たいていの場合、クールの属性を、わたしたちの社会は 「男性」 に属するものとしてきた。これが意味することは、「ガール」 として(つまり、必然的にクールの正反対のものとして)育てられた人間が、「ほんとうに」クールになるためには、タフネスを獲得して男性文化に同化するほかなかったということだ。「とろい(dork)」 と言われていることを 「かわいい」 と主張することによって、わたしたちはこのプロセス全体を攪乱し、粉砕することができる。これは、とろいこと(しかも、女性的特質とされるもの、たとえば感じのよさといったものを抑圧したり、自分たちの気持ちを人に言ったりしないこと)はかわいいことであり、したがってわたしたちにとってクールで価値のあることだと考える、というだけの話ではない。わたしたちのあり方が間違っているとか、未発達であるとか、悪いとか、‥‥クールではないとかいった主張を、許容しまいとすることでもあるのだ。
キャスリーン・ハンナ 「レディたちはどこへ?」
◎ Pussy Whipped(Kill Rock Stars 1993)Bikini KillBikini Kill(ビキニ・キル)は1990年、米ワシントン・オリンピアで結成されたガール・パンク・バンド。Kathi Wilcox(ベース)、Billy Karren(ギター)、Tobi Vail(ドラムス) 、Kathleen Hanna(ヴォーカル)の4人組‥‥いわゆるライオット・ガルー(Riot grrrl)である。元々「Bikini Kill」はKathleen Hannaが発行していたファンジンの名称で、仲間のミュージシャン(Lois Maffeo)のバンド名だったが、彼女が「Cradle Robbers」に改名した後、この名前を気に入っていたTobi Vailが譲り受けたという。デビュー・アルバムは全12曲、25分という潔さ。ヘヴィなベース、ドラムスにノイジーなギター。悲鳴、絶叫、咆哮から猫撫で声まで、Kathleen Hannaのヴォーカルは目紛しく変化するネコの目のように変幻自在。Kathi WilcoxとTobi Vailの2人が歌う3曲も負けず劣らず凄まじい。
〈Rebel Girl〉はライオット・ガルーのアンセムである。
◎ Reject All American(Kill Rock Stars 1996)Bikini KillBikini Killの2ndアルバムも全12曲、27分と演奏時間は短いが、1〜2分で駆け抜ける爆走パンクだけでなく、〈False Start〉や〈For Only〉など、内省的な曲も収録されている。〈R.I.P.〉は1995年10月、エイズで亡くなった「Hippy Dick Magazine」の発行者Gene Barnes(Portia Manson)を偲んだ曲である。攻撃的なパンク女から内向的な少女へ‥‥絶叫しないKathleen Hannaは途端に可愛くなる。デビュー・アルバムのヘヴィでハードなパンク・ロックから脱皮しようとしているようにも感じられる。男性原理のパンクを踏襲するだけでは女性の置かれている現状を打破することは出来ない。
〈Reject All American〉の中で、Kathleen Hannaは「良い成績を取って、ギターを弾く。彼はクールだと思っているけれど、本当はクールじゃない」と歌っている。4人に方向性の違いが生じたのか、2ndアルバム・リリースの1年後にBikini Killは解散してしまう。
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◎ Le Tigre(Mr. Lady 1998)Le Tigreル・ティグレ(Le Tigre)は1998年、Kathleen Hanna、Johanna Fateman、Sadie Benningの女性3人で結成されたエレクトロ・ポップ・バンド。当初はKathleen Hannaのソロ・プロジェクト(Julie Ruin)のためのライヴ・バンドを想定していたという。可愛いらしいヴォーカルとオルガン、サンプラー、ターンテーブル、ギター、ドラム・マシンによるエレクトロクラッシュはポスト・パンクのようにも聴こえる。当時のNY市長ルドルフ・ジュリアーニを批判した〈My My Metrocard〉。Carol Rama、Eleanor Antin、Yoko Ono、Carolee Schneemann、Gretchen Phillips 、Cibo Matto、Leslie Feinberg、Tammy Rae Carland、Faith Ringgold、Sleater-Kinney、Vivienne Dick、Lorraine O'Grady、Gayatri Spivak、Angela Davis、Laurie Weeks、Dorothy Allison、Gertrude Stein、Sleater-Kinney、Nina Simone、The Slits、Aretha Franklin、James Baldwin、Yayoi Kusamaなど50人以上のミュージシャンや作家などの名前を挙げて称讃した
〈Hot Topic〉など政治やフェミニズム色も濃い。SPINの
「年間ベスト・アルバム10位」に選出された。
◎ Feminist Sweepstakes(Mr. Lady 2001)Le Tigreエレクトロ・ポップ〜ポスト・ロックの女性3人組、Le Tigreの2ndアルバム。 Kathleen Hanna(Bikini Kill)を中心にしたバンドで、映像作家でもあるSadie Benningが離脱した後に、JD Samson(外見は男性だが実は女性。15歳の時にレスビアンであることを明かした)が加入した。Kathleen Hanna嬢のヴォイスは可愛いけれど、歌われている内容は辛辣だったりする。〈LT Tour Theme〉は文字通りのトラちゃんのテーマ・ソング、〈Shred A〉はエレクトロ・ロカビリー、〈Fake French〉はファンク、〈F.Y.R.〉はパンク‥‥ドラマー不在のバンドゆえにヒップホップ色も強い。デビュー・アルバムに引き続き、Kaia Wilson(Team Dresch、The Butchies)とTammy Rae Carlandのレスビアン・フェミニスト・レーベル「Mr. Lady」、EU盤はドイツの「Chicks On Speed」からリリースされている。Free Kittenの姉妹的な存在でしょうか。子ネコちゃんもトラちゃんも同じ「ネコ科」の女性バンドなので、近親感や愛着があります。
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◎ Run Fast(Dischord 2013)The Julie Ruinピンク色の四つ足動物(縫いぐるみ)が毛皮の上で寝そべっている。アリソン・ミッチェル
(Allyson Mitchell)が製作したマリコ(Mariko)は地球上のどの生物とも似ていないけれど、とても魅力的で可愛いらしい。未知の惑星から連れて来られた異星人のペットのようにも思える。The Julie RuinはKathleen Hanna(Bikini Kill、Le Tigre)が結成した新バンド。元々Julie RuinはKathleen Hannaのソロ・プロジェクト(1998)だったので、その延長線上のバンドということになる。ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムス、キーボードの5人編成で、Kathi Wilcox(Bikini Kill)もベーシストとして参加。パンク、エレクトロ、ガール・ポップなどを緩急自在に繰り広げる。元祖ライオット・ガルー(Riot grrrl)らしい少女の狂乱さと可愛らしさが違和感なく共存するデビュー・アルバム。16折りポスター&歌詞付き。直輸入仕様盤には4つ折りライナーノーツ(野中モモ)も同梱されている。
◎ Hit Reset(Hardly Art 2016)The Julie RuinKathleen Hanna嬢の率いるポスト・パンク・バンドの2ndアルバム。Kathleen Hanna (ヴォーカル)、Sara Landeau(ギター)、Kathi Wilcox(ベース)、Kenny Mellman (キーボード、ヴォーカル)、Carmine Covelli(ドラムス)という男女混成(女3+男2)の5人組だが、Bikini KillやLe Tigreで継承されて来た元祖ライオット・ガルー(Riot grrrl)の精神は約四半世紀を経た今も健在である。アルバム・タイトル曲の〈Hit Reset〉は「Deer hooves hanginng on the wall」という意味深な歌詞(Deerhoof?)から始まる。
〈I Decide〉のPVではヨーコ・オノの顔と「YOKO」という名前がプリントされたTシャツを着たKatie Crutchfield(Waxhatchee)が主演するなど、フェミニスト・アーティストたちの世代を越えた繋がりも感じられて嬉しくなる。全13曲・39分。歌詞は見開き紙ジャケのインナーに記載されている。
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《Pussy Whipped》をクリックすると「年齢確認」のページが表示されて「このページでは、アダルト商品および18歳未満の方には不適切な表現内容が含まれる商品を取り扱っています。 18歳未満の方のアクセスは固くお断りします」というアラートが出るようになった。一体いつからこのような仕様になったのか分からないが、Au Pairsの
《Playing With A Different Sex》や
《Pussy Plays》でも同じように「年齢確認」のページが表示されるので、「sex」や「pussy」という英文字がNGワードになっている可能性が高い。ソネ風呂にも半角文字のみ、特定の名前やURL、禁止IPや禁止WORDを設定してコメントを拒否する「スパムフィルタ」の機能があるけれど、必ずしも有効ではない。たとえば「sex」をNGワードにすると、「ゲロッパ!」で有名なJBの
〈Sex Machine〉も排除されてしまう。Sex PistolsやPerfect Pussyのアルバムも「アダルト・コンテンツ」になってしまうのでしょうか。
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- Le Tigreの《Feminist Sweepstakes》は〈終わらない夏(2001)〉、The Julie Ruinの《Hit Reset》は〈ヴァーミンツ(2016)〉の再録(一部加筆・改稿)です
- 「Pussy Whipped」は「尻に敷かれる・女が男を尻に敷く」という意味のスラング
- ガール(girl)と区別するために、ガルー(grrrl)という日本語表記にしました
- ライオット・ガルー(Riot grrrl)については、大垣有香のブログ「P.W.A.」を参照
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bikini kill / free kitten / sknynx / 767
Pussy Whipped
- Artist: Bikini Kill
- Label: Kill Rock Stars
- Date: 1993/10/29
- Media: Audio CD
- Songs: Blood One / Alien She / Magnet / Speed Heart / Lil Red / Tell Me So / Sugar / Star Bellied Boy / Hamster Baby / Rebel Girl / Star Fish / For Tammy Rae
Reject All American
- Artist: Bikini Kill
- Label: Kill Rock Stars
- Date: 1996/04/05
- Media: Audio CD
- Songs: Statement Of Vindication / Capri Pants / Jet Ski / Distinct Complicity / False Start / R.I.P. / No Backrub / Bloody Ice Cream / For Only / Tony Randall / Reject All American / Finale
Le Tigre
- Artist: Le Tigre
- Label: Mr. Lady
- Date: 2004/08/24
- Media: Audio CD
- Songs: Deceptacon / Hot Topic / What's Yr Take On Cassavetes / The Empty / Phanta / Eau D'Bedroom Dancing / Let's Run / My My Metrocard / Friendship Station / Sideshow At Free University / Dude. Yr So Crazy / Les & Ray / Deception / The Empty / Sweetie
Feminist Sweepstakes
- Artist: Le Tigre
- Label: Mr. Lady
- Date: 2001/10/16
- Media: Audio CD
- Songs: LT Tour Theme / Shred A / Fake French / FYR / On Guard / Much Finer / Dyke March 2001 / Tres Bien / Well Well Well / TGIF / My Art / Cry For Everything Bad That's Ever Happened / Keep On Livin'
Run Fast
- Artist: The Julie Ruin
- Label: Dischord
- Date: 2013/09/03
- Media: Audio CD
- Songs: Oh Come On / Ha Ha Ha / Just My Kind / Party City / Cookie Road / Lookout / Right Home / Kids In NY / Goodnight Goodbye / South Coast Plaza / Girls Like Us / Stop Stop / Run Fast
Hit Reset
- Artist: The Julie Ruin
- Label: Hardly Art
- Date: 2016/07/08
- Media: Audio CD
- Songs: Hit Reset / I Decide / Be Nice / Rather Not / Planet You / Let Me Go / Mr. So And So / Record Breaker / Hello Trust No One / I'm Done / Roses More Than Water / Time Is Up / Calverton
ヒップ ── アメリカにおけるかっこよさの系譜学
- 著者:ジョン・リーランド(John Leland)/ 篠儀 直子・松井 領明(訳)
- 出版社:スペースシャワーネットワーク
- 発売日: 2010/07/17
- メディア:単行本(P‐Vine BOOKs)
- 目次:はじめに / イントロダクション ヒップとはなにか? / 初めにリズムありき / ヒップのオリジナル・ギャングスターたち / わが黒き/白きルーツ──ジャズ、ロスト・ジェネレーション、ハーレム・ルネサンス / ヒップスターはレディを殴るか? / ヒップ黄金時代 / 三本指のヒップ / 世界はゲットーだ / ヒップと犯罪 / レディたちはどこへ?/ 音楽の裏側 ...
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