SSブログ

趣味は切手蒐集 [c u l t u r e]



  • どういう訳か群衆にとって好ましからざる人間がいるものである。群衆はそうした連中をすぐに嗅ぎ分け、あざけり、鼻先をくすぐるのだ。彼らは子供たちにあまり好かれず、女たちに好かれることもない。/ パルノクはそうしたもののひとりだった。/ 学校友達は《羊》だとか《エナメル靴》だとか《エジプトのスタンプ》だとかその他の侮辱的な名前で呼んでじらした。子供たちは何のいわれもなく、彼が《汚点ぬき屋》だと、つまり彼が油やインクやその他のシミを抜く特別の成分を知っているのだといううわさを広めて、わざと、母親のところから醜いボロ着を盗みだしてきては、それを教室に持参して、無邪気な風を装ってパルノクに《このちんこい汚点、ぬいてくれよ》と頼むのだった。// ほら、見たまえ、ここがフォンタンカだ、──ばた屋、きたないもじゃもじゃの長髪の飢えた学生たちだとかの水の精(ウンディーネ)、欠けたギザギザの歯の櫛で奏でている、ゆでたエビたちのローレライだ。そして川は、──パチョリ香油を振りかけられた魔女よろしく、古ぼけた禿げの悲劇の女神(メルポメネー)が立っているきたないマールィ・テアトルのパトロンだ。
    オシップ・マンデリシュターム 「エジプトのスタンプ」


  • ある日、F渡の叔母が自慢の切手帳を携えて遊びに来た。お互いのスクラップブックを眺めながら暫し「切手蒐集」の話に花が咲く。部屋の整理をしていて、箪笥の上に仕舞い忘れていた大量の切手シートを発見!‥‥即都内の切手店に電話をかけまくって、一番買い入れ率(85%)の高かったK・スタンプ・クラブ(四ッ谷)で処分→換金したら、思いもかけぬ臨時収入(ン10万?)になったとかで、いつにも増して好機嫌。シート単位だけでなく1枚ずつバラでも買い取ってくれるという話を訊き、再度売りに行くという抜け目のない叔母に便乗して長らく死蔵状態だった我が家の「記念切手シート」も、この際処分してしまうことにした。叔母のコレクションに比べればシート数も少ないし、1枚の額面も5〜15円(時代が忍ばれますね)なので全部合計しても大した金額にはならないと思うけれど、ちょっとした小遣い程度にはなるでしょう。

    その後、お互いに所有していない切手を交換トレード(額面で売買)する「切手交換会」に発展‥‥いやぁ、愉しい一時(アッという間に時間が過ぎて行くのよね)を過ごしました。叔母が切手蒐集(シート買い)に夢中になっていたのは恐らく20年以上前のこと。発売日には郵便局の前に並んで(何度も並び直して!)買っていたと言うんだから、相当なもの。その当時は2倍に値上がりすると喧伝されて(信じ込んで?)いたらしいけれど、世の物価と反比例して切手の価値は下がり続け、今や2倍どころか「額面割れ」が相場となっている。1960年代、それも東京オリンピック(1964)前後の「切手ブーム」は大変なもので、当時の小学生たちもクラス中で競って集めていた。それだけ子供から大人まで日本中の人々が挙って買い集めていたわけで、逆に言えば希少性に乏しい(切手ブームに乗じて乱発増発した旧郵政省にも責任の一端がある)。

    もっとも「記念切手」に負けないくらいの大ブームだったTVアニメ・キャラのシールやワッペン──チョコ、ガム、フリカケ、粉末ココア等のオマケに付いていた──の方が遙かに今日的お宝度は高い。国が発行している現金に換金出来る(将来値上がりする?)「切手」の方が、ところ構わずベタベタ貼られてしまう低俗で如何わしいマンガやアニメの「シール」より、親掛かりの子供の「趣味」としては高級で教育的だと保護者たちは思っていたらしいが、40年以上の歳月を経て‥‥どちらが真の「お宝」だったかは火を見るより明らかであろう。鉄腕アトム、鉄人28号、8マン、狼少年ケン‥‥小学校前の文房具店でも売られていたカッパ・コミックス版「鉄腕アトム」──カラーページ付きの黄色い背表紙の薄手の雑誌サイズ本(B5)で「アトムシール」が単行本の腰巻風にオシャレに巻き付いている──が欲しかったけれど、毎号買ってくれるはずもなく、全国の少年少女たちは泣く泣くキッチュな魅力に欠ける「切手」を集めることで満足している「よゐこ」を装っていたのだ。アトム・シリーズが全巻(シールと一緒に)揃っていたら、今頃一財産だったのにね‥‥しくしく。

                        *

    小学生の「切手マニア」にとって垂涎のアイテムと言えば、切手趣味週間の「見返り美人」「月に雁」、文化人シリーズの「西周」など。いずれも当時としては高嶺の花で、子供の小遣いで買える範囲を超えていた。それでも1ランク下の「ビードロ」や「写楽」(写楽は作者名で「市川鰕蔵の竹村定之進」が正式名称)の2枚を持っているだけで、周囲のクラスメイトの羨望を集めるくらいの「マニア」だったわけです。実際にスクラップブックを眺めていても愛着が湧くのは東京五輪以前に発行された記念切手で、ブームに便乗した郵政公社がオリンピックの記念切手を増発したことも祟り、それ以降急速に「切手熱」は冷めて行くことになる。夢中になってクラスメートと競って集めていたのは、メキシコ五輪(1968)の頃まででしょうか。その後、興味の対象がロック(洋楽)やサッカー(スポーツ)へと移って行くのに連れて、次第に「切手」への関心は薄れてしまいました。

    本当に愉しかったのは幼稚園〜小学校低学年の頃、当時独身だった一番下の叔母と母方の実家で過ごした日々。彼女から分けてもらった50年代の未使用記念切手や古い封書や葉書から「水はがし」した使用済切手に纏わる記憶である。「使用済」というと未使用切手シートを大量に処分した上の叔母はバカにして洟も引っかけないが、1枚ずつ自分の切手帳にコレクションしているだけなら使用済・未使用にこだわる必要性はないし、実際に手許のスクラップブックに未使用と一緒に使用済が貼ってあっても周囲の切手の鮮やかな色彩に紛れて意外と黒い消印は目立たない。それに未使用で超高価な(だから持っていないわけだが)記念切手は使用済であっても、それなりの高値が付いていてバカに出来ない。数十年振りに「切手カタログ本」──『さくら日本切手カタログ 2012年版』(日本郵趣協会 2011)を図書館から借りて来た──を開いてみたら幾つかの興味深い発見があったので、以下具体的に検証して行くことにしよう。

    大きく派手なデザインの記念切手と比べると地味な印象しかない単色小型判の普通切手。私製ハガキや封書に貼って使う、いつでも郵便局やコンビニで買える切手を敢えてコレクションしようとする人が少ないためか、これが意外と今日高値を呼んでいる。物価上昇に伴う郵便料金の値上げや定期的な刷新によって、ある日突然発売中止になってしまう普通切手は、たとえ手許に残っていても、いずれ使い切ってしまうので大量の使用済に対して未使用切手の希少性は高くなる。小学生であっても、そのカラクリに薄々気づいていて60年代当時流通していた「普通切手」を郵便局の窓口で積極的に買うように心掛けていたのだが、種類も多く高額切手(¥500など、額面の高いものほど後に値上がりする傾向がある)もあって、すべてを買い揃えることは叶わなかった。真っさらな「処女」の如き未使用切手とは違った「人妻」の味わいが使用済切手の魅力だとしたら、普通切手は地方から上京して来た化粧っ気の無い働き者の「小娘」といったところだろうか。

                        *

    未使用普通切手コレクションの高額トップ5を挙げると、〔1〕鵜飼(1953)¥100→6000 〔2〕風神(1962)¥90→5800 〔3〕観音菩薩像(1959)¥10→4000 〔4〕尾長鶏(00(1950)¥5a→4000 〔5〕金魚(1952)¥35→2000‥‥。1950年代当時、必ず封書に貼ってあった薄紅色の10円切手も今では1枚800円と高値だが、〔3〕は自販機用に発売された左右辺の目打ちがないコイル切手。〔4〕は銭位(00)の付いた尾長鶏の緑が濃色(a)の方(1枚で見分けるのは困難だが、2種並べてみると濃淡の違いが一目瞭然)で、淡色タイプは1200円。次点として「埴輪馬」(1966)¥65、「丹頂鶴」(1963)¥100、「迦陵頻伽」(1963)¥120が共に2000円など。普通切手としては多色刷りが美しい「オオムラサキ」(1956)も¥75→1800と高価。持っていないのが悔しい「平等院鳳凰堂」(1957)は¥30→7500、「八つ橋蒔絵」(1955)¥500に至っては何と15000円もする。普通切手の盲点?‥‥今現在流通している昆虫・花・鳥などの図柄の「普通切手」に額面以上の値は殆ど付いていないが、高額切手の「蟷螂」(1995)¥700や「鷹」(1996)¥1000は郵便局で売っている間に入手しておく方が良いだろう。30〜40年後に思わぬ超高値になってるかも。

    使用済切手の高額トップ5は〔1〕野口英世(1949)¥8a→1500 〔2〕立山航空(1952)¥55→1200 〔3〕蒲原(1960)¥30→1000 〔4〕黒部渓谷(1952)¥10→700 〔5〕国旗(1951)¥8、安田講堂(1952)¥10→600‥‥。「文化人シリーズ」(1949-52)は「西周」が有名だが、〔1〕はヴァージョン違いのタイプ2(a)で、タイプ1の未使用(1300円)よりも高い(2の未使用は22000円!)。この2ヴァージョンは見分けがつき難いので要注意‥‥切手カタログで発見した嬉しい誤算だった。「航空切手」は航空郵便(料金)用に発行された普通切手で、〔2〕の未使用は16000円、銭位(00)タイプでは48000円(使用済でも8000円)もする。円位・銭位共に¥55〜160まで6種12枚出ていて、いずれも超高価。少額版の「五重塔航空」も同じように¥15〜40の5種10枚あって、なぜか¥20の未使用だけが11000円もする。ちなみに愛蔵の¥15は400円ポッキリで、額面5円の差で大きな違い!‥‥ギャップあり過ぎです。¥20の方は使用済(220円)なら持っているけれど。「国際文通週間」の〔3〕以下は未使用が高い分だけ使用済であっても、それなりに高価値という記念切手の好例。使用済だからといって、くれぐれも邪険に取り扱わないようにね。

    未使用記念切手の高額トップ5は〔1〕森鴎外(1951)¥8→3200 〔2〕ビードロを吹く娘(1955)¥10→2800 〔3〕写楽(1956)¥10→2400 〔4〕正岡子規(1951)¥8→2100 〔5〕樋口一葉(1951)¥8→2000‥‥。上位5枚は「文化人シリーズ」〔1. 4. 5〕と「切手趣味週間」〔2. 3〕という面白味に欠ける定番ランキングになってしまったが、「カタログ」の後ろのページに載っている「全国有名切手店ガイド」を参照すると、〔2〕や〔3〕の実売価格は上記の半額程度。「文化人」の方は少し高かったりもする。特に紅一点の〔5〕は2004年から新五千円札の顔になったという話題性もあって、今後の値上がりが期待出来そう。「見返り美人」「月に雁」「西周」の御三家が無いのは返す返す口惜しいけれど、60年代からの物価上昇などを鑑みても、今買った方が結果的にリーズナブル。でも「見返り」と「月に雁」は2種(単色オリジナル&カラー)4種連刷のリイシュー版(1996)が出たので今さら‥‥という感じ。強いて言えば「西周」だが、まぁ使用済でも良いかなっていう程度の購入欲。かつての切手少年を襲った「熱病」も今や、すっかり冷めちゃったなぁ。

                        *

    近年の記念切手は色彩も綺麗で形状も多種多様化(円形や変形シール式切手)して来た一方で、国の財政難の影響なのか年間の発行回数(種類)が増え過ぎて「切手マニア」──今やシート買いする切手コレクターの中心は高齢者(年金生活者)に移っているという──から金銭的な負担が大きいという苦情が寄せられているらしい。次々に乱発される新シリーズ、「ふみの日」「ふるさと切手」「グリーティング切手」などには首を傾げたくなるものも少なくない。そんな中で新ミレニアムに跨がって発行された「20世紀デザイン切手シリーズ」は出色の出来だった。文字通り20世紀の出来事を振り返る内容の全17シート(1シート10種・10枚)計170枚から成るシリーズで、扱うテーマも文学、映画、科学・技術、芸能、社会、スポーツ、芸術、ファッション、暮らし、自然・生物、世相、経済、音楽、マンガ・アニメ‥‥と多岐に渡る。いわゆるサブカルチャー系を多く採り入れているところが、旧来の権威主義的で格式(四角?)張った記念切手とは異なるのだ。

    アニメ&特撮世代としては「鉄腕アトム」(1951)や「ウルトラマン」(1966)各2種、「ゴジラ」(1954)には胸ときめきました。その反面「鉄人28号」や「サイボーグ 009」「あしたのジョー」などが無いのは不満憤懣‥‥。郵政公社から民営化したのだから「懐かしの60年代マンガ&アニメ・ヒーロー全集」や「花の24年組・少女マンガ・シリーズ」なども出して欲しいですね。唯一の少女マンガが「ベルばら」(1972)なのは仕方ないとしても(「ポーの一族」「綿の国星」「風と木の詩」は当然入って然るべき)、「機動戦士ガンダム」(1979)が記念切手(2種+シート地)になろうとは、ガンダム世代も夢にも想わなかったんじゃないかしら。「阪神・神戸大震災」(1995)の復興シンボルに「火の鳥」が使われたのには感激したけれど、「3年B組金八先生」(1979)や「おしん」(1983)の記念切手化はどうかと思うし、当初リストに入っていた「もののけ姫」(1997)が最終的に洩れてしまったのは残念としか言いようがない(「長野五輪」(1998)だけが同一テーマで例外的に3枚もあるのが怪しい)。新世紀に入ってからは、堰を切ったようにマンガやアニメ・キャラが大氾濫!‥‥「エヴァンゲリオン」の綾波レイだけは欲しかったりして?

                        *
                        *



    さくら日本切手カタログ(2012年版)

    さくら日本切手カタログ(2012年版)

    • 巻頭特集:日本国際切手展2011に行こう!!
    • 出版社:日本郵趣協会
    • 発売日:2011/04/20
    • メディア:単行本
    • 目次:日本国際切手展2011に行こう!! / さくら日本切手カタログの使い方 / 記念・特殊切手 / 普通切手 / 公園切手 / 年賀切手 / 軍事・在外国局・その他の切手 / 沖縄切手 /「満州国」切手 / 占領地切手 / ステーショナリー


    切手 ── NHK 美の壺

    切手 ── NHK 美の壺

    • 編者:NHK「美の壷」制作班
    • 出版社:日本放送出版協会(NHK出版)
    • 発売日:2009/06/25
    • メディア:単行本
    • 目次:「美の壷」を探しに──切手 /「趣味の王様」といわれた切手収集 / 生活の中の、凝縮されたアート / 大胆なレイアウトに秘密あり / 小さなキャンアスに彫刻の冴あり / 限られた色が創る無限の世界 / 切手ブームを象徴する名品 / 世界最大の切手 / 不思議な形...


    現代ロシア幻想小説

    現代ロシア幻想小説

    • 編者:川端 香男里著者:アレクセイ・トルストイ / フョードル・ソログープ / アレクセイ・レーミゾフ / エヴゲーニー・ザミャーチン / ミハイル・プリーシヴィン / アレクサンドル・グリーン / ボリース・パステルナーク / ニコライ・アセーエフ / ウラジーミル・ブコーフスキー / アレクサンドル・ウルーソフ / ニコライ・エレーネフ / ミハイル・ブルガーコフ / アンドレイ・ベールィ / オシップ・マンデリシュターム / ...
    • 出版社:白水社
    • 発売日: 1971/09/28
    • メディア:単行本
    • 収録作品:牧神(ファヌス)/ 赤い唇の客 / ルーシの地、滅亡の物語 / 洞窟 / 最後の審判 / 水彩画 / トゥーラからの手紙 / 明日 / あるロシア的情景 / 遠い蟻たちの叫び / 天の川の下で / ディヤボリヤーダ(悪魔物語)/ 回帰 / エジプトのスタンプ

    コメント(0)  トラックバック(0) 

    コメント 0

    コメントを書く

    お名前:
    URL:
    コメント:
    画像認証:
    下の画像に表示されている文字を入力してください。

    トラックバック 0