哀愁のブルーマ [c u l t u r e]
恩田 陸 『夜のピクニック』
「ついにS女学園もブルマを廃止したんだって」──妻の須磨子さんが水柿クンに話を切り出す。体操着のブルマを廃止して、代わりに短パン(ショートパンツ)を穿くようになったという。ブルマは「諸悪の根源」で「いやらしい」と非難する須磨子さんに対して、「短パンの方がいやらしくないか?」とコメントして(地雷を踏んで)しまう水柿クン‥‥森博嗣の『工学部・水柿助教授の日常』(幻冬舎 2001)は、そんな2人の「ブルマ談義」で始まる。郊外のショッピングセンタへ食料品の買い出しに行く途中の車内での会話である。女子小・中・高生の体育着として長い間穿かれて来たブルマは、90年代に入ってから急速に全国の学校から消えて行き、2006年の今日に至っては見る影もない、今やAVやアイドル写真集の中だけで密かに鑑賞可能な貴重な「絶滅危惧種」となってしまった。一体ブルマに何が起こったのか?
2人の「ブルマ談義」には後日譚(オチ)がある。何と水柿クンがイメージしたのは「堤灯ブルマ」だったのだ。なるほど「ちょうちんブルマ」はショートパンツより、いやらしくない。しかし別の意味で恥ずかしくないだろうか。「いやらしい」というのは異性の視線を意識した上で客体として投影された感情であって、ブルマを穿いた主体としての意識は「恥ずかしい」の方だろう。「いやらしい」と感じるのはブルマを見つめる男たちの主観である。「いやらしい」という須磨子さんの言説は「オヤジ化」されているし、逆に水柿クンのようにショートパンツの方を「いやらしい」と感じる男性や、「恥ずかしい」と思う女子がいないとは言い切れない。躰にピッタリと密着したブルマよりも、太腿との間に僅かな隙間のあるショートパンツの方がロラン・バルト風にエロティックだとも言えるのだ。
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『秘事』(新潮社 2000)は1組の男女の大学生時代〜結婚〜妻・麻子の死までの35年間を夫・三村の視点(3人称)で点描──小さなエピソードの積み重ねで描いたモザイク画のような長編小説だが、ブルマに纏わる印象深いシーンがある。社内運動会の〈夫婦競争〉に三村夫妻が出場する。当時大流行していたショートパンツやスラックス、スカート、ワンピース姿の女性たちの中、《麻子は完全な運動着姿になって現われたのだった。といっても、実家へ行って、学生時代に使っていたのを探しだしてきたのだろう、袖の短い白の運動服に黒のブルマー ──どちらも相当の着古しであることが遠目にも分かるのであった》。男→女のリレー形式で行なわれる〈夫婦競争〉‥‥。三村は6番目くらいだったが、襷を斜めに掛けた麻子がゴボウ抜きして1着でゴールインする。
年代的な記述を曖昧化しているので正確なことは言えないが、同い年の2人が大学に入った(?)のが昭和30年代前半、綜合商社に就職した三村がシドニーへ単身赴任した後、東京本社勤務になったのが7年目の昭和45年(1970)、先の運動会は入社2年目(1960)のことである。仮に2人の大学入学時を1955年とすると、麻子の穿いたブルマは少なくとも大学4年間か、それ以前の高校3年間‥‥当時の女子大生が体育の実技やクラブ活動でブルマを着用していたかどうかは不明だが、高校時代(1953ー55)のものだとすると「ちょうちんブルマ」の可能性が出て来る。何故そんな瑣末事に拘泥るかというと、周囲の女性たちが最新流行のショートパンツを穿いている中で、麻子1人だけがブルマ──それも「ちょうちんブルマ」では折角のシーンが滑稽化してしまうからだ。
三村も良く覚えている麻子の黒いブルマ姿は、スラリと長く伸びた美しい脚(読者の勝手な妄想)で疾走する「上背のある」「小麦色の細面で、目鼻立ちのはっきりした」彼女の身躰性の際立つ数少ないシーンである。麻子にはピッタリとは言わぬまでも短めのブルマを穿いていて欲しい。もっとも水柿クンのように「ブルマ」に対するイメージは、その人の年齢や性別、生活環境などによっても左右されるので、こればかりは作者の河野多惠子に直接訊いてみなければ真相は判らない。河野氏は年代的には「ちょうちんブルマ」世代だと思うけれど、麻子の年齢は作者よりも10歳若く(1936年生)設定されている。それは彼女が劇症肝炎で急逝した年(享年57歳)に携帯電話が既に社員の間で使われていたことでも容易に分かるのだが‥‥まぁ、当時大流行していた不粋なショートパンツを敢えて麻子に穿かせなかったのが河野氏の美意識(サーヴィス精神?)なんでしょうね。
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「ブルマ」という名称はアメリカ生まれのアメリア・ジェンクス・ブルーマ女史の名前に由来する。《ブルーマー服:米国 New York州のAmelia Jenks Bloomer 夫人(1818ー94)が1849年に考案した婦人服、短いスカートと足首でギャザーをつけボタンで留めた長いゆったりしたズボンから成り、コートと幅広の帽子と共に着用された》(ランダムハウス英和大辞典)とあるように、限りなく下着や水着に近い現在のブルマとは似ても似つかない全く別の衣服だった。女性のための動き易い日常服で、当時は体育着でさえなかった。『ブルマーの社会史』(青弓社 2005)によれば、《女子の体操服としてブルマーが日本に紹介され始めたのは、1900年前後(明治30年代)》(谷口雅子)だという。その後、米留学帰りの井口あくりの考案したセーラ服+膝下ブルマ(洋装)、着物+女袴(和装)など紆余曲折があり、東京オリンピック(1964)の「東洋の魔女」のふっくらしたゆるめのブルマ(これを「ちょうちんブルマ」と呼ぶかどうかは微妙?)を経て、今日の伸縮性のある「ぴた短ブルマ」に行き着く。
〈ブルマーの戦後史〉の筆者・掛水通子はブルマの変遷を年代順に8つのタイプ──〔1〕ちょうちんブルマ〔2〕ショートパンツ〔3〕ショートパンツ(自分でゴム入れ)〔4〕ゆるめの布地ブルマ〔5〕ぴったり布地ブルマ〔6〕ぴったり化繊ブルマ長め〔7〕ぴったり化繊ブルマ短め〔8〕ハーフパンツ──に分け、東京女子体育大の生徒の母親たち(193人)にアンケート調査を行ない、「ちょうちんブルマ」が学校から消滅したのは1970年代中頃としている。興味深いのは元小・中・高生だった女性たちの「ブルマの思い出」で、各種ブルマに対する肯定・否定的な意見を一覧表に纏めた部分。〔1〕に対する意見が賛否両論ある一方で、ブルマが〔4〕〜〔7〕になるに従って否定的意見が多数を占めて行くことである。〔6〕や〔7〕の「ぴったりブルマ」が躰にフィットしてカッコ良いという肯定的意見もあるものの、体型が丸見え、太腿が丸出しで「恥ずかしい」「生理のとき困った」「下着が見えそうで気になる」(はみパン)、「シャツを出してブルマを隠した」「ブルマの上にジャージを穿いた」‥‥とか言う否定的記述が目立って来る。
〈スケープゴートとしてのブルマー〉の中で角田聡美はブルマを「女子だけが体育の時に着用する特殊な服装という視点」から、《下半身のごく限られた一部、より明確に性別を判断する基準の1つとなる外性器を衣服で隠すことによって、女性であることを強く意味するもの》と定義する。1990年代に起きた、女子中・高生が自前のブルマやセーラ服を高値で売り捌く「ブルセラ・ブーム」(数年前、渋谷にパンティを売りに行った女子小学生が怪事件に巻き込まれましたね)、「性的な存在としての女子中・高生」「シンガポール日本人学校中等部のブルマ強制着用事件」〜「ブルマ廃止運動」と続き、ブルマをめぐる性的犯罪(盗撮や盗難)も表面化して、アッという間に女性解放運動のシンボルの1つだったブルマは、逆に女性を抑圧する「性的フェティッシュ」(恥ずかしい←いやらしいもの)として全国の学校から駆逐され、20世紀の闇の彼方に葬り去られてしまった。
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ブルマに代わって女子生徒が学校で着用しているのは主にショートパンツだという。なるほど女子バレーボールの日本代表選手は、ある時期からトレードマークの「赤いブルマ」を廃止してショートパンツ(スパッツ、ボディスーツ)でプレーするようになったが、最新型のユニフォームは皮肉なことにショートパンツというより、限りなく元のブルマに近づいている(女子テニス界の妖精マリア・シャラポワ嬢のペチコートに似ていなくもない)。一般の女子中・高生はブルマを毛嫌いしているけれど、例えば女子棒高跳びのエレーナ・イシンバエワや、走り高跳び、マラソンなどの陸上競技で海外の女子選手の多くが着用しているのはショートパンツ型ではなく、ぴた短ブルマ‥‥それも腹部を露出したセパレーツ水着に近いものである。オリンピックや世界陸上で活躍する女子アスリートの勇姿は日本の女子中・高生たちに一体どのように映るのだろうか。
学校側(体育教師)と女生徒たちのブルマ着用をめぐる攻防は、60年代末期に公立高などで勃発した「制服の自由化」問題に似ている。当時の高校生が学校側と闘って勝ち取ったものは単なる「制服の廃止」に留まらない。各個人が制服を着る自由をも認める「制服の自由化=私服化」だった(女子用スクール水着の色が学年によって予め統一されているという問題も後に派生した)。3年間私服で通す生徒もいたし、学生服を着続けた男子もいた。その日の気分によって私服と制服を自由に使い分けるオシャレな娘もいた。制服の効用は管理し易いという一点にある。全員に同じ服を強制着用させることで、逆に個人の外見的な特徴が際立つ。意外に思われるかもしれないが、毎日違った服装・ファッションで(髪型も化粧も変えて)登校して来るA子と、同じ制服を3年間着続けるB子を比較してみれば一目瞭然であろう。カメレオンのように外観がクルクル変わる少女Aの方が、個人をアイデンティファイし難いのだ。学生服もブルマも、軍隊の制服(軍服)と全く同じ理屈である。
クラスの中に1人だけショートパンツではなく、ブルマを穿きたいと欲する女子生徒がいたとしよう。その少女にブルマを穿く自由があるのかどうか?‥‥もしショートパンツの着用が「強制」だとしたら、ブルマ強要時代と本質は何ら変わっていない。学校側のブルマからショートパンツヘの雪崩を打ったような急激な変更は《女子中・高生の性的な部分を隠蔽しただけで、払拭ではない》(角田聡美)。そしてそれ自体が「外性器の部分を布で覆って見えないようにした」性的ブルマの「隠喩」になっていないだろうか。ところで「哀愁のブルマー」は本当に消えてしまったのか?‥‥密かにミニスカ制服の下バキ用(見られても恥ずかしくない!)として使われているらしいし、たとえば対戦格闘アクションゲーム〈鉄拳シリーズ〉の女子高生キャラ、リン・シャオユウ(凌暁雨)はコスチューム&制服の下に青いブルマを穿いていたりする。下世話な疑問だが、今どきの女子中・高生はショートパンツの下に何を穿いているのだろうか。近い将来、「ショートパンツは恥ずかしい←いやらしい」と感じる女子が出て来た時、彼女たちは次に一体何を穿く(穿かされる)のでしょうか?
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- 『夜ピク』からの引用文《一時期、制服廃止運動が全国の高校に吹き荒れた》を独立させて、前後の文章を増やしました(2008/03/31)
- 記事の中で「ブルマ」「ブルマー」「ブルーマー」という3つの表記が混在していますが、すべて同じ意味で使っています。
- 『秘事・半所有者』(新潮文庫 2003)の裏表紙に「昭和11年生まれの同級生カップル」という記述があったので、記事を訂正しました。でも、「同級生」はウソ!‥‥小説に書いていない2人の生年を紹介文でバラして良いのかな?(2006/09/03)
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blue bloomers / sknynx / 041
- 著者:森 博嗣
- 出版社:幻冬舎
- 発売日:2001/01/10
- メディア:単行本
- 目次:ブルマもハンバーガも居酒屋の梅干で消えた鞄と博士たち / ミステリィ・サークルもコンクリート試験体も海の藻屑と消えた笑えない津市の史的指摘 / 試験にまつわる封印その他もろもろを今さら蒸し返す行為の意義に関する事例報告および考察(「これでも小説か」の疑問を抱えつつ)/ 若き水柿君の悩みとかよりも客観的なノスタルジィあるいは今さら / ...
- 著者:高橋 一郎 / 谷口 雅子 / 角田 聡美 / 萩原 美代子 / 掛水 通子
- 出版社:青弓社
- 発売日:2005/04/15
- メディア:単行本
- 目次:はじめに / ブルマー登場以前──衣服と脚の関係から / ブルマーと近代化──解放と抑圧のはざまで / 女性の身体イメージの近代化──大正期のブルマー普及 / ブルマーの戦後史──ちょうちんブルマーからぴったりブルマーへ / スケープゴートとしてのブルマー
こんにちわ 雨降りではじまった月初ですね。。。
ワタシブルマースキですよエロピンクですから
ヾ(≧▽≦)ノブワハハハハハ!
タグの対応どうもありがとうございました○┓ペコ
ワタシが下手に探してたくさん間違ったのを貼るよりも
スマートにできて嬉しいです。。。
ねねねー ←と さそって仲間に引き込む(*`▽´*)
スクロールの色変えちゃいましょうよwww
by maya (2006-09-01 16:59)
mayaさん、コメントありがとう。
真面目な記事なんですが、つい「エロピンク」が出ちゃいました^^;
ブルマ好きの女の子だっていますよね?
「スクロールの色」って、もしかして「>>」や「<<」のこと?
‥‥カレンダーのアイコンや「読者になる」の矢印と同じく、
画像を貼り替えるタイプだと思います。
これも全部ピンクに変えちゃうんですか?^^;
by sknys (2006-09-01 22:32)
こんばんわ(^-^)
エロピンクと呼ばれていますからww
スクロール・・・記事とはまったく関係なくいて
ブラウザの右にある上下へいくスクロールのことです。。
色を変えてるにはソネブロでは見たことないですね。
できるのかしら?
by maya (2006-09-01 23:17)
‥‥それはソネ風呂というより、各ユーザの使用しているOSの環境に
依存していると思いますが。
仮にmayaさんのスクロールバーがピンクになっても、
ブログを見ている人には反映されません。
ちなみにMac OS Xのデフォルト色はブルーで、
環境設定でグラファイトに変更可能。
OSのアピアランスを自由に変更するオンラインソフトがあるはずです。
by sknys (2006-09-02 00:18)
本文はフェチ過ぎてコメントしにくいので…(笑)
タイトルは、哀愁のマンデー(ブームタウン・ラッツ)とブルー・マンデー(ニュー・オーダー)の爆竜合体ヴァージョンかな?
by モバサム41 (2006-09-05 21:24)
モバサムさま、コメントありがとう。
ブルマー・フェチの暗黒卿にはコメントし難いマジメな論考でしょ?
ブルマと一緒に男子の「詰め襟」も廃止して欲しかったよね。
原題は〈紺のブルマー〉でしたが、黒も赤もエロピンクも捨て難い。
ノスタルジックな憶いを込めて「哀愁」に、
ブルフェチの検索に引っ掛からないように「ブルーマ」に変更しました。
Kylie Minogue嬢の〈Can't Get You Out Of My Head〉+〈Blue Monday〉合体ヴァージョン(Live At The Brits)は凄いですよ。
「青いブルマー」は穿いていませんが、超ミニなので○見えです^^;
by sknys (2006-09-06 22:22)
こんばんにゃ☆
ブルマ・・・そうですね。アスリートのは何て言うのでしょ?!
思い出したのがフローレンス・ジョイナー選手。
派手なマニキュアとハイレグウェア・・・懐かしい(笑)
バレーボール選手のはショートパンツタイプだし。
今の日本女子バレボの選手みんな面白い。柳本監督好きですわ♪
(本文とあまり関係ないですね。ごめんなさい)
写真のにゃこちゃんへ「うぅ。そんなまんまるな目で見つめないでぇ☆」
お腹のふさふさに触りたい・・・。
入院中、にゃごが恋しくなりました。
by こにゃ (2006-09-08 21:59)
こにゃさん、コメントありがとう。
欧米女子アスリートのブルマ(?)は結構ハイレグです^^;
ブラマを穿かなくなってから、全日本女子バレーが弱くなったような‥‥。
写真の黒縞猫はスカートの中ではなく、空の鳥を見つめているんですね。
黒猫のサクラちゃんが片目を瞑って空を見上げていたのには感心しました。
ゆっくり療養して、元気印のこにゃさんに戻って下さい。
by sknys (2006-09-08 23:49)