「未来がまつ落し穴」(少年マガジン 1971)は、永井豪、川本コオ、石森章太郎、山上たつひこ、松本零士の5人による競作短篇シリーズで、原作つきの「課題作」と「自由作」の2篇で競い合う。「オリジナル・ショート・ストーリー」 のような連作競演ではなく、読者からの葉書投票による「少年マガジン愛読者賞」を設けたところが新機軸だった(課題作と自由作の合計票数で受賞者を決める)。共通テーマは「未来」‥‥ロバート・ブロック、星新一、筒井康隆、小松左京という「課題作」の原作からも近未来〜SF的な色彩の濃いことが窺われる。作品のページ数は各30頁前後(29~32p)で、前半部(16頁分)は2色カラーになっていた(松本零士の「自由作」だけはカラー扉絵1枚を含む単色39頁)。結果から先に言うと、石森章太郎の力作2篇を退けて「愛読者賞」の栄冠に輝いたのは、確か松本零士だったと記憶する。この企画は月刊コミック誌「COM」に掲載されても全く異和感がない。なぜなら、永井豪を除く4人の作家は「COM」の常連執筆者たちでもあったのだから。

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  • 「野牛のさすらう国にて」永井 豪 / ロバート・ブロック
  • 核戦争後の地球、高度に発達した文明が滅亡して、大航海時代以前のアメリカ大陸を想わせる退化した世界。ジェイク、鉄頭(アイアン・ヘッド)、ドックの3人が野牛の群れに出遭う。広大な草原を埋め尽くす無数の野牛たち。迂回したら2〜3日もかかる大群の中を日の暮れる前に横断する男たち。野宿した3人は突然響いた轟音と閃光に驚く。核戦争を避けて月へ脱出した人間たちの宇宙船が地球に帰還したのだ。放射能汚染が収まってから数世紀を経ても一向に進化する気配のない人類。退化したままの文明に痺れを切らした月に移住した人間たちが地球に新たな進歩〜繁栄を築こうとする。しかし、同じ過ちを2度と繰り返したくない、文明こそが人類を滅ぼした元凶であることを知る3人は銃を発砲〜威嚇して野牛の群れを宇宙船へ暴走させる。野牛たち動物と人間の共存社会を予感させる原作に対して、永井豪はラストの見開きカットで逆に野牛の大群に囲繞される人間の孤立と恐怖を描く。ロバート・ブロックの原作とは結末が異なるのだ。

  • 「ピーターパンの島」川本 コオ / 星 新一
  • 三日月が輝く夜、小舟に乗った子供たちが髑髏の旗の靡く海賊船に乗り込む。船長は黒い眼帯と鉤手の絵に描いたような風貌だった。子供たちの1人、ウエンディは「チューリップのお花の中には子どもが住んでいるのね」と言う想像力豊かな少女。妖精や怪物たちの存在を信じて疑わない。両親に見放された彼女は特殊学校へ入れられる。矯正が不可能な生徒たちのBクラスは都会から遠く離れた古城にあった。森を彷徨い、花の中に妖精を探し、壁に描かれたアラビアン・ナイトの絵を指差して物語り合う。雪が降り、クリスマスが近づいて来た。ウエンディたちはサンタクロースに手紙を書く。子供たちの願いごとは妖精や魔法使いや人魚たちが棲むインディアンの島へ行くこと。サンタのおじさんが来た次の日、海賊船の船員が子供たちを迎えに来る。橇に乗り、馬車を乗り継いで海岸へ向かう。彼らを乗せた海賊船がインディアンの島へ着く。島を離れる船上で船員が船長に訊く。「こんどの実験で使用されるミサイルは、そうとう強力なやつらしいですね」 「うん、あの島なんか一瞬のうちに蒸発してしまう」 「科学の進歩はますます速度をあげていますね」 「そうさ、人類の未来は限りない。それなのにどうして、あんな気ちがい子供が後を絶たないのだろう」

  • 「ベトナム観光公社」石森 章太郎 / 筒井 康隆
  • 新婚旅行先を火星のダカー市に選んだ「おれ」は宇宙観光公社の受付で人気の土星旅行を勧められる。ダカー市行きの定期便は就航していない。火星の観光地へ宇宙船を飛ばす場合は火星観光部の次長のサインが必要なのだが、アフリカへ猛獣狩りに行って不在だという。案内係との交渉中に弄んでいた高周波加熱溶解式ホッチキスで互いの服の袖を(手錠で繋がった犯人と刑事のように)縫い合わせてしまった「おれ」と案内係の2人は次長のサインを貰いに空港から中間圏ジェットに乗って48分で中央アフリカへ到着する。空港ビルのホテルの部屋で「首狩り土人の腹巻き」に着替えた「おれ」は帰って来た次長(モデルは長谷邦夫)に土人と間違えられてドア越しに発砲される。アフリカに「猛獣なんかいるものか!」と憤懣遣る方ない次長は「地球にはもう面白いところなんてないんですよ」という「おれ」の一言に逆切れして、ベトナムへ連れて行く(ここまでが劇画タッチで、14頁以降は一転して三頭身のギャグ・マンガと化す)。

    中央アフリカからサイゴンまで高速ジェットで28分。ベ観光(ベトナム観光公社)の遊覧車に乗り込んだ「おれ」と次長の2人は他の乗客たちと一緒にショーアップされた「ベトナム戦争」を愉しむ。まるでサファリ・パークをバスで見物するツアー客のように。戦争映画の撮影ロケ地、黒人兵の南ベトナム軍、白人兵のベトコン、特別出演者‥‥観光客のために演出された「戦争ごっこ」だとしても、運悪く実弾が命中すれば兵士は死ぬ。次長の長冗舌を聞いていた黒人運転手が「黒人を殺すことが、なんで合理的なんだ」と逆上し、操縦を放棄して次長の首を絞める。遊覧車が大木に激突して大破!‥‥乗客たちは車外へ投げ出される。ベトコンの女戦士スーニーと意気投合した「おれ」はヘリコプターに乗って後を追って来たウ ェディング衣裳の恋人から告げられた婚約解消に心良く応じて(彼女は案内係の男と婚約して新婚旅行で土星へ行く)、特別出演者ではなくレギュラーとして参戦する。大砲に弾丸を込めて発砲するラスト・カット(誌面が破れて大きくOの形に開いた女性の口腔に「BON」という白抜き文字が書いてある)は原作よりもインパクトが強い。「ベトナム観光公社」(1967)を見事にパロディ化された筒井康隆は腰が抜けたのではないかしら?

  • 「カマガサキ2013年」山上 たつひこ / 小松 左京
  • 泉州(おれ)と兄貴の河内はカマガサキ・ニュータウン建設予定地の鉄条網の傍にある阪和スーパー・ハイウェイ高架下の土管の中で暮らしている。いわゆる乞食だが、掛け軸型TVを所有しているし、レーダーで通行人を探知して物乞い用のテープを再生する。その日のカモは文字通りクビになった、頭部を小脇に抱えているロボット失業者だった。仲間から分けてもらった標本やペットとして珍重されているシラミの番いが自動清掃機の撒いた殺虫剤で死んでしまう。最後のメシのタネまで失った2人の前に、500年後の未来からタイムマシンに乗って来た同業者が現われる。26世紀にも乞食は存在したのだ。「右や左の旦那さま〜」 という乞食の歌に感動したミンテレ(未来人+インテレ)は21世紀人の感情に一番強く訴える歌を音声合成したロボットコジ機を造る。自動ジュークボックスに惹き寄せられた人々は行列を作って並び、次々に金(一文)を投入口に入れて幸福感と満足感で満たされる。あぶく銭に浮かれて豪遊していた2人の許へK電機の社員が来て、ロボットコジ機を千両で買収して行く。3ヵ月後、金を遣い果した2人は厚生省の新施設と化した共同募金機の中に最後の一文を投じる‥‥「貧しい人たちに愛の灯を!」。

  • 「模型の時代」松本 零士 / 小松 左京
  • 食事の暇を惜しんで世界最小のマイクロモデルを組み立てている左京ちゃん。父親の入浴中に70年代の実物大プラバスの接着剤が剥がれて底抜けになってしまう(左京が安物のボンドで貼ったのだ)。友人の井筒くんが実物大ゼロ戦を操縦して左京家に来る途中、警報が鳴って実物大ミサイルが実物大の摩天楼に落ちる。左京の0.5mm97式中戦車は世界最小記録を目指していたが、既にドイツでは0.3mmタイガー戦車が作られていた。意気消沈する左京と井筒は1/6サイズのB-17に乗って、原寸大の戦艦大和を見に行く。霧の中、海岸に不時着しようとしてフンダモケイの100倍プラベンに激突!‥‥模型のウンコをカチ割って戦艦大和が勇姿を現わす。イトコの大山が完成させたプラ大和はプラ戦闘機と戦い、原寸大の日本列島に乗り上げて座礁する。海上に対抗して宇宙空間で実物大の月を作ることにした3人は月行きのレンタル・ロケットに乗って大気圏外に飛び出すが、月ロケットも船内の宇宙服もプラモだった。月面に衝突するプラモロケット。しかし、その月も太平洋上に浮かぶ原寸大のプラモムーンだった。原作を自由に組み立て直した「松本零士ワールド」も笑えるけれど、下ネタから始まる小松左京の「模型の時代」(1968)も愉しい。

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  • 「ススムちゃん大ショック」永井 豪
  • 下水道を泣きながら駆る少年。今朝、通学の途中で公園に立ち寄ったススムちゃんは信じられない光景を目にした。母親が両手で持ち上げて「たかいたかい」をしていた幼女を突然地面に叩きつけて殺害しただけでなく、笑いながら幼い弟までもを足で蹴り殺したのだ。交番に通報しようとしたススムは新たな惨劇を目撃する。派出所の警官が男児を射殺していた。大人が子供たちを無差別に殺すという異常事態に気づいたススムは校内から流れて来た腥い血の臭いと生徒の悲鳴に戦慄して立ち止まる。同じく逃げて来た友人のぼると東間くんに下水道で出合う。東間の持っていた携帯ラジオでニュースを聞くが、不思議なことに「子殺し事件」は1つも報道されていなかった。人間に備わっていた種族維持本能の崩壊、親子の絆の糸が切れたという2人の意見に抗して、ママだけは違う、母親を信じたいと願うススム1人が家へ帰る。「見えない糸が切れたとき‥‥それは明日おこるかもしれない、いや‥‥明日おこりつつある未来の落し穴」 と結ぶ作品は作者の予言通り、40年後に 「児童虐待」 という名で現実の事件となるのだ。

  • 「荒野への帰還」川本 コオ
  • 嵐が吹き荒れる中、1人の男が日本住宅公団の団地を訪ねる。1801号室に住む谷川と訪問者の秋山は11年前の酸素戦争終結の日、革命軍が敗北した日以来の再会だった。急激な人口増加と石油の大量消費によって、空気中の炭酸ガス量が増えて酸素が欠乏して来た。酸素ボンベを携行しなけば生活出来なくなる未来を案じた各国政府は酸素工場からガスや水道と同じように新鮮な空気を各家庭に供給し始める。空気を送る1本のパイプによって国家管理体制下におかれると危惧した人々が革命軍を組織して政府と闘う。戦闘で負傷した谷川を介抱した妹の洋子と秋山は 「狩人」(摘発専従班)に発見される。谷川は政府側のスパイだったのだ。しかし、谷川の配慮で一命を取り留めた秋山は復讐に来たわけではなかった。都市全体を覆うドームが完成すれば人間は10年前と変わらぬ生活、スモッグも排気ガスも公害もない快適な都市生活が送れると主張する谷川に対して、秋山は遙か南の楽園に「緑の国」を創ったと言う。一緒に来ないかという彼の誘いを谷川は断り、秋山は洋子と共に酸素ボンベを背負って再び荒野へ旅立つ。

  • 「おとし穴」石森 章太郎
  • セックスとヴァイオレンスのエログロ・イメージでF・C(フィーリング・コミック)界の寵児となったF・C・I(感覚マンガ作家)の風祭友をTVで痛烈に批判する「空気男」。F・Cとはヘルメット型の再生装置を被って映像を観賞する最新AVメディアだった。乱交クラブのモデル嬢Mと不倫関係にあることをTVで暴露された風祭は評論家の菊田(空気男)と魔里のいるクラブに乗り込んで暴力沙汰に及ぶ。白鷺の飛来する故郷の村へ帰る妻・今日子。アシスタントの白浜も風祭の許を去る。F・Cの不買運動、発売中止、スキャンダル報道などによって打ち拉がれた風祭は帰郷する。傷心した彼を今日子が優しく抱きしめる。《‥‥この村にも仕事は山ほどあってよ!/ たとえば いま あたしがしている自然保護のこのお仕事 / ぜんぜん人手がたりないの / うふ もっとも予算だってたりないんだけど‥‥。/ ──「文明」の進歩が その代償にどんどんむしばみ滅ぼしていく自然や動物たちを / ほんとうのこころを / だれかが どこかで まもっていかなくては‥‥》と語る幼馴染みの女性は主人公の恋人であり、妻であり、姉であり、母でもあるのだろう。

  • 「回転」山上 たつひこ
  • 昭和XX年現在の国民総生産(GNP)は165兆円、1人当たりの国民所得は世界第6位。あすか荘に住む独身女性が室内に入って左手を見つめる。駅のフォームから男を突き落とした汚れた手を‥‥彼女は箪笥の引き出しから一通の手紙を取り出す。それは臨時徴兵検査で甲種合格して学徒出陣した若者からの最後の手紙だった。転落死した男性は兵器産業の旗手、新四谷重工の社長・梅津興三郎。駅に到着する列車に飛び込んだ「死の商人」は「死」という言葉から最も欠け離れた世界に住んでいる人物だった。戦死した矢間隆の遺品(砲弾の直撃を受けた彼が死ぬ間際に苦し紛れに掻き毟った皮膚と爪)を戦友が堂本美佐子の許へ届ける。その日に限って魔が差したように電車に乗ろうとした(自家用車は修理に出していたが、他のクルマを利用することも可能だった)死者に自殺する動機は全く見当たらない。ヒロインの過去と現在が並行して語られるストーリに「未来」は存在しないけれど、「回転」 というタイトルが未だ見ぬ未来を逆照射している。

  • 「ヤマビコ13号」松本 零士
  • 新車アバハ6000を運転する山川久美はガイド・ビーコン帯から外れて、パトロール・ジェ ットに乗った交通巡査に注意される。旧市街の木造アパートの前の電信柱とゴミバケツと木塀に衝突して停車。古物屋へ行って、1970年代の蛍光灯を購入した大山昇太が下宿に戻ると、久美は押し入れの中から雪崩落ちて来た縞パンツの下敷きになって失神していた。彼女が持って来たバイト代と差し入れの合成パンと大家のバーサンから預かった腕時計型の証明器。「ヤマビコ13号」 というメイン・コンピュータに繋がっている携帯端末は身に着けている所有者の過去の記録を保存・再生する個人情報機だった。次の日、バイト先の久美のマンションへ出かけた大山昇太は姉の志麻から妹の自殺を報らされる(ベッドで仰向けになった久美の顔に白い布が被せてあった)。昨日、帰宅途中で起こした小さな事故‥‥証明器が暴露した久美の記憶にもない3歳の頃の事故。志麻は窓拭きの代わりに新たなアルバイトを依頼する。支配庁ビルの中心部奥深くにある「ヤマビコ13号」の破壊だった。無反動銃と反陽子手榴弾で武装した昇太と志麻は支配庁ビル内に侵入して「ヤマビコ13号」を爆破する。

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    • 「未来がまつ落とし穴」シリーズ」に扉絵(17枚)の画像があります^^


    • 「ヤマビコ13号」 が好評だった松本零士は 「男おいどん」(1971-73)を少年マガジンに連載することになります



    • 見出し(作品名)やレイアウト、リンク画像などを一部修整しました(2023・2・22)

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    銀河鉄道の夜

    • 著者:松本 零士
    • 出版社:朝日新聞出版
    • 発売日:2008/08/30
    • メディア:コミック
    • 収録作品:銀河鉄道の夜 / ネアンデルタール / 大魔女王第3紀 / 大サルマタケ博物史 / ヤマビコ13号 / 空間機甲団 / 機械人間マシンナー バン / 大宇宙番外地 / ダフィン / 大野蛮人帯 / 妄想圏消滅 / 大個人戦争 / 模型の時代 / 零士自伝 / 零士のおいどん哲学 / 零時...


    血は冷たく流れる 異色作家短篇集 8

    • 著者:ロバート・ブロック(Robert Bloch)/ 小笠原 豊樹(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2006/03/15
    • メディア:単行本
    • 収録作品:芝居をつづけろ / 治療 / こわれた夜明け / ショウ・ビジネス / 名画 / わたしの好みはブロンド / あの豪勢な墓を掘れ!/ 野牛のさすらう国にて / ベッツィーは生きている / 本音 / 最後の演技 / うららかな昼下がりの出来事 / ほくそ笑む場所 / 針 / フェル先生...


    ピーターパンの島 星新一 ショートショート セレクション 11

    • 著者:星 新一
    • 出版社:理論社
    • 発売日:2003/07
    • メディア:単行本
    • 収録作品:高度な文明 / 子供の部屋 / 現在 / 悪魔の椅子 / 治療後の経過 / こんな時代が / 有名 / 応対 / ある古風な物語 / これからの出来事 / 合理主義者 / 無重力犯罪 / 誘拐 / お地蔵さまのくれたクマ / ピーターパンの島 / もたされた文明 / サーカスの旅 / 帰路

    ベトナム観光公社

    • 著者:筒井 康隆
    • 出版社:中央公論社
    • 発売日:1997/12/10
    • メディア:文庫
    • 収録作品:火星のツァラトゥストラ / トラブル / 最高級有機質肥料 / マグロマル / 時越半次郎 / カメロイド文部省 / 血と肉の愛情 / お玉熱演 / ベトナム観光公社

    日本漂流 / 神への長い道 ── 小松左京全集完全版 14

    • 著者:小松 左京
    • 出版社:城西国際大学出版会
    • 発売日:2009/08/31
    • メディア:単行本
    • 収録作品:オルガ / 日本漂流 / 時魔人──あるいは、食時鬼── / 宗国屋敷 / 彼方へ / 秘密製品 / アダムの裔 / おえらびください / おやじ / 極冠作戦 / 手おくれ / *◎〜▲は殺しの番号 / HE・BEA作戦 / おちてきた男 / 汚れた月 / 子供たちの旅 / ヤクトピア /