刊号の特異性──凡百の「コミック本」と一線を劃しているのは「性蝕記」の前後部分にあった。なぜなら巻頭を飾る宮谷一彦と直子夫人(妊娠5ヵ月!)のヌード写真(8頁)だけなく、裏表紙から始まる野坂昭如・文、米倉斉加年・絵による大人の絵草紙「マッチ売りの少女」(横書き、カラー31頁)が併録されていたのだから。趣味で絵を描く役者や芸能人は少なくないけれど、米倉斉加年先生の右に出る人はいないでしょう。デフォルメされた細身の女性の肢体と水彩の淡い色合いが妖美で、「18歳未満おことわり」なのに買っちゃいました。ちなみに「宇宙戦艦ヤマト」の西崎義展が『性蝕記』のプロデューサ(発行人)だと知ったのは後のことです。
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- 月刊コミック誌COM(1967-71)を再読するシリーズの第5回目(1971)です^^
- 「COMまんが作品データ」を参照、「COMとガロから」の表紙画像を借用しました
com chronicle 1967 / 1968 / 1969 / 1970 / 1971 / sknynx / 238
- 著者:手塚 治虫 / 永島 慎二 / 水木 しげる / 村野 守美 / 樹村 みのり
- 出版社:虫プロ商事
- 発行日:1971/12/01
- メディア:雑誌(註:表紙は「COMとガロから」のリンク画像です)
- 掲載作品:火の鳥 / 漫画博物誌 / 招かれた3人 / ほえろボボ / こうふくな話
- 著者:宮谷 一彦 // 野坂 昭如(文)/ 米倉 斉加年(絵)
- 出版社:虫プロ商事
- 発売日:1971/07/20
- メディア:単行本
- 収録作品:太陽への狙撃 / 性蝕記 / 性葬者 / 日蝕 / 輪舞 / 絶景! 富士山麓に鸚鵡鳴く / 摩訶曼陀羅華曼珠沙華 / 黄金死篇 // マッチ売りの少女
2009-11-21 19:02
コメント(6)
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蛇尾です。
知りませんでした。野坂 昭如の「マッチ売りの少女」、初出が71年COM増刊号だってことを。
それも米倉 斉加年の絵で、絵本風に掲載されたことを。
ぼくは当然のように文庫本で読んだのですが、なんとかオリジナル本で読みたくなってきました。(ネットで検索したら05年9月号の「ユリイカ」で復刻されているらしいです)
今回も大変興味をもって、読ましていただきました。
ありがとうございました。
by 蛇尾 (2009-11-24 17:27)
すみません、間違えました。
上記「ユリイカ」の「マッチ売りの少女」、絵は水木しげるver.でした。
by 蛇尾 (2009-11-24 17:35)
蛇尾さん、コメントありがとう。
水木しげる版「マッチ売りの少女」は知らなかったなぁ^^;
米倉斉加年の絵は妖艶でゾクゾクします。
ヤフオクに出品されている「COM増刊号」は、ちょっと高いかな?
(http://page7.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/g74005241)
私が生まれてはじめて描いた絵本なのです
少年にとっては半カケのビー玉でもそれが彼の秘密の宝箱の中にある限り
少年にとってそれはダイヤモンドにもまさる宝物なのです‥‥
米倉 斉加年
虫プロから限定愛蔵版『マッチ売りの少女』も出版されましたが、
現在は入手困難かもしれません。
Amazonの『マッチ売りの少女』(大和書房 1977)の方が安い!
(http://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/B000J8UFGW)
by sknys (2009-11-24 19:57)
「マッチ売りの少女」の初出は「オール読物」1966年12月号、
短篇集『受胎旅行』(新潮社 1967)に収録されています。
by sknys (2009-11-25 20:21)
蛇尾です。
初出の件、ありがとうございました。
ボクの読んだ単行本も、確か、『受胎旅行』だったと思います。
なお、Amazonで中古本を注文しました。あと数日で到着する予定です。
by 蛇尾 (2009-11-26 09:04)
気になって、図書館で調べて来ました^^
『野坂昭如コレクション1』(国書刊行会 2000)に収録されています。
米倉斉加年先生の「マッチ売りの少女」も復刊されると良いのですが‥‥。
by sknys (2009-11-26 22:58)