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赤レンガ図書館へ行こう [c u l t u r e]



はるか彼方には大きな茂みが、どこか神秘的に見えるために取り残されていた。その絡みあった枝をかき分け、葉のしげったドーム型のインディアン住居跡に入り込むと、土は硬く踏みつけられ、茂みの間から大空がのぞけた。そこでは、子供が思春期へと変わる神秘的な儀式と手ほどきが行なわれたのだった。隔絶された聖域。ほんの50フィート先の川で捕らえられた蛇は、そこでいけにえに捧げられた。夕暮れに真剣な眼差しで、戦争帰りの若者が怖い話をしてくれたのもその場所だった。パイプが時には回されたりした。ある日の午後、ひとりの少女がきらめく光をあびて、ゆっくり神秘的に服を脱いだ。少年たちはじっとして、その大昔からの儀式に見入った。少女ははにかんでいるようだったが、いったん覚悟を決めると私たちを魅了した。ゆらゆらする太陽の光を浴びた少女の動きは、ゆれて静止した。私には忘れられないだろう。少女が両腕を頭上にかざし首のうしろに巻つけ、陽の光に縁どられた肋骨の形をほの見せながら、Tシャツの裾をまくり上げるとき、その頬が軽く肩に触れるのを。
                    ジョエル・マイロウィッツ 「サマー・タイム」


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深夜にTVザッピングしていたら、どこかで見たような不思議な既視感に襲われた。「つくし図書館」の外観が映ってシンジラレネーション !?‥‥K区立中央公園文化センターだったのだ。「TVドラマのロケ地としても頻繁に利用されている」とは聞いていたけれど、その内部が突然TV画面に映し出されると奇妙な気分に陥ってしまう。「2クール」(日テレ)は小林聡美、もたいまさこの2人が主演する深夜ドラマで、トーク・ヴァラエティとも2人旅とも言い難い、ユル〜い番組だった。閑散とした図書館の司書(共演者に吉岡秀隆、光石研)という設定の「つくし図書館」。演出は『かもめ食堂』(2006)の荻上直子。この地域一帯を毎日の散歩コースにしている老人によると、頻繁に行なわれるTVロケの撮影で公園内を勝手に通行止めにされて迷惑だと怒っていましたが。

K区中央公園内に建つ「白亜の建物」は1930年4月に東京第1陸軍造兵廠(兵器工場)の本部事務所として建てられたもの。戦後は保安指令部や技術情報センター、極東地図局、野戦病院など米軍の施設として使い回されて来たが、1971年に日本へ用地返還された後、1981年に区民のための「文化センター」(生涯学習の場)として生まれ変わった。その施設内に設けられた「つくし‥‥」じゃなかった、文化センター図書館が27年の歴史に幕を下ろした(2008年6月1日に閉館)。その近くの造兵廠工場跡地に新中央図書館がオープンすることになったからだ。「館内整理日」に行なわれた図書館内部の撮影は、もしかしたら最初で最後のTVロケ(「ケータイ刑事 銭形泪」のロケ地として使われた時は外観のみの撮影で内部は別撮りだった)だったのかもしれない。

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2008年6月28日、K区立中央図書館がオープンした。旧陸軍東京第1造兵廠倉庫(1919)の一部を再利用したことから「赤レンガ図書館」という愛称がついた。約90年前の建築物を消滅させることなく保存リサイクルする方針は、何でも跡形もなく解体〜平地化して再開発する時世にあっては評価すべきだろう。地上3階で延床面積は6165m2、1階の約3500m2は「1フロアとしては23区最大」。蔵書数は約50万冊(開館当初は30万冊)。JR王子駅から徒歩15分、JR十条、東十条駅から12分という立地条件は、2007年6月に池袋サンシャイン・シティの傍に開館したT区立新中央図書館に較べると見劣りするけれど、多目的高層ビル内の4〜5階ではなく地上1〜3階の独立した建物、1階エントランスの前に植樹されたシンボル・ツリーの欅や、その手前に広がる緑地公園(旧稲荷公園)に解放感がある。

1階の「総合フロア」は1〜6番区に区分け(番区ごとに色分け)されている。1番区:総記(図書館・百科事典・ジャーナリズム)、哲学(心理学・倫理学・宗教)、歴史(伝記・地理)、言語、多文化言語資料、地域資料、地図架。2番区:社会科学(政治・法律・経済・教育)、自然科学(数学・物理学・医学)、技術(工学・工業)、産業(農業・園芸・商業・運輸・通信)、展示コーナー。3番区:スポーツ、諸芸、娯楽、暮らし(家政学・生活科学)、区民情報コーナー、文学、雑誌(女性向け)。4番区:美術、音楽、演劇、YA(中高生)。5番区:雑誌、新聞、CD、DVD。6番区:公開書庫(ロングセラー本・文学全集・新聞縮小版など)。K区の歴史資料を収集・展示した「K区の部屋」、持参した弁当などの飲食も可能な「喫茶室」、PCコーナー、ノートブック・パソコン持ち込み専用席、視聴ブース、中庭に出られる「読書の庭」など‥‥。

1階エントランスから入ると左手に「返却カウンター」、正面奥に「総合カウンター」があり、向かって右手前から奥に2番区と1番区、左側は4〜6番区、3番区は左に回り込む配置になっている。書棚は低く造られていて圧迫感がなく、1〜2階の吹抜けや赤レンガ棟の梁も含めて上部空間が広く感じられる。2階は「こども図書館」で、読書テラス、おはなしのへや、子育て情報支援室(授乳室)、児童書研究コーナー‥‥水玉模様の円形カウンターが可愛い。3階の「協働フロア」には小ホール、区民活動コーナー、閉架図書、事務室などがある。総座席数は450席で、ソファ、学習用(ライト付き)、2人掛けのイス、4人掛けのテーブル、カウンター風、研究用(間仕切りあり)、グループ用個室、桜の花びらや葉を象ったテーブルなど‥‥色や形状や素材の異なる多種多様な机や椅子があって愉しい。

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赤レンガ図書館がオープンする2年前に「内田康夫と赤レンガまつり」という新中央図書館建設記念イヴェントが開催された(2006年5月14日)。K区在住作家の公開インタヴューやサイン会、赤レンガ倉庫の歴史展示やミステリ・ツアー‥‥などはパスして、「本のリサイクル・フェア」に行って来た。倉庫前の緑地公園に並べられた約3万冊のリサイクル本。K区立図書館が放出した蔵書だけでなく、一般区民からの寄贈本も混じっている。その収益(1冊10円の寄付金)で子供たちの図書館バッグを作るという。前夜の雨も上がって、絶好の青空リサイクル市となった。長テーブルの上に並べられた単行本や文庫本、その奥の山のように積まれたダンボール箱の中にも本や雑誌が詰まっている。『フランケンシュタイン』(国書刊行会 1979)、『アムニジアスコープ』(集英社 2005)、『輝く世界』(沖積舎 1993)、『緑の家』(新潮社 1995)、『冬の夜ひとりの旅人が』(筑摩書房 1995)、『A SUMMER'S DAY』(リブロポート 1991)など‥‥10冊ほど漁って来ました。

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赤レンガ図書館図書館内にある5台の自動貸出機はT区中央図書館と較べると操作手順が多くて馴れるまでは少々戸惑うかもしれない。K区在住・在勤・在学していない区外者でも借りられるので、初めて貸出す人は証明書(健康保険証、運転免許証、学生証など)を携行して1階の総合カウンターで「利用カード」を発行してもらいましょう。貸出数は本・雑誌が1人10冊、CD5組、DVD1点。貸出期間は2週間(14日)で、他の利用者の予約が入っていない場合に限り1回延長が可能。所蔵資料の検索や予約、貸出・予約照会などは館内の利用者検索機(OPAC)やインターネットからもアクセス出来る。図書館でDVD(主に映画)が借りられるのは、普段本を読む習慣のない人にとっても魅力的かもしれません。個人的に一番嬉しかったのは「石森章太郎萬画大全集」がYAコーナーに揃っていること(貸出可、T区は禁帯!)。館内で『人造人間キカイダー』『イナズマン』を読んじゃいました。

夏期や冬期は冷房や暖房が効いている館内の方が読書環境としては快適かもしれないけれど、天気の良い日は中庭のテラスに出て太陽の下、あるいは月下で読書という趣向は面白いアイディアだと思う。館外の公園のベンチや緑陰読書の解放感とは異なる入れ子的な、図書館の迷宮的な愉しさがある。2階エントランスから入って吹抜けの階段を降りて1階フロアへ。1階エントランスから階段を昇って2階の「子ども図書館」の中を通り抜けて階段を降りる。エレヴェータで3階まで昇ってみる。休日は赤レンガ図書館へ行こう!‥‥午前中は館内を探検散策、お昼は持参した弁当を「喫茶室」で広げ、中庭のテラスで読書(午睡?)する‥‥これで家出少女クローディアのように寝泊まり出来たら最高なんですが。どこかに「秘密の地下室」とか「隠し部屋」とかないのでしょうか?

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〈新中央図書館へ行こう〉に続く「新図書館シリーズ」第2弾です。T区もK区も旧中央図書館は煉瓦造りで暗く狭く黴臭かった。K区立中央図書館の前身は都立王子図書館(1938)で、70年前は有料閲覧だったというのだから隔世の感がある。旧中央図書館開設(1967)から数えても41年!‥‥ユニヴァーサル・デザインの滞在型図書館がオープンするまでの道程は長かったなぁ。T区とK区の中央図書館の違いは交通機関の利便性にある。地下鉄駅構内から直結か、JR駅から徒歩10数分か。高層ビル内の施設(4〜5階)か、緑地公園内の一戸建て(地上3階)か。コンピュータ化されたデータベースや予約システム、ICタグによる資料管理などハイテク度では互角だが(床面積と蔵書数ではK区の方が勝る)。ウィークデイは午後10時まで開館しているT区の新中央図書館、週末や日曜(休・祝日)はK区の赤レンガ図書館と使い分けるのが賢い利用方法かもしれません。

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  • 「JIN〜仁」の最終回に出て来た図書館ですよ〜〜〜〜^^;(2011/06/26)

  • 「旧陸軍の倉庫 図書館に変身」(朝日新聞東京版 2008/06/28)を参照しました

  • 『輝く世界』(沖積舎 1993)は「妖精文庫」(月刊ペン社 1978)の改訳新版です
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赤レンガ図書館

赤レンガ図書館

  • 所在地:東京都北区十条台1ー2ー5
  • 開館時間:平日・土曜(9:00~20:00)/ 日曜・祝日(9:00~17:00)
  • 休館日:月曜(第4月曜を除く)
  • メディア:図書館


イナズマン 1 ── 石ノ森章太郎 萬画大全集 2 ー 11

イナズマン 1 ── 石森章太郎萬画大全集 2 ー 11

  • 著者:石森 章太郎
  • 出版社:角川書店
  • 発売日:2006/05/31
  • メディア:コミック
  • 目次:ナゾの少女・リオン / ぶきみな先生 / イナズマン誕生 / 壮烈な戦い / 不死身な敵・新人類 / あやうしサブロウ / 恐怖の墓地(前編)


アムニジアスコープ

アムニジアスコープ

  • 著者:スティーヴ・エリクソン(Steve Erickson)/ 柴田 元幸(訳)
  • 出版社:集英社
  • 発売日:2005/08/31
  • メディア:単行本


輝く世界

輝く世界

  • 著者:アレクサンドル・グリーン(Alexander Grin)/ 沼野 充義(訳)
  • 出版社:沖積舎
  • 発売日:1993/08/06
  • メディア:単行本(「妖精文庫」の表紙画像です)
  • 目次:覆されたサーカス / 飛び去り行く鈴の音 / 夕べと彼方 / 訳者あとがき / 解説・彼方からの声(岩本和久)


A SUMMER'S DAY

A SUMMER'S DAY

  • 著者:ジョール・マイヤーウィッツ(Joel Meyerowitz)/ 鈴木 佳子(訳)
  • 出版社:リブロポート
  • 発売日: 1991/09/07
  • メディア:大型本

タグ:culture library
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コメント 2

びっけ

こんにちは。
図書館について書かれた文章を読むと、心が落ち着きます。
最近の図書館は、やけに明るくて健全で機械化が進んでいて、それはそれで快適なのですが、レトロな雰囲気の図書館が懐かしいです。
あの一種独特の香り・・・古い本の香り・・・(かび臭いとも言いますが・・・苦笑)。
赤レンガ図書館・・・sknys さんのこの記事を読んで、
夏休み中に行ってみよう!と強く思いました。
by びっけ (2008-07-16 08:20) 

sknys

びっけさん、コメントありがとう。
昔の図書館は何故か煉瓦造りで窓が小さい。
レトロな反面、幽霊が出そうな閉所恐怖感がありますね^^;

疲れを知らない悪ガキどもが走り回る夏休み中は、
明るく開放的な「赤レンガ図書館」にとっても恐怖かも?
‥‥日曜日は避けた方が無難かもしれません。

2階の「こども図書館」も可愛いですよ^^
K区コミュニティバス(¥100)がJR王子〜駒込駅間を周回しています。
TVや映画のロケ地として有名な「白亜の建物」も見学してね。
by sknys (2008-07-16 21:41) 

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