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氷の国の摩天楼 [v i s u a l]

  • A pentagonal peg in a terminally square pop world, Bjork crafted brittle, percussive winter songs on a record which equated the volcanic fjords of Iceland with the skyscraper valleys of Manhattan.

    断末魔の四角いポップ・ワールドに打ち込まれた五角形の楔、ビョークはアイスランドの火山性峡江(フィヨルド)とマンハッタンの摩天楼の谷間を同一視するアルバム、儚くも衝撃的な冬の歌を精巧に作り上げた。
    THE WIRE 215 Jan. 2002

  • まるで鋭利な登山ナイフの一閃のようなテクストだ。この文章を目にした時の昂奮は今でも忘れられない。孤立感で凍っていた心が温まり、蟠りが溶けて行く‥‥。少なくとも2人いるという事実が、全世界の潜在的「同胞者」の存在を暗示している。仮令それが数十人〜数百人規模であったとしても、彼らは 《Vespertine》(One Little Indian 2001)に「同時多発テロ」前・後を問わず、崩壊する「摩天楼」を幻視したのだ。《俄には信じられないことだが、摩天楼の氷の階段を降りてBjorkの方から歩み寄って来た‥‥》〈CYBJORK 2001〉(未発表)と書いた3日後に、NYの「摩天楼」 が2基とも崩壊→消滅したのだ。それにしても何故「摩天楼」などと書いてしまったのか?‥‥これは一体どういうことなのかと、数カ月に渡って思い悩むことになる、そもそもの発端だった。

    恐らく、爆発→倒壊した高層アパートから泣きながら歩いて脱出する猿飛悦子 ──『童夢』(大友克洋 1983)の超能力少女ヒロイン ←『おかしなおかしなおかしなあの子』(さるとびエッちゃん♪)の転生!──と、摩天楼の階段を降りて来るBjorkのイメージが無意識裡で重なっていたのだろう。従って脱稿の時点(2001/09/08)で摩天楼崩壊のイメージを明確に「幻視」していた訳ではない。ただ東京近郊の高層団地ならマンハッタンの摩天楼(今回の彼女のレコーディングはNYで行われた)が相応しいという連想は働いていたかもしれない。そして無意識裡に両者──猿飛悦子とBjork、高層団地と摩天楼は分ち難く結びつき、爆発→崩壊の負のイメージが迸る地下のマグマのように東京〜NYへと流出する。「爆発する摩天楼」とか「炎の階段」などと書かなかったのが、せめてもの救いだろうか(その気になって捜せば他にも「軍隊」とか「安息日」とか「サイボーグ戦士」とかいう不穏な単語が散在しているが)。この時ほど「書くという行為」に恐怖を感じたことはない。

    それから数カ月間‥‥悩み抜いた末の結論は、市井の人でも(予言者や予知能力者でなくても)エクリチュールに集中し対象を凝視することで、同時代のシンクロニシティに一瞬触れ合ってしまう(暗い未来を垣間視る?)こともあると考えた方が未だしも救われる、ということだった。それでも、未来の廃墟の中に1人取り残された孤立感を拭い去ることは到底出来ない。そんな中で冒頭の文章に出逢う‥‥。日本の高層団地とアイスランドの火山性峡江の違いはあるにせよ、英音楽誌のライターは摩天楼(Skyscrapers)との「等価性」を、極東の洋楽ファンは〈CYBJORK DUB〉(未発表 2001/12/27)で「共時性」を指摘した。9・11のテロ前・後を問わず、彼らは《Vespertine》の中に「摩天楼」を幻視したのだ。

    「同時多発テロ」が起こる起こらないに拘らず──仮に9・11の攻撃が無かったとしても──予め摩天楼が「夕闇の」中に、偶然氷河の中に閉じ込められてしまった古代のマンモスのように(瓦礫に埋れた未来の「自由の女神」像のように?)封印されていたとも考えられる。ともあれテロ以前(「摩天楼」崩壊前)に「幻視」してしまった人とテロ後に「幻影」を視てしまった人との差はあるけれど、この暗鬱極まりない2重のイメージを抱え込んだまま彼らは残りの生を行き続けなければならない。あれから丸5年‥‥いきなり顔面を殴打されて好戦モードに突入したアメリカは執拗に「アフガン空爆」を続け、テロの首謀者と目されるオサマ・ビン・ラディンの消息も不明のまま「イラク攻撃」に転じ、大量破壊兵器を隠し持っているという「大義なき戦争」に勝利した。ここだけの話だけどブッシュJr.って、頭おかしいんじゃない?‥‥どうしても戦争したかった理由が他にあったみたいだね。

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    「米同時多発テロ」から丁度1年後の9・11に合せて、攻撃直後の世界貿易センタービル(WTC)内部の貴重なドキュメント映像が初公開された。余りにも衝撃的な内容なので1年間封印されていたという曰く付きのヴィデオ・テープである。『0911・カメラはビルの中にいた』(NTV)と題された特番の後半が定時ニュース「今日の出来事」に跨がった異例の長尺&変則放映にも拘らず、視聴者をモニタ画面に惹きつけ、釘付けにして最後まで離さない。T1内部の映像が撮れたのは偶然の産物だった。たまたまNYC消防隊(FDNY)の活動を密着取材──ある1人の見習い隊員を主人公にしたドキュメンタリーを制作中だった──していたフランス人ジャーナリスト兄弟がいなかったら、この映像は存在しなかった。ガス漏れの通報を受けて現場に急行した消防隊はT1に航空機が激突する瞬間を目撃してしまう。

    そのままWTCへ緊急出動する消防隊の隊長に随行することでT1内部の撮影を特別に許可された弟・ジュール、留守番役に甘んじた見習い消防士と一緒に消防署内に残った兄・ギデオン‥‥次第に明らかになって来る「災害」の甚大さ悲惨さに、弟の身を案じる兄と、居ても立ってもいられない見習いのトニーは意を決してWTCへ向かう。つまりWTCの内と外の現状を同時に弟と兄がヴィデオに撮り、しかも救助に駆けつけた消防隊と弟の安否も危ぶまれる状態にあるという、まるでパニック映画か「再現ドラマ」かと見紛うような絶好・絶妙のロケーション&シチュエーションと化したのだ。TV放映された本編は実際に救出活動に従事→生還した消防士たちの後日談(コメント)を間に挿み、仏兄弟の内・外の映像をカットバックしながらクロノジカルに編集されているので──もちろん様々な理由でカットされた部分も相当分あるはずだが──、これが現実に起こったことなのか、それとも巧妙に捏造されたフィクションなのか一瞬分からなくなる。

    「現実」に引き戻されるのは、T1内に入ったことで外界から一切遮断されて(無線が通じない!)結果的に孤立→幽閉されてしまった消防隊員の体験する恐怖(まるでサヴァイヴァル・ホラー・ゲーム『BIOHAZARD』のようだ)、建物全体を揺るがす爆発音、地上に響く不気味な衝撃音──高層階から飛び降りた人が地面に叩きつけられた時の音だと知って慄然とする(あれだけの高さから落下すると重力負荷で物凄い質量になるらしい)──で我に返る瞬間。この種の極限状況下で一番怖いのは、全く情報が与えられないためにパニック状態に陥ることだ。真っ先にT1に駆けつけた1階フロアの消防士たちはT1上層部の被害状況どころか、既にT2が轟音と共に崩壊→消滅したことさえ知らない。

    T1が崩れ去るのも時間の問題なのに、なかなか退避命令を出せない隊長たち‥‥。消防隊専属の神父が犠牲者に祈りを捧げようとしてヘルメットを脱いだ瞬間、天井からの落下物で命を落とす皮肉なアクシデント。崩壊直前、今まで完全に機能停止状態だった100基もあるというエレヴェータの扉が何故か1基だけ奇蹟的に開く(辛うじて土壇場で命拾いした人たちは、消防隊員以上に一体何が起こっていたのか分からなかったでしょう)。パニック映画と化した現実、あるいは現実化した悪夢。T1内は生と死が隣り合わせる、まさに運命の女神が支配する修羅場だった。突然の暗転!‥‥やっとのことで地上に脱出した消防隊員たちが凄まじい粉塵の中に見たものは、瓦礫と化して跡形も無いT2の姿だった。

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    T1内部の「秘蔵映像」に固唾を呑んだ人の多くは、同日深夜枠で初放映された『セプテンバー11』(TBS)も続けて視ることになった。アラン・ブリガンの呼び掛けで、 9・11のテロとテロ以後の世界をテーマに映画監督11人が11分09秒01の時間枠で競作したオムニバス集。ドキュメント風、エスプリ調、ラヴ・コメ仕立て、アヴァギャン系など、多くの短篇がWTCの映像を「小道具」──例えば登場人物が暮している部屋のTV画面に映し出される──として引用しているが(敢えて洒脱で軽妙な作品に仕立てようとして「ライヴ映像」に負けている)、寧ろ映像を使用しないことを選んだ作品の方が逆に際立っていた。11作中、最も異彩を放っているのは殆ど音声のみ(映像は終始ディゾルヴ状態)で表現したメキシコ人監督アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの作品で、視ている間は退屈でも見終わった後で徐々に効いて来る遅効性のドラッグみたいな幻覚作用がある。

    それだけに時折、断片的にフラッシュバック挿入されるWTCから飛び降りて来る人たちの映像が、強烈なインパクトで網膜に長く焼き付く。何も映っていない真っ黒い画面を深夜に息を殺して見つめていると、「真実は常に隠されている」というマグリットの言葉を想い出す(浮游する林檎や鳥や花が正面向きのモデルの顔を不自然に覆い隠している一連のタブローに「世界大戦」とか「大戦争」という題名が付いているのは何とも意味深である)。30年前の、もう1つの9・11にスポットを当てたケン・ローチ監督のドキュメント・タッチの作品も、当時のアメリカ政府のチリへの露骨な内政干渉(軍事クーデタ!)という重く血腥い刃を突きつける。アジェンデ大統領(作家のイサベル・アジェンデは彼の姪だ!)の暗殺と軍事政権擁立のためにアメリカが果したことを容赦無く暴露し、断罪して行く。

    アンカーを担う今村昌平監督の映画は「摩天楼」の崩壊→消滅という現実を歯牙にも挂けない手抜き無しの渾身作である。「蛇」になって戦争から還って来たシェルショックの復員兵(田口トモロヲ)という楳図かずお〜安部公房ライクな不条理作品で、殆ど長篇のパイロット版かと見紛うほどの濃い内容と場違いなオールスター・キャスティング──『おとなしい日本人』(出演・緒形拳、役所広司、倍賞美津子、丹波哲郎、市原悦子、柄本明、麻生久美子!)──に不謹慎にも笑ってしまう。この2篇は9・11のテロというよりは、それ以前にアメリカが行った卑劣な「テロ」行為と、その後の「聖戦」という名の「アフガン空爆」や「イラク戦争」を痛烈痛快に批判しているわけで、WTCの衝撃映像に決して媚びない作家魂をドキュメントとフィクションの2面で見せつける。国家の振り翳す「正義」よりは、個人的なルサンチマンの方が、まだマシでしょうか。

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    • 「同時多発テロ」から丸5年‥‥非常に分かり難いパーソナルな記事ですが、急遽UPすることにしました。要は《Vespertine》に摩天楼(崩壊)のイメージを「幻視」出来るかどうかということ。Bjorkの未発表原稿も今後順次UPして行きます^^;

    • 『セプテンバー11』については「中川敬のシネマは自由をめざす!」を参照しました

    • Amazon Online Readerで英語版『Domu』のサワリが読める!‥‥Amazon.co.jpでオリジナル日本語版『童夢』は読めるのか?

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    Vespertine

    Vespertine

    • Artist: Bjork
    • Label: Polydor
    • Date: 2001/08/27
    • Media: Audio CD
    • Songs: Hidden Place / Cocoon / It's Not Up To You / Undo / Pagan Poetry / Frosti / Aurora / Echo, A Stain / Sun In My Mouth / Heirloom / Harm Of Will / Unison


    童夢

    童夢

    • 著者:大友 克洋
    • 出版社:双葉社
    • 発売日:1983/08/18
    • メディア:単行本


    セプテンバー11

    セプテンバー11(11'09"01)

    • Maker:TOHOKUSHINSHA
    • Date:2003/09/05
    • Media:DVD


    9.11 ~N.Y.同時多発テロの衝撃の真実~

    9・11 ── N.Y.同時多発テロの衝撃の真実

    • Maker:Paramount Home Entertainment Japan
    • Date:2006/08/25
    • Media:DVD

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    コメント 2

    こにゃ

    あう~~!(挨拶するの忘れた「こんばんにゃ^^」)
    写真、カッケー!!です。瞳が宝石のようです。素敵♪
    (いつも猫コメだけでごめんなさい^^;)

    昔の映画で摩天楼の映像が映ると、そこにはツインタワーがあって・・・。
    あぁ、今はないんだ・・・って。喪失感。
    by こにゃ (2006-09-11 22:28) 

    sknys

    こにゃさん、猫コメありがとう。
    9・11の記事内容に合わせて猫写真を白黒にしたものの、
    カラー(宝石のような睛)も捨て難い!
    両方見れたら面白いかもと思って、ちょっと工夫^^
    ‥‥モノクロ写真って力強いですね。

    「摩天楼を夢見て」「摩天楼のたそがれ」「摩天楼の夕べ」
    「摩天楼の落日」「摩天楼の夕暮れ」「消えた摩天楼」
    ‥‥なかなかタイトルが上手く決まらない。
    直截的なタイトルを破棄し、冒頭の「引用文」に倣って
    メタフォリカルな題名を付けました。
    by sknys (2006-09-12 00:26) 

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