◎ FIVE * FUNF * CINQ * CINCO * XAMSA(Barbarity) Hamid Baroudi元美少年の面影、今いずこ?‥‥暫く見ない間に、すっかり「エロ親父」と化してしまったHamid Baroudiだが、その内面(音楽性)まで保守化してしまったわけではない。むしろ草の根的無国籍世界への放浪の旅の成果が着々と実を結んでいる解釈すべきだろう。彼のヴォイスは良く言えば中性的で、Khaledの豪快さやRachid Tahaの攻撃性、IAMの強靭さには欠けるけれど、世界中を翔け回るフットワークの軽妙さ、国籍、人種、言語、民族、宗教、文化‥‥の壁を乗り越えようとする行動力や探究心に満ち溢れている。4thアルバムに参加したミュージシャンは全13ヵ国、29名(日本人3人を含む)に及ぶ。6拍子と4拍子のポリリズム、ヒップホップ化したDissidentenを想わせる曲、アラブ歌謡とラップの異種混合、アラビック風味のサルサやタンゴ、アフリカ音楽‥‥歌詞内容は切実らしいが、髪結いの亭主(Jean Rochefort)の面妖なダンスを思い出して苦笑してしまう午前5時の紅茶といった感じでしょうか。
独・仏・英など4ヵ国語に翻訳された解説文(英訳)を読んでいると、Hamid Baroudiにとっては各国のミュージシャンと音楽をレコーディングして行く過程、貴重な体験をも含めてのアルバム=作品なのだということが良く分かる。この地道な個人レヴェルの努力の積み重ねだけが混乱した世界を変える、人間同士の相互理解を深める、そして異・国籍、人種、宗教民族間の血腥い「紛争」を根絶する最善の方法なのかもしれない。CD時代の変形スリーヴ(切り抜きジャケ)は30cm四方のアナログ盤に較べるとヴィジュアル面で劣るものの、CDジェルケースに収まると妙な立体感が生まれて侮れない。過去に+字や○型など単純なものはあったけれど、ここまで手の込んだ切り抜き──アルバム・タイトルの《Five》に因んだ図形(5・☆・骰子の5の目・V・開いた掌)で、蛇腹状のスリーヴを1面ずつ刳り貫いてある!──は見たことがない。
◎ METROPOLITAIN(Barclay)Kentオレンジ色に染まったトンネル内、向かって左にカーヴする高速道路‥‥このアルバム・スリーヴ(デジパック)はダイアナ元王妃が激突死した事故現場を撮った写真ではないだろうか。《Metropolitain》は7曲入りのミニ・アルバムだが、シングル盤扱いなので仏盤にしては安価。Mitchell Froom & Tchad Blakeのプロデュースから離れて一体どうなるのかと固唾を呑んでいたら、1曲目の〈Ton Bonheur〉からして、Underworldみたいな怒濤のデジタル・ロックで度肝を抜く。トリップホップ風の〈Rebelle Nouveau〉、ドラムンベース・ロックの〈A.D.O.〉、6拍子の〈Laisse Tomber La Nuit〉‥‥。アグレッシヴな音響に対峙するKent Cokenstockの押し殺したヴォイスも強靭で重い。まるで激突時の衝撃の大きさを物語っているかのようだ。
◎ DELIRIUM TREMENS(Goldenfly)SulfurSulfurはMichele Amarを中心とした8人組(女性3名を含む)。回転木馬ならぬ「回転魑魅魍魎」のスリーヴ、《振顫譫妄症》というアルバム・タイトルからも容易に想像されるように、〈Delirium〉という4ヴァージョンの間奏曲を挿んで狂った世界が繰り広げられる。Micheleのヴォイスはコケティシュな少女の誘惑にも、悪魔に憑かれた少女の咆哮にも聴こえる。〈Revolution〉はCourtney Love(Hole)やKat Bjelland(Babes In Toyland)みたいだ。夜の遊園地のBGMや暗黒サーカス団のテーマ・ソング、百鬼夜行パレード‥‥ミュージカル・ソーの妖しい音色が揺らめくなど、「メレットの夢魔」とも通底する音楽世界だが、良くも悪くもアメリカ娘の下世話さが横溢している。メンバー(共作者)にDavid Ouimet(Motherhead Bug)、録音にMartin Bisi、ミックスにRoli Mosimann、謝辞欄にJim Thirlwell‥‥NYアンダーグラウンドの人脈模様も垣間見れて面白い。
◎ NORTH CIRCULAR(Woronzow)The Bevis FrondThe Bevis FrondはNick Salmonのソロ・プロジェクト名ということだが、彼が曲作りやギターで全面参加したMary Lou Lord
《Got No Shadow》(Work 1998)の謝辞欄に記されているBFにはNickの他、2名の名前がクレジットされている。《North Circular》では「All instruments by NS.」となっているけれど‥‥。BFトリオ説は兎も角、何よりも虚を衝かれたのはMLLのアルバムで端整な職人ミュージシャンの顔を見せていたNSが12分を超える長尺曲〈The Pips〉で半壊していたことだった。壊れものとしての音楽家には2種類ある。最初から壊れた音楽しか創れない人と、整合性のある音楽を創る一方で精神のバランスを取るためか、変名や匿名で「壊れもの」を産み出してしまう人たち。後者のNSも全26曲2時間を超える奇妙な合わせ鏡の世界(〈She Had You〉の元歌も収録されている)で、牧歌的なものと暴力的なものの鬩ぎ合う森の中で木漏れ日に斑に染まりながら、あるいは嵐の中で風雨に曝されながら独り佇んでいる。
◎ ANGELS WITH DIRTY FACES(Island)Trickyトリップホップの革新者の1人、Trickyの4thアルバム。1曲目の〈Money Greedy〉はドラムンベースで、「kill me with a quickness」という危ない歌詞の一節が一躍、時代の寵児となって金と名声を手に入れた男の精神状態を象徴している(90年代後半のトリップホップとドラムンベースは最新流行の音楽スタイルだった)。疾走するドラムンベースの攻撃性と崩壊し解体したダウンビートの内向性が二律背反していて、微妙なバランスで辛うじて建っている夜の建築物のように美しい。独白、内省、自虐的なTrickyと、暗鬱、頽廃、耽美的なMartina Topley-Birdのヴォイスがダウナーな心象風景をモノクロームで彩る。音楽で描いた実存主義的な抽象画だろうか。PJ Harveyが〈Broken Homes〉という一輪の可憐な花を添える。Marc RibotやScott Ian(Anthrax)がギターで参加。14曲入りのUK盤。
◎ RISE UP!(Truckstop / Atavistic)Bobby ConnBobby ConnことRobert Connは1967年6月13日、NYCマンハッタンの生まれ。父親の職業は貿易商である(出生証明書より)。当時20代後半の御両親も30年後に、こんな「アンポンタン野郎」に成長するなんて想像も着かなかったでしょう。初期のWas(Not Was)にも通底する、おバカなアナーキーぶりが爆笑を誘う。デビュー・アルバムはJim O'Rourkeをプロデューサに迎えることで近年、稀にみる「怪作」となった。アーパーっぽいアレンジが施された多彩なサウンド‥‥フォーク、ダンス、ロック、ファンク、グラム、ジャズ、ボサノヴァ‥‥に乗ってクソ真面目で血気盛んな歌が赤裸々に吐露されて行くと、今まで見慣れていたアメリカの風景が映画の書き割りのようにガラガラと音を立てて瓦解して行く。その果てに立ち現われるのは、ジャケ・スリーヴに描かれているような摩訶不思議なSF・ファンタジー世界なのかもしれない。
◎ TAMING THE TIGER(Reprise)Joni Mitchellトラ縞の子猫を抱くJoni Mitchellの自画像。「飼い馴らした虎」とは「飼い猫」の暗喩なのだが、アルバム・タイトル曲の中にWilliam Blakeの有名な詩の一節を引用することで、野生や純粋性への憧れを「ネコ」の中に見い出す。ブレイクの詩が「ネコ」の中の「トラ性」を逆照射すると言っても良い。それは彼女が見て来た醜悪な音楽業界人たちを丸裸にする。ここ何作か続いて来た厚ぼったいサウンド、暗鬱なトーンは一掃されて、台風一過の青空に浮かぶ白い雲のように、その姿形を自在に変えて行く。昔からボイオティアの大山猫(リンクス)の目には透視能力があると信じられて来た。Joniは大山猫が人間たちの贓物や骨格を白日の許へ暴き出したように、「ネコ」の中にある「トラ」を透視する。ちょうどブレイクが「夜の森の中で燦爛と燃える虎」を幻視したように‥‥。アルバムの最後に収録されている〈Tiger Bones〉は〈Taming The Tiger〉のインスト・ヴァージョンである。
◎ STARTERS ALTERNATORS(Touch & Go)The Ex英米や日本では兎も角、ユーロ圏で「エックス」と言えばオランダのパンク / エクスペリメンタル・バンド、The Exのことである。Steve Albiniの米録音で、USインディーズの老舗Touch & Goからのリリース。実際に要したレコーディング期間は1週間だが、恐らく本国で入念にリハーサルを繰り返した後に渡米したシカゴ録音で、スタジオ内のハイ・テンションな空気の緊迫感、ビリビリする震えが一切損なうことなく記録されている。次から次へと襲いかかる重音リズム隊の波状攻撃、フレキシブルな鋼合金のように躰に絡み付く2本のギター・リフ。7拍子の〈Frenzy〉、インプロヴィゼーションの嵐に雪崩込む〈Two Stuck By The Moon〉。彼らのハード・エッジでストイックな演奏スタイルは「痙攣的な美」の極致で、1度聴いたロック・ファンを虜にする。パンク / ハードコア / ミクスチャーの錆びた檻の中に閉じ込めておくのは勿体ない。女性ドラマーKatrinが歌う〈Mother〉ではワールド・ミュージックの趣きもあるのだから。
◎ CARNAVAL NA OBRA(Excelente / Abril)Mundo Livre S/AFred 04(Zero Quatro)率いるマンギビートの雄「自由世界」の3rdアルバムは70分近い大作となった。小型4弦ギター(Cavaquinho)と一体化したFredの脱力ヘロヘロ感覚と、ヒップホップ以降の人力ドラムの躍動感‥‥7拍子曲の〈Negocio Do Brasil〉も軽々と叩き出すドラマーのリズム感が素晴しい。若干のメンバー・チェンジがあったためか、Fredのソロ・アルバムみたいな雰囲気もあるけれど、ラップ〜ファンクの〈Quem Tem Bit Tem Tudo〉や〈O Africano E O Ariano〉── Anomino(CafeTacuba)とJorge du Peixe (Nacao Zumbi)のヴォーカル参加がアルバムに変化を付けている。後者の歌詞の中に出て来る「ジャズ、ブルーズ、ゴスペル、ソウル、R&B、ファンク、ロック、ラップ、ヒップホップ、マンボ、スカ、サルサ、カリプソ、ルンバ、レゲエ、ダブ、ラガ‥‥サンバ」などアフリカから派生した多彩な音楽はMundo Livreにも継承されている。
◎ NACHTMAHR(Philips Classics)Meret BeckerMeret Beckerはドイツの耽美派歌姫。映画女優としてのキャリアもある。2ndアルバムの《夢魔》は清純無垢な聖少女と海千山千の魔女が交錯する異世界。シンギング・ソー(鋸を弓で弾く楽器)が幻妖な響きを奏でるワルツ〈Viva La Trance〉、ロリ声で囁く6拍子の〈Lolita〉、3曲目の〈Prise De Tete〉では、一転したアルト声で肉体女優風に倦怠感を体現する。ヴォイス・パフォーマンス、シアトリカルなセリフ劇、場末のキャバレー音楽、カーニヴァルの雑踏‥‥ロリータから熟女への豹変ぶりは幼女が次の瞬間、老婆に変身する恐怖にも似ている。美女に野獣が寄り添うように、ロリータ少女には「魔物」が良く似合う。Alexander Hacke(Einsturzende Neubauten)のプロデュースで完璧に再構築された「メレットの夢魔」──これが元祖ゴシック・ロリータ姫の真の姿である。都会のゴスロリ少女たちもファッションに留まっている限り、訳も分からずにシャツの裾を出して徘徊している老人たちと同類である。
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- ◎ 輸入盤リリース→入手順 ● Compact Disc規格外のCCCDは除外しました
- 個人的な年間ベスト・アルバム10枚を1年ずつ遡って行く〔rewind〕シリーズです
- 《Nachtmahr》は国内盤《夢魔》(Philips 1999)もリリースされましたが‥‥
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rewind 2007 / 06 / 05 / 04 / 03 / 02 / 01 / 00 / 99 / 98 / sknynx / 154
Nachtmahr
- Artist: Meret Becker
- Label: Philips Classics
- Date: 1998/11/05
- Media: Audio CD
- Songs: Vive la Trance / Lolita / Prise de Tète / Geistgestort / Das Vögelchen / Bobinke / Die Ballade vom kleiner Meretlein / Marsch Nr. 667 / Das blanke Wesen / Für Irland / Im Bauch / Traum vom Gesichtertausch
シングル志向の私(旧タイプ?)からすると、sknysさんがどういう基準でアルバム(しかも、ほとんど外盤)を購入してるのか気になります。
雑誌から情報を仕入れている? それともFEN? …謎だ。
by モバサム41 (2008-07-05 02:19)
モバサム41さん、コメントありがとう。
アルバム情報は国内洋楽誌の「輸入盤レヴュー」や英米音楽誌など。
新譜を記事やサイドに貼った後で、MM誌の「輸入盤紹介」に載ったり‥‥。
ネットでは米Amazon、Tower Recordsの他、
Warszawa、El Sur、大洋レコードなどのサイトを見ています。
全米シングル・チャートには昔ほど胸トキメキませんが、
女鳳啓助みたいなRihannaの〈Umbrella〉は強烈だったなぁ^^
by sknys (2008-07-06 12:31)