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猿と女とサイボーグ [v i s u a l]

  • サイボーグのイメージが示すのは、二元論の迷路から抜け出る道であり、そこにおいてようやく私たちは、自分の肉体と道具について、自分自身に説明できるのだ。これは共通言語に関する夢ではない、むしろ強力で異教徒的な異言語混淆に関する夢である。フェミニストが異語で喋ってニューライト系・大安売り救世者たち(super savers)の巡航路を震え上がらせることがあるかもしれないという夢である。そうなったら機械も人間的主体も、分類的規範も関係性も、空間も物語も、すべて構築されつつ破壊されていく。このスパイラル・ダンス(引用者註:「サンフランシスコ・ベイエリア周辺で活躍するフェミニスト平和活動家にして精神的指導者である魔女スターホークによって始められた儀式」)では、女神もサイボーグも互いの相手役として不可欠だけれど、今の私が踊るとしたら、迷わずこう申し出るだろう──女神よりは、サイボーグになりたい、と。
    ダナ・ハラウェイ「サイボーグ宣言」

  • 《猿の惑星》シリーズ(全5部作)はタイムパラドックスの円環構造になっている。主人公のテイラーが瓦礫と化した〈自由の女神像〉の頭部を海辺で発見する衝撃的なラスト・シーン──我々は地球に還って来ていた!──で有名な第1作目の『猿の惑星』(1968)。それから12年後、同じように不時着した捜索隊に加えて、猿と(人類の忌わしき末裔である)ミュータントとの闘い‥‥そして最期にテイラー自らが、ミュータント一族が〈神〉と崇めている〈AΩ爆弾〉(大陸間道弾核ミサイル)を発射させて地球を破滅させてしまう『続・猿の惑星』(1970)。一転して、地球爆発直前に脱出したジーラ&コーネリアス(チンパンジー)夫妻が現代(1973)にタイムスリップする『新・猿の惑星』(1971)。それから18年後の未来(1991)、チンパンジー夫婦の愛息シーザ(言葉を喋るスーパーモンキー!)をリーダとする猿たちと人間との闘いが始まる『猿の惑星 / 征服』(1972)。そして第5作目『最後の猿の惑星』(1973)は、第1作目の約300年前の未来(2670)、この悪しき円環を断ち切るためにシーザの子孫のヴァージルたちが猿と人間の平和的共存の道への可能性を示唆する印象的なシーンで終わっている。

    このタイムループによる円環構造は最初から意図されたものではなかった。続編が製作されたのは言うまでもなく第1作目が大ヒットしたからだが、その一方で『続・猿の惑星』の結末はシリーズ化を自ら葬り去ったような節も窺えなくもない。その結果、苦肉の策のタイムスリップ?‥‥劇場公開時陳腐にも思えた5本の連鎖の円環構造が、今顧みると逆に閉じた球体としての惑星・地球の暗喩になっていることに驚かされる。リメイク版『猿の惑星』の監督に名乗りを上げたジェームズ・キャメロンが土壇場で降板したのは、続編可能なシナリオ〜結末を要求した映画会社に反発したためだったというが(結局ティム・バートン監督が撮った)、今のところ続編の噂は聞かない。その間のCGやSFX、特殊メイクなどの飛躍的な技術発達にも拘らず、40年近く前の家内手工業的な「着ぐるみ特殊メイキャップ」の《猿の惑星》が未だに世界中の映画ファンを魅了しているのには、それなりの理由があるはずだ。

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    ピエール・ブール(Pierre Boulle)の原作『猿の惑星』(早川書房 2000)は映画版とは趣きを異にする。ヴァカンス旅行中の2人(ジン&フィリス)が発見した、宇宙空間を漂っている「壜の中のメッセージ」──ビンの中の「手紙」という設定は発表年(1963)を考慮したとしてもSFとしては古色蒼然たる道具立て(今ならフラッシュ・メモリかCD / DVDが妥当だろう)。しかも「手記」の内容自体が他ならぬ〈猿の惑星〉の物語(体験談?)だったという2重構造。つまり『猿の惑星』は、仏人ジャーナリスト、ユリス・メルーによる1人称ルポルタージュの体裁を採った〈入れ子構造〉になっているのだ。「私」たち一行が到着したのは惑星ソロールと呼ばれる〈猿の惑星〉(地球ではない!)。「私」は人間と同じような服を着ている猿たちに驚嘆しながらも──逆に猿たちは言葉を話す人間の出現に驚愕するのだが──、渡航者として〈猿の惑星〉に滞在し、ノヴァとの間にシリウスという男児を儲け、目出度く700年後の地球に帰還する。

    猿と人間の立場が逆転した悪夢のような反世界‥‥SF版〈ガリヴァー旅行記〉のような荒唐無稽な冒険譚を「手記」を読んだ2人の男女は当然信じようとしないし──信用しないことで逆に「物語」のリアリティを保証するのは〈1人称小説〉の語り(騙り?)の信憑性を補強する3人称的外挿法の常套句である──、最後の最後にはシニカルな2重のドンデン返しが待っている。仏作家の描いた『猿の惑星』はSFというよりは現実世界を寓話的に諷刺、シュミレート、哲学するスペキュレーティヴ・フィクションに近い。ベテルギウスが光り輝く惑星ソロールを未来の地球に置換し、主人公を仏人記者から米ハリウッド的白人男性像を体現するテイラー大佐(チャールトン・ヘストン)に代えたのは専ら映画版『猿の惑星』の脚本スタッフの功績である。斯くして〈猿の惑星〉シリーズはピエール・ブールの「原作」とは全く別の道を歩き出すことになる。

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    『《猿の惑星》隠された真実』(扶桑社 2001)の著者であるエリック・グリーン(Eric Greene)は、入念な取材と入魂の筆致で《猿の惑星》サーガの「隠された真実」(原題『Planet of the Apes as American Myth』1996)を白日の許に暴き出す。60年代後半(第1作の製作〜公開当時)、アメリカ全土を覆っていた内外2つの〈人種問題〉が《猿の惑星》に暗い影を落しているという。1つは米国内で擡頭して来た「黒人運動」、2つ目は泥沼化した「ヴェトナム戦争」である。〈猿の惑星〉に不時着した宇宙船クルー4名の内訳は、ジョージ・テイラー(白人男性)、スチュワート(白人女性→冷凍スリープ中に船内で死亡)、ドッジ(黒人男性→上陸後ゴリラ兵に射殺)、ランドン(白人男性→拘束後、脳手術を施されて白痴化)。一方、惑星側の主要登場人物は、ノヴァ(白人女性)、考古学者のコーネリアス&動物心理学者のジーラ(チンパンジーの男女)、行政官ザイアス博士(オラウータン)、ウルサス将軍(ゴリラ)‥‥。

    平和・友好的な知的チンパンジー、司法階級の頭の硬いオラウータン、軍部の好戦的なゴリラ‥‥と猿たちも種族によって、その役職(地位)も性格も異なっているが、兇暴なゴリラ軍団が「黒人」をイメージしていることは、ちょうど〈スター・トレック〉シリーズのクリンゴン人が「黒人」を連想させるように、一目瞭然だろう。つまり《猿の惑星》は白人(支配層)と黒人(奴隷)の立場が逆転する恐怖と陶酔を予感させる「黒人運動」と、理解不能な他民族・他人種(アジア人)たちとの不毛な消耗戦である「ヴェトナム戦争」という当時のアメリカ国民の抱える内外2つの深刻な社会情勢が色濃く反映されていたのだ。人類の滅亡を悟ったテイラーは、今度は自らの手で(核ミサイルの発射ボタンを押して)地球を破滅へ導く。『猿の惑星』の2重の悲劇的な結末!‥‥。著者は映画製作に関わった俳優やスタッフたちのインタヴュー、ウィンスロップ・ジョーダンやジェームズ・ボールドウィン、トマス・ジェファーソン、ダナ・ハラウェイ等の発言や文章を引用しながら、《猿の惑星》サーガが「現実世界」を変革する可能性を多面的に読み解いて行く。人類〜地球破滅の悲劇的な未来ではなく、悪しき円環を解き放つ猿と人の、黒人と白人の、他人種・他民族の共存共栄する新たな未来へ向けて。

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    『サイボーグ・フェミニズム』(トレヴィル 1991)は、ダナ・ハラウェイ「サイボーグ宣言」、サミュエル・R・ディレイニー「サイボーグ・フェミニズム」、ジェシカ・アマンダ・サーモンスン「なぜジェンダーを呼び戻すのか?」の3編に、編訳者・巽孝之の「序章」と「終章」を加えた論文集である。《サイボーグ──それはサイバネティック・オーガニズムの略であり、機械と生物のハイブリッドだ》《サイボーグは、脱性差時代の世界の産物である》《サイボーグは遍在し、不可視である》《サイボーグとは、解体と再構築を繰り返すポストモダンな集合的・個人的主体のかたちだ》《書くことは、何にも増してサイボーグのテクノロジーである》‥‥ダナ・ハラウェイは様々な言葉で「サイボーグ」のイメージを定義して読者を翻弄させ、西欧的な二元論(自己 / 他者、精神 / 肉体、文化 / 自然、男性 / 女性、文明 / 幻視、現実 / 現象、全体 / 部分、代理 / 資源、作者 / 作品、能動 / 受動、善 / 悪、真実 / 幻覚、神 / 人)を無効化し、男根ロゴス中心主義を去勢する。

    エリック・グリーンが引用しているダナ・ハラウェイ(Dona Haraway)の著書『猿と女とサイボーグ』(青土社 2000)についても触れておこう。原題(Simians, Cyborgs, and Women)で「猿」の意味に使われているシミアンズ(Simians)という英語は余り馴染みのない単語かもしれないが、「類人猿」と訳されるように人類学や分類学で主に用いられる語彙のようだ(一般に「サル」の意味でも使われるらしい)。「猿」を表わす英語としては他にモンキーズ(Monkeys)とエイプス(Apes)が挙げられる。簡単に言うと尻尾のあるのがモンキーで尾なしをエイプと呼ぶ。なるほど〈Planet of the Apes〉シリーズに登場する猿たちにシッポは付いていないし、フリーダ・カーロの〈猿をつれた肖像画〉のペットの仔猿たちには長い尻尾が付いていた。「サイボーグ宣言」も収録されているハラウェイ女史の論文集を読み通すのは並み大抵のことではないけれど、「猿」も「女」も「サイボーグ」も長らく差別〜支配されて来たマージナルな境界線上の存在である。ヴァーチャル世界で解体と再生を繰り返す「女=サイボーグ」像は、サイビョーク(Bjork)やミレーヌ・ホフマン(009-1)に繋がるイメージであろうか。

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    エリック・グリーンは『続・猿の惑星』を、《よく知らない場所を舞台に、正体不明の敵と戦うという無茶な戦争を、何が何でもやらなければと思い込んでいる病んだ社会の物語である》《ヴェトナム戦争を素材に、帝国主義的な理屈をつけ国民を騙してまで戦争を始めたアメリカの姿を批判したものだった》と評していますが、「社会」を「アメリカ」、「ヴェトナム」を「イラク」と読み換えるだけで、今日の泥沼化した「イラク戦争」後の(自爆テロという名の)内戦状態──著者グリーンは「ヴェトナム戦争」を念頭に置いて『《猿の惑星》隠された真実』を書いた!──に怖いくらいピッタリと当て嵌まります。「人は人を殺すが、猿は猿を殺さない」という有名な警句(『最後の猿の惑星』で「猿も猿を殺す」ことになるのだが)も、冷笑的な嗤いを凍り着かせるほどの「真実」として、40年近い時空を超えて響いて来ます。

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    • 引用者の判断で、引用文の一部の表記を変えています

    • 《機械、それはすでに女性であり、女性的能力であり、女性的肉体組織の一側面である》(ダナ・ハラウェイ)‥‥「女性は産む機械」発言の某柳沢厚労大臣は、「サイボーグ宣言」を読んでいるのでしょうか?

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    猿の惑星 ── 35周年記念 アルティメット・エディション

    Planet Of The Apes(1968)── Ultimate Edition

    • Actors: Charlton Heston / Roddy McDowall / Kim Hunter / Maurice Evans / Linda Harrison
    • Directors: Franklin J. Schaffner
    • Studio: 20th Century Fox
    • Date: 2004/03/05
    • Media: DVD


    猿の惑星

    猿の惑星

    • 著者:ピエール・ブール(Pierre Boulle)/ 高橋 啓(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2000/07/01
    • メディア:文庫


    《猿の惑星》隠された真実

    《猿の惑星》隠された真実

    • 著者:エリック・グリーン(Eric Greene)/ 尾之上 浩司・本間 有 (訳)
    • 出版社:扶桑社
    • 発売日: 2001/08/30
    • メディア:単行本
    • 目次:序 / はじめに / 猿の惑星 / 猿の惑星へ還る / 都市での暴動と猿の革命 /「猿が猿を殺した」/ 増殖する《猿の惑星》/ 未来の《猿の惑星》/《猿の惑星》映画・テレビドラマ・アニメ一覧 / 訳者あとがき


    サイボーグ・フェミニズム

    サイボーグ・フェミニズム

    • 著者:Donna Haraway / Sauel R. Delany / Jessica Amanda Salmonson / 巽 孝之(編訳)/ 小谷 真理(訳)
    • 出版社:トレヴィル
    • 発売日:1991/05/25
    • メディア:単行本
    • 目次:ひとつではないサイボーグの性 / サイボーグ宣言 / サイボーグ・フェミニズム / なぜジェンダーを呼びもどすのか? / M. バタフライ、あるいは


    猿と女とサイボーグ ── 自然の再発明

    猿と女とサイボーグ ── 自然の再発明

    • 著者:ダナ・ハラウェイ(Donna J. Haraway)/ 高橋 さきの (訳)
    • 出版社:青土社
    • 発売日: 2000/07/25
    • メディア: 単行本
    • 目次:謝辞 / 序章 / 生産・再生産システムとしての自然 / 論争をはらんだ読み:語りの本質と語りとしての自然 / 場違いではあるものの領有されることもない他者の人々にとっての、それぞれに異なるポリティクス

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