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鉄腕ビョーク [m u s i c]



  • 1995年の『ポスト』では多様性が前面に押し出される。電撃的集中攻撃のようなビバップの「アーミー・オブ・ミー」や「ザ・モダン・シングス」のファンタジア、それに「イッツ・オー・ソー・クワイエット」のビッグ・バンド・カヴァー・ヴァージョンなど。これは誠実なるポストモダン・ブリコラージュだ。「ユーヴ・ビーン・フラーティング・アゲイン」のストリングスが奏でる憂鬱な曲調が、「イゾベル」 の情熱的おとぎ話になだれ込む瞬間 ── これは鳥肌モノだ。『ポスト』でのビョークはフーパーにあまり頼らず、かわりにマッセイやトリッキーが曲づくりに参加している。フーパーを安全ネットにして「カヴァー・ミー」と頼りつつ、彼女はまたしても独り立ちしようとしていた。「存在するはずのないものが実在することを証明してみせる」 というわけだ。
    エヴェリン・マクドネル 『ビョークが行く』


  • Bjorkのシングル盤《Army Of Me》(One Little Indian 1995)には思わず笑ってしまった。白クマ(アストロ・ベア)の大群と青地をバックに、左腕を突き上げて空を飛ぶ「鉄腕ビョーク」の勇姿がカヴァに描かれていたからだ。見る角度によって変わる不思議な尖りヘア、黒いパンツ、赤いブーツ‥‥右腕を突き出して飛行する「鉄腕アトム」のパロディ。日本人ならば誰でも子供の頃に少年マンガやTVアニメで目にしたことのある飛行ポーズである。少女時代のBjorkもアイスランドのレイキャヴィクで「アストロ・ボーイ」を見ていたのかしら?‥‥と想像すると嬉しくなる。〈Army Of Me〉を「私の軍隊」と直訳している人もいるけれど、「army of …」は「a lot of …」の意味で、本来は「私の大群」と訳すべき。裏カヴァやインナー・スリーヴは文字通り「アストロ・ビョーク」の大群(軍隊ではない)で青空が埋め尽くされている。「もう面倒見切れない。これ以上同情出来ない。今度不平不満を口に出したら、私の大軍と戦うことになるわよ」という超アグレッシヴな歌詞を増強するかのようなサウンドにも度肝を抜かれる。

    重低音でブヒョブヒョと唸るアナログ・シンセや爆撃機の急降下ような下降するノイズ、爆発音‥‥Graham MasseyやMarsus De Vries(808 State)の作り出したビッグ・ビートには戦場のような緊迫感が漲っている。Michel Gondryの撮った〈Army Of Me〉のPVは「ビョークの夢」を再現したかのようなシュルレアリスティックな映像で溢れている。フロント・エンジン部が歯の生えた口になっているトレーラーを運転してゴリラの歯科医に行くBjork、口の中のダイヤモンドを奪われそうになってゴリラと闘うBjork、眠れる恋人を悪夢から目醒めさせるために美術館に侵入して時限爆弾を仕掛けるBjork‥‥すべては彼氏の夢の中の物語ではないか、ちょうど少女アリスと「赤の王」の関係のようにという解釈は「ゴリラの歯科医」と同じくらい通俗的で分かりやすいけれど。「鉄腕ビョーク」はアトムよりもウランちゃんの方が適役ではないかと主張するリスナーもいるかもしれない。でも、妹のウランは空を飛べないからね。正義感の強い優等生の兄よりも、お転婆娘の方がBjorkのキャラに合っているって?

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    《Post》(1995)のカヴァ・ポートレイトは《Debut》(1993)と一変している。これが同一人物か、別人28号かと見紛うほどに。モンディーノ(Jean-Baptiste Mondino)の撮った柔らかの表情とは対照的にステファン・セドナウイ(Stephan Sednaoui)によるBjorkはシャープで、研ぎ澄まされた「サイキック娘」のように見えなくもない。フォト・コラージュされた背景の一部には「招福丸」と日本語で書かれた大漁旗(福来旗)もある(初回限定の3面デジパック仕様盤には歌詞ブックレット(20頁)と大型ポスター(39×34.5cm)も付いていた)。デビュー・アルバムに引き続き、11曲中6曲をNellee Hooperと共同プロデュースしているが、Graham MasseyやMarsus De Vries、Howie B、Trickyなどを起用することによって、レゲエ / ダブ、グラウンドビートからトリップホップやエレクトロニカへ移行している。山の頂きに住んでいる「私」は毎朝、崖から自動車の部品やビン、ナイフやフォークなどを投げ捨てる‥‥と歌われる〈Hyper-Ballad〉は〈Venus As A Boy〉や〈Joga〉と並び称される名曲である。

    「私」が山頂から身を投げたら、岩場に叩きつけられた躰は一体どのような音を立てるのだろうかと想像する〈Hyper-Ballad〉は死と再生を繰り返す創作行為や創造活動のメタファだ。コンピュータ・ゲームを想わせるピコピコと鳴る効果音が主人公の生と死の往還を連想させもする。夜になると海に飛び込んで海底に錨を下ろすという〈The Anchor Song〉と姉妹関係にある曲なのかもしれない。ビッグ・バンド編成でミュージカル映画風にカヴァした〈It's Oh So Quiet〉、Trickyと共作したダークでアブストラクトな〈Enjoy〉、ブラジル人作曲家エウミール・デオダート(Eumir Deodato)の指揮するストリングスを従えて歌う〈You've Been Flirting Again〉、同じくオーケストラとスペイシーなテクノ・サウンドが混じり合ったファンタジーの〈Isobel〉‥‥。ヴィジュアルにも敏感なリスナーならば、妖精のような少女としてデビューしたBjorkが「鉄腕アトム」にコスプレして、サイキック娘に変身、そして《Homogenic》(1997)で正体不明の女サイボーグ(サイ・ビョーク?)に変貌するという変遷をアルバム・カヴァから読み取れるだろう。

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  • ビョークはコラボレーションの相手と浮き名を流すことで有名だ。イギリスのDJ、ドムT、フランスのファッションカメラマン、ステファン・セドナウイ、トリッキー、ゴールディ、ハウィーB ── もちろん同時進行ではないにしても、彼女の恋人たちが思っていた以上に他の男性とのつきあいが時期的に接近していた可能性はある。彼女自身も認めるとおり、ビョ ークはちょっとしたセックス狂だ。《インタヴュー》誌には生と死とセックスが自分の3つのオブセッションだ、と本人が語っている。《スカイ》誌のシルヴィア・パターソンには自分が「信じられないほどセックスに貪欲で」毎日マスターベーションをする、と告白。インターネット・オークションのeベイでもっともホットなビョーク・アイテムは3枚の巨大な葉っぱだけをつけたビョークの白黒セミヌード・ポスター〔下線・引用者〕だ。このストレ ートなエロティシズムのおかげもあって、彼女の少女っぽい演出には歯ごたえが出るし、キ ュートというよりは小悪魔的になる。

  • リミックス・アルバム《Telegram》(1997)のカヴァには荒木経惟(Araki Nobuyoshi)の写真が採用されている。ジャケだけでなくインナーやブックレット(12頁)などを含めると全部で13葉もあるので、ちょっとした「ミニ写真集」としても愉しめる。青色を基調としたBjorkの肖像写真は海の中や水族館で撮ったような浮游感や透明感に包まれている。どのような経緯でアラーキーがアルバム・カヴァを手がけることになったのかは分からないが、不思議と違和感がないのは「鉄腕アトム」や「招福丸」などの「クール・ジャパン」によって日本人アーティストを起用する下地や伏線が張られていたからだろう。オリジナル曲を完膚なきまでに解体・再構築するリミックスに対して、Bjorkは寛大である。曲作りをコラボレーションという形で共作するのを好む彼女にしてみれば、外部ミュージシャンによって換骨奪胎されたリミックスを聴くことは愉しみの1つなのかもしれない。

    《Post》の収録曲9曲を内外のミュージシャンがリミックス。Bjork自らも〈You've Been Flirting Again〉をリミックスしている。当初アルバムに収録される予定だったという〈My Spine〉は〈Enjoy〉と差し替えられたアウト・テイクなので、新曲というよりも未発表曲と看做すべきなのかもしれない(スティールパンの軽快な音が鳴り響くカリビアン風のサウンドは《Debut》向き?)。Bjorkのヴォイスを加工したLFOの〈Possibly Maybe〉、オケを弦楽四重奏に入れ替えたBrodsky Quartetによる〈Hyperballad〉、原形を留めないほどに徹底的に破壊されたOutcastの〈Enjoy〉、Rodney Pのラップをフィーチャしたヒップホップ調の〈I Miss You〉、Eumir Deodatoによるストリングスが冴える〈Isobel〉、トリップホップ〜ドラムンベース風の〈Cover Me〉、Bjorkのヴォーカルを消し去ってダブ化したGraham Masseyの〈Army Of Me〉、眠気を誘う夢幻的なドローンとなったMika Vainioの〈Headphones〉‥‥「萌えよヘッドフォン」なのね。

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    黒い小鳥が止まった2つの地球を手玉に取る妖しい小人レスラー?‥‥このカヴァ・イラストが「鉄腕ビョーク」(アトムのパロディ)だと分かる人は稀ではないか、余程のアトム・マニアかビョークおたくでもなければ判別出来ないのではないかと思う。《Army Of Me: Remixes & Covers》(2005)はBjorkがユニセフ(UNICEF)のために企画したチャリティ・アルバムで、600以上のリミックス&カヴァの中から選ばれた20曲20組の国籍はカナダ、フランス、スウェーデン、イギリス、アメリカ、アイスランド、ドイツ、デンマーク、スペイン、ギリシャの10カ国に渡る。とても〈Army Of Me〉のカヴァには聴こえないヘヴィメタから始まり、ボサノヴァ、エレクトロ・ポップ、カントリー、テクノ、エクスペリメンタル、インスト、ハード・ロック、レゲエ、アカペラ‥‥と続く。玉石混淆の20曲(69分)を聴き終える頃にはリミックス&カヴァの大群に襲われたリスナーの頭も流石におかしくなって来る。この寄付金で危機に瀕している世界の子供たちが救われるのならば良いけれど。

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    • 久々のビョーク・シリーズ‥‥「鉄腕ビョーク」(Astro Bjork)になっちゃった^^

    • エヴェリン・マクドネルの『ビョークが行く』(新潮社 2003)から引用しました

    • バナーを 「アストロ・ビョーク」 に変更してみました^^;(2021-05-17)
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    Army Of Me Pt.1

    Army Of Me Pt.1

    • Artist: Björk
    • Label: One Little Indian
    • Date: 1995/02/23
    • Media: Audio CD
    • Songs: Army Of Me / Cover Me / You've Been Flirting Again / Sweet Intuition



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    • Artist: Björk
    • Label: Universal
    • Date: 1995/06/13
    • Media: Audio CD
    • Songs: Army of Me / Hyper-Ballad / Modern Things / It's Oh So Quiet / Enjoy / You've Been Flirting Again / Isobel / Possibly Maybe / I Miss You / Cover Me / Headphones


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    • Artist: Björk
    • Label: Elektra
    • Date: 1997/01/14
    • Media: Audio CD
    • Songs: Possibly Maybe / Hyper-Ballad / Enjoy / My Spine / I Miss You / Isobel / You've Been Flirting Again / Cover Me / Army Of Me / Headphones


    Army Of Me: Remixes & Covers

    Army Of Me: Remixes & Covers

    • Artist: Bjork
    • Label: One Little Indian Us
    • Date: 2006/11/14
    • Media: Audio CD
    • Songs: Army Of Me / Army Of Me / Army Of Djur / Army Of Me / Army Of Me / Army Of Me / Army Of Me (Accordian Mix) / Army Of Me / Army Of Me / Army Of Me (Bersarinplatz Mix) / Army Of Me (Baker Mix) / Army Of Me / Army Of Me / Army Of Me (The Liquid Riot Mix) / Army ...



    タグ:bjork Music
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