バブル後の少子化で児童の絶対数が減り続け、都心でも廃校に追い込まれる小学校が出て来た。数年前、『課外授業・ようこそ先輩』(NHK)で母校のJ習小学校に卒業生の川崎徹氏が訪れた時は既に廃校も決まっていて、全校生徒約100人という有り様だった。この時、実際に「課外授業」を受けたのは6年1組でしたが(6年2組は存在しない?)、1クラスこれくらいの人数(20人位?)だと生徒たちも和気藹々と、お互いに助け合っているようで、陰湿なイジメなんか入り込む余地も無さそう。廃校間近の小学校で理想的な授業が行なわれているという逆説が文部科学省や教育委員会に突きつけた現実は重い。「サンシャイン・シティの見える小学校」というキャッチ・コピーが子供たちの置かれている状況を何よりも雄弁に物語っていた。昭和30年代には在校生1000人以上、教室が足りなくて裏山(?)に分校まであったらしいことを想うと、まさに隔世の感ですね。

財政難の「苦渋の選択」で学校法人に65億円で売却され、某私立大学が建設中という母校の跡地を12時とすると「サンシャイン・シティ」を中心軸として6時の方角、真南の位置に豊島区立中央図書館が移転オープンした(2007/07/16)。エアライズタワー(地上42階の高層マンション)に隣接するライズアリーナビル(地上15階、地下2階)の4・5F、東京メトロ有楽町線・東池袋駅から直結で徒歩1分、都電荒川線・東池袋4丁目駅から徒歩2分というロケーションである。旧中央図書館は同荒川線の向原駅前にあったので、少しJR池袋駅に近くなった。特筆すべきは休館日を月2回(第2月・第4金曜日)に減らし、平日の開館時間を午後10時までに延長したこと。5月にオープンした千代田図書館と同じく、区民以外の利用者数アップを見込んでのことらしい。

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旧中央図書館が一体いつ頃オープンしたのか分からないけれど、外壁はレンガ造りで、館内は狭く薄暗かった。新中央図書館の床面積は約3000平方メートル、蔵書収容冊数は約25万冊で、旧中央図書館の約1.2倍の規模。明るい照明、広いエントランス・ロビー、窓からの採光‥‥窓際に設置されている閲覧席(208席)からの見晴しも悪くない。4階は吹き抜けになっていて、5階から降りる階段からの眺めは壮観である。4Fは一般書、児童書、10代(YA)のコーナー、雑誌、新聞の閲覧席、5Fは新書・文庫本、文化・芸術書(音楽、演劇、映画‥‥)や美術書などの大型本、視聴覚資料(CD、ヴィデオ、DVD)が低めの書架に収まっている。移転に伴う「リサイクル市」で廃棄本を大放出したためか、海外文学コーナーは期待外れ‥‥過去の貸出数なのか、出版年なのか「リサイクル本」の基準も定かでないが、いわゆる「絶版・貴重本の宝庫」という旧公立図書館のイメージからは程遠い。

5Fはコの字型のスペースになっていて、4Fと同じく窓際に閲覧席が設けてある。新書(ノベルス)・文庫本には栞や読者カード、新刊案内が挿まれたままになっていることから一括購入した「新規本」だと想像がつく。小説やエッセイは単行本より省スペースの文庫本を充実させる方針なのかもしれない。4Fに見当たらなかった澁澤本が文庫版で何冊かあった(新中央図書館は「澁澤龍彦全集」を所蔵しているので、新たに単行本や文庫を購入する必要性もないのだが)。「トキワ荘」関連の常設コーナーに「石ノ森章太郎 萬画大全集」が並んでいたのには驚いた。完全予約制のセット販売、全500巻を全巻購入する予定なのだろうか?‥‥もし、そうならば快挙だし、「禁帯」扱いなのも納得が行く。コミック本だけでなく「鉄腕アトム」や「鉄人28号」のDVDまで揃っているのには笑いましたが。

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図書館がコンピュータを導入する遙か以前の話‥‥小・中学校の図書室では、裏表紙の見返しにある「貸出票」や「貸出カード」に氏名と年月日を記入して借り出す。つまり、誰が借りた(読んだ?)か一目瞭然の一覧表が巻末に付されることになる。「個人情報漏洩」とか「プライヴァシー侵害」とかいう概念の存在しない古き良き時代。『空の色ににている』の主人公たちのような出逢いがあったかもしれない青春時代。まぁ、公立校の図書室には大した本は置いてないのだから、匿名性という透明化する衣裳に身を包む必要もなかったのだ。K区立図書館では「貸出券」というクリアファイル風の個人カードに、貸出す本の見返し左に貼ってある同形状のポケットの中の縦長カードを挿んで、本と引き換えに図書館が預かるというシステムになっていた。「貸出券」の裏には「この券で2冊借りられます」とある。たとえばリサイクル本『スノーグース』(王国社 1988)の見返し左には白いカードの入った黄色いポケットが、右に「下記の日までにお返し下さい」という返却期限日がスタンプされた票が貼ってある。その白いカード(93ギ / 38012 / スノーグース)を「貸出券」に挿んで図書館が保管するわけである。

公立図書館にコンピュータが導入されて区内の蔵書・資料がデータベース化されてからは、「貸出資料」と「図書館利用カード」のバーコードを読み取るだけで一切の処理が済むようになったし、インターネットで検索や予約等も簡単に行なえるようになった。インターネットで事前に情報を得ておけば、雑司が谷に住んでいた笙野頼子氏のように、資料を調べに旧中央図書館(向原)ヘ行ったら運悪く休館日だった!‥‥ということもなくなる。今回一番ビックリしたのは館内5箇所に設置されている「自動貸出機」の存在。利用者カードを読み取り、借りる本を重ねて置くだけで瞬時に「貸出期限票」という、タイトルと返却日を記したレシートが出て来る優れもの。スーパーやコンビニのレジ係のように商品のバーコードを1つ1つチェックせずに、カゴの中身を一瞬で読み取る。利用者はカウンターへ赴くことなく好きな本を借り出せるのだ。その一方で、ICタグが取り付けられるなど、見えないところでハイテク管理されたイメージも付き纏う。4・5Fまでエレヴェータで昇るという密室性もある。1・2階にあれば、開かれた新図書館として理想的なイメージが広がるのだが。

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豊島区立図書館は区内に8館ある。しかし、雑司が谷図書館だけは立地条件が悪かったのか新中央図書館に統合される形で今年5月に閉館され、「雑司が谷図書貸出コーナー」として生まれ変わった。それぞれの図書館にはマスコット・キャラが棲み着いている。池袋 → フクロウ、上池袋 → 汽車ポッポ(埼京線と東武東上線)、巣鴨 → 地蔵、駒込 → 子馬、目白 → メジロ(鳥)、雑司が谷 → ゾウ‥‥という風に地口や連想から生まれた可愛い動物キャラが旧HPのトップ・ページを飾っていた。実に分かり易いベタ・ネーミングだが、由来の分からないキャラが2匹いる。中央図書館の「本を読むコアラ」と、千早図書館の「冷や汗キツネ」さん。旧中央図書館は「向原(ムコウハラ)」にあった。ひょっとして「ヨム・コアラ」のダジャレ?‥‥千早図書館の近くにある粟島神社の御神体が「お狐さま」なのだろうか?‥‥と想像を巡らす。それは兎も角、新中央図書館のオープンと同時に全面リニューアルされたHPに6匹と1両、1体のマスコット・キャラが生き残ったのは嬉しい。

トマス・ピンチョンもリチャード・パワーズもマーク・Z・ダニエレブスキーもリサイクル市で放出してしまったのか!──実は『舞踏会へ向かう3人の農夫』(みすず書房 2000)と『パワーズ・ブック』(同)を雑司が谷図書館のリサイクル市で貰って来ちゃいました。Macユーザならニヤリとする「パワーズ読本」の洒落が今でも通じるかな?──と英米文学コーナーで嘆いていたら、年輩の婦人が「図書館の人ですか?」と訊ねて来た。書店やCDショップで店員に間違えられるという「特技」があるので、いつものように笑顔で応対する──「文庫本はどこかしら?」「文庫本なら5階にありますよ」。オープン日は祝日だったので18時までの開館だったが、閉館アナウンスのBGMは「鉄腕アトム」の主題歌(インスト)だった。夏休みにサンシャイン60に行く機会があったら、新中央図書館に立ち寄ってみてはどうでしょうか?

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「サンシャイン・シティ」の真向かい、西友の裏手と見当を付けて行ったのですが、目的地がデカ過ぎて右往左往しちゃいました。5Fへの階段からの眺めは夢に見た「図書館」のような既視感に囚われる。館内は撮影禁止。せめて外観だけでも‥‥と思ったものの、オープン当日は天候が悪くて断念、帰りにはポツポツと小雨が降って来ました。平日20時以降の「夜の図書館」は未体験なので、ちょっと魅力的かもしれません。次に訪れた際は児童書やYAコーナーなどを詳しく見て来ようと思います。東池袋駅(有楽町線)の地下から直結しているのかどうかも確かめたいな。旧所蔵本と新規購入本の見分け方はICタグが視認出来るかどうか。前者は表紙見返しに貼られ、後者はカヴァと裏表紙の間に隠されているようです。豊島区立図書館の資料検索は「澁澤龍彦」ではなく「渋沢竜彦」と入力しないと表示されない。「該当データが見つかりませんでした」というアラートに焦りました。

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  • 「池袋の小学校跡地 65億で売却」(朝日新聞 2004/07/30)と「区立図書館 個性で勝負」(2007/05/06)を参照しました



  • 『スノーグース』(王国社 1988)はK区立図書館のリサイクル本です



  • リチャード・パワーズは《80年代以降に登場した最重要作家の1人(あるいは、最重要作家、ピリオド)である》(柴田元幸)。「ピリオド」ってところが良いですね

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豊島区立中央図書館

  • 所在地:豊島区東池袋4ー2ー5 ライズアリーナビル4・5階
  • 開館時間:平日(10:00~22:00)/ 土・日曜・祝日(9:00~18:00)
  • 休館日:第2月曜・第4金曜(祝日の場合は第3金曜)
  • メディア:図書館


スノーグース

  • 著者:ポール・ギャリコ(Paul Gallico)/ 矢川 澄子(訳)/ 建石 修志(装幀・挿画)
  • 出版社:王国社
  • 発売日:1988/09/15
  • メディア:単行本
  • 収録作品:スノーグース(白雁)/ 小さな奇蹟 / ルドミーラ


舞踏会へ向かう3人の農夫

  • 著者:リチャード・パワーズ(Richard Powers)/ 柴田 元幸(訳)
  • 出版社:みすず書房
  • 発売日:2000/04/14
  • メディア:単行本
  • 目次:セント・アイヴィズへの旅支度 / 舞踏会へ向かうヴェスターヴァルトの農夫たち、1914年 / 休戦調停 / 時代の顔 /『3人の処女』/ 蜃気楼をめぐる2つの手掛かり / アラビアゴム手法で描いた肖像 / 停滞した前線 / 市場の空売り / 安物の船 / 同輩たちの陰謀 /


パワーズ・ブック

  • 著者:柴田 元幸(編)
  • 出版社:みすず書房
  • 発売日:2000/04/14
  • メディア:単行本(ソフトカバー)
  • 目次:編者のことば / 高橋源一郎「正しさ」の前線を下げよ / 伊藤俊治 世界のねじれの影のなかから / R・パワーズ S・バーカーツ 対話 2つの弧が交わるところ / 坪内祐三 その農夫たちの「まなざし」が気になって / 佐伯誠 かれらとともにぬかるみを歩いて / ...


石ノ森章太郎 萬画大全集(第1期)

  • 著者:石ノ森 章太郎
  • 出版社:角川書店
  • 発売日:2006/02/22
  • メディア:コミック
  • 収録作品:快傑ハリマオ / サイボーグ009 / アンドロイドV / レインボー戦隊 / 幻魔大戦 / スカルマン / 仮面ライダー / 人造人間キカイダー / 佐武と市捕物控 / 009ノ1 他 全41冊