リープ・イヤーズ [c u l t u r e]
スティーヴ・エリクソン 『リープ・イヤー』
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4年に1度巡って来る「閏年」には世界的なイヴェントが2つある。1つ目は「夏季オリンピック」。東京五輪(1964)を凌ぐ金メダル・ラッシュに沸いたアテネ大会(2004)は人並みにサッカーや柔道など、日本人選手の活躍を中心にTV観戦していましたが、開会式を実況中継したNHKアナのコメント五月蝿すぎ!──特にU働の「ナントカですねぇ〜」と不自然に語尾を長く伸ばす口調(今どきのコギャルだって、そんな喋り方はしないって!)に辟易して途中でTVを消してしまったので、ビョーク姫のパフォーマンスを見逃してしまった。閉会式のハリス・アレクシーウ(Haris Alexiou)は我慢して視ていたけれど、名前を「アレクシア」と言い間違えるわ、コメントが歌に被るわで散々だった。さらに言えば連日連夜の「ニッポン・ニッポン人」の一億総躁病的な連呼にもウンザリ!‥‥NHKのアナウンサーが「ニッポン語」「ニッポン海」などと言い出すのも最早時間の問題でしょうね。ニホン人はTVに毒されて年々言語感覚が麻痺して行くようです。
もう1つは「米大統領選挙」──アメリカ大統領の任期は4年×2期で、1期目が終わった時点で、これまでの信任投票の意味も込めて、後4年を同じ大統領に任せるかどうかを判断する。逆に言えば、どんなに有能で立派な人格者であっても最長8年間しか大統領の職につけない。そこには聖人君子と雖も一旦権力の座に長く居坐れば自ずと内部から腐敗するという思想に支えられている。どこかの国の独裁政権(世襲王国?)みたいに1人の権力者が何10年にも渡って1つの国を支配し続けることを構造的に赦さない民主主義の制度である。話せば分かると言いながら決して聞く耳を持たない、問答無用ノ介(子ブッシュの言いなり)のコリズニ総理には何を言っても馬耳東風なので、2004年の米大統領選では民主党のケリー候補が勝つことだけを祈っていたけれど、残念ながら負けてしまい、「間抜けな悪魔」のようなブッシュ政権が2008年まで続くことになってしまった。
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『リープ・イヤー』(筑摩書房 1995)はスティーヴ・エリクソン(Steve Erickson)が「1988年のアメリカ大統領選挙」を取材旅行したルポルタージュである。しかしトマス・ピンチョンも絶賛した『ルビコン・ビーチ』(筑摩書房 1992)の幻視作家らしく、いわゆるノンフィクションの範疇からは大きく逸脱している。エリクソン(僕)の記述は閏日の前日(1988/2/28)から始まり、ほぼ米大統領選の日程に沿って──予備選挙(2/8〜6/14)、スーパー・チューズデイ(3/8)、民主&共和党全国大会‥‥と進んで行くが、そのアメリカ横断旅行に寄り添うように1人の女性の「亡霊」が付き纏う。第3代米大統領トーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson 1743ー1826)の「愛人」だった黒人奴隷、サリー・ヘミングス(Sally Hemings 1773?-1835)だ。彼女(わたし)の姿は「僕」にしか見えないし、ゴシック体で記述される独白も「読者」にしか聴こえない。サリーの落とした片方のピアス(小さな笏の先に銀の仮面が付いている)を取材先のニューオーリンズで拾ったエリクソンと、彼女の奇妙な道行きが始まる。
共和党候補のジョージ・ブッシュ父(副大統領)、ロバート・ドール(上院議員)、ジャック・ケンプ(下院議員)、パット・ロバートソン(元TV伝道師)、民主党候補のマイケル・デュカキス(マサチューセッツ州知事)、リチャード・ゲッパート(下院議員)、アルバート・ゴア(上院議員)、ゲイリー・ハート(前上院議員)、ジェシー・ジャクソン(黒人指導者)、ポール・サイモン(上院議員)たちの言動に批評を加え、ジョン・F・ケネディやニクソン、カーター、レーガンなど‥‥歴代の大統領たちを検証し、理想の「アメリカ」と現実の「合衆国」、「核想像力」と「核なし想像力」について語る「僕」を横軸に、主人と奴隷の禁断の性愛を告白する「亡霊」を縦軸に据えて時空間を歪ませる。サリー、友人のベントゥーラと一緒に向かったアリゾナ北部のインディアン・メサ(集落)での出来事‥‥。「僕」は大統領選後の年の瀬、LA国際空港近くのクラブで踊っているストリッパーに変身したサリー(?)を見い出す。
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1988年の大統領選で勝利を収めたものの、父ブッシュは大統領職を1期4年で辞する。代わって名乗りを挙げたのは民主党のビル・クリントン候補で、2期8年の任期を全うした。後半は個人的な「下半身スキャンダル」に塗れ、全米女性の顰蹙を買ったが、今から思い直せば一個人へのセクハラや愛人疑惑で大統領の人格・品位に欠けると非難されている方が未だマシだった。子ブッシュの「イラク攻撃」に比べれば‥‥。少なくとも「下半身スキャンダル」で死者は1人も出ていない。女グセの悪さに弁明の余地はないけれど、クリントンは「日本人に読んでほしいアメリカを知るための本」(朝日新聞 2004/10/27)にマヤ・アンジェロウやアーネスト・ベッカー、T・S・エリオット、W・B・イエーツ、ラルフ・エリスン、G・ガルシア=マルケス、ジョージ・オーウェル、マックス・ウェーバー‥‥などの著作を挙げる、なかなか見所のある男なのだ。
もし8年前の大統領選でアル・ゴアが勝っていたら──実際の総得票数ではゴア票の方が多かった!──民主党が政権を取っていたら、果して9・11と、それに続く「イラク戦争」が起こったかどうか?‥‥と夢想する。ちょうど連合軍とナチス・ドイツが70年代も戦争を続けていて、老ヒトラーがNYの地下鉄に現われるスティーヴ・エリクソンの『黒い時計の旅』(福武書店 1990)のような捩れたSF風パラレル・ワールドを‥‥。ボタンの掛け違いがゴアの敗れた時から始まっていたとしたら、自衛隊の「イラク派兵」も、戦場カメラマン2名が射殺され、日本人青年(人質)の首が無惨に斬り落とされることもなかったのではないかと‥‥。しかし現実世界ではイラク戦争は泥沼化〜混迷を窮め、2004年11月に米軍はファルージャを総攻撃し、アラファト議長はパリの病院で死去し、中国の原子力潜水艦が領海侵犯し、日本人拉致問題は遅々として進展しない。
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『Macの知恵の実』(毎日コミュニケーションズ 2000)所収の「1904年1月1日はマッキントッシュ記念日?」によると、何とMacは紀元前30081〜西暦29940(!)の日付けを扱えることになっているという(初代のMacは1904年1月1日〜2040年2月6日)。半端な年の区切りになっているのは「閏年」の所為。閏年が生じるのは1年が365日ではなく、正確には365.2422日だからだ。4年に1度、1年を366日として2月を29日としたのは、かのジュリアス・シーザーで、彼の名にちなんで「ユリウス暦」と呼ぶ。しかし、それでも不完全で、128年に丸1日分‥‥つまり約400年(384年)で3日も先に進んでしまう。この矛盾に最初に気づいた哲学者ロジャー・ベーコンが当時のローマ法王に進言して誕生したのが今日使われている「グレゴリオ暦」(1582年施行)である。
グレゴリオ暦は《4で割り切れる年は閏年(ここまではユリウス暦と同じ)。ただし1700年、1800年など世紀の変わり目は平年にするが、1600年、2000年など400で割り切れる年は閏年とする》(牧野武文)。ここでコンピュータに纏わる、もう1つの「2000年問題」が浮上する。西暦2000年は実は普通の閏年ではなかった!‥‥400年に1度の特殊な閏年だったのだ(実際に一部のスケジュール管理ソフトで不具合が発生したという)。その「グレゴリオ暦」を以ってしても3400年間で約1日分ズレ込んでしまうらしい。つまり、遠い未来に「5000年問題」が生じる可能性が高い。Mac OS X(Terminal)は西暦1〜 9999年のカレンダーを表示出来ることになっているが、この「5000年問題」は一体どのように処理されているのだろうか?‥‥まぁ、その時まで戦争好きの人類と、その副産物のコンピュータやインターネットが共に生き延びていたと仮定しての話ですけれど。
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『リープ・イヤー』はサリー・ヘミングスの「トーマス」と呼びかける声(彼女が「僕」に話しかける)、そして「僕」の住んでいるLAのアパートのドアの修繕話から始まっていた。最近あった地震で近所の家の戸口が変形してしまったのだ。NASAの地震専門家の説によると「閏年」は地震が多発する、という冒頭の部分を再読するまで全く失念していた。閏年の1日分のズレが地下の地層に歪みを生じさせるという説の科学・地質学的根拠は兎も角、アメリカ西海岸一帯‥‥サンフランシスコ〜ロスアンゼルス〜メキシコへ連なるベルト地域は世界的に有名な地震多発地帯で、過去に「メキシコ地震」(1985)や「ロマプリータ地震」(1989)など大災害を起こしている。「ノースリッジ地震」(1994)は閏年ではなかったけれど、太平洋を跨いだ日本海側で「新潟県中越地震」が2004年に起こってしまった。地震発生時ちょうど某ビルの12階に居合せていたので、あの横搖れのウス気味悪さ!‥‥まるで自分の目が貧血でユラユラ回っているかのような不快感だけは忘れられません。被災者された人々は、そんな気分に浸っている余裕はなかったでしょうが。
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「米大統領選挙」と「夏季オリンピック」が重なるリープ・イヤー(leap year)は結構騒がしい年ですね。既に予備選が始まっているアメリカの民主党指名争いはヒラリー・クリントンとオバマ氏の一騎討ち。どちらの候補が勝っても次期第44代大統領は「初」(女性と黒人)となる可能性が高い。スティーヴ・エリクソン風に言えば、9・11後のテロとの戦いという御旗を掲げた「イラク戦争」でルビコン川を渡った、もう1つのアメリカの軌道が修正されようとしている。閏年はアメリカの「深淵」が露わになる。大地が裂けて暗い亀裂が現われる地震のように。対岸で展開されている大統領選の熱狂や昂奮は兎も角、「ニッポン・ニッポン人」の大合唱が始まる北京オリンピックの前に本記事をUP出来て良かった(ちなみに2016年の東京オリンピック招致には反対です)。2月29日の閏日は黒い時計が時を刻む余剰の日、「深淵」について思いを巡らす安息日なのかもしれない。
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- 《最後にスティーヴ・エリクソンさん、あなたの真剣さに打たれ、あなたの真意が伝わるように祈るように訳しました。心から尊敬しています》(谷口真理)という「訳者あとがき」が泣かせるなぁ。「肛門外漢」の渡辺佐智江とは大違いだ^^
- 「閏年」とMacに関する部分は『Macの知恵の実』(牧野武文)を参照しました
- 〈ライオンハート〉や〈ニホンとニッポン〉の続編としてお読み下さい
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leap years / sknynx / 128
- 著者:牧野 武文
- 出版社:毎日コミュニケーションズ
- 発売日:2000/02/19
- メディア:単行本
- 目次:アップルはなぜアップルという社名になったのか? / アップルのロゴはレインボーカラーなのに、なぜ6色なのか? / MacintoshはぜMacintoshになったのか? / なぜフォントに都市の名前がついているのか? / Macの時計はなぜ遅れるのか? /...
アメリカなんてどうでもいいや…なんてわけにはいかないんだよね(笑)
あのビル・ゲイツが、ダボス会議で「クリエイティブ・キャピタリズム」なんて言い出すくらいだから懐は深いんだろうけど…でも、やっぱり相当に胡散臭い。
スティーブ・ジョブズは、政治的な発言はしないの?
by モバサム41 (2008-02-04 00:35)
モバサム41さん、コメントありがとう。
次期アメリカ大統領が誰になるかはニホン国にとっても重大事です。
ビル・ゲイツはApple倒産の危機を救ったこともありました。
アル・ゴアがAppleの取締役に就任(2003)するくらいだから、
推して知るべし?
‥‥でも、スティーヴ・ジョブズが米大統領になることはないでしょう^^
by sknys (2008-02-04 22:56)
暦の話は何度読んでも忘れてしまうから、何度読んでも面白いなぁ〜。
そして「運命」みたいな因果の綾も儚くて、苦しくて面白い。
ビル・ゲイツ氏はmac使ってるって話。
ぼくもそろそろos-Xに移行しようかな〜。
by tumuzi (2008-02-08 10:40)
tumuziさん、コメントありがとう。
2000年が400年に1度の「閏年」だったことを知っている人は少ないはず。
「世紀の変わり目は平年」という知識が逆に仇になっちゃった?
Mac OS X 10.5(Leopard)の必要システム条件は厳しいですよ。
CPUに負荷のかかる機能をダイエットしたMac OS X Basic(仮名)を
Macユーザに無償配布して欲しいなぁ^^
by sknys (2008-02-08 22:59)