• UK BLAK (RCA 1990) Caron Wheeler

  • グラウンド・ビートで一世風靡したSoul II Soulの歌姫Caron Wheelerのソロ・アルバムのタイトルは「BLACK」の「C」が抜けている。「黒人」という言葉が差別的であるという批判に配慮して、「アフリカ系英国人」などと当たり障りのない言葉に言い換えているようだが、たとえば「ホームレス」「適応障害」「認知症」‥‥という外来語や医学用語に置き換えても、「浮浪者」や「鬱病患者」や「ボケ老人」が社会から消え失せたわけではない(言葉狩りの皆さん、「UK BLAK」を何…#01



  • NOWHERE (Creation 1990) Ride

  • 東日本大地震の後では、隆起した海面が迫り来る大津波を連想させて恐怖感さえ感じられるアルバム・カヴァ‥‥英オックスフォードで結成されたシューゲイザーのデビュー・アルバム。当時の日本では「シューゲイザー」という音楽用語は一般に流布していなかったはずである。文字通り自分の履いている靴を見つめながら演奏するスタイル。空間をノイズで覆い尽くすギター・サウンドと霧の彼方から聴こえて来る弱々しい独白のような内省的なヴォイスはリスナーを内面世界へと誘う。…#02



  • PILLS'N' THRILLS AND BELLYACHES (Factory 1990) Happy Mondays

  • 英マンチェスター出身の6人組はBezという演奏しないで踊るだけのメンバーがいることでも話題になったように、ダンス・ミュージックを標榜する。 Shaun(ヴォイス)& Paul(ベース)Ryder兄弟を中心としたバンドだが、何よりもMark Dayのグルーヴ感溢れるサイケデリックなギターがカッコ良い。Labelleのヒット曲〈Lady Marmalade〉のコーラス部分を大胆に引用した〈Kinky Afro〉(この1曲で殺られちゃう)など、茶目っ気もたっぷり。スライド・ギターが畝り捲る...#03



  • BELINDA BACKWARDS (Blast First 1991) A. C. Temple

  • 英シェフィールド出身の5人組、A. C. Templeの3rdアルバムはKramerのプロデュース。ホーミー唱法みたいなイントロで始まる〈Glittehall〉、6拍子の〈Silver Swimmer〉、変則5拍子の〈Skyhooks〉は間奏でThe Smithsが珍入して来るし、〈Baby Seals〉では深紫の〈Highway Star〉を想わせるギター・リフも飛び出す‥‥変拍子やリズム・チェンジなど緻密で硬質なプログレ的な展開に耳を奪われるが、A. C. T.の魅力は紅一点Jane Bromleyのヴォーカルにある。清楚…#04



  • BLUE LINES (Wild Bunch 1991) Massive Attack

  • Massive Attackのデビュー・アルバムと「湾岸戦争」は分ち難く結び着いている。なぜならばリリース時が戦争勃発時と重なったために「ATTACK」(攻撃)という言葉がアルバム・カヴァから消し去られてしまったのだから。検閲とも自粛とも抗議の表明とも取れるエピソードは逆に彼らの知名度を上げることになった(手許にあるUK盤は「massive attack」と表記されているが、CD盤面には「MASSIVE」としか記されていない)。英ブリストルはパンク〜ニュー・ウェイヴの80年...#05



  • LOVELESS (Creation 1991) My Bloody Valentine

  • Kurt Cobainの「猟銃自殺」(1994. 4. 5)と共にグランジ・ブームは終焉してしまったが、シューゲイザーは都市の暗渠や地下水脈の中を深く潜行して、後に「ネオ・シューゲイザー」という新名称と共に復活する。「Shoegazer」とは文字通り「靴を見つめる人」という意味で、ステージ上のギタリストが直立不動で俯いて演奏するスタイルから由来する。その特徴は終始鳴り続けるノイズ・ギターの豪雨の彼方から囁くような弱々しい男女ヴォイスが聴こえて来るという内省的なサ...#06



  • DRY + DEMO (Too Pure 1992) PJ Harvey

  • 「22 79 34」‥‥CDプレーヤに表示されたデジタル数字(収録曲数と収録時間)に驚いたことを昨日のように憶えている。一瞬、CDを入れ間違えたのか、それともCDプレーヤが壊れたのかと思っちゃった。初回CD盤(PURE CDD010)には全11曲のデモが入っていたのだ(アナログ盤は2枚組のはずだが、CDは1枚なので見分けがつかない!)。4トラック・レコーダに録音された強靭なデモ・ヴァージョンを聴けば、PJHの音楽が既に完成されていることに気づくだろう。ギター、...#07



  • THE RED SHOES (EMI 1993) Kate Bush

  • 《赤い靴》はケルト風の内向性や東欧的な孤立感の残る《The Sensual World》(1989)に較べて、より華やいだワールド・ミュージック的な広がり、トロピカルな解放感を体感出来る。妖精ケイトの体温も心持ち上昇して南ヘ下降して来たといったところか。多彩なゲスト陣、錚々たるメンバーの中で一番驚いたのは、Eric ClaptonでもJef BeckでもPrince殿下でも、前作に続いて2度目の登場のThe Trio Bulgarkaでもない。マダガスカルのヴァリハ(valiha)奏者、Justin V...#08



  • THE GREATEST LIVING ENGLISHMAN (Humbug 1993) Martin Newell

  • 黒いシルクハットを被ったヴァンパイア、ロンドンのドラキュラ伯爵のような怖い風貌に反して、アルバムは超ポップ! 全面プロデュースしているAndy Partridgeはドラマーに転身して新境地を見せたかと思えば、XTCでも聴いたことのない超メローなギター・ソロを〈We'll Build A House〉で披露する。〈The Green-Gold Girl Of The Summer〉のサイケデリックなギター・プレイはCaptain Sensible(Damned)である(一体どういう人脈なんだ)。Lennon & McCartneyの…#09



  • MAXINQUAYE (Fourth & Broadway 1995) Tricky

  • 1995年はトリップホップ・イヤーとして記憶されているかもしれない。しかし、Trickyのデビュー・アルバムはダークな空間で女性ヴォイスが妖しく浮游するトリップホップよりは内面へ深く沈み込むダウン・ビートに近い。Trickyの内省的な呟きとMartina Topley-Birdの耽美系ヴォイスは、解体されて鉄骨が剥き出しになった建造物や、半壊して骨組みだけが残った廃墟の中で流れる幽霊たちの歌声のように気味が悪い。陰鬱だが閉ざされた暗黒空間ではない。瓦礫の中の読経のような...#10



  • TIMELESS (Metalheads 1995) Goldie

  • 19世紀末芸術が20世紀に衰退したように、ドラムンベースは20世紀末に咲いた徒花だったのだろうか?‥‥人力では決して叩けない超絶ドラミング、シンコペーションする高速ビート。ドラムマシンによる超人的なプレイはサイボーグやアンドロイドたちが闊歩する近未来世界を想わせるものだった。新世紀は未だドラムンベースが描いた未来に追い尾いていないけれど、最先端音楽としてのドラムンベースは失速して前世紀の遺物となった。しかし、色褪せて古色蒼然となってしまったRo...#11



  • DO YOU LIKE MY TIGHT SWEATER? (Echo 1995) Moloko

  • 90年代中頃、雨後の筍のように出現したトリップ・ホップ・ユニット(男女2人組)の中でも、Moloko(ロシア語で「ミルク」という意味)の存在は異質だった。「私のピタ短セーターが気に入った?」という変テコリンなアルバム・タイトル。ピタ短セーターを着た子供の周りにキモ可愛い妖怪深海魚やモンスターたちが浮游する不思議なイラスト・カヴァ。無機的な変態ビート、ブヒブヒ・ブヒョブヒョなアナログ・シンセ、ウィアードな女性ヴォイス。トークボックス(ヴォコーダ?…#12



  • EMPEROR TOMATO KETCHUP (Electra 1996) Stereolab

  • John McEntire(Tortoise)がメンバーと共同プロデュースして、Sean O'Hagan(High Llamas)がストリングス・アレンジャー兼プレイヤーとして参加した《トマト・ケチャップ皇帝 》(寺山修司の映画タイトルから採った!)はポスト・ロ ックとマジカル・ポップスの夢に満ち溢れている。Lætitia Sadierの投げ遺り風な低温ヴォイスとMary Hansen嬢の甘ったるいコーラスとの鮮やかな対比。ブヒョブヒョなアナログ・シンセと硬質で軽やかなヴィブラフォンの競演。ブリッ…#13



  • LAMB (Fontana 1996) Lamb

  • 90年代後半に出現したトリップホップ系のユニットの多くは1stアルバムが最高で、2nd以降は何故か急激に色褪せて輝きを失ってしまう。Andy BarlowとLouise Rhodesの男女デュオLambも、その例外に漏れず同名タイトルのデビュー・アルバムが素晴しい。トリップホップ〜ドラムンベースの見本のようなアブストラクト・サウンド。人工的にシンコペートするリズム。ダ ークな空間に浮游する内省的な女性ヴォイス。7拍子の〈Lusty〉 、6拍子の〈Gold〉、Bjorkっぽいヴォ...#14



  • SHLEEP (Hannibal 1997) Robert Wyatt

  • 眠れぬ秋の夜長はRober翁の《Shleep》を聴こう。硬く握りしめていた両手の指を広げてリラックス。それでも眠れない時は羊を数えると歌う〈Heaps Of Sheeps〉はBrian Enoのプロデュース。7拍子の〈Maryan〉はメランコリックなヴァイオリンが印象的。ジャケット・イラストのように青い空を飛ぶ鳥の翼の上で眠る〈Alien〉はPhil Manzaneraのギターが夢の中で浮游する。Paul Wellerがギターを弾く〈Blues In Bob Minor〉で目もパッチリ醒める。世界で一番有名な羊は…#15



  • ANGELS WITH DIRTY FACES (Island 1998) Tricky

  • トリップホップの革新者の1人、Trickyの4thアルバム。1曲目の〈Money Greedy〉はドラムンベースで、「kill me with a quickness」 という危ない歌詞の一節が一躍、時代の寵児となって金と名声を手に入れた男の精神状態を象徴している(9 0年代後半のトリップホップとドラムンベースは最新流行の音楽スタイルだった)。疾走するドラムンベースの攻撃性と崩壊し解体したダウンビートの内向性が二律背反していて、微妙なバランスで辛うじて建っている夜の建築物のように美し…#16



  • BEETHOVEN CHOPIN KITCHEN FRAUD (Siesta 1999) Loveletter

  • デレク・ジャーマン監督作品の音楽を担当していたことで知られるSimon Fisher Turnerにはルクセンブルグ王(The King Of Luxembourg)というコスプレ・キャラが存在した。ドリーミィでメランコリックでビター・スウィートな、でも少し狂っている美少年‥‥デビュー・アルバム《Royal Bastard》(el 1987)に収録されたThe Monkeesの〈Valleri〉(途中からマカロニ・ウエスタン調になっちゃうのだ!)や、P.I.L.〈Poptones〉の白昼夢のようなカヴァ曲は秀逸だった...#17



  • APPLE VENUS VOLUME 1 (Cooking Vinyl 1999) XTC

  • 確執が噂されていたヴァージン・レーベルから離脱し、Dave Gregoryも抜けて2人組になってしまった新生XTCのアルバム。「Volume 1」とあるように翌2000年にリリースされた《Wasp Star》(Apple Venus Volume 2)と対になっている(Vol.1 アクースティック、Vol.2 エレクトロニック)。サウンドがアメリカナイズされ、Andy Partridgeのソング・ライティングもマンネリ化していた前作《Nonsuch》(Virgin 1992)に較べるとリフレッシュされている。ウィリア…#18



  • ULTRA ー OBSCENE (XL 1999) Breakbeat Era

  • ドラムンベースの革新者Roni Sizeが結成した新プロジェクト Breakbeat Eraのデビュー・アルバム。Roni Size、DJ Die、Leonie Laws(ヴォイス)の3人組で、かつてのトリップホップ・ユニットのように女性ヴォーカルがフィーチャーされている(ポスト・トリップホップを狙った?)。「超ワイセツ」 というタイトルに反し、硬質でストイックなトラックが全15曲 ・74分以上に渡って繰り広げられる。トリップホップのように暗鬱でも淫靡でも耽美でも変態でもゴシックでもない…#19



  • COBRA AND PHASES GROUP PLAY VOLTAGE ... (Duophonic 1999) Stereolab

  • Stereolabが存在しなかったら、The Bird & The BeeもSoy Un Caballoもデビューしなかったかもしれない。《トマト・ケチャップ皇帝》(1996)に引き続いて、John McEntireとJim O'Rourkeの2人が楽曲のほぼ半分ずつをメンバーと共同プロデュースしている。Stereolabの面白さは変幻自在のリズムにある。6拍子の〈The Free Design〉、5拍子(サビ部分は7拍子)の〈Blips Drips And Strips〉など。「この曲で踊れる?」 と悪戯っぽく微笑む実験好きの少年の姿が思い...#20


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    ミュージックマガジン 2017年 4月号

    • 特集:1990年代のUKアルバム・ベスト100 / JASRACと音楽著作権
    • 出版社:ミュージックマガジン
    • 発売日:2017/03/20
    • メディア:雑誌
    • 執筆者:赤尾美香 / 天井潤之介 / 安藤優 / 五十嵐正 / 石田昌隆 / 大鷹俊一 / 岡村詩野 / 小野島大 / 金子厚武 / 木津毅 / 久保憲司 / 栗本斉 / 駒形四郎 / 近藤真弥 / 坂内優太 / 坂本哲哉 / 志田歩 / 柴那典 / 高岡洋詞 / 高橋健太郎 / 名小路浩志郎 / 行川和彦 / 野田努 / 長谷川町蔵 / 原雅明 / 廣川裕 / 保科好宏 / 松山晋也 / 宮子和眞 / ムードマン / 村尾泰郎 ...