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マーク・ハーツガード 「闘いに疲れて」
■ No Reply
米ドゥーワップ・グループ、ザ・レイズ(The Rays)のヒット曲〈Silhouettes〉(1957)の歌詞にインスパイアされたというJohnの失恋ソング。彼女の家に行っても居留守を決め込まれ、電話にも出てくれないと嘆くストーカー一歩手前の心情が歌われる。。Johnのヴォーカル(ダブルトラック)、ギター、Paulのベース、コーラス、Georgeのギター、Ringoのドラムス。ボサノヴァ風に始まり、シンバル・クラッシュの後で力強い8ビートとなる。アクースティックなサウンドで、サビではJohn、Paul、Georgeの手拍子とジョージ・マーティン(Georege Martin)のピアノ、Paulのコーラスが加わる。セッション日(1964. 9. 30)の最後に録音されたこともあってか、疲れ気味のJohnのヴォーカルにエコーがかけられた。英国ではシングル・カットされなかったが、日本では〈Eight Days A Week〉のB面としてリリースされた。
■ I'm A Loser
「僕のディラン時代」とJohn自ら語っているように、Bob Dylanの影響下で書かれた負け犬ソング。JohnのヴォーカルとPaulのハーモニーから始まるフォーク・ロック調の曲。挿入されるハーモニカも〈Please Please Me〉〈I Should Have Known Better〉などのキャッチーなリード・メロディではなく、ギター弾き語りのフォーク・ソングのスタイル。Johnのヴォーカル、ギター、ハーモニカ、Paulのベース、コーラス、Georgeのギター、Ringoのドラムス。間奏のギターはGeorgeのチェット・アトキンス奏法で、Paulのベース・ランも内省的な歌詞とは対照的に陽気で愉しげに聴こえる。「ダメな僕」という自虐的な自画像はBeckの〈Loser〉(1994)にも通底するロックの王道テーマの1つである。
● Baby's In Black
正真正銘のJohnとPaulの共作(レノン&マッカートニー)で、ツイン・ヴォーカル。どちらが主旋律を歌っているのか判然としない3拍子(6/8)の曲である。JohnとPaulのヴォーカル(ダブルトラック)、Johnのギター、Paulのベース、Georgeのギター、Ringoのドラムス。「Baby's in black and I'm feeling blue」という歌詞が黒い服装の彼女と僕のブルー(憂鬱)な気持ちを対比している。恋人は黒い服が好きなだけで「喪服」を暗示しているのかどうかは分からないが、黒い服の女性のイメージはハンブルグ時代に出会った女性写真家で元メンバー、スチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)の婚約者だったアストリッド・キルヒャー(Astrid Kirchherr)から得たのではないかと言われている。サトクリフは1962年に死去しているので「寡婦」に重なるけれど。「失恋男」「負け犬」「黒服女」‥‥「売り出し中」というアルバム・タイトルとは裏腹に気分の滅入るような歌詞が続く。
■ Rock And Roll Music (Chuck Berry 1957)
カヴァ・ソングが「失恋男」「負け犬」「黒服女」と続いたオリジナル曲の暗雲を吹き飛ばす。1966年のライヴ・ツアーでオープニングに演奏されたファブ・フォーの持ち歌は力強く揺るぎない。レコーディングも一発録音の1テイクで完了したという。Johnのヴォーカル、ギター、Paulのベース、Georgeのギター。ロックンロール・ビアノはジョージ・マーティンが弾いている。ニュー・アルバム1枚を制作するにはレノン&マッカートニーのオリジナル曲が足らず、仕方なく収録したカヴァ6曲の中の1つだが、ライヴ・レパートリーがスタジオ録音されたのは逆に貴重だったかもしれない。タンゴでもマンボでもなく、ロックで踊りたいというロックンロールのテーマ・ソングなのだから。
● I'll Follow The Sun
Paulが16歳の頃、風邪で寝込んでいた日にレースのカーテン越しに窓の外を眺めながら、ギターを弾いて作ったというバラード。熱に浮かされたような過剰なエネルギーはなく、むしろ落ち着いた雰囲気が漂う。Paulのヴォーカル、ベース、Johnのコーラスとギター、Ringoのパーカッション(ボンゴではなく膝を叩いている)。間奏のギター・ソロはGeorgeのスライド奏法。録音当日(1964. 10. 18)は録音済みの〈Eight Days A Week〉の完成を含めて、8曲のレコーディングを9時間で終えたという。しかし、お蔵入りの古いバラードを収録せざるを得なかったことに、このアルバムの内実が表われている。マーク・ハーツガードは「このアルバムを、同時期のライバルの作品と好意的に較べて、良い点をつけることもできるかもしれないが、ビートルズによって積み重ねられた全業績から比べたら、二級品だろう」と断じている。
■ Mr. Moonlight (Roy Lee Johnson 1962)
米R&B歌手のピアノ・レッド(Piano Red)がドクター・フィールグッド&ジ・インターンズ(Dr. Feelgood And The Interns)名義で発表したカヴァ曲。ライヴで演奏していたJohnのレパートリーである。冒頭のタイトル・シャウトが強烈だが、来日公演(1966)をTV放送した番組の中で、4人を乗せたクルマが夜明けの首都高速を走るシーンのBGMとして使われたことでも印象深い。Johnのヴォーカル、ギター、Paulのベース、ハモンド・オルガン、Georgeのギター、アフリカン・ドラム、Ringoのドラムス。この曲がアルバムに収録されたためなのかどうかは不明だが、同日(1964. 8. 14)のセッションでレコーディングされた〈Leave My Kitten Alone〉(Little Willie John 1959)が選曲から漏れてしまったのは残念でならない。ファブ・フォー唯一の「猫ソング」だったのに。
● Kansas City (Jerry Leiber And Mike Stoller 1959) / Hey-Hey-Hey-Hey! (Richard Penniman 1958)
米R&B歌手ウィルバート・ハリスン(Wilbert Harrison)のヒット曲(オリジナルはリトル・ウィリー・リトルフィールド(Little Willie Littlefield)が1952年に発表した〈K.C. Loving〉)とリトル・リチャード(Little Richard)の自作曲のメドレー。この2曲をメドレーにしてリリースしたリトル・リチャードのヴァージョンをファブ・フォーは踏襲している。〈Long Tall Sally〉と同じく、Paulが得意にしていたライヴ・レパートリーの1つである。Paulのヴォーカル、ベース、JohnとGeorgeのギター、Ringoのドラムス。4人のコーラスと手拍子にジョージ・マーティンのピアノが加わる。元々は別々の2曲なのにシームレスに繋がって1曲に聴こえるので、メドレーという感じはない。カンサス・シティに行った娘を連れ戻しに来たけれど、袖にされてしまったというラヴ・ソングである。
■ Eight Days A Week
3連符のフェードインで始まるレノン&マッカートニーの共作曲。Johnのヴォーカル、ギター、Paulのコーラス、ベース、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス。JohnとPaulの手拍子が効果的に使われている。英国ではシングル・カットされなかったが、アメリカでは全米シングル・チャートで2週1位になった(B面はJohnの〈I Don't Want To Spoil The Party〉)。「1週間に8日」とは名タイトルである。B面(アナログ盤)の1曲目に収録されている曲がフェードインするのは偶然ではないだろう。「リスナーがレコードをひっくり返して、B面の曲が始まるのを待っていると、歌が始まる前に音楽が‥‥それもまるで遠くから音が近づいてくるかのように、渡り鳥の群れが突然空をおおうかのように聞こえてくるのだ」(マーク・ハーツガード)。
■ Words Of Love (Buddy Holly 1957)
米ミュージシャン、SSWのバディ・ホリー(Buddy Holly)のカヴァ曲で、JohnとPaulのツイン・ヴォーカル。小型飛行機事故で早世したホリーを敬愛していた2人はライヴでも彼の曲を数多く演奏していたが、オリジナル・アルバムに収録されたのは〈Words Of Love〉1曲だけである。Johnのヴォーカル、ギター、Paulのヴォーカル、ベース、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス(パッキング・ケースを叩いている?)。John、Paul、Georgeのコーラス。2人のヴォーカルも穏やかで、Georgeの12弦ギターも軽やかに響く。地味な曲ながらホリーへのリスペクトが溢れている。
★ Honey Don't (Carl Perkins 1956)
米ロカビリー歌手カール・パーキンス(Carl Perkins)のヒット曲〈Blue Suede Shoes〉のB面曲。元々はJohnのライヴでの持ち歌だったが、Ringoのヴォーカル曲をアルバムに入れる必要性から彼が歌うことになった。Ringoのヴォーカル、ドラムス、タンバリン、JohnとGeorgeのギター、Paulのベース。間奏の前にRingoが 「Rock on George, one time for me!」 「Rock on, George, for Ringo one time!」 と2度声をかけ、Georgeはカントリ〜ロカビリー調のリード・ギターで応じている。このカヴァ曲に限らず《Fo Sale》にはカントリー・タッチの軽快な曲が多く収録されている。サウンドを特徴づけているのはGeorgeのグレッチ・ギター(カントリージェントルマンとテネシアン)である。
■ Every Little Thing
ジェーン・アッシャー(Jane Asher)邸でPaulがシングル用(結果的には採用されなかった)に書いた曲。AメロはJohn、サビ部分はPaulが主旋律を歌っている。作曲者がメイン・ヴォーカルを担当していないというレノン&マッカートニーの例外曲の1つだが、このアルバムには本来の意味での共作曲が2曲(〈Baby's In Black〉と〈Eight Days A Week〉)収録されている。Johnのヴォーカル、ギター、Paulのコーラス、ベース、ピアノ、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス、ティンパニー。レコーディング当日にGeorgeが遅刻したため、イントロとソロ・ギターをピアノ、ティンパニーと共に録音したという。
■ I Don't Want To Spoil The Party
Johnによるカントリー&ウエスタン調の曲。Johnのヴォーカル、コーラス、ギター、Paulのベース、コーラス、Georgeのギター、Ringoのドラムス、タンバリン。JohnとGeorgeの2本のギター(アクースティックとエレキ)、カーター・ファミリー・ピッキングとチェット・アトキンス奏法による軽快なギター・サウンドはアルバムの主調になっている。いつまで待ってもパーティに誘った彼女が来ないので、意気消沈して途中で帰る(彼女を探しに行く)という失恋ソング。原題は「パーティを台無しにしたくないんだ」。日本語タイトルは〈パーティーはそのままに〉。
● What You're Doing
Ringoのドラム・ソロで始まるPaulの曲。Paulのヴォーカル、ベース、Johnのギター、コーラス、Georgeの12弦ギター、Ringoのドラムス。間奏とエンディングのピアノはジョージ・マーティンが弾いている。恋人に振り回されて、嘘に泣かされるという惨めな歌詞はPaulに相応しくない。楽曲も精彩を欠くし、アレンジも中途半端。セッション最終日(1964. 10. 26)に再度レコーディングして、やっと完成させたというエピソードも含めて、アルバムの生気のなさを象徴的に露呈している。出来の良いシングル2曲、〈I Feel Fine〉と〈She's A Woman〉を敢えて収録しなかったことが裏目に出てしまったのかもしれない。もし前者がA面の1曲目に入ったら、ボツになっていた可能性が高いでしょう。
◆ Everybody's Trying To Be My Baby (Carl Perkins 1957)
〈Honey Don't〉と同じくカール・パーキンスのカヴァで、元々はGeorgeが歌っていたライヴ演奏曲だった。Georgeのヴォーカル、ギター、Johnのギター、Paulのベース、Ringoのドラムス、タンバリン。一発録りの後、セカンド・ヴォーカルとタンバリンを追加録音している。ヴォーカル(ダブルトラック)には特殊なエコーがかけられた。「みんなが僕の恋人になりたがる」という原題の歌詞はモテ男の自慢というよりもビートルマニアへの痛烈な皮肉になっている。邦題は〈みんないい娘〉。レノン&マッカートニーだけでなく、Georgeもハード・スケジュールの中で作曲する時間がなかったのか、彼のオリジナルは1曲も収録されなかった。
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- ■ John Lennon ● Paul McCartney ◆ George Harrison ★ Ringo Starr
white album 1 / 2 / magical mystery tour / sgt. pepper's lonely hearts club band / abbey road / revolver / yellow submarine / rubber soul / a hard day's night / help! / let it be / please please me / beatles for sale / sknynx / 586
- Artist: The Beatles
- Label EMI UK
- Date: 2009/09/09
- Media: Audio CD
- Songs: No Reply / I'm A Loser / Baby's In Black / Rock And Roll Music / I'll Follow The Sun / Mr Moonlight / Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey / Eight Days A Week / Words Of Love / Honey Don't / Every Little Thing / I Don't Want To Spoil The Party / What You're Doing / Everybody's Tr...
- 著者:マーク・ハーツガード(Mark Hertsgaard)/ 湯川 れい子(訳)
- 出版社:角川春樹事務所
- 発売日: 1997/07/18
- メディア:単行本
- 目次:アビイ・ロード・スタジオの中で / リヴァプールからやってきた4人の若者 / 栄光への第一歩 / ショーをやれ!/ 音楽はどこへ行った?/ ブライアンと共に / おかしなコードが聞こえた / 人気の重圧 / 闘いに疲れて / 天才たち / フレッシュ・サウンド / 4人の相乗作用 / 成熟期 /「シンフォニーのように」/ 夢の色を聴け / 僕らは世界を変えたいんだ ...
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- メディア:ハードカヴァ
- 目次:英米公式全作品の系譜 / 公式録音全213曲徹底ガイド(2トラックレコーディング時代〜ライヴ演奏スタイルでの録音/ 4トラックレコーディング時代 1〜アレンジの幅が広がりサウンドに深み / 4トラックレコーディング時代 2〜バンドの枠を超えた録音の始まり / 4トラックレコーディング時代 3 〜ロックを芸術の域に高める/ 8トラックレコーディング時代へ〜サウンドと作品の多様化 / 8トラックレコーディング時代〜原点回帰...
2015-08-01 00:11
コメント(2)
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はじめまして、もっちーと申します。
30歳の洋楽ファンの男性です。
僕は小6(1998年)の時からビートルズの大ファンです。
特にこのアルバムの中に収録されてるI'll Follow The Sunは僕がビートルズの中で一番好きな曲です。
by もっちー (2017-04-13 11:51)
もっちーさん、コメントありがとう。
中学生の時にビートルズの大ファンになりました。
〈I'll Follow The Sun〉は2分に満たない短い曲ですが、
ファブ・フォーのエッセンスが凝縮されていますね。
「ビートルズ・フォー・セール」は岩瀬成子の長編小説
「オール・マイ・ラヴィング」の主人公が最初に買ったLPです。
一番好きな曲は〈Strawberry Fields〉かなぁ^^;
by sknys (2017-04-14 20:39)