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苦汁ザリガニ [p a l i n d r o m e]



  • いや、そんなことに心を動かしている場合ではない。まだ数匹、敵はどこかに潜んでいるはずなのだ。じつを云うとそろそろ寝たいのだが、ここで就寝してしまっては、みすみす人体を生け贄に供するに等しい。私も人としての尊厳を保ちたいからここで無防備な姿を晒すわけにはいかない。我が身を囮としつつ敵をおびき寄せ、返り討ちにできればしめたものである。さあこい蚊め,虫の浅知恵に負ける我ではないわ。勇ましくそう考えて眠気を堪えた。ついさっき少なくとも一匹の羽音を聞いたばかりである。薄暗い寝床の中で敵の襲撃を待ちかまえていると、まどろみ、朦朧としてくる。しかしここで眠っては負けである。私は視覚と聴覚を最大限に研ぎ澄ませた。/ 蚊はなぜ襲ってこないのだろう,私が眠るのを虎視眈々と待っているのだろうか。闇の向こうでじっとこちらを見ているのだろうか。これは相当な知能犯ではないか。もしかしたらただの蚊ではないのかもしれない。
    フジモトマサル 「闇の向こう」


  • □ 虫が好きになる。ハチ、クワガタ‥‥川口春奈にキスが沁む
    夏休みの昆虫採集は愉しい。小学3年生の林間学校で虫が大好きになった。幼女から老婆まで年齢を問わず、多くの女性たちは虫を毛嫌いする。その一方で、平安時代から「蟲愛づる姫君」という奇特な女性も存在した。微風に舞う色鮮やかな蝶々は綺麗だし、空中に静止してホバリングする蜜蜂も可愛いし、樹に止まっている黒いクワガタも力強く雄々しい。故郷の長崎には都会では見ることが叶わない数多くの昆虫が生息している。公園のベンチに座って、花壇に舞う蝶や蜂を眺めているだけで心が安らぐ。滑り台やジャングルジムのある小さな児童遊園では、近所のネコも空中に浮游する虫たちを興味深そうに見上げていた。ある夏の日、広大な自然公園を散策していた春奈は樹に止まっていた1匹のクワガタを発見する。人気のない鬱蒼とした秘密の場所に木漏れ日が揺れる。そして、彼女は黒光りするクワガタの背中に優しくキスするのだった。「蟲愛づる姫君」のように。

    □ 百足、蛾が敵かしら?‥‥雨、嵐が来て、蚊が手咬む
    虫が大好きといっても、すべての虫たちを愛でているわけではない。例外的に天敵とでも呼ぶべき苦手な虫もいる。その筆頭はゴキブリども。窓やドアを閉めているのに、いつの間にか室内に潜入して、夜中にゴソゴソ歩き回る嫌らしい奴ら。百足やダンゴ虫など、多足類の生物は形状的に気色悪いし、エビやシャコなどの甲殻類も出来れば見たくない。大量の鱗粉を撒き散らす蛾も苦手かしら?‥‥今年は台風が1つも来ないと楽観していたら、夏になってから次々と大型台風が日本に来襲・上陸して甚大な被害を齎した。スーパー台風の豪雨と強風によって、1日中鳴いていた蝉時雨も一掃されてしまった。私は蚊に刺されやすい体質らしい(O型だから?)。外を歩いているだけで腕や足を咬まれることがあるくらい。猛暑の夏でも、肩や脚を露出して出歩けない。台風が一過二過三過しても、吸血蚊たちは掃滅されなかったようだ。私の天敵は薮蚊なのかもしれない。

    □ こまっしゃくれ竦み籠るもゴミ崩れ悔し妻子
    あたしは引き蘢りの小学生。登校初日からクラスの悪ガキどもに苛められて、泣きながら逃げ帰った。それ以来、自宅の子供部屋に引き蘢っている。髪の毛が茶色くて肌が白いのはクオーター(祖母がフランス人)だからだし、容姿端麗なのは母親譲り。こまっしゃくれた性格は生来のもの。扁平顔で胴長O脚の日本人が単一民族なのかどうかは知らないけれど、自分たちと異質な存在を排除しようとする傾向が強い。付和雷同というか、同調圧力というのか‥‥1人1人の違いを認めたがらない。あたしに超能力があったら、同級生たちを丸ごと瞬時に「人種の坩堝」に転送させちゃうんだけど。そんなわけで、毎日ネットとゲームに明け暮れていた。ある夜、震度5の地震が起こって、あたしの部屋は一瞬にして「ゴミ部屋」と化した。崩れて来たマンガ本や雑誌、CDやゲーム・ソフトなどの下敷きになって身動き出来ない。必死に力を振り絞って「ゴミ部屋」から脱出したけれど、それが図らずも引き蘢りから抜け出ることになったのだから「災い転じて福となる」かしら?‥‥あたしの家も「ゴミ屋敷」と化していたけれどね。

    □ ラトビア棲家、鹿、水浴び虎
    オレはレオ。ラトビアを棲家とする雄ネコだ。飼いネコとして何不自由ない満ち足りた日々を過ごしている。飼主が出してくれるゴハンを食べ、好きなだけ眠って寛ぎ、気ままに行動する。趣味は読書。ある日、夜の森でトラが燃えて輝いているという詩に感動したオレはトラのように光り輝く存在になりたいと思った。同じネコ科の仲間なのだから、ネコだってトラになれるはずだ。翌日レオはトラ気取りで勇ましく街から出て行った。オレはラトビアの勇敢なトラだ。野原で遊ぶウサギたちの耳に咬みつこうとしたら、どこか具合が悪いんじゃないの?‥‥と逆に心配される始末。長閑に草を食む牝牛たちには角を向けられて体良く追い払われた。池の畔で水浴びをする鹿を木陰から窺う。肉食獣の本能が目覚める。トラのような獰猛な唸り声を上げて跳びかかったつもりだったが、「あら、レオくんも水浴びに来たの?」と笑顔で挨拶されてしまった。腹が減って帰宅したレオは食後の微睡みの中で夢を見た。オレは夜の森の中で光り輝くネコだった。

    □ 新金貨ちらつかせ、かつ拉致監禁し
    その昔、人気絶頂だったピンクレディの写真を見せてあげると嘘を吐いて、女児に悪戯しようとしたロリコン男がいた。幼い子供たちの気を惹きそうなアイテムを餌に獲物を釣ろうとする古典的な手口は今日でも何ら変わることがない。一昔前ならセーラームーンだったかもしれない。今ならばピカチューやジバニャンかしら。リオ五輪の金メダルを見せてあげると誘ったら、後を尾いて行く子供たちも少なくないのではないか。でも、金メダルに輝いた日本人選手は十数名しかいないので(メダリストたちはTVなどのメディアに帰国後も露出している)、すぐにバレてしまうだろう。そこは変質者も考えたのか、リオ五輪の記念金貨をちらつかせて小学生を拉致・監禁しようとした女が先日逮捕された。金メダルではない外国の新金貨などに今どきの子供が興味を持つだろうかと不審に思った刑事は被害に遭った児童に訊いてみた。ゲーム・ソフトを買うお金が欲しかったと男児は悪びれずに話した。

    □ 黒V字ビキニ着る姉、クネクネ歩きに厳しいブログ
    ボクの姉は美人でナイス・ボディ‥‥いわゆる「綺麗なお姉さん」である。中2の時に原宿で某モデル事務所にスカウトされて、今は東京ゲーム・ショーやモーター・ショーなど、イヴェントのコンパニオンやファッション・ショーのモデルをしている。露出度の高い奇抜なコスチュームは中学生の弟から見ても気恥ずかしくなるほどだ。実家で試着してボクに意見を求めるのも止めて欲しい。ハロウィンのコスプレ娘じゃないんだから。先日も来週の水着ショーで着る最新ビキニを特別に見せてあげると誘われた。「DEAD OR ALIVE XTREME BEACH VOLLEYBALL」の美少女キャラが着るような超際どい黒V字ビキニに目が点になった。しかも自撮りしたビキニ姿をブログやSNSに一早くアップしたから大騒動に‥‥姉のブログが炎上したのは火を見るよりも明らかである。黒いV字ビキニで花道を歩く水着ショーの姉の姿も動画サイトにアップされていて、下品極まりない(ゲスの極み)と数多くのブログなどで非難されている。

    □ メイド、引っ込み思案。バナナパン味見、小っ酷い目
    シャーロットは住み込みのメイドとして働いていた。貧しい家庭環境で育った彼女は進学を断念して就職する道しかなかったが、好きでメイドになったわけではない。諸般の事情で、ここしか就職先がなかったのだ。メイド喫茶でアルバイトしている日本のコスプレ女子高生には想像がつかないかもしれない。内気で人見知りするせいか、従順で大人しい性格だと他人から見られているけれど、内面はパンク・ロックの反逆・反骨精神で熱く煮えたぎっている。炊事、洗濯、掃除‥‥とシャーロットの1日は忙しい。自由に使える時間は夜の9時過ぎからの2時間余り。専任の料理人がいるので、炊事は皿洗いや料理を運んだりする下働きである。今日は久々の休みをもらって遊びに来た。最近怒られたこと?‥‥朝食のバナナ・ブレッドをつまみ食いして、メイド長から小っ酷い目に遭ったことかしら。バナナパンというものを1度も食べたことがなかったので、つい味見してしまったの。

    □ 妻、誘うサロン、暖炉、サウナ、歳末
    夫の知らない妻の隠された私生活。毎朝サラリーマンの亭主を玄関から送り出した直後から、妻の優雅な生活が始まる。冷蔵庫や洗濯機や掃除機などの家電の進化やスーパーやコンビニ、ファミレス、外食産業の進出によって,主婦の労働時間は飛躍的に短縮された。家事奴隷から解放されたといっても過言ではない。主婦たちは余った時間を何に使うのか?‥‥そこにはスイーツやドルチェのように甘い誘惑が待ち構えている。趣味の婦人サークルやサロン。寒い冬場に暖炉を囲んでママ友たちと噂話に花を咲かせる時間は何者にも代え難い。カラオケやゴルフでストレスを発散したり、サウナやスパで遊び疲れた躰を癒すのも至福の一時である。この慌ただしい歳末に平静でいられるのは日々の優雅な生活があるから。年末年始くらいは海外旅行で忙しく過したいと思う専業主婦だった。

    □ 不動くん、ディスク・ユニオン。鬼行く水天宮、飛ぶ
    不動明の趣味はレコード蒐集である。音楽愛好家と名乗りたいところだが、形のない音楽よりもLPやCDなどのモノに執着する傾向が強い。今日も午後からディスク・ユニオンの半期に一度開かれる「決算バーゲン」へ出かけた。中古アルバムの色別割引が「オレンジ40%、水色30%、ピンク20%OFF」という破格のセールなのだ。不動明の狙い目は「未開封中古」と称する「新品」である。ディスク・ユニオンでは発売・入荷日から数カ月経った新譜を中古品の棚に紛らわせて安価で売っている。たとえば、今年1月にリリースされたTortoiseの輸入CD《The Catastrophist》(Thrill Jockey 2016)が40%引きで1050円(税込)だったりする。店内を見渡すと中古棚を漁っている客はハゲと白髪頭のジジイばかりだ。彼らも若かった学生時代には洋楽ロックを聴いていたのだろうか?‥‥今では見る影もないけれどと訝しむ。アルバム数枚を手にした不動明は会計を済ませて店から出ると、鬼の姿に変身して御茶の水から日本橋蛎殻町の水天宮へ飛び立った。妊娠中の妻の安産祈願のために。

    □ 土産屋、私語・寝言男。「猫ジャケ」病み?
    箱根の温泉地で土産物屋を営んでいる猫田鮭男は「猫ジャケ」のコレクターである。蒐集歴は四半世紀に及ぶ。最初の出逢いはペイル・セインツの《狂気のやすらぎ》(1990)だった。ポール・セイヤーの同名小説(1988)から採ったというタイトルにも惹かれたが、何よりも紅い花の薫りを嗅いでいるようなネコの横顔に心を奪われてしまったのだ。子供の頃からネコ好きで、実家ではネコを飼っていたし、土産物屋では看板ネコが店番している。思い立って手許にあるLPやCDを調べてみたら、10枚以上の「猫ジャケ」が出て来た。ファンタスティックで可愛く、コミカルで愉しく、精悍で麗しいネコード‥‥それ以来、CDショップや中古レコード屋を回って「猫ジャケ」を漁るようになった。最近は病膏肓に入ったのか、愚妻によると無意識に私語や寝言で何やらブツブツと呟いているらしい。きっと夢の中に出て来た「何かをゲイズ(凝視)している」ネコのアルバムのことかもしれない。ニャーゲイザーの2枚組「レア・トラックス集」は廃盤で、中古品でも高値がついている。欲しいけれど高くて手が出ない。どうして再発されにゃいのかしら?

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    • 回文と本文はフィクションです。一部で実名も登場しますが、該当者を故意に誹謗・中傷するものではありません。純粋な「言葉遊び」として愉しんで下さい

    • 「ラトビアの虎」は『ねこだけどライオン』(セーラー出版 1991)のパロディです

    • 猫ジャケ回文は「スニンクスなぞなぞ回文 #44」の解答です^^

     スニンクスなぞなぞ回文 #45

     だ◯▽☆△◎がきデカ▢◎い◎▢かで飢餓◎△☆▽◯だ

     回文作成:sknys

     ヒント:こまわり君はカフカなのよ(萩尾望都)


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    終電車ならとっくに行ってしまった

    終電車ならとっくに行ってしまった

    • 著者:フジモトマサル
    • 出版社:新潮社
    • 発売日:2010/11/25
    • メディア:単行本
    • 目次:燦めく星座 / 闇の向こう / 退屈と戦争 / 秘伝 / 思い出せない / 偶然にもそのとき / ジャングルの掟 / 悪夢の構造 / 刷り込み / HELP / キートンの顔 / 遵法精神 / 無人島にて / 樟脳 / コピー / ふり返って思う / 星の下 / 夜の散歩 / 風景 / 穴 / 夢の中 / 巨人 / 鳴きつる方をながむれば / 台風の夜 / ソナタ


    The Catastrophist

    The Catastrophist

    • Artist: Tortoise
    • Label: Thrill Jockey
    • Date: 2016/01/22
    • Media: Audio CD
    • Songs: The Catastrophist / Ox Duke / Rock On / Gopher Island / Shake Hands With Danger / The Clearing Fills / Gesceap / Hot Coffee / Yonder Blue / Tesseract / At Odds With Logic

    コメント(2)  トラックバック(0) 

    コメント 2

    ぶーけ

    先日テレビの物まね番組で、回文で歌う誰それ(忘れました)というのをみました。
    sknysさんを思い出しました。
    でも、回文はsknysさんのほうがずっといいです。
    というか、比べては失礼ですね。
    by ぶーけ (2016-09-28 18:23) 

    sknys

    YouTubeで初めて見ましたが、バカバカしくて面白いですね。
    手賀沼ジュンの回文歌^^
    巣鴨地蔵通りを歩いていたら、スキンヘッドの男に呼び止められた。
    小峠(バイきんぐ)さんだった。
    中京テレビの番組らしい。
    by sknys (2016-09-28 21:37) 

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