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さようなら HMV [c u l t u r e]



HMV渋谷が閉店する(2010 8/22)。1990年、渋谷にオープンしてから20年‥‥「時代の流れ」というマスコミの一言によっては片付けられない複雑な想いが交錯する。閉店セール(7/17~)やラスト10日(8/13~)から始まったインストア・ライヴで連日活況を呈しているものの、生命が燃え尽きる今際の際の断末魔のように映ってしまうのは皮肉なことではないかしら。「渋谷系の聖地」と呼ばれて久しいけれど、そもそも「渋谷系」とは一体何を指しているのか曖昧だし、The CardigansやSportsguitarに代表されるギター・ポップ(邦楽は兎も角)のことならば、HMV渋谷よりも1992年にオープンしたQuattro WAVE(1997年に閉店)の方が発信地として相応しかった。思い返せば現LOFTの1階に渋谷WAVEがあった頃が音楽CD・レコードが一番売れた時代ではなかったか。輸入CDショップの店頭で購入するよりもネット通販の方が安いというのは本末転倒のような気もする。Club Quattroの下階がBOOK-OFFになってしまったことを思えば、HMV渋谷の跡地が今後どうなるかは推して知るべしでしょう。

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◎ Cine Samba(Biscoito Fino 2008)Joao Nabuco
Lenineを繊細にしたようなパーカッシヴな生ギター伴奏で2人の女性(Barbara Mendes & Paula Santos)が歌う。Joao Nabucoがギター(violao)だけでなく、ピアノやキーボード、サンプラー、プログラミングなど、殆どのインスト・パートを手掛けている。女性=ヴォイス、男性=サウンドという組み合わせはトリップホップ・ユニットに良くある形態だが、ソフィストケートされたアクースティック・サウンドが新鮮に響く。サンバ・ハウス(sambahouse)、マラケトゥ・トランス(maracatrance)、ショーロ(choro)、サンバ・ファンク(sambafunk)、アシッド・サンバ(acid samba)、ワルツ(valsa)‥‥というように、各曲タイトルの後に音楽スタイルを併記しているところも心憎い。それだけリズムが多彩で巧緻にハイブリッド化されていることの証しでしょう。たとえば、Rosie Brownの《By The Blue》(Stuck 2001)にも通底するような斬新さがある。

◎ Solo Resta Sumar(Zigzag / Estamos Felices 2006)El Robot Bajo El Agua
Jaime Sin Tierraの変名プロジェクト「水の中のロボット」の3rdアルバム。ミニチュアの家やウクレレ、ロボット、テープレコーダ、プリンタ(Sgt. Peppersのアルバム・カヴァがプリント・アウトされている)、スピーカ、凸面鏡、ラケット、デッキチェア、縫いぐるみの子クマ、ビニール製のアヒル、テレタビーズ(Teletubbies)‥‥などを箱庭風に並べたアルバム・カヴァはEzequiel Borraの2枚のアルバム《De Todos Los Dias / Las Cosas Del Mundo》(Asterisco 2009)にも似た感触がある。アルゼンチン産の宅録ローファイ・エレクトロ・ポップは全10曲が曲間なしに同じテンポで繋がっていることもあってか、密室性は低いけれど中毒性が高い。夢見るような愉しさと他人の夢の中に入ってしまったような鬱陶しさが混在している。甘くて毒のあるマジック・マッシュルーム?‥‥中庭で聴こえて来るドリーム・ポップや午睡の悪夢のような危うさも秘めている。

◎ Something For All Of Us...(Arts & Crafts 2008)Brendan Canning
Broken Social Scene(BSS)の創設メンバーによるソロ・アルバム第2弾。BSSの中心メンバーKevin Drew(ベース)、Justin Perott(ドラムス)、Lisa Lobsinger(ヴォーカル)の3人に加え、総勢17名のミュージシャンたちが参加。Dinosaur Jr.風のロックやフォーク、ファンク、ダブ(インスト)‥‥など、意外なほどヴァラエティに富んでいる。バンドのメンバーが片手間に作ったソロ・アルバムという感じは微塵もない。カナダ・トロントを拠点とする「Arts & Crafts」というレーベル名は19世紀の英ウィリアム・モリスが提唱した「美術工芸運動」(Arts and Crafts Movement)を想い起こさせる。メンバーが流動的な音楽集団のBSSや女性SSWのFeistを筆頭に、20以上のアーティストが50枚以上のアルバムをリリースしているA&Cは「アーツ&クラフツ運動」の音楽における実践のような気がする。

◎ Music Hole(Virgin France 2008)Camille
Bjorkの《Medulla》(2004)に触発されたアルバムだと思う。いわゆる無伴奏のアカペラ・コーラスではなく、ヒューマン・ビート・ボックス(肉声)を駆使した実験的なポップ・アルバム。特筆すべきはネコ、イヌ、ニワトリ、ロバ、ドナルドダック(Camille)、水の音、ハゲワシ、ウシ、ヤギ、イノシシ、カエル、ヘビ、トリ、ソウ、ライチョウ、サルなど‥‥ピアノを除く殆どのインスト・パートを江戸家猫八みたいな形態模写で賄っていること。〈Cats And Dogs〉では犬と猫に加えて、馬、黒牛、イルカ、カモメ、キリン、アヒル、魚、ライオン、パフィンなどが大挙乱入。Camilleの歪んだ顔写真(インナー・スリーヴ)が彼女の本気度を象徴しているが、Bjorkのエキセントリックなヴォイスや気味の悪い変態ヒップホップ(Bjorkとネコの恋人が踊るシュールなPVも傑作だった)には及ばない。良くも悪くもフランスの上品な実験精神が下世話なヒップホップを抑制している。秘密のミュージック・ホール(Music Hall)で演じられるアングラ・ショーというコンセプトだろうか。にゃぁあ、にゃぁあ。

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◎ Unmap(Jagjaguwar 2009)Volcano Choir
Collections Of Colonies Of BeesとJustin Vernon(Bon Iver)のコラボ・アルバム。「火山聖歌隊」というユニット名が示している通り教会で歌われる讃美歌のように荘厳で清冽なJustin Vernonのヴォイスとポスト・ロック〜エレクトロニカ風サウンドの邂逅は「氷の摩天楼」のように美しい。Bjorkの《Vespertine》(2001)と地下茎で繋がっている音楽の新たな発芽だと思う。9・11以降、世界が変わったようにポピュラー・ミュージックも変化を余儀なくされた。いわゆる音響派〜エレクトロニカの称される音楽は内省的なだけでなく、一種の気味悪さを秘めている(そこが70年代のSSWと決定的に違う)。それは自爆テロや細菌・化学兵器、クラスター爆弾、劣化ウラン弾、サイバーテロ、新種ウイルス、地球温暖化‥‥など、世界に蔓延する恐怖と無縁ではない。Volcano Choirのような奇形児が生まれる時代は不幸なのかもしれないが、音楽が未来を映す抽象化した「鏡」として機能するのは悪くない。リスナーは否応なく「現実」と向き合うことになるのだから‥‥。

◎ The Valerie Project(Drag City 2007)The Valerie Project
チェコのカルト映画『Valerie And Her Week Of Wonders』(1970)へのオマージュ的なアルバム。『ヴァレリーと不思議な1週間』(邦題『闇のバイブル 聖少女の詩』)は元祖ゴスロリ映画とも讃えられている吸血少女ものらしい(シュルレアリスム作家、ヴィチェスラフ・ネズヴァルの原作をヤロミール・イレシュ監督が映像化した)。70年代の東欧映画にインスパイアされた架空のサントラ・アルバムという前代未聞のプロジェクトを仕切ったのはGreg Week(Espers)で、米フィラデルフィア出身のミュージシャンが参加している。ゴシック、ホラー、ファンタジー、ロリータ、ドラキュラ‥‥という古くて新しいキーワードに彩られた怖くてキモ美しい音楽。全30曲、74分‥‥カルト映画おたくが狂喜して萌え、Espersのファンの琴線に触れるだけでなく、ゴスロリ少女たちのハートをも貫き通す「サントラ・アルバム」である。

◎ 11 Ethio-Punk Songs(Buda 2008)Getatchew Mekuria & The Ex + Guests
エチオピアを代表する伝説のサックス奏者とオランダのパンク / エクスペリメンタル・バンドの異種格闘アルバム《Moa Anbessa》(Terp 2006)の映像版DVD。2006年パリのライヴ・パフォーマンス&リハーサル(87分)とTerrie(The Ex)のインタヴューが収録されている。DVD(NTSC Multi Zone)は裏ケースに簡単な解説が載っているだけだが、CDアルバムにはGetatchew Mekuriaの詳細なバイオグラフィや写真などを収めたブックレット(36頁)が付いている。The ExはKatherina嬢(ドラムス)、Terrie、Andy(ギター)、GW Sok(ヴォーカル)の4人。ゲスト・ミュージシャンはベース、クラリネット、アルト・サックス、トロンボーン、オルガンの5名。ソウル、ジャズ、ファンク、パンク‥‥などが混然一体となったワールド・ミュージック。ちなみにThe Exは結成30周年(1979-)を迎えたのを機にGW Sokが引退して、現在は新しいヴォーカリストが加入している。新生The Exにも期待しましょう。

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HMV渋谷の閉店セール(7/17~)に行って来た。¥100均一セールは早い者勝ちなので殆どジャケ買い(ワールド・ミュージックはバイヤーが仕入れる際に厳選しているのでハズレが少ない)。70%OFFのワゴンの中には何枚かの掘り出し物があった。輸入CD全品30%OFF(8/13~)はネット通販の割引きと大差ないように思えるけれど、¥1800、¥1500‥‥というステッカーの貼ってある新譜CDも対象になるのが大きい(Arcade Fireのニュー・アルバムは¥1050!)。ロック / ポップス / ワールド・ミュージックのフロア(3F)はインストア・ライヴで賑わっている。13日に「夏の読書特集」(朝日新聞 2010 8/15)で嶽本野ばら、湯川潮音と鼎談している湯浅学のバンド、湯浅湾が1時間近く演奏。17日には和製The Pop Groupみたいなインディーズ・バンドが怒濤の大音量で次々とプレイして行く。次のバンドの到着が遅れているとのことで急遽、飛び入りで3曲歌った女性が凄かった。「まさおの夢」を聴いていて目頭が熱くなる。この人はタダ者ではないと思ったら、あのPhewだった。HMV渋谷のライヴで生Phewが観れるなんて!

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  • HMV渋谷の閉店セールで購入したアルバム(¥100、70%OFF、30%OFF)です

  • Phewの飛び入り(場つなぎ)ライヴにはビックリしたにゃぁ^^;
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HMV 渋谷

HMV 渋谷

  • 所在地:東京都渋谷区宇田川町24-1(高木ビル1〜4F)
  • 営業時間:10:00~23:00
  • 定休日:不定休
  • 閉店セール:2010/07/17~08/22


Cine Samba

Cine Samba

  • Artist: Joao Nabuco
  • Label: Biscoito Fino
  • Date: 2008/09/02
  • Media: Audio CD
  • Songs: Hipnotica / Sambah / Antonia / Maracutais / Serpenteando / Gavea / Incendeia / Na Lage / Abismo / Minas Geraes / Outra Lua / Bordado / Yemanja


Music Hole

Music Hole

  • Artist: Camille
  • Label: Charisma
  • Date: 2008/02/25
  • Media: Audio CD
  • Songs: Gospel with No Lord / Canards Sauvages / Home Is Where It Hurts / Kfir / The Monk / Cats And Dogs / Money Note / Katie's Tea / Winter's Child / Waves / Sanges Sweet


Unmap

Unmap

  • Artist: Volcano Choir
  • Label: Jagjaguwar
  • Date: 2009/09/22
  • Media: Audio CD
  • Songs: Husks And Shells / Seeplymouth / Island, IS / Dote / And Gather / Mbira In The Morass / Cool Knowledge / Still / Youlogy


The Valerie Project

The Valerie Project

  • Artist: The Valerie Project
  • Label: Drag City
  • Date: 2007/11/20
  • Media: Audio CD
  • Songs: Prelude / Introduction / Torchlight / Grandmother / A Letter / Tree of Life / The Sermon / Eagle's Theme / Dungeon / Fire Fountain / The Feast / Dove, Pearl, Priest / Vampires / Eagle's Theme (Reprise)


11 Ethio-Punk Songs

11 Ethio-Punk Songs

  • Artist: Getatchew Mekuria & The Ex + Guests
  • Label: Buda Musique
  • Date: 2008/03/11
  • Media: DVD(NTSC Multi Zone)
  • Songs: Musicawi Silt / Ethiopia Hagere / Sethed Seketelat / Yeheywete Heywet / Che Belew Shellela / Aynamaye Nesh / Aynotche Terabu / Shemonmwanaye / Tezeta / Tezalegn Yetentu / Aha Gedawo / Netotne

タグ:Music culture HMV
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コメント 2

つむじ

こんにちわ、sknysさん。

ぼくは渋谷ではHMVは知らなくて、ほとんどハンズのはす向かいにあったタワーレコーズでした。関係ないですけれど、はじめて食べた博多ラーメンもその隣に出来た「福ちゃん」だったと思いますがもうどちらもないようですね。ライブハウスと言えば渋谷屋根裏でした。喫茶店と言えば「ロロ」。

LOFTの一階のWAVEまでは利用しました。ぼくにとっての渋谷とはその辺までですが、チーマーみたいなのがうろつきだして以後を「渋谷系」というのでしょうか?
夏休みに行った「煙草と塩の博物館」裏のホテル街にあったThinkというレゲーの喫茶店が懐かしく思い出されます。自分の話ばかりですみませんでした。

by つむじ (2010-08-25 19:14) 

sknys

つむじさん、コメントありがとう。
庶民的なタワレコやセゾン・グループのWAVEに比べると、
英資本のHMVは敷居が高いという感じかしら?
初代タワレコはアナログ・レコードが高く平積みになっていて、
文字通りのタワー・レコーズでしたね^^

「渋谷系」というジャンル分け(?)も良く分らないけれど、
ブームが去った時から、逆に「渋谷系」が足枷になったような気もします。
HMV(の閉店セールに)に足繁く通ったのは久しぶりです。
最近は殆どタワレコの3階と5階しか行っていなかった。

最終日はラッシュアワーのような大混雑で、
異様な熱気が店内に充満していた。
巨人軍の応援歌の入ったCDを店員に訊いていた若い女性がいた。
夜のスポーツ&ニュース番組の中でHMV渋谷の閉店を伝えていた
日テレの女子アナだった^^;
by sknys (2010-08-26 01:03) 

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