• ジャムの付いたトースト・パンが地面に落ちる時、必ずジャム側が下になるのは何故でしょう。カーナック・グループの研究によれば、まずテーブルの高さが人間にとって便利な高さに決められていることが大切な要素であることが分かりました。その高さから落ちる時、重力の影響はトースト・パンが半周するのに丁度良いのです。では、テーブルのトースト・パンはジャムを下に向けておけば、偶然にトースト・パンが落ちたとしても上手い具合にジャムを上に向けて落ちることが計算で割り出されます。であれば、ペットの猫や生き物たちはトーストを美味しく食べることが出来ます。しかし、テーブルのトースト・パンは、やはりジャムを上に向けたまま置いた方が無難でしょう。何故かと言えば、テーブルクロスを汚して、叱られるからです。カーナックの次のCDは「バナナの曲線」について、お話します。
    カーナック「ジャム付きトースト・パンの落下に関する考察」

  • ◎ BIRD FISH OR INBETWEEN(Telegram)Souls
  • スウェーデン出身の4人組Soulsの2ndアルバム。Albini録音が最初の2曲だけのせいか、ドラマーが交替したせいか重低音の響きが幾分後退したようにも感じられるけれど、デビュー以来の基本的なサウンドに変化はない。舌っ足らずのBjorkみたいなCeciliaに気を許していると突然の絶叫ヴォイスに殺られちゃう。5拍子の〈Toxic〉、6拍子の〈Fuckmonkey〉など、激しいビートとノイズ・ギターがコケティッシュな女性ヴォイスを支える。自己と他者との葛藤・軋轢が暴力を生む。攻勢に出ると「家宅不法侵入」という暴挙に及び、逆に受け身に回ると「人面犬に追いかけられる夢」になったりする。他者への攻撃性と自己処罰の間で揺れ惑う1人の女性が「ドッペルゲンガー」という形で外部分裂してしまうのは当然の成り行きなのかもしれない。「もう1人の私」は他者であり、同時に鏡の中の罅割れた自己像でもある。「分身」である彼女は愛憎相半ばするアンビヴァレントな対象で、根源的な存在不安の幻影だ。〈The Girl On My Couch〉で「I Must Hate You」と声が裏返ってしまうところは何回聴いても鳥肌が立つ。

  • ◎ I CAN HEAR THE HEART BEATING AS ONE(Matador)Yo La Tengo
  • シューゲイザー(Shoegazer)とは文字通り「靴を見つめる人」という意味で、音楽ジャンルではなく演奏スタイルを指していた。直立不動で頭を垂れてギターを弾く姿が足許を見つめているように見えたらしい。グランジのように感情を露わにして(激しいアクションで)飛び回るのではなく、静的で内省的なロック。囁くような繊細なヴォイスの背後でサイケデリックなギター・ノイズが深い霧のように立ち籠める。代表的なバンドであるMy Bloody Valentineがグランジの雄Nirvanaと共に90年代初頭の音楽シーンを席巻したのは記憶に新しい。Yo La Tengoがシューゲイザーの仲間なのかどうかは微妙だが、このアルバムは典型的なシューゲイズ・サウンドになっている。限定盤には〈Autumn Sweater〉の4曲入りのリミックスCDが付いていて、Kevin Shields(MBV)が手掛けたヴァージョンも収録されている。

  • ◎ NEW FORMS(Talkin' Loud)Roni Size Reprazent
  • グラウンド・ビート→トリップホップ→ジャングル→ドラムンベースという進化は20世紀末に垣間見た未来ヘの一筋の光明だったのか、それとも単なる徒花だったのか?‥‥音楽シーンを一世風靡したドラムンベースは21世紀に入ると急速に失速して、よりダークで内省的なダブステップに、その座を奪われた。時代を映す鏡としての音楽という見地から眺めれば、9・11以降の世界情勢と人々の内面の変化が齎した結果とも言えるだろう。少なくとも、9・11以前は未来派絵画のように刺戟的で魅力的に見えたのだ。人力では不可能なドラムマシンの高速リズムに人間の精神が追い尾つかなかったのかもしれない。最新のテクノロジーに適応出来ないどころか、未だに金融証券資本主義というバブル経済の後遺症を引きずっている人たちも少なくない。バブルは弾けてもバブルに侵された精神は麻薬中毒者のように病んだままだ。ドラムンベースが「バブル・ミュージック」だとは思わないが、一度醒めた高揚感は戻らない。それにしても、全22曲134分(2CD)は長すぎますね。

  • ◎ RAIO X(EMI) Fernanda Abreu
  • アルバム・タイトルの「Raio X」とはX線(X-ray)のことだが、Fernanda嬢にボイオティアの大山猫のような透視能力があるわけではなく、スリーヴ写真(ソラリゼーション)を見れば分かるようにマン・レイへのオマージュになっている。インナー(歌詞カード)にはジャケを含めて7点のポートレート、「X」のレイヨグラフ(?)を印刷したCDを取り出すと透明トレイの下から彼女の胸部レントゲン写真が現われるという趣向である。新録、再録、リミックスから成るアルバムは単なるベスト盤ともリミックス盤ともカヴァ・アルバムとも異なる。Lenineの〈Jack Soul Brasileira〉とHerbert Vianna(Os Paralamas)の〈Um Amor, Um Lugar〉では作者本人と共演。Chico Science & Nacao Zumbiと共闘した〈Rio 40 Grans〉とJorge Benのカヴァ〈Jorge De Capadocia〉はアルバム《Sla2 ~ Be Sample》(1992)収録曲のリメイクで、前者はマンギビートに改変されている。

    〈A Noite〉と〈Voce Pra Mim〉は《Sla Radical Disco Club》(1990)、〈Garota Sangue Bom〉と〈Veneno Da Lata〉は《Da Lata》(1995)収録曲のリミックス。サンバ、ファンク、ディスコ、ヒップホップ、ラップ‥‥などが混然一体となってパーティー会場で爆発する。ヴォコーダー(Talk-Box)やシタール音、George Clintonのサンプリング(Brass Section)や〈イパネマの娘〉の引用など、アルバムの前半をプロデュースしたChico Nevesの変態オタクぶりも如何なく発揮されている。特にChico ScienceとLenineが参加した曲は強力。ラストはFunk'n Lataとの共演曲〈E Hoje〉で盛り上がる。オリジナルやカヴァ曲はリメイクやリミックスによって、まさにマン・レイが発見〜発明したソラリゼーションのようにサイケデリックに加工・改変されている。

  • ◎ LE BAPTEME(Delabel)-M-
  • Vanessa ParadisのプロデュースやSean Lennonとのコラボレートで知られるフランスの鉄腕アト(エ)ムこと(Mathieu Chedid)のデビュー・アルバム。髪型が「M字開脚!」(体型的にはRobert Smith?)している、日本製コミックやアニメ・キャラ萌えのコスプレ・オタクの際もの──ジャケットのイラストは「怪人ネコ男」に見えなくもない?──かと思っていたら、10年間でビッグな存在になっちゃった。アクースティック・ギター・ポップとプリンス風のファンクが軋轢なく混在しているところが魅力で、キャッチーなメロディにファンクのリズムが小気味良い。たとえば〈Pick Pocket〉の早弾きギター・ソロにはFunkadelicの匂いもする。全16曲に10分余りのオマケ(ミュージック・コンクレート?)も付いて、お腹いっぱいです。

  • ◎ SHLEEP(Hannibal)Robert Wyatt
  • 眠れぬ秋の夜長はRober翁の《Shleep》を聴こう。硬く握りしめていた両手の指を広げてリラックス。それでも眠れない時は羊を数えると歌う〈Heaps Of Sheeps〉はBrian Enoのプロデュース。7拍子の〈Maryan〉はメランコリックなヴァイオリンが印象的。ジャケット・イラストのように青い空を飛ぶ鳥の翼の上で眠る〈Alien〉はPhil Manzaneraのギターが夢の中で浮游する。Paul Wellerがギターを弾く〈Blues In Bob Minor〉で目もパッチリ醒める。世界で一番有名な羊は2003年に6歳で早逝したドリー嬢でしょう。クローン羊はサイボーグの夢を見るか?‥‥眠れぬ夜に羊が1匹、羊が2匹と数えるのは英語で羊(Sheep)が眠り(Sleep)に似ているからだという説──だから日本語の「羊」を何百匹数えてみても効果がない?──を何かの本で読んだ記憶があります。Kate Bushにも〈And Dream Of Sheep〉という曲があったけれど、「Shleep」は羊(Sheep)と眠り(Sleep)の合成語かもしれません。

  • ◎ O DIA EM QUE FAREMOS CONTATO(Ariola)Lenine
  • レニーニの魅力はパーカッシヴなギター(violao)と野性味あるヴォイス。SF小説の挿絵や映画のポスターを想わせるレトロ ・フューチャーなイラスト・カヴァも洒落ている。Chico Neves(プロデュース)、Marcos Suzano(パンディロ)、Liminha(ベース)という贅沢な布陣。ヒップホップ化したフ ァンクが先鋭的でカッコ良い。アルバム・タイトル〈未知との遭遇の日〉の背後で鳴っているノイズ・ギターや〈Dos Olhos Negros〉のサイケデリック・ギターがロックであることを主張する。ギターとパンディロだけの伴奏で歌われる4曲メドレーの最後を飾る〈Rios, Pontes & Overdrives〉がChico Science & Fred 04の共作曲なのは改めて言うまでもない。Fernanda Abreuの《Raio X》と通底する部分も少なくないが、Lenineの方がストイックで骨太で男気溢れる。Chico Cesar、Marcelo D2、Lula Queiroga、Paulinho Moska、Pedro Luis‥‥がダンス(Marujada)で参加したラストの〈Mote Do Navio〉では、Joni Mitchell風のギター奏法も披露する。

  • ◎ UNIVERSO UMBIGO(Velas)Karnak
  • 《Karnak》(Tinitus 1995)のメンバー全員集合記念写真(11人と犬1匹)はアマゾン奥地の秘密結社かアナーキー集団みたいな怪しい雰囲気だった。Andre Abujamra統帥が率いるKarnak(後述の日本語では「カーナック」と発音している)は一体何が飛び出して来るか皆目見当もつかないブラジル製ビックリ箱の中でも最も訳の分からない変態大所帯グループで、アラブ+レゲエ=アラゲエ(荒芸?)ならぬ荒技を決めて聴き手を唖然とさせる。真っ当な純正レゲエ曲よりも、他のジャンルと強引に異種配合したり、その結果ハミ出してしまうハチャメチャなミクスチャー感覚が面白い。レゲエ、カントリー、サンバ、ファンク、パンク、ローファイ、ヒップホップ、ラップ、ラガマフィン、ドラムンベース‥‥何でもありの《臍宇宙》はバカバカしくも美しい。

    サンプリング(引用)される「日本語」も単に無意味な音声的な効果だけを狙った欧米の安易な「引用」に留まらず、その超ナンセンスな意味内容をも把握しているらしいオマケの笑い話「ジャム付きトーストパンの落下に関する考察」──地面に落ちた時、ジャムを塗った面が下にならないように最初からジャム面を下に伏せてテーブルの上に置く?──は外国人特有の妙なイントネーションと相俟って笑える(カーナック・グループの次回の研究テーマ「バナナの曲線」についても期待しちゃう)。長いブランク(無録音パート)の後には2曲のシークレット・トラック、人力ドラムンベースとガムラン風のインスト曲が隠されている。おバカさんぶりに腰が引けた読者には、あのPato Fuが1曲にゲスト参加していることを付け加えてしておこう。

  • ◎ SENTIMENTAL EDUCATION(Wiiija)Free Kitten
  • 11年振りに復活した〈気まぐれ仔猫ちゃん〉の3rdアルバム。〈Teenie Weenie Boppie〉はFrance Gallのカヴァですが、Serge Gainsbourgの提供した曲にはアイドル・ソングらしくない辛辣で意地悪な意味が込められていた。〈夢見るシャンソン人形〉の原題は〈蝋人形 、糠人形〉だったし、〈アニーとボンボン〉の棒付きキャンディ(ボンボン)には性的なシンボルが隠喩されていた(後年、France Gallは〈Les Sucettes〉の歌詞に嫌悪感を露わにする)。仔猫ちゃんが仏〜英語混じりで歌っている〈Teenie Weenie Boppie〉の原詩も、「LSDを飲んでみた / 甘くて飲みよい糖衣錠 / そこでほら / もう精神錯乱が始まってる」 という超過激な内容で、ミック・ジャガー(原詩はMac Jaguar)もテームズ川で溺れちゃう。ティニー・ウィニー・ボッピーとはLSDのオーヴァ・ドースで死んだ少女の名前である。

    アブストラクトなトリップ・ホップの〈Never Gonna Sleep〉、インダストリアル・ノイズ風の〈DJ Spooky's Spatialized Chinatown Express Mix〉、12分にも及ぶ長尺インスト・インプロヴィゼーションの〈Sentimental Education〉‥‥など長めの曲がフリーキーな仔猫ちゃんの歌にアクセントを付けている。《Nice Ass》(1994)と同じ曲数(15曲)なのに2倍近くに延びている収録時間が、このアルバムの性格を如実に物語っている。〈Strawberry Milk〉〈Played Yrself〉〈Bouwerie Boy〉といった曲は、Sonic YouthのKimのナンバーと見分けが着き難い。ジャズ風味のインスト曲〈Gaa〉や〈Daddy Long Legs〉で和んでいると、ラストの〈Noise Doll〉でKim姐さんがブチ切れる。仏アイドル歌手に〈ロウ人形、ヌカ人形〉は歌えても、〈ノイズ人形〉は歌えないでしょう。ガァル〜!

  • ◎ LIVRO(Mercury)Caetano Veloso
  • 音楽アルバムを短篇小説に模した本(livro)があるように、短編集に準えたアルバム。赤・緑・青・紫・黄色‥‥鮮やかなペインティングの外装(3面デジパック)を見開くと、ムンクの〈叫び〉のような不穏な表現主義風の背景の左にCaetanoの肖像画が描かれ、右にプラケースに入ったCD、中央のスリットに1回り小さなブックレット(歌詞カード)が収まっている。汎中南米音楽のカヴァ集《Fina Estampa》(1994)以降、ブラジルという枠内に収まらない、まさに「ワールド・ミュージック」と呼ぶに相応しい音楽を指向して来た。中性的なヴォイスやエレガントなサウンドは耳に優しく心地良いけれど、〈Doideca〉の実験性や〈Livro〉のノイジーなギターがリスナーの意識を覚醒させる。ボサノヴァ、カリプソ、サンバ、ラップなど‥‥ラテン・アメリカ文学の短編集を読むような聴き応えがある。

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    • ◎ 輸入盤リリース→入手順 ● Compact Disc規格外のCCCDは除外しました



    • 個人的な年間ベスト・アルバム10枚を1年ずつ遡って行く〔rewind〕シリーズです



    • 《Sentimental Education》は〈気まぐれ仔猫ちゃん〉からの再録です^^;

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    Raio X

    • Artist: Fernanda Abreu
    • Label: Musicrama
    • Date: 1997/12/16
    • Media: Audio CD
    • Songs: Raio X (Vinheta de Abertura) / Aquarela Brasileira / Jack Soul Brasileiro / Um Amor, um Lugar / Rio 40 Graus / Jorge de Capadócia / Speed Racer / A Noite / Você pra Mim / Garota Sangue Bom / Veneno da Lata / Bloco Rap Rio / Kátia Flávia, A Godiva Do Irajá
      / É Hoje