メキシコの女たち [a r t]
6歳で小児麻痺(右脚の後遺症)。18歳の時、木造バスで帰宅途中、路面電車との衝突事故で重傷を負う(背骨・右脚・骨盤に多数の骨折、バスの鉄製の手摺が腹部を貫通!)。それから47歳で生涯を閉じるまで、健康人の預かり知らない想像を絶する苦痛(流産・中絶)に涙し、夫ディエゴの「女性関係」に苦しめられたフリーダだが(彼女自身もトロツキー、イサム・ノグチ、ニコラス・マーレイらと浮き名を流したし、ディエゴの女と同性愛も経験した)、残された絵画(その多くは自画像)はポップで今でも決して色褪せることがない。「あなたはシュルレアリストですよ」 と言うアンドレ・ブルトンに対して「私はシュルレアリストではありません‥‥私は自分の現実を描いている」と切り返すフリーダ。ここにも1つの顛倒がある。フリーダにとっての「現実」も一度カンヴァスに描かれると、鑑賞者にとってシ ュールな「夢想」に変貌してしまうメカニズムを生む。パリの個展(1939)でカンディンスキーやホアン・ミロ、マックス・エルンスト、パブロ・ピカソ、マルセル・デュシャン、イヴ・タンギーらの賛辞を浴びたことで画家としての彼女の評価も高まった。
フリーダ・カーロの残した約200点に及ぶタブローの大半は「自画像」だったが、〈フリーダ・カーロとその時代〉の中には初めての鑑賞者に多少なりともショックを与え兼ねない衝撃的な代表作──白いシーツで上半身を覆われた女性の股間から子供の頭部が出ている〈私の誕生〉や工業都市デトロイトの地にデペイズマンされた病院のベッドの上の女性‥‥彼女の左手から伸びた6本の赤いリボンの先に子宮模型(トルソ)、胎児、蝸牛、骨盤、萎れた蘭の花、万力が結ばれている〈ヘンリー・フォード病院〉(1932)。木製のベッドに横たわる血塗れの女(フリーダ)を刃物を手にした男(ディエゴ)が見下ろしている〈ちょっとした刺し傷〉(1935)。裸体に刺さった夥しい釘、ベルト状の4帯のコルセ ット、罅割れた脊髄が解剖図のように露出した〈折れた背骨〉(1944)──は残念ながら出品されていない。
それでもピンク色のドレスを着て右手に一輪の黄色い花を持った少女が髑髏のお面を着けている小品〈死の仮面を被った少女〉(1938)や人魚姫のような衣裳(赤・オレンジ・白)を纏って横たわったFKの空洞化した胸から植物の葉と茎が伸び、葉脈→血管が罅割れた溶岩の大地に根づくレオノール・フィニ風の〈ルーツ〉(1943)は充分に刺戟的だ。「自画像」 にしてみても、オレンジ色とブルーの洋蘭をバックにペットの手長猿を肩や腕に乗せた〈猿をつれた自画像〉やメキシコ民族風の白い花嫁衣裳に身を包んだFKの髪やレースから伸びた黒と白の糸が放射状に拡がる絡新婦のような〈私の心のディエゴ〉(FKの額にディエゴの顔が浮き出ている)はユーモラス(黒いユーモア?)で面白いし、マンゴ・スイカ・バナナ・パイン・ココナッツなどの果物の片隅から白い花嫁ドレスの少女人形が顔を覗かせる〈あからさまになった人生を見て怯えた花嫁〉も、女性器を想わせる果実の断面に驚く純真な乙女の表情が可憐で愛らしい。遺作となった〈生命万歳(Viva La Vida)〉(1954)が西瓜の静物画だったことも実にフリーダらしく、瑞々しく美しい。
*
廃墟のような場所で女性の弾く手回しオルガンから伸びた糸が人工の翼を拡げて空中浮游する男と繋がっている(凧揚げのイメージ?)〈魔術飛行〉(1956)。戸棚から流れ出すマグリットの白い雲、水を張った洗面器から妖怪「一反木綿」のように立ち上がる手拭い、腰かけた椅子と同化してしまったハート型の顔の女性(それを見つめる床下のネコちゃん)──ルイ・ヴィトン風のクッションの柄に顔も染まる〈擬態〉(1960)。胸元にブラ下がった三弦ヴァイオリンと繋がった絵筆(星を蒸留した三原色の絵の具)で鳥の絵を描くフクロウ画家‥‥彼女が月光のプリズムを絵に照射すると、小鳥は生命を得て窓から翔び立つ、マグリットの〈洞察力〉をヴァロ風に発展させたような〈鳥の創造〉(1957)。塔の中の女性が鳥籠の中の三日月(花王石鹸のマーク?)に星屑を粉砕器で摺り潰した「離乳食」を与えている〈星粥〉(1958)など、RVの不思議な夢物語に惹き込まれる。それにしても、なぜ塔や城壁の中、螺旋形の水路や迷路、奇妙な自転車や乗り物を好んで描くのか、なぜ女性の顔はハート型なのか?‥‥謎めいた疑問は尽きない
*
白と黒の牛模様の布を全身に巻き着けた女性の傍らに、馬なのか犬なのか判然としない動物2匹が繋がれている〈グリーンティ(卵型の貴婦人)〉(1942)。ハンモックの中の少女や飾り戸棚の上に猫のいる室内で年長の女性が娘にダンスを教えているような〈夜の子供部屋のすべて〉(1947)。赤い服を着て爆発した藁みたいな金髪の長身女性が巨大な青いヤマウズラと散歩している〈故パートリッジ夫人〉。メソポタミア文明ウル王朝期の城塞都市内部の光景なのか、馬と烏賊、蛾と鳥のハイブリッド生物たち一行が「赤いパンツ」の旗立てて見学〜探険ツアーする〈ウルのパンツ〉(1952)。宮殿内でミノタウロスの娘(水母のバケモノ!)に水晶玉占いをして貰う少年たち2人を描く〈そしてそれから私たちはミノタウロスの娘に逢った〉(1953)。ポール・デルヴォー風遠近法の修道院の中庭の前景に赤いドレスの猫女と黒いテルテル坊主みたいな修道僧2人を配した〈ダルヴォー〉(1952)など。そして森の深部に生息する白い幻獣──山羊の角と一対の翼、蛇の尻尾を有する「キマイラ」を描いた〈お前は誰? 白い顔よ〉(1959)は見るも怖しく悍ましく、LCの幻視力の凄じさを垣間見せてくれる。これに比べれば『もののけ姫』に出て来る「シシ神」なんて可愛いもんですよ。
*
*
- 〈小町娘レメディオス・バロ〉に合わせて記事の一部を修整しました(2024・9・5)
- その他の美術展の参照先はリンク切れ(TSGを除く)のため、各アーティスト名をGoogleイメージ検索にインクしています(IEからは飛べないかも?)。彼女たちの「絵画」や「写真」が百鬼夜行のようにゾロゾロ出て来るのでググって下さい^^
*
mexican women / remedios the beauty / sknynx / 053
- アーティスト:フリーダ・カーロ(Frida Kahlo)/ レメディオス・ヴァロ(Remedios Varo)/ レオノーラ・キャリントン(Leonora Carrington) 他
- 会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
- 会期:2003/07/19 ー 09/07
- メディア:絵画・写真
- 著者:ローダ・ジャミ (Rauda Jamis) / 水野 綾子(訳)
- 出版社:河出書房新社
- 発売日:1991/07/31
- メディア:単行本
- 目次:「私のからだは衰弱そのものだ」/ 父ヴィルヘルム・カーロ / 母マティルデ・カルデロン / 両親の結婚 / 青壁の家 /「私はどんなに笑ったことだろう!」/ フリーダの誕生をめぐって /「果てしない断末魔の苦しみ‥‥」/ 子供時代 /「思い返してみると、それは恐ろしい午後の‥‥」/ メキシコ革命 / 革命動乱の闘士たち /「狂気の時代だった」/ リーベ...
- 著者:レメディオス・バロ(Romedios Varo)/ 野中 雅代(訳)
- 出版社:工作舎
- 発売日:1999/05/01
- メディア:単行本
- 目次:夢のレシピ / 魔女のテクスト / イメージの実験室 / 地球の想い出 / メキシコの魔法の庭(野中 雅代)
- 著者:レオノーラ・キャリントン (Leonora Carrington) / 野中 雅代(訳)
- 出版社:工作舎
- 発売日:1997/09/10
- メディア:単行本
- 目次:序文またはロプロプは風の花嫁を紹介する(マックス・エルンスト)/ 恐怖の館 // 卵型の貴婦人 / デビュタント / 女王陛下の召喚状 / 恋する男 / サム・キャリントン叔父さん // リトル・フランシス //〔キャリントン・アルバム〕// ダウン・ビロウ / 1987年 後記
コメント 0