死んだ男の残した曲は

ジェフは屈んで鼻からコカインを吸引し、跪いてステレオの横の床に積み重なったLPの山を掻き分け、レコードを選んでターンテーブルに載せた。/ ｢これは好きよ｣ とコリーヌが言った。咽び泣くギターと甲高くて厭世的なヴォーカルが。/ ｢テレヴィジョンだよ｣ とジェフが言った。/ 彼女はステレオを振り返って、ジョークなのかと思った。ジェフの会社で時々このように感じることがあるけれど、ある内部参照（some inside reference）の機会を逃した。ドラッグで知覚が混乱しているのかもしれないが、実際に彼女は今、信じられないほど頭が冴えて、鋭敏になっていた。/ ｢それはステレオよ｣ / ｢テレヴィジョンはバンドの名前だよ。残念ながら解散しちゃった。1978年にCBGBで彼らを見たよ｣ / ｢そうなんだ｣。ヴォーカルの声は鼻詰まりのアデノイドのようだ。彼はコカインを決めたの？ 何を歌っているの？ 彼女は次のコーラスに耳を傾ける。｢僕はミロのヴィーナスの腕の中に倒れ込んだ｣ １分後に彼女は言った。/ ｢とっても頭が良い。分かったわ。何もしないよりはましだってことよね。基本的に私は全然クールじゃない｣ / ｢そんなこと思ったこともなかったわ。あなたは凄い｣
ジェイ・マキナニー 『ブライト、プレシャス・デイズ』

2023年1月10日、ジェフ・ベック（Jeff Beck）、19日デヴィッド・クロスビー（David Crosby）、28日トム・ヴァーレイン（Tom Verlaine）と、ロック・レジェンドたちの訃報が相次いだ。1954年に生まれたロックンロールは、The Beatlesに代表される60年代のインヴェンション、ハード・ロック、ヘヴィメタ、プログレ、（70年代後半のパンクとニュー ・ウェイヴ、90年代のシューゲイズとグランジ）というようにロックは進化・変遷して行った。それから60余年を経て、その立役者となった40年代生まれのロック・スターたちがバタバタとドミノのように倒れて行く。｢人生百年時代｣ などと不埒に喧伝されているけれど、地球上の生きとし生けるものたちは全て死すべき運命にある。近未来に平均寿命が飛躍的に伸びない限り、今生きている人類は百年後に地上から殆ど消滅している。今後も高名な高齢者たちは夥しい無名者と同じく、途切れることなく次々と物故して行くだろう。若い頃からドラッグやアルコールに耽溺して来たミュージシャンたちは特に早死にするリスクが高い。

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● Led Boots（1976）Jeff Beck

つんのめるようなリフと変拍リズム（7/8）がLed Zeppelinを想わせるインストだが、｢鉛の長靴｣（Led Boots）とは面妖なタイトルである。ゼップの名称については鉛（lead）を同じスペルの動詞リード（lead）と誤読されることを懸念して、敢えてレッド（led）に変更した経緯がある。作曲者はThe Jeff Beck GroupのキーボーディストだったMax Middletonで、同バンドのBobby Tenchが結成したブリティッシュ・ロック・バンド、Hummingbirdの3rd 《Diamond Nights》に〈Got My Led Boots On〉（A&M 1977）というヴォーカル曲が収録されている。発表時は前後しているけれど、後者がオリジナルではないかと思われる。元々は「鉛のブーツ」が重いことから ｢アクセルを強く踏み込む｣（put on my lead boots）、｢猛スピードでクルマをブッ飛ばす｣ という意味らしい。この曲からは暴走車ではなく、｢鉛の長靴｣ を履いてドタバタと不恰好に踊り狂う少年の姿が目に浮かぶ。アンデルセンの童話 ｢赤い靴｣（Red Shoes）で踊り狂った少女カーレンの少年版ではないかしら？

● Almost Cut My Hair（1970）Crosby, Stills, Nash & Young

〈カット・マイ・ヘア〉という邦題は誤解を生む。｢殆ど髪を切った｣ のではなく、｢もう少しで髪の毛を切るところだった｣ という意味である。実際には切らなかったのだ。その理由を ｢フリーク・フラッグを靡かせたい気分｣（I feel like letting my freak flag fly）だったからと歌っている（ ｢フリーク・フラッグ｣ という言葉はジミヘンの〈If 6 Was 9〉からの引用らしい）。大多数の人とは違った主張をしたいという意志が込められているようだ。｢誰かに負い目があるように思う｣（Yes I feel like I owe it to someone）という歌詞には何か取り返しのつかないことが起きた事態に対する悔恨が濃く滲み出ている。クリスマスにインフルに罹り、鏡に映った自分の姿やパトカーを見るように、妄想が膨らむ（It increases my paranoia）。そして、気持ちが平静に戻ったら、南へ行って、明るい日差しの中で落ち着こう（I'm gonna get down in that sunny southern weather）と決意する。就職するために長髪を短く切った軟弱なリクルートカット青年の歌などでは断じてないのである。

● Venus（1977）Television / Tom Verlaine

｢ミロのヴィーナスの腕の中に倒れ込んだ｣（I fell right into the arms, Venus de Milo）というサビの歌詞が印象的な愛聴曲。ところが不思議なことにミロのヴィーナス像に両手はなかったのだ。光り輝く夜の街を徘徊する「僕」には ｢世界が骨と皮膚の隙間のように痩せて見える｣（The world so thin between my bones and skin）。｢感覚が鋭敏になって、両手は手袋みたい｣（My senses are sharp, my hands are like gloves）、｢ブロードウェイは中世のようで、小さな頁を捲るようだ｣（Broadway looked so medieval. It seemed to flap, like little pages）など、ドラッグでラリっているような描写が続く。ルーヴル美術館のヴィーナス像に倒れ込んだわけではないのだから、トム（Tom）の幻視した「愛と美の女神」には両手があったのかもしれない。｢僕｣ が精神的に落ち込んだのは薬物のバッド・トリップなのか、文字通り恋に落ちたのは分からない。歌詞に登場するリッチー（Richie）とは初期バンド・メンバーだったリチャード・ヘル（Richard Hell）のこと。彼は警察官の制服を着てライヴ・ステージに立つことをトムに提案したけれど却下されたという。

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● Forbidden Colour / Forbidden Dub（1987）Mark Stewart

4月21日、マーク・スチュワート（Mark Stewart）が急逝（享年62歳！）した。The Pop Groupの2ndアルバム《For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder ?》のタイトル曲〈How Much Longer〉にしようかとも思ったが、坂本龍一（Ryuichi Sakamato）が亡くなって以降、映画 ｢戦メリ｣（Merry Christmas Mr. Lawrence 1983）のテーマ曲を耳にすることが増えた（近所のスーパーで、BGMとして流れていたのだ）。David Sylvian （ヴォーカル）とRyuichi Sakamotoの〈Forbidden Colours〉（1983）は洋楽として知られているが、Mark Stewartがカヴァしていることは殆ど知られていないのではないか。エイドリアン・シャーウッド（Adrian Sherwood）と共同プロデュースの３rdアルバムに収録された2ヴァージョンは暴力的なダブによって、完膚なきまでに解体（カットアップ）されている。曲名を知らされなければ誰も〈Forbidden Colours〉のカヴァとは思わないかもしれない。〈How Much Longer...?〉という問いかけには36年経っても、大量殺戮が続いていると悲観的に答えざるを得ない現状を深く憂う。

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Jeff leans down and snorts another line, then kneels down to riffle through a stack of LPs on the floor beside the stereo, selecting a record and placing it on the turntable.
"I like that," Corrine says of the wailing guitars and whining, world-weary vocals.
"It's Television," Jeff says.
She looks back down at the stereo, wondering if that was a joke. She often feels this way in Jeffs company, as though she is missing out on some inside reference. Maybe the drug is messing with her perception, although, in fact, she feels incredibly clearheaded and sharp at the moment.
"It's a stereo," she says.
"Television's the name of the band. Unfortunately, no longer with us. I saw them in '78 at CBGB."
"Oh, right," she says. The singer's voice is very nasal and adenoidal-maybe he did cocaine? What is he singing? She listens for the next chorus. "I fell right into the arms of Venus de Milo." It takes her a minute. And then, she says, "Very clever. I get it. Better late than never, I guess. You must think I'm very uncool, basically."
"I've never thought that. I think you're amazing."

｢Bright, Precious Days｣（2016）Jay McInerney

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• ｢Jeff Beckの「Led Boots」をめぐる疑問（２）"Led Boots"ってどういう意味？｣、｢Almost Cut My Hair / カット・マイ・ヘア（C.S.N&Y）1970｣ を参照しました


• ｢led boots｣ の本来の意味は「重い足取り」なのかもしれませんが、曲調は真逆です


• Jay McInerney ｢Bright, Precious Days｣（2016）からの引用文は拙訳です＾＾;


• 表題は ｢死んだ男の残したものは｣（作詞・谷川俊太郎、作曲・武満徹）のモジリです
• 洋楽ブログなので、故・坂本龍一の追悼記事を書くつもりはなかったのですが‥‥

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　 dead man's songs / sknynx 1134

Wired

• Artist: Jeff Beck
• Label: Epic
• Date: 2001/03/27
• Media: Audio CD
• Songs: Led Boots / Come Dancing / Goodbye Pork Pie Hat / Head for Backstage Pass / Blue Wind / Sophie / Play With Me / Love Is Green

Deja Vu

• Artist: Crosby Stills Nash & Young
• Label: Atlantic
• Date: 2003/03/03
• Media: Audio CD
• Songs: Carry On / Teach Your Children / Almost Cut My Hair / Helpless / Woodstock / Déjà vu / Our House / 4+20 / Country Girl: Whiskey Boot Hill / Down, Down, Down / "Country Girl" (I Think You're Pretty) / Everybody I Love You

Marquee Moon

• Artist: Television
• Label: Elektra / Rhino
• Date: 2003/09/23
• Media: Audio CD
• Songs: See No Evil / Venus / Friction / Marquee Moon / Elevation / Guiding Light / Prove It / Torn Curtain / Little Johnny Jewel (Parts 1&2) / See No Evil (Alternate Version) / Friction (Alternate Version) / Marquee Moon (Alternate Version) / Untitled Instrumental

For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?

• Artist: The Pop Group
• Label: Freau
• Date: 2016/02/19
• Media: Audio CD
• Songs: Forces Of Oppression / Feed The Hungry / One Out Of Many / Blind Faith / How Much Longer / Justice / There Are No Spectators / Communicate / Rob A Bank

Mark Stewart

• Artist: Mark Stewart
• Label: EMI Europe Generic
• Date: 2007/03/19
• Media: Audio CD
• Songs: Survival / Survivalist / Anger Is Holy / Hell Is Empty / Stranger / Forbidden Colour / Forbidden Dub / Fatal Attraction / Stranger Than Love / Stranger Than Love Dub / Survival (Edit)

Bright, Precious Days: A novel

• Author: Jay McInerney
• Publisher: Knopf
• Date: 2016/08/02
• Media: Hardcover（English Edition）
• Content: From the best-selling author of Bright Lights, Big City: a sexy, vibrant, cross-generational New York story--a literary and commercial triumph of the highest order. Even decades after their arrival, Corrine and Russell Calloway still feel as if they’re living the dream that drew them to New York City in the first ...

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