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メドゥーラ第5の首 [m u s i c]

  • デイヴィッドは鋼鉄の犬の輝く鼻面を軽くたたいて詠唱した。「そしてそれゆえに犬は / 4つの頭を光明界へもたげる」/ わたしは数が違うと指摘した。/「ああ、いやいや。ケルベロスはもともと4つの頭があったんだ。知らなかった? 4つ目はメイデンヘッド(処女膜)、こいつはたちの悪い雌犬だったから、誰も処女を奪えなかったんだ」ミスター・ミリオンさえも舌打ちをしたが、わたしはあとから、血色良く健康そうなデイヴィッド、既に両肩のもりあがりに予感されつつあった男らしさを見て、もし、これまでずっと思っていたように、3つの頭が主人(メートル)、奥様(マダム)、ミスター・ミリオンを、つまりわたしの父、叔母(デイヴィッドの言うところの処女だろう)、教師を象徴しているのだとすれば、ならばじきにデイヴィッドその人を象徴する4番目の頭を溶接しなければならないだろう、とも考えた。
    ジーン・ウルフ 『ケルベロス第5の首』


  • 2002年のプライヴェート・ベスト集《Family Tree》に続いて、Bjorkは翌年《Livebox》(Polydor 2003)という豪華ライヴ集(CD4枚組+DVD)をリリースした。各オリジナル・アルバム──《Debut》《Post》《Homogenic》《Vespertine》に対応した4枚のライヴ盤に、ロング・インタヴュー&ライヴ・ショットを収めたブックレット(36P)、そして映像特典としてDVD1枚(5曲入り)がオマケに付く。全60曲、CDだけでも6時間を超える、ソロ・デビュー10周年を飾るに相応しいボックス・セットだ。単発ライヴ盤をスタジオ録音盤と同じ基準(新作)で出すことの多い他のミュージシャンやアーティストとは明らかに異なるスタンス‥‥その一方で数年前からライヴ映像を丸ごと収録したDVDシリーズを既に何本も出しているので《Livebox》の音源自体は目新しいものではないが、とてもDVDにまでは手が回らない、金も時間も乏しいビンボー人には必携だし、オマケ特典で彼女のライヴ模様をタダ見(覗き見?)出来るのもチョット後ろめたいけれど嬉しい。

    お値段の方も超高くて、輸入盤と雖もなかなか手が伸びない。今手許にある「函」は運良くセール価格(¥4500)で2005年に入手した輸入盤だが──ちなみに日本語対訳を加えただけの直輸入仕様の国内盤は税抜き¥8000もする!──、買おうか買うまいか丸1日悩みましたね(それでも中古品より安いんだから、お買得商品なんでしょう)。最近、この4枚のライヴCDはバラ売りされている(1枚1800円前後)ようなので金欠症の少年少女ファンには朗報でしょうが、オマケのDVD(DVDシリーズと同じく、PAL/NTSCの両面ディスク&リージョン・フリー仕様)を無視したとしても、ここはボックス・セットの方を強く勧めたい。黒を基調としたパッケージ・デザイン面だけでも可愛いし、先発のピンク・ケース《Family Tree》と並べてみることで、Bjorkの想い描いたコンセプトも良く分かるからだ。こまめに輸入CDショップを見回っていれば、国内盤の半額程度で「黒い宝石箱」をゲット出来るかもしれません。

    Debut Liveは〈少年ヴィーナス〉の1曲を除き〈MTVアンプラグド〉(1994)の模様を収めたもの。オマケDVDの映像を視ると分かるように、意外と大所帯のステージで「アンプラグド」らしく、オリジナル以上にゆったりと寛いだ雰囲気の中で多彩なサウンドを聴かせる。まだあどけなさが残る(厚化粧の)Bjork。スタジオ盤のプロデューサNellee Hooperは直接拘っていないものの、Talvin Singhが彼女の隣に坐ってタブラを叩いている。続くPost LiveはShepherds Bush(1997)でのコンサートが中心。レゲエ / ダブ〜非西欧音楽的アプローチの《Debut》から、当時の最新流行だったトリップホップやドラムンベース、後に音響派とかエレクトロニカとかポスト・ロックとか呼ばれるサウンドに果敢に跳び込んで行く過程が鮮やかに記録されている。破壊的な「怒りソング」の〈Army Of Me〉、大胆にアレンジを変えた〈One Day〉や〈Big Time Sensuality〉、シジフォスの神話風に死と再生の物語を反復し続ける〈Hyperballad〉は何度聴いても泣けて来る。

    Post Liveは日本人アコーディオン奏者のCobaこと小林靖宏が参加したことでも有名だが、彼の伴奏だけでラストに歌われる、もう1つの「いかりソング」〈Anchor Song〉は圧巻!‥‥この曲はCD1〜3に都合3ヴァージョン入っていて、その曲順からアンコール曲だと窺い知れる。一切のギター音を排したと言われるHomogenic Liveはケンブリッジ、パリ、ワシントン、プラハ、スペイン、ロンドン‥‥といった世界各都市で行なわれたツアー(1997ー98)から選曲されている。Mark Bellの操るエレクトロニクスとアイスランド弦楽八重奏(10人)の調べが実験的色彩を醸し出す異色のステージ。孤独な狩人の〈Hunter〉や不穏な少女〈Isobel〉、特にクレイジー極まる〈Human Behaviour〉、超攻撃モードの〈Pluto〉、天変地異(地殻変動?)〜崩壊の美を謳った〈Joga〉‥‥と続く、後半の展開が最強超強力。オリジナル・アルバム未収録の〈So Broken〉は軽やかなスパニッシュ・ギターとBjorkの熱唱の対比が面白い。そして、いつものように彼女は最後に海の底に錨を下ろして深い眠りに着く。

    オール新曲で占められたVespertine Live(2001)は、過去3枚のライヴ盤〜ツアーとは明らかに異なった趣向、佇まいで幕を開ける。オルゴール曲の〈Frosti〉とインスト前奏曲の〈Overtune〉‥‥2人のミュージシャン(マルチ&エレクトロニクス)と美女ハープ奏者のZeena Parkins、グリーンランド女声コーラス隊とフルオーケストラというロック・コンサートとしては異例の編成になっている。Chris CunninghamのPVが余りにも有名な〈All Is Full Of Love〉や、主演映画『Dancer In The Dark』のサントラ曲〈I've Seen It All〉。優しく包み込む〈Cocoon〉、幽玄神妙な〈Aurora〉、超絶ハープと競い合う〈An Echo, A Stain〉、女声コーラスを大胆に採り入れた〈Hidden Place〉に目頭が熱くなる。その内向的な歌は地味で控え目だが、聴き込む程に味わい深くなって行く佳曲揃い。ライヴ・ステージの片隅に然りげなく置かれたPowerBook G4‥‥《Vespertine》の収録曲の殆どをノートブックで創ってしまったと言うのだから驚く。ラストの最新曲〈It's In All Our Hands〉で久しぶりに「ロック」してみせるのも意外性に富んだ心憎い演出である。

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    3年振りの新作、オリジナル・アルバムとしては第5作目に当たる《Medulla》(2004)は全曲アカペラ集である。「アカペラ」と聞いても意外に思わないのには幾つかの伏線があった。1つは私家版ベスト《Family Tree》の中のBrodsky Quartetとの共演。誰もが、ここから弦楽器を抜いたら彼女のヴォイスだけでアルバムが作れる‥‥と直感したはず。一般にアカペラと言うと一切の楽器を排した無伴奏のシンプルかつ清楚なサウンドをイメージするけれど、Bjork流アカペラは寧ろ逆で、インスト部分も含め、全てのパートを肉声(ヒューマン・ビートボックス)でやってしまおうという斬新な試み。つまりヒップホップ / ラップの方法論の延長線上にある実験で、清冽どころか逆に少々ウス気味悪かったり、猥雑だったり、コミカルだったりする。そこは不思議とポップで、血沸き肉踊るアミューズメント&サファリ・パークと化しているのだ。

    それは例えば14曲45分という数値に如実に表われている(ちなみに前作の《Vespertine》は12曲55分)。彼女のアルバムには珍しく1分台の曲が4曲、それも明らかに間奏曲めいた小品を挿み込む構成。Robert Wyattのヴォイスをサンプリング風に使う手法‥‥当然ヒップホップ的色彩も濃く、マッチョで肉感的な男声コーラスを配した〈Where Is A Line〉や、うねり撓うドラムンベースが筋肉質の強靭な肉体美を想わせる〈Who Is It〉、邪悪な獣じみた唸り声がダーク・ファンタジーSFな〈Ancestors〉。愉しげにヒップホップする〈Mouth's Cradle〉、猫の甘え声みたいな効果音と人力ビートボックスの掛け合いがコミカル&カラフルな〈Triumph Of A Heart〉には久々に心もウキウキと弾む。この曲のPVに飼い猫(恋人?)が登場して、Bjorkと一緒にダンスを踊る。監督は『マルコヴィッチの穴 』のSpike Jonzeである。

    アルバム・タイトルにもなっている〈メダラ〉(Medulla)とは解剖学用語で「骨髄」のこと。わざわざ「u」に揚音符をつけていることから、Medulla Oblongata(延髄)の意味だと推測出来る。いつもながらの謎に満ちたスリーヴ──ウィッグ(つけ毛)と言うのか、毛髪状の黒マスクと言うべきなのか、Medullaという文字型のペンダントを吊ったネックレスと一体になった不思議なヘア・スカラプチャを頭に被ったBjorkの姿は、どうしても〈メダラ〉ではなく〈メドゥーサ〉(Medusa)を連想してしまう。その余りにも怖しい容姿(髪の毛が蛇!)故に、見た者を石に変えてしまうという邪眼ゴルゴン3姉妹の末妹、彼女だけが可死だったためにペルセウスに首を刎ねられた揚げ句、女神アテーナの楯の中に恰も邪悪な紋章のように嵌め込まれて最強の武器と化してしまった「悲劇の美少女?」の儚いイメージに重なる。〈メダラ〉とは〈メドゥーサの首〉のことではないのか、あの「編み髪」が黒い蛇のイメージで‥‥と、つい深読みしたくなって来る。

    実は《Medulla》には3種類(限定盤を入れると全部で4種類。後にCD+DVD両面仕様のDual Discが発売された)の輸入CDが存在する。通常のCDと、SACD&CDのハイブリッド盤(限定盤は後者に特典ポスターを付けた紙ジャケ仕様)、物珍しさも手伝って(価格的にも大差ないので)ハイブリット盤(ジェルケース入り通常盤)の方を購入してみました。一体どういう構造になっているのか素人目には皆目見当も着かないけれど、悪いこと尽くめのCCCDとは正反対に、一般のCDプレーヤでもパソコンでも支障なく聴ける──SACDプレーヤがあればステレオ2チャンネルの最高音質で、対応再生装置があれば5.1マルチ・サラウンド方式の3D立体音響を体験出来るらしい──超スグレものなのだ。今いちパッとしないDVDーAudioを尻目に、最近SACDハイブリッド仕様のCDが増えていますよね。SACDで聴くことは叶わないけれど、今使っているCDプレーヤが壊れたらSACD対応プレーヤに買い替えても良いかなって思っています。

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    Bjorkのオリジナル・アルバム──《Debut》《Post》《Homogenic》《Vespertine》《Medulla》の5枚のスリーヴには彼女のバストアップ画像が使われている。模造の涙を浮かべたモヘア・セーターの少女。原色コラージュを背景にしたサイキック娘。ミッキー・マウスの耳(?)、首長族の首輪、日本の着物を纏ったサイボーグ人形、白鳥と2重写しの微睡む女性。黒いマスク(つけ毛)を被った「メドゥーサ」‥‥いずれも写真やCGによってBjorkの変貌〜変身ぶりを強烈にアピールしている。グラウンドビート、トリップホップ、ドラムンベース、エレクトロニカ、ラップトップ、ヒップホップなど‥‥その当時の最先端サウンドに挑戦。彼女も少女からサイビョーク、モンスターへ変身して行く。5番目のポートレイト(Fifth Head)とタイトルが「メドゥーサ第5の首」を連想させないだろうか。

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    • ビョーク・シリーズ第3弾をお届けします

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    Livebox

    Livebox

    • Artist: Bjork
    • label: Polydor
    • Date: 2003/09/13
    • Media: 4CD + 1DVD
    • Songs: Human Behaviour / One Day / Venus as a Boy / Come to Me / Big Time Sensuality / Aeroplane / Like Someone in Love / Crying / Anchor Song / Violently Happy // Headphones / Army Of Me / One Day / The Modern Things / Isobel / Possibly Maybe / Hyper-Ballad / I Go ...


    Medulla

    Medulla

    • Artist: Björk
    • Label: One Little Indian
    • Date: 2004/12/06
    • Media: Hybrid SACD
    • Songs: Pleasure Is All Mine / Show Me Forgiveness / Where Is The Line? / Vokuro / Oll Birtan / Who Is It / Oceania / Submarine / Sonnets/Unrealities XI / Desired Constellation / Ancestors / Mouths Cradle / Mivikudags / Triumph Of A Heart

    タグ:Music bjork
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    コメント 4

    yubeshi

    ビョークは10年前に観たきりか・・・(遠い目)。
    CDでも冒険していますが、ライブでもロック的アーキテクチャーを完全に無視した冒険をしまくっていますね。
    MedullaをSACDで聴いたら、縦横無尽の肉声オンパレードで凄い事になりそう。
    by yubeshi (2007-09-12 23:45) 

    sknys

    yubeshiさん、コメントありがとう。
    Bjorkのライヴは1度も観たことありません^^;
    パンキッシュな「角砂糖」時代のライヴを観たかった。

    《Livebox》とS席1枚が同じくらいの価格でしょうか?
    Vespertineの日本公演はチケットが一般に流れなくて、
    ファンから怒りの声が殺到したとか‥‥。

    SACDって、どれだけ高音質&サラウンドなのかって想像しちゃいます。
    Dual Disc(CD+DVD)シリーズは色々と問題があるみたいですね。
    新色iPod shuffleを真似て、スキン・カラーを1着替えてみました^^
    by sknys (2007-09-13 01:14) 

    SR

    ビョークのライブは見に行きたいですな 私は福岡出身+貧乏なので ライブを見にいけません ゲェーですよ 本当に
    by SR (2008-09-03 20:48) 

    sknys

    SRさん、ごめんなさい。
    2年近くも放置していました。
    電話予約制になってから、ライヴから足が遠のいています。
    昔は発売日の早朝に並べば確実にチケットが取れたんですが^^;
    by sknys (2010-08-07 13:25) 

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