• まんがマニアの諸君、おめでとう。/「COM」がはじまって1年のあいだに、まんが界の情勢はがらりと変わってしまった。青年まんがの台頭が、まんが家の地図をぬりかえてしまったことだ。それにつれて、まんがマニアの質も変わってきた。いくつかのまんが青年誌の発刊とともに、少なくとも表面上は、まんが万万歳の年を迎えようとしている。/ だが、ほんとうはどうだろうか。うわべははでで、中身のない、きざなえせまんがのはんらん。それに迷わされての、安易で、ひとりよがりな作品ばかり描くまんが家志望者のむれ‥‥危険なのだ。もっときびしく、つらいまんがの道をきみたちは知らなければならない。/ ことしから、本誌の「ぐら・こん」の中で、青春まんがとはっきり区別して、正しい子どもまんが作家を育てるための欄を別にもうけることにした。ひとりでも多く実力者がでてほしいためである。諸君のご健闘を祈るや、せつ。
    手塚 治虫「COM」創刊1周年を迎えて


  • 3404年、荒廃した地上は既に人間の住める環境ではなくなっていた。人類は地下都市へ避難せざるを得なかった。世界に5つある「永遠の都市」の1つ、メガロポリス・ヤマト。2級宇宙戦士の山之辺マサトはタマミと「ハワイ旅行」を愉しんでいたが、上司のロックに呼び出される。タマミの射殺をマサトに命じるロック‥‥彼女は50年前にシリウス12番星から地球に連れて来られた不定型生物ムーピーだった。地球人のペットとして繁殖したムーピーはブラッドベリの「火星人」のように、飼主の望む通りの生物に変身出来る特殊能力を持っていた。マリファナや幻覚剤のように人間を過去の思い出や時代へ退行させるペットの存在を危険視した中央本部によって、3年前にムーピー抹殺命令が出されていたのだ。しかし、自分の手でタマミを殺せなかったマサトは彼女と共に通気孔から地上へ脱出して、メガロポリス・レングードへ亡命しようとする。

    吹雪の夜に行き倒れていた2人を救出した猿田博士は地上のドームで人工生命の研究を続けている世捨て人だった。博士の造った女ヒューマノイドたちが追っ手を玉砕する。一方、地下都市ではヤマトとレングード、ロックとモニタ少佐の間で、亡命者の身柄をめぐって交渉が決裂、都市を支配するマザー・コンピュータのハレルヤと聖母ダニューバの対決もエスカレートして、24時間以内の全面核戦争へ発展する。ハレルヤの暴走で目が醒めたロックは役職を捨てて地上へ逃れる。ヤマトとレングードだけではなく、残りの3都市、ユーオーク、ピンキング、ルアルエーズも爆発して一瞬で消滅してしまう。猿田博士のドーム内に現われた火の鳥がマサトに永遠の生命を授ける。ロケットでタマミと一緒に脱出しようと画策するロック。彼女の躰を分析してムーピーの生命力の強さを解明しようとする猿田博士‥‥核戦争の影響で大地震が起こり、ドーム内が放射能に汚染されて行く。ロックと猿田博士の死。不死となったマサトだけが地球の長い歴史を見届ける生き証人となる使命を負う。

    猿田博士の旧式ロボット、ロビタを真似て造ったタマミも使いものにならず、試験管の中で息づく合成生物たちも泡となって消える。地球は何十億年もかけて進化〜退化の歴史を繰り返す。恐竜時代の到来。しかし、恐竜たちを絶滅させたのは意外にもナメクジだった。ジュラ紀の終わりに突然現われた直立蛞蝓(高等腹足類)。進化したナメクジたちも北方系の白い種族と南方系の黒い大型種の対立によって死滅する。宇宙生命(コスモゾーン)となったマサトは30億年ぶりに火の鳥と再会する。そして火の鳥の中に飛び込んでタマミと合体し、何十億もの宇宙生命と一体化するのだった。「火の鳥・未来編」(1967年12月号~9月号)のラストは「黎明編」へと繋がって行く。子供の頃に読んだ時は直立したナメクジ(鉄腕アトムにも巨大化したカタツムリが出現する「ゲルニカの巻」がありましたね)に気持ち悪くなったけれど、改めて読み返してみると直立した「ナメクジ衰亡史」は意外と短かった。

    マサトと対立する1級宇宙戦士のロックは手塚キャラの悪役だが、根っからの極悪人のスカンク草井などとは違って、かつて主役を張っていたイケメン男優が悪役に回ったような、どこか憎め切れないところがある。ハレルヤの命令に従って恋人と別れる非情さを見せる一方で、「戦争」には断乎反対して地上へ逃げ出す。ロックが本心を見せるのはトレード・マークの黒いサングラスを外した時だけである。醜い容姿から女性コンプレックスとなった猿田博士も女性に対する複雑な想いが錯綜していた(そこをロビタに指摘されると激しく動揺する)。ロックも猿田博士もタマミに想いを寄せるが、彼女はマサトだけを愛している。マサトのための実験だと説得してタマミを無定型体のムーピーに解体してしまった猿田博士に黒い悪意が働いていなかったか。2人に較べると主人公のマサトは内面の葛藤や鬱屈度が少ない。火の鳥がマサトに不死の命を与えたのは、ニュートラルな目線で地球の歴史を見守れると判断したからではなかっただろうか。

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    ジュンを2階の窓から見つめる車椅子の少女。「あなたを愛しています」という恋文を書いて破き、落葉のように窓から舞い散らす。洋館の前でデートの待ち合わせをしていたジュンは「恋人」と連れ立って行ってしまう。木枯しが窓から室内へ吹き込む。凍結した少女の涙が躰を溶かして、車椅子の前に水たまりを作る。ジュンの「恋人」は氷の張った水たまりで滑って転ぶ。幼い少女が氷面を割って歩く‥‥「バレンタインデー ある愛のかたち」(2月号)は「待つ」のアナザー・ストーリかもしれない。スプリング・ハズ・カム ── 足音が聴こえる / 陽だまり ── 母の膝の記憶 / 眠け── 砂の妖精の子守唄 / 神話── 春の夢 / アダムとイヴ ── 夢の目醒め / おらが春 ── 暖かい時間 / 3月 ── たそがれの日 / 脱出 ── 春を求めて / Kiss ── 小さな春 / 陽だまり ── 春の中の冬 / 令気 ── 現実の音‥‥春のイメージをファンタスティックな1枚絵(イラスト)で見せる「3月 ── たそがれの国・遠い日のジュン」(3月号)。

    桜の舞い散る月夜に現われた和装の美女。酔っ払いが絡みつき、子ネコが纏いつく。ジュンが胸に抱く3匹の仔猫を祖父と孫娘、少女 が引き取って行く。ベールを被った美女が月明かりを背に受ける。人骨の上に獣のシルエットが映る。ジュンは刀を手に取って「魔物」に斬りつける。猫を抱く美女に好色そうな公家が襲いかかる。ジュンが刀で貫くと桜の花びらが舞って白骨を消す、桜の樹の下の夢‥‥「春の宵」(4月号)。陰影だけの空虚な街並み。絵本の中の魔女がジュンを誘惑する。コウモリやカラスが舞う古城。鏡の中のジュンと恋人。移り気と悔恨。何も書かれていない白い本‥‥「9月の魔女」。可愛い小動物たちが集う長閑な森の中を散策する少年と少女の前に突然現われた覆面クマ・レスラー。室内でジュンのマンガ原稿を破り捨てて、オレを描けと強要する。恐竜をKOする俗悪なプロレス劇画。ジュンが原稿を真っ2つに破くと、クマ・レスラーの躰も2つに裂けて内部の金属が露出する「怪人鉄の熊」(10月号)。

    胸像の口許から五線譜(3・3・3・3・3・3‥‥)が流れ出し、開かれたカーテンの窓から木の葉のような樹が見える。室内は三日月の夜、観音開きの窓の外は太陽が輝く昼。空に浮かぶ海亀。ハート型の巨岩が海の上を浮游する。ヴィーナス像の頭部が気球となって空を飛ぶ。魚頭女身の人魚。回転式拳銃(リヴォルヴァー)と女の脚のエロティックな結合。消えたロウソク街灯。一輪の薔薇の花で占有された室内。ジュンとヌード少女の後ろ姿、2人のシルエットが鳥の姿になって羽ばたく‥‥ルネ・マグリットへの愉しいオマージュの「INという音」(11月号)。稲光と夕立、ジュンが避難した洞窟で雨宿りをしていた水着の少女。雨上がりの太陽。夕陽。松林でデート。向日葵。入江。蜻蛉。墓地。寂れた漁村の家並み。2つに分かれた砂丘の上の足跡‥‥「夏の終わり」(8月号)。クルマに轢き殺された男の走馬燈を視覚化した「死 ── 直前の幻視」(12月号)。

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    COM(1月号)に掲載された「ガラス玉」(第7回月例新人入選作)が全国の少年少女、マンガ家志望の読者に与えた影響は測り知れない。詩的な寓話世界、イラスト風に簡略化された人物や背景、非現実なストーリ、ムンクを想わせる描線‥‥。両親が今際の際に手渡した大切なガラス玉を無くしてしまったレド・アール。家に閉じ籠っているレドを心配して訪ねて来たリーベは隣の部屋のベッドの上で横たわっている死体を発見する。紛れもないレド・アールの死体が!‥‥ドッペルゲンガー、それとも2つに分裂してしまった、もう1人のレドなのか。ガラス玉を探しに外へ出た2人は街角で、ガラス玉を持っている不思議な男と出逢う。「無くしたガラス玉を取り戻したい時は、自分で新しく作るしかない」と言う。反対するリーベに別れを告げたレドはアトラクシア国へガラス玉を作りに旅立つ。読者の多くはレドよりも「変だわよ、始めから終わりまで、奇妙だわ‥‥およそ現実ばなれした話だわ」と言うリーベの意見に同感するだろう。読解力の乏しい子供には難解な物語だったが、凄い作品であることだけは直観的に感じていました。

    第1回新人賞に輝いた岡田史子の受賞第1作「春のふしぎ」(4月号)はメルヘンチックな短篇。みなしごのミッチンは毛糸の帽子を被っている。なぜならば、緑色の髪に一輪の花が咲いているから。心が傷つくとハート型の花が罅割れてしまう。アキコちゃんに振られて、街を見渡す丘の上で物想いに沈んでいると、頭に花が咲いている仲間たち、フィメール、フレイヤ、ロキ、うみゆりが慰める。彼らは地獄に住む「夜の動物たちの仲間」だったのだ。ミッチンは間違って人間の子供として生まれてしまったらしい。発想は花郁悠紀子のファンタジーものを想わせなくもないが、白目部分のない黒目だけの丸い目が斬新で、少女マンガの範疇からは始めから逸脱している。アキコちゃんの交通事故死、地上で勃発した戦争‥‥ミッチンが花を植えるラスト・カットは、60年代後半の「フラワー・ムーヴメント」にも繋がっているような気もするけれど。

    「サンルームのひるさがり」(3月号)はピアノの先生のママと息子カノンの諍いを描く。「ねえママ‥‥ママはぼくをすき?」と1日に何度も訊ねるカノンを鬱陶しく思って「そうね‥‥ママきらいだわ」と答えたことから母と子の関係が拗れる。前の奏者のトランペットの音を嫌って、発表会でカノン君は卒倒してしまう。元気なく塞ぎ込むカノンを心配するママ。無理矢理ピアノを弾かせようとするママに抵抗するカノン。ママが平手打ちすると、カノンが右手で掴んでいたピアノの譜面台がダイヤモンドのようにキラキラと砕け散る。「いずみよいずみ」(6月号)はメルヘン風の小品。今日パパが急に年取って死んでしまったように、デイビー王子のママも老いぼれてしまう。王子が不審に思って泉に問いかけると、泉の精リジー・ヘベが現われて、自分より後から生まれた人に嫉妬して「年寄り」にしていたオニババの計略を暴く。

    「赤い蔓草」(11~12月号)の主人公はエドワルド・ブロッホ。母親と妹を結核で失い、父親は医師で、エドワルドは画家志望という設定、タイトル名や扉絵の筆致から、エドヴァルド・ムンクをモデルにしていることは一目瞭然だろう。ムンクの半生を忠実に準っているので、事実に拘束されている分だけ、作者の自由な幻想性が押さえ込まれている。むしろムンクの幻想性に奉仕していると言った方が正確かもしれない。ムンクの素描のような不安感を増幅する描線にも、岡田史子のムンク好きなところが色濃く反映されている。第1回COM新人賞の選考会で、選考委員の1人だった石森章太郎が次のような発言をしている 。「確かに観念の世界だ。観念マンガというんですかね」「僕なんか、岡田さんを真っ先に推さなきゃいけないんだろうけど、この世界しか描けないということに、どうも引っかかるんだな」

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    6月号からは手塚治虫、石森章太郎、永島慎二という3大連載陣に新たに2人の作家が加わる。山上たつひこのSF短篇「破局への招待」は、宇宙からの生命体が人間の躰を乗っ取るボディ・スナッチャー風の侵略エイリアンものだが、歴史上の実在人物に寄生するところが怖い。護送中の「最も凶暴な囚人」が流星群による事故に乗じて地球へ逃亡する。他の生物の意識に寄生する生命体は護送官から蛾に取り憑いて、ある家の中へ忍び込み、出産を間近に控えた妊婦の胎児の中へ‥‥。妻が無事に男児を出産。夫は子供に「アドルフ」という名前を付ける。1889年4月20日、アドルフ・ヒトラーが生まれたのだ。新進児童マンガ家の原稿に完全犯罪が描かれているというミステリ作の「遺稿」(5月号)もオチが効いていて完成度が高い。そして、7月号からSF長編「人類戦記」の連載が始まる。

    矢代まさこの短篇シリーズは1作ごとに異なったテーマとストーリで読者を魅了する。森に捨てられた人形ミミとイモ虫ゴロゴロとの交感を描く「蝶々の泣いた夜」(6月号)。ゴロゴロはサナギとなって美しい蝶へ変身するのだが、昆虫の変態を知らないミミは狼狽えて死んでしまう。耳の奥で笑うカワセミの幻聴。スランプに陥ったマンガ家が遊園地の「鏡のお城」で自己喪失する「笑いかわせみにいえない話」(7月号)。白痴の少女が浜辺で歌う童謡が事務員、劇団女優、作家、漁師たちの深層心理を衝く「歌うたう里子」(8月号)。ノラ猫のミーが人間たちの生態をシニカルに観察する「わが名はボケ猫」(9月号)。大きな巣を張ることで消滅したクモ、「女王クモ」に変身した少女など3話から成るオムニバス作品「クモの糸」(10月号)。東京から大坂へ引っ越して来た少女、久美子と家出少年のハジメが5匹の犬の里親を探しに心を痛める「5匹と2人の物語」(12月号)。4歳の少女が初めて「死」というものを意識する「ここちゃん」(11月号)は樹村みのりの「見えない秋」(1974)にも繋がる重いテーマだ。

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    「ゲストまんがシリーズ」は、あすなひろしのSF「300,000km/sec.」(1月号)、望月三起也の時代劇「仇討ち」(2月号)、藤子不二雄のギャグマンガ「小池さんの奇妙な生活」(3月号」‥‥など、異色作が目を惹く。手塚治虫の「名作劇場」は西日本新聞(1957)に連載された「黄金のトランク」(5~10月号)を掲載。第10回月例新人入選作「カギッ子集団」(7月号)は竹宮恵子の少年少女もの、第12回の「白い影」(9月号)は、もとやま礼子の台詞(ネーム)を排したサイレント時代ものである。「ぐら・こん」のマンガ予備校には山岸涼子、もりたじゅん(19歳)、安達充、河あきら(17歳)、市川ジュン(19歳)などの投稿作品が選評されている。1968年から「児童まんがコース」と「青春・実験まんがコース」の2つに分けて応募、選考するように変更された。手塚治虫の「創刊1周年を迎えて」には、台頭して来た「劇画」への危機感が漲っている。2年目からCOMの表紙は和田誠のユーモラスなイラストで飾られるようになった。

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    • 月刊コミック誌COM(1967-71)を再読するシリーズの第2回目(1968)です^^



    • 「ぐら・こん」(5~12月号)などの別冊付録は省きました。ちなみに1月号の特別付録は手塚治虫の「罪と罰」(1953)だった

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    COM(こむ)1968年 2月号

    • 著者:手塚 治虫 / 永島 慎二 / 石森 章太郎 / 望月 三起也
    • 出版社:虫プロ商事
    • 発行日:1968/02/01
    • メディア:雑誌
    • 収録作品:火の鳥 / ジュン / ステッキ親子 / 仇討ち


    火の鳥 2 未来編

    • 著者:手塚 治虫
    • 出版社:朝日ソノラマ
    • 発売日:2003/04/01
    • メディア:コミック


    ジュン ── 章太郎のファンタジー・ワールド

    • 著者:石ノ森 章太郎
    • 出版社:朝日ソノラマ
    • 発売日:1975/03/28
    • メディア:コミック
    • 収録作品:はじまり / バレンタインデー・ある愛のかたち / たそがれの国・遠い日のジュン / 春の宵 / 5月の連想 / ワガ心ニモ雨ゾ降ル / 海と太陽と / 夏の終わり / 9月の魔女 / ...


    ODESSEY 1966~2003 ── 岡田史子作品集 episode 1 ガラス玉

    • 著者:岡田 史子
    • 出版社:飛鳥新社
    • 発売日:2003/06/30
    • メディア:単行本
    • 収録作品:ガラス玉 / サンルームのひるさがり / 黄色のジャン / 川辺のポエム / フライハイトと白い骨 / ポーヴレト / 赤と青 / 天国の花 / 春のふしぎ / トッコ・さみしい心 / オルペとユリデ / いずみよいずみ / 私の絵本 / イマジネイション / 夢の中の宮殿