きっかけは某百貨店の「イタリア・フェア」で購入した量り売りのEXヴァージン・オリーヴ・オイルだった。ベルトーリ(Bertolli)やボスコ(Bosco)など、今まで使って来た廉価なブレンド・オイルとは一線を劃す、馥郁たるテイスト(芳香と風味)‥‥嘗てトワイニング紅茶が「中級品」だと知った時の軽い幻滅感、先夜の欧州チャンピオンズ・リーグ(CL)の決勝戦とキリン・カップが全く別の球技に感じられてしまうショックにも似ている。今では、ごく当たり前にエディアール(Hediard)やフォーション(Fauchon)といった高級ブランド紅茶を気軽に買って喫むことが(金さえあれば)可能だし、BSや衛星有料チャンネル(CS)で欧州サッカーを毎週TV観戦出来るようになった。10年くらい前、〈きょうの料理〉(NHK)でイタリアン・シェフがオリーヴ・オイルは2000円(500ml)程度のものを使うようにと勧めた時、お高く留まって‥‥と悪態を吐いてしまったが、今では彼のコメントが正しかったことを認めざるを得ません。

『おいしいオリーブオイル101』(日本ヴォーグ社 1999)というテイスティング・ブックで辛口コメント──きらびやかなガラス瓶(高級化粧水の容器を想わせる)が目立つ割には中身が伴っていないと皮肉り、「ローマ法王庁御用達」オイルをバッサリ斬って捨てる──を連発するアン・ドラモア女史も、1回の食事で飲み切ってしまう高級ワインに比べれば、同じ値段で数カ月も愉しめるEXヴァージン・オリーヴ・オイルは「決して高い買い物ではない」と書いている。オリーヴの原産地はトルコ南部の地中海沿岸地域と目される。既に6000年前にはクレタやキプロス島、シリア地方で栽培されていたという。その後フェニキア人によってギリシャ〜イタリア〜シチリア〜南スペイン方面へ伝えられたらしい。今日オリーヴの生産国としてはイタリアとスペインが有名だが、フランスやアルゼンチン、ギリシャなどでも栽培されている(特にギリシャはイタリア、スペインに次ぐ世界第3位の生産量、1人当たり年間20リットルの世界最大消費国!)。日本ヘ輸入されるオリーヴ・オイルの60%がイタリア産であることからも分かるように、イタリアン料理=オリーヴ・オイルというイメージが強い。

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オリーヴ・オイルは8つの等級に分類され、そのうち日本に輸入されるのは3種類‥‥と書いても徒らに複雑〜煩瑣になるだけなので〈イタリアのオリーヴ法〉(法律で制定された品質規格表示)に基づく分類法を挙げておく。〔1〕EXヴァージン・オリーヴ・オイル〔2〕ヴァージン・オリーヴ・オイル〔3〕オリーヴ・オイル──〔1〕と〔2〕は一切の化学処理や精製を施さない文字通りの「処女」オイルで、酸度1%以下を〔1〕、2%以下を〔2〕と呼ぶ。〔3〕は精製オイルとヴァージン・オイルをブレンドしたもので、酸度は1.5%以下となっている。オリーヴの実は摘んだ瞬間から酸化が始まる。脂肪酸がグリセリンから遊離する過程を「オイルの自動酸化」、何%の脂肪酸が遊離しているかを示した数値を「遊離酸度」と言い、主成分であるオレイン酸に換算して100g当たり1g=1%以下のものをEXヴァージン・オリーヴ・オイルと定めている。

オリーヴ・オイルの主成分はオレイン酸である。元々オイル(脂肪)なのだから、その殆どが脂肪酸(98%)で、残りの1〜2%に300種類以上の微量分子、いわゆる抗酸化成分(ビタミンA、βカロテン、ビタミンE、D、クロロフィル、ポリフェノールなど)が含まれている。他の食用オイル(サラダ油や紅花オイル)と比べて格段にオレイン酸の含有比率が高い。そしてオレイン酸は、酸化し難い性質の一価不飽和脂肪酸である。脂肪酸は〔1〕飽和脂肪酸〔2〕一価不飽和脂肪酸〔3〕多価不飽和脂肪酸の3種類に分類される。〔1〕はバターやラードに含まれているパルミチン酸やステアリン酸などの動物性脂肪酸で、常温で固体化(安定)していて酸化しない代わりに体内のコレステロールを上昇させる。コレステロールを減らす働きのあるリノール酸に代表される〔3〕が長い間、健康に良いとされて来たが、近年(1986)の研究でコレステロールを運ぶリポ・タンパクに2種類──低比重コレステロール(LDL)と高比重コレステロール(HDL)、いわゆる悪玉と善玉──あることが発見された。

LDLの運ぶコレステロールが細胞組織と動脈内に蓄積されるのに対し、HDLは逆に細胞からコレステロールを取り去って肝臓〜胆管から排出する作用があるという。〔3〕は善・悪両方のコレステロール値を下げてしまうのだ。しかし〔2〕は悪玉を下げ、善玉を上げる働きがある。リノール酸の12倍も酸化し難いオレイン酸を多く含み、抗酸化成分やビタミン類を含んだEXヴァージン・オリーヴ・オイルが老化防止〜ヘルシーと賞賛される所以である。ミネソタ大の生理学者アンソニー・キース博士のグループが「心臓病の死亡率と食生活の関係」を調べた「7カ国調査」によると、心臓疾患の死亡率はアメリカや北欧で高くイタリアやギリシャ、スペインで低かった。脂肪摂取率が同じ割合(総カロリーの40%)なのにも拘らず「フィンランドの心臓疾患による死亡率がイタリアの3倍にも及ぶ」という驚愕すべき結果が出た。その70年代の調査以来、オリーヴ・オイルを使った地中海地方の食生活「地中海式ダイエット法」が注目されるようになった。

オリーヴの収穫は品種と栽培地域にもよるが、秋から冬(10〜2月)にかけて行なわれる。収穫法は、樹の下にネットを張り長い棒で枝を叩いてオリーヴの実を落す昔ながらの方法、専用の機械を使い幹全体を揺すって、あるいは小さな熊手で「手摘み」する。摘んだ瞬間から醗酵(酸化)が始まるので、出来るだけ早く(24時間以内に)搾油する。搾油法には大きな石臼で挽き砕き、圧搾機でプレスする「伝統的製法」と、遠心分離機を使う連続法がある。《1リットルのオイルを得るためには約5kgの果実が必要となり、1本の樹から摂れるオイルは3〜4リットル》(アン・ドラモア)だという。「一番搾り」とは化学的な処理を一切施さない絞ったままのヴァージン・オイルのこと。「コールドプレス」(冷間圧縮)とは摂氏30℃以下で圧搾作業を行なうこと(加熱するとオイルが劣化する)。そして収穫〜搾油、生産〜瓶詰めの行程を総て自園内でコントロールしているメーカーを「シングル・エステート」(単一農園)と呼ぶ。つまり「一番搾り」「コールドプレス」「シングル・エステート」とラベルに明記されたオイルこそが、EXヴァージンの名に相応しい最高級のオリーヴ・オイルなのだ。

EXヴァージン・オリーヴ・オイルで一番驚かされるのが、到底「木の実」とは想えない芳香と風味である。基本的なテイスティング用語でも使われる多彩な表現──青リンゴ、バナナ、メロン、トマトなどフルーティな果実。ユーカリ、若葉、ハーブ、ミント、スミレ、アーティチョークなど青葉や花。アーモンド、クルミなどのナッツ類。そしてチョコレート!‥‥胡椒のようなピリピリする辛さを表わすペパリー、糖分が入ってないのに甘く感じるスウィート、肯定的な意味合いで使われるビター(苦味)やグリーン‥‥。単なる植物油なのに何故、青リンゴやアーモンド、チョコレートの風味がするのか不思議でならない。その芳香は加熱すると失われてしまうのでEXヴァージン・オリーヴ・オイルは出来上がったパスタや肉・魚・野菜料理に振りかけるか、サラダのドレッシングとして使いたい。そもそもオリーヴ・オイルの芳香や風味が気に入らないという人は、没個性の精製オイルや無味無臭のサラダ油を使っていれば良いのだ。

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最初に挙げた量り売りのオリーヴ・オイルはマトライア(Matraja)というイタリア中部トスカーナ(ルッカ)産のEXヴァージンで、青リンゴのフルーティな香り、濃厚でペパリーな後味が魅惑的。同じトスカーナ産でもルッカ(Lucca)とキャンティ(Chianti)ではテイストが異なるらしく、辛口ペパリーなキャンティに対しルッカは軽やかなドルチェタイプ。シングル・エステート、手摘み、コールドプレス(12時間以内)。『大好き!パスタ』(大泉書店 2004)の著者・村田裕子さんも薦める、お気に入りの1本である。アルチェ・ネロ(Alice Nero)は南部カラブリア(コゼンツァ)産。アン・ドラモアのコメントにもあるように「ペッパー後味が強烈」で、チョコレートを想わせる風味もある。手摘み、コールドプレス、伝統的製法、一番搾り、イタリアCCPB認定の有機栽培。最近は近所のスーパーにも置いてあるので比較的入手し易いブランドだと思うが、初めて使うEXヴァージン・オリーヴ・オイルとしては少々個性的過ぎるでしょうか。

ラ・ビオ・イデア(La Bio Idea)はシシリー島(メッシーナ)産。メッシーナと言えばセリエAの柳沢敦が所属していたクラブ名として有名な地域(中村俊輔の在籍していたレッジーナとは海峡を跨いで目と長靴の爪先?)。素晴しい青リンゴの香り、フルーティ‥‥。『オリーブオイルのすべてがわかる本』(筑摩書房 2001)の巻末付録「惜しげなくたっぷり使える500mlで1500円以下のおいしいオイル」で著者・奥田佳奈子さんも3つ星(★★★)を付けているように、安い、美味しい、容器も可愛い、オマケに有機栽培という個人的にもイチ推しのEXヴァージン・オイル。ヒルサイドパントリー代官山でしか入手出来ないのが難点ですが、通販もあるので利用してみる手も‥‥(先日買いに行ったら2000円に値上げされていた)。タジャスカ(Taggiasca)は北部リグーリア(チェリアーナ)産のノン・フィルタ・オイル(見た目はフィルタ・オイルと変わらない)。「タジャスカ種」というオリーヴの品種名を、そのまま名称に使った「スウィートで繊細な矢田亜希子タイプ?」。バナナやメロンの甘く蠱惑的な香り。遮光黒瓶に貼ってあるアールヌーヴォ調のデザイン‥‥白地にオリーヴの実と枝葉を青紺とゴールドで描いたラベルが超洒落ている。この1瓶をキッチンテーブルに置いておくだけで食卓が華やぐ。

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  • 〈アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ〉1人分の作り方
    スパゲティ‥‥100g ニンニク‥‥1片 赤唐辛子‥‥1本 アンチョビ(フィレ)‥‥1枚 パセリ、オリーヴ・オイル、塩、胡椒‥‥適量。〔1〕ニンニクはみじん切り(風味を和らげたい場合はスライス→押し潰し→丸ごとの順で調節)。赤唐辛子は種を取り出して小口切りにする。〔2〕大鍋に水1リットルを入れて沸騰したら塩少々(強めにすると麺にコシが出るがショッパイのが苦手な人や塩分控えめの人は少なめ)とスパゲティを投入する。〔3〕冷たいフライパンにオリーヴ・オイル(勿体なければEXは使わない)、ニンニク、赤唐辛子、アンチョビを入れて弱火で加熱。焦がさないようにジックリとニンニクが薄キツネ色になるまで炒めて、オイルに香りを移す。〔4〕アルデンテに茹で上がったら、ゆで汁大さじ2〜3とスパゲティをフライパンに入れて混ぜ合せる。〔5〕仕上げにパセリのみじん切りを散らし、塩・胡椒で味を調える。〔6〕温めた皿(スパゲティを茹でた鍋の上に被せておく)に盛りつけて、お気に入りのEXヴァージン・オリーヴ・オイルを振りかける。

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  • オリーヴ・オイルの成分や歴史、レシピ記事等は下記3冊の本を参照して書きました

  • 今月は、もう1本記事をUPするのだよ、蒼生人くん

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おいしいオリーブオイル101 ── OLIVE OIL TASTING NOTEBOOK

  • 著者:アン・ドラモア(Anne Dolamore)
  • 出版社:日本ヴォーグ社
  • 発売日:1999/01/23
  • メディア:単行本(ソフトカバー)
  • 目次:オリーブオイルと健康 / 一番搾り・コールドプレスのエクストラヴァージン / ブレンドもののエクストラヴァージン / オリーブの品種 / 収穫と搾油 / 国と地域の比較ガイド / オリーブオイルを購入する / 風味とテイスティング / 基本的なテイスティング用語 / 保存と使い方 / ...


大好き! パスタ ── 定番スパゲティとパスタ料理

  • 著者:村田 裕子
  • 出版社:大泉書店
  • 発売日:2004/06/07
  • メディア:単行本
  • 目次:おいしいパスタ(にんにくと唐辛子のシンプル味 / こくがおいしいバター風味 / やっぱりトマト味 / 香りがおいしいバジルソース / ... )/ パスタ料理 / パスタ+αの小皿料理(サラダ / スープ / ブルスケッタ / マリネとカルパッチョ ... )/ とにかくおいしい手打ちパスタに挑戦


オリーブオイルのすべてがわかる本

  • 著者:奥田 佳奈子
  • 出版社:筑摩書房
  • 発売日:2001/12/15
  • メディア:単行本
  • 目次:これだけ知っていればOK。オリーブオイルを使いこなす基本のルール / 基本のレシピ作りながら覚えるオリーブオイルの使いこなし / 世界のオリーブオイル / オリーブオイルの歴史 / オリーブオイルの春夏秋冬 / オリーブオイルのことば / オリーブオイルと健康 / オリーブオイルのテイスティングをしましょう